「あ、あったかい……」
でもボール内部の気温は10℃くらい?
急に温かくするとショックを起こすから、低温から慣らしていくシステムなのかな?
『他にご希望はありますか』
スマホが尋ねてきた。
「あなたの名前を教えてください」
まだ震えていて口がきけないユウアの代わりにぼくが質問した。
『わたしの正確な名前はあなたがたの言語では発音できません。ですので、わたしを呼ぶときは簡単に、太郎、でお願いします。わたしの機能はナビゲートと翻訳、各種申請手続きに対するサポートです』
「太郎さん」
『さん、は要りません。太郎、でお願いします』
「じゃあね、太郎。ぼくはギン。指輪だけど」
『知っています。ヴィンテージリングのフェンとはペアですね』
「えっ……フェンを知っているの?」
『直前まで、フェンと一緒にいましたから』
…………
「えええええーーーー!」
そ、それはいったい、どうゆうこと?
『フェンはとあるミッションを遂行するために、現在、エルスカトゥリェという名前の大樹へ向かっています。わたしも同行していました。が、あなたがたから救助要請を受けましたので、わたしだけ離脱してこちらへ来ました』
「フェンは無事なの?」
『もちろんです』
ああ、良かった〜。
『フェンにはミッション遂行のための同行者がいます。わたしは彼らのナビをしなければいけませんので、あなたの要望が寒冷地における救助だけでしたら、ここでの任務を完了して、フェンのもとへ戻りたいのですが』
「え? フェンの同行者って?」
『フェンのサポーターとしてフェレットとノア、そしてカラスと案山子です』
「カラス? 案山子」
震えの止まったユウアが、びっくりしたように聞き直した。
『チーム内ではカラスと案山子の姿をしていますが、実体は違います。次元移動したときに、粒子配列に乱れが生じたため、見た目に変化が生じることはよくあります。今回、妖精族がカラスに、タイトという名の人間の少年が案山子にと、視覚変更されました』
ユウアが安心したように小さくため息をついた。
「カラスと案山子って……あのときの。そうか。そうだったんだ」
「ユウア、こっちに来てから、もしかしてタイトに会ったことがあったの?」
「うん。会ったけれど。そのときはわからなかった。そういえばタイトもあたしのこと、猫耳って言ってた……どういうふうに見えてたのかな」
可哀想に、ユウア。
ひとりぼっちで見知らぬ世界へ飛ばされてきて、一度はタイトに会えたのに、離ればなれになっていたんだね。
「太郎。ぼくとユウアを、フェンたちのところへ連れていってくれないかな」
『それはできません』
「なぜ?」
『フェンのチームが使っているタイムマシンはもともと一人乗りなのです。そこにヒト化したフェンと、フェンが連れているペルトガ2体、さらに案山子とカラス。すでに定員オーバーなのです』
「僕らがそこに加わったら、フェンが困るっていうこと?」
『そうです。ギンだけなら軽量ですから連れていけますが、ユウアは無理です』
ユウアはぼくをつまんでさっとスマホの上に置いた。
「行きなさい、ギン」
えっ?
「あたしは自分でなんとかするから。あなただけでもフェンのところへ」
「だ、だめだよユウア。ユウアがひとりぼっちになっちゃうよ?」
「大丈夫! なんとかなる! それに今度のことは全部、あたしの……あたしが、『こうしようよ』って言い出して起きたことなんだから」
「ユウア!」
「太郎。お願いします。ギンをフェンの元へ連れていって。タイトに、あたしは無事だからと伝えてね」
『了解です。では帰還します。お役に立てるかどうかわかりあませんが、ユウアさんのスマホをフル充電しておきます』
「この先、太郎とつながる?」
『つながりません。エルスカトゥリェの領内は通信規制区域です。帰還時にこちらへ寄り、タイトさんを下ろすことはできます』
「その場合、あたしとタイトはもといた世界へ帰れる?」
『ユウアさんが湘デパのコンコースにあるモニュメントツリーに何を願ったかが鍵となりますね。あ、今、それを口に出してはいけません』
ユウアは唇をきゅっと結んで頷いた。
「ギン。フェンのもとへ行って。そして二度と離れないようにね」
「ユウア」
「太郎、行って!」
一瞬で、ユウアの姿はかき消えた。
のではなく、ぼくがユウアから離れてしまったんだ。
辺り一面、再びホワイトアウトしてもう僕には何も見えない。
「ユウアーーーーーっ!」
出せる限りの大声で叫んだ。
返事は聞こえなかった。
湘デパの妖精テラスに置かれたあとでひとりぼっちになったあのときよりもずっと心細い気がした。
…………ここ、どこ?
真っ暗だよ?
夜? それとも?
「…………ギン! ギンなのね?」
あれ。フェンの声が聞こえる。
ぼく、どうかしちゃったのかな。
あんまり心細いから、幻聴が……。
でも、幻聴なんかじゃなかった。
少女の姿に変身したフェンが、ぼくをのぞき込んでいた……