ギン

文字数 3,939文字


ユウアとぼくは最初の一歩で立ち止まってしまった。


というより、周囲の激変っぷりに驚いてしまって進めなかったんだ。


部屋の外はブリザード状態だった。



2018/01/26 12:00


「な、なに、なんなの、この雪!」

「さっき居た部屋と別の世界なのかも?」


びゅうううう、ごおおお———っと、猛烈な風が吹き付けてくる。

振り返ってみても、もうさっきまでいた屋敷は見えない。

そして前も後ろも一面、真っ白。


ユウアは一分近く歩いたあとで立ち止まった。

「歩けば歩いただけ、消耗するだけかも」

そしてぼくを握りしめ、その場に膝をついた。

吹きすさぶ雪にまみれ、みるみるユウアは雪だるま状態になる。


吹き付ける雪、雪、猛烈な風、そしてごうごうと唸る風。

ホワイトアウト。


「ギン、ど、どうしよう、あたしたち、どうしたらいい?」

「わからない……」

「冷た、すぎ、て、痛い、い」

ごおおおおー……


風がすごくてユウアの声が聞こえない。

どうしよう、部屋の外へ出ようとすすめたのはぼくだったのに。

この猛烈な冬嵐。


フェェェェェェェェェェン!

たすけてええええええええ!

凍え死にそうだよぉぉぉぉ!


力の限り叫んだ。


ごおおおおー……


ごおおおおー……


だめかもしれない。

ぼくは金属だから雪で埋まっても、それだけならなんでもないけれど。

ユウアは。

ユウアは人間だから、この状況は危ない。


「ま、負けない……」

ぼくを握りしめているユウアの指。

その指がぎゅっと締まった。

ユウアの手はぶるぶると震えている。

跪いたまま、ユウアはスマホを庇うようにして身体を丸めた。


「ギギギ、ギ、ギン、大、だいじょ、ぶ、だからね、しっかり」

「ユウアは? ユウアは大丈夫なの?」

外気温推定マイナス二十度。


「メ、メールし、ても、だめだ、電話に、しよ、か」

ユウアはスマホのホームボタンを押しながら、

「こ、国際、救、助隊、の、電話ばばば番号」

途切れ途切れに呼びかけた。


『国際救助隊。電話番号はわかりませんでした』

スマホが答えた。


「探して! 助けて! お願い!」


1秒。

2秒。

3秒。


『おつなぎいたします』


嘘だろ!?


唸る風と叩きつける豪雪の中、ユウアのスマホが、誰かを呼び出している。

鳴り続ける呼び出し音。


ユウアの身体が、ぶるぶる震えてる。

寒いのを通り越して痛いのに違いない。


スマホはまだ誰かを呼び出しているけれど、相手は出ない。

十回。十五回。


『呼び出しましたが近くにいません。おそれいりますが時間をあけてもう一度おかけなおしください』


あああ、だめだ。

「ユウア、バッテリーが!」

残量の表示が赤くなっていた。


「も、もも、も一回、かけるよ」

ユウアはスマホを取り落とした。


冷たくて指の感覚がないんだ。

握り拳にしてスマホのホームボタンを押す。


音声応答システムが反応しない。


「おね、がい、も、いちど電話」

ユウアの拳は右に左に大きくぶれて、ホームボタンを押せていない。

「おおおお願っ! で、出てーーっ! 助け! て!」


バッテリーの赤い表示がみるみる細くなっていく。

糸みたいな幅に。


「ユウア、しっかり」

「ギン!」

ユウアは叫んだ。


「ご、ごごごごめん、ね! あ、あたしが、指輪、ギンを、妖精の、テラスに置こうって、言った、から、こんな!」


ユウアの顔に、眉に、睫に、雪が張り付く。

「ごめん、ギン、ホントに」

「そんなこと。ユウア、しっかりして、ぼくのことなんかいいから。ユウア!」


『ピロローン!』

スマホが鳴った。

『救助要請を受け付けました。ただいまより救助に向かいます』



はい?

「えっ?」

ぼくとユウアは同時にスマホに聞き直した。


「いいい、いま、助けにきて、くれるって、言った?」

「うん。言ったね」

「だ、誰が? 来てくれるのかな?」

「国際救助隊?」


『到着いたしました』

ユウアのスマホがそうアナウンスした直後、無情にもブラックアウトした。

「わ、スマホ死んだの?」


でも。

ぶんっ……と奇妙な音がして、スマホはすぐに再起動した。


『緊急時発動いたします。救助信号1224、現地到着いたしました』


「はい?」

『救助要請したのはあなたですか』

スマホがユウアに尋ねている。


「そ、そうです」

『ご希望をお伺いいたします』

「助けて!」


スマホは2秒ほど沈黙した。

『救助してほしい内容を具体的にお願いします』

今度はユウアが3秒くらい黙ってしまった。


「ユウアが、寒くて、死にそうになってるから、今すぐなんとかして!」

代わりにぼくが叫んだ。


ぼわんっ! これまた変な音がして、目の前に直系2メートルくらいの透明なボールが現れた。


『どこからでも入れます。内部温度はスマホで調節してください』


ユウアはボールに触った。

触ったところがぐにょーんとへこみ、ユウアの手はボールの中に入ったみたいだった。


「ユウア、入ってみよう」

「う、うん」

ユウアはぎゅっと目を閉じ、スマホとぼくを握りしめて、ボールの中へ入り込んだ。



2018/01/26 12:12

riutot


「あ、あったかい……」

でもボール内部の気温は10℃くらい?

急に温かくするとショックを起こすから、低温から慣らしていくシステムなのかな?


『他にご希望はありますか』

スマホが尋ねてきた。


「あなたの名前を教えてください」

まだ震えていて口がきけないユウアの代わりにぼくが質問した。


『わたしの正確な名前はあなたがたの言語では発音できません。ですので、わたしを呼ぶときは簡単に、太郎、でお願いします。わたしの機能はナビゲートと翻訳、各種申請手続きに対するサポートです』

「太郎さん」

『さん、は要りません。太郎、でお願いします』


「じゃあね、太郎。ぼくはギン。指輪だけど」

『知っています。ヴィンテージリングのフェンとはペアですね』

「えっ……フェンを知っているの?」

『直前まで、フェンと一緒にいましたから』


…………


「えええええーーーー!」


そ、それはいったい、どうゆうこと?


『フェンはとあるミッションを遂行するために、現在、エルスカトゥリェという名前の大樹へ向かっています。わたしも同行していました。が、あなたがたから救助要請を受けましたので、わたしだけ離脱してこちらへ来ました』


「フェンは無事なの?」

『もちろんです』


ああ、良かった〜。


『フェンにはミッション遂行のための同行者がいます。わたしは彼らのナビをしなければいけませんので、あなたの要望が寒冷地における救助だけでしたら、ここでの任務を完了して、フェンのもとへ戻りたいのですが』

「え? フェンの同行者って?」


『フェンのサポーターとしてフェレットとノア、そしてカラスと案山子です』

「カラス? 案山子」

震えの止まったユウアが、びっくりしたように聞き直した。


『チーム内ではカラスと案山子の姿をしていますが、実体は違います。次元移動したときに、粒子配列に乱れが生じたため、見た目に変化が生じることはよくあります。今回、妖精族がカラスに、タイトという名の人間の少年が案山子にと、視覚変更されました』

ユウアが安心したように小さくため息をついた。


「カラスと案山子って……あのときの。そうか。そうだったんだ」


「ユウア、こっちに来てから、もしかしてタイトに会ったことがあったの?」

「うん。会ったけれど。そのときはわからなかった。そういえばタイトもあたしのこと、猫耳って言ってた……どういうふうに見えてたのかな」


可哀想に、ユウア。

ひとりぼっちで見知らぬ世界へ飛ばされてきて、一度はタイトに会えたのに、離ればなれになっていたんだね。


「太郎。ぼくとユウアを、フェンたちのところへ連れていってくれないかな」

『それはできません』

「なぜ?」

『フェンのチームが使っているタイムマシンはもともと一人乗りなのです。そこにヒト化したフェンと、フェンが連れているペルトガ2体、さらに案山子とカラス。すでに定員オーバーなのです』

「僕らがそこに加わったら、フェンが困るっていうこと?」

『そうです。ギンだけなら軽量ですから連れていけますが、ユウアは無理です』


ユウアはぼくをつまんでさっとスマホの上に置いた。

「行きなさい、ギン」


えっ?


「あたしは自分でなんとかするから。あなただけでもフェンのところへ」

「だ、だめだよユウア。ユウアがひとりぼっちになっちゃうよ?」

「大丈夫! なんとかなる! それに今度のことは全部、あたしの……あたしが、『こうしようよ』って言い出して起きたことなんだから」

「ユウア!」


「太郎。お願いします。ギンをフェンの元へ連れていって。タイトに、あたしは無事だからと伝えてね」

『了解です。では帰還します。お役に立てるかどうかわかりあませんが、ユウアさんのスマホをフル充電しておきます』


「この先、太郎とつながる?」

『つながりません。エルスカトゥリェの領内は通信規制区域です。帰還時にこちらへ寄り、タイトさんを下ろすことはできます』


「その場合、あたしとタイトはもといた世界へ帰れる?」

『ユウアさんが湘デパのコンコースにあるモニュメントツリーに何を願ったかが鍵となりますね。あ、今、それを口に出してはいけません』


ユウアは唇をきゅっと結んで頷いた。

「ギン。フェンのもとへ行って。そして二度と離れないようにね」

「ユウア」

「太郎、行って!」


一瞬で、ユウアの姿はかき消えた。

のではなく、ぼくがユウアから離れてしまったんだ。

辺り一面、再びホワイトアウトしてもう僕には何も見えない。


「ユウアーーーーーっ!」

出せる限りの大声で叫んだ。

返事は聞こえなかった。


湘デパの妖精テラスに置かれたあとでひとりぼっちになったあのときよりもずっと心細い気がした。


…………ここ、どこ?


真っ暗だよ?

夜? それとも?



「…………ギン! ギンなのね?」


あれ。フェンの声が聞こえる。

ぼく、どうかしちゃったのかな。

あんまり心細いから、幻聴が……。


でも、幻聴なんかじゃなかった。


少女の姿に変身したフェンが、ぼくをのぞき込んでいた……




2018/01/26 12:14

riutot

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登場人物紹介

タイト

ユウア

フェン

ギン

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