ユディレートの戦い Ⅳ

文字数 2,082文字

 ごくり、という生唾を飲み込む音が、やけに鮮明に響く。それが自分のものだと気づくまでに、少しの間を要した。
「ついに来たぞ。ここまではお前の読み通りだな、パーシヴァル」
 パーシヴァルの隣にいたボースが、まるで獣が吠えるように言った。顔面も紅潮していて、戦場での高揚を抑えきれていないようだ。
 パーシヴァルが献策した作戦が、ついに局面を迎えていた。ローエンドルフ軍自慢の騎馬隊を封殺する。そのために費やしてきた準備が、身を結ぶ時がきたのだ。
 ファレーズ郡への進攻が企図された時、アグロヴァルはその背後にいるアーサーとぶつかることを予期していた。そこでパーシヴァルに命じ、ローエンドルフ軍の戦力分析を行わせたのだ。激戦といわれたブリタニア州の内戦をくぐり抜けてきた軍勢は、ひと味もふた味も違った。強力な魔法兵、精強無比の騎兵、そして神速を誇る歩兵。東部最強と言われるだけのことはあった。
 パーシヴァルはローエンドルフ軍の騎馬隊を止めることにこだわった。そのために対応策を整えたのだ。対してアグロヴァルは魔法による消耗を減らすことに重点を置き、戦闘に関わりのない魔法使いを呼び寄せ、高額の報酬を渡して聖謐霊煌球(セイクリッド・スフェラ)という珍しい魔法を持ち出し、ローエンドルフ軍の魔法を封じたのだ。
「あの魔法は効果的だった、アグロヴァル様の手腕も見事だ。あれでローエンドルフ軍は騎馬隊を使うことに踏み切っただろう。ただ、二度とは使えない手だ」
「一度だけでも構わんだろう。ここでローエンドルフ軍を打ち破ることに、大きな意味がある」
 パーシヴァルはクレイヴァルのもとを離れて、ボースの部隊に従軍していた。クレイヴァルは不安がったものの、作戦上ボースの部隊が要になるために、部隊を離れる必要があったのだ。
「パーシヴァルよ。お前には感謝している。お前が推挙してくれたおかげで、こうして一隊を任されたのだからな。この後は俺の実力次第。戦功を挙げてとんとんと出世してやる」
 呼吸の合う相手として、パーシヴァルはボースを選んだ。そのために、アグロヴァルはボースに一隊を与えたのだ。
 馬蹄が大きくなる。マッケラン隊の騎馬隊が、ガングランの部隊に向かっていた。パーシヴァルはガングランの動きを注視した。
「あとはガングラン殿が巧くやってくれれば」
 ボースが頷いた。
「親父ならきっと」
 ガングランが後退する。後退した先で歩兵がまた陣形を組む。迫りくるローエンドルフ軍の騎兵に気後れすることなく、迅速に後退したのはさすがだった。
「来た」
 思わずパーシヴァルの口から漏れだした言葉。それは、待ちに待った瞬間であった。
 マッケラン隊軍の騎兵が停止する。中には棹立ちになっている騎兵もいた。マッケラン隊の騎馬隊とガングランの部隊の間にはいくつかの塹壕が掘られている。人の高さほどであるが、騎馬隊の進軍を止めるには充分なものであった。
「放て」
 すかさずガングランの声が響く。弓手が一斉に矢を放つと、馬の嘶きと共に喊声が大きくなっていく。
 意を決したマッケラン隊の騎兵が、塹壕を飛び越える。複数ある塹壕の間には、騎兵が一騎通過できる箇所もある。そこを強引に突破する騎兵もいた。
 それこそが、パーシヴァルの待っていた展開であった。ビル、というポールアームを持った歩兵が、素早く騎兵に近づき、馬上から引き摺り下ろす。引き摺り下ろされると、返す刀でビルによって頭部を打ち付けられ、無残にも脳髄を原野に晒した。
 ビルは鉤状の穂先を備えたポールアームである。農耕で使用する鉈鎌から発達したものであり、敵を引っ掛けるための形状が作られている。反対側の峰部分には、敵打ち据えるための鋭利な刺端が取り付けられ、これは兜を割るほどの強度を誇っている
 塹壕を超えた騎兵は一度動きが止まる。塹壕の間を抜けても、通行場所は限られている。そのわずかな機会を狙って攻撃し、ローエンドルフ軍の騎兵を無力化する。これがパーシヴァルの策であった。
 味方がビルで撃破されていくのを目撃し、それでも強行突破をしようという猛者はそういない。それだけではない。先の矢による攻勢で、シーマ軍が相当数の弓を配備していることを記憶している。もたもたしていれば、再び弓兵による斉射を浴びる可能性があった。
 だが後続はそのような事態を把握していない。続々と殺到する騎兵は、果敢に塹壕を跳び超え、隙間をすり抜け、そしてビルの餌食となる。
「さて、我らもいくぞ」
 ボースが得物のハルバードクレッセント、イグニフェスを小脇に構えた。すでに闘志は漲っている。
「ローエンドルフ卿は目論見通り魚鱗陣で攻勢を掛けてきた。あえてクレイヴァル様に兵力を多く割り振った甲斐があったというものだ。騎馬突撃は何もローエンドルフ軍だけの芸当ではない。ボース、魚鱗の側面を衝く。力を貸してくれ」
「おうよ」
 パーシヴァルはミュルリーフの首を撫でた。ミュルリーフが尻尾を高く振り、首を伸ばす。シャルーアを握り締めたパーシヴァルは、ミュルリーフの腹を蹴る。ミュルリーフが駆け出す。傍らには、ボースがぴたりと付いていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み