ユウア

文字数 8,896文字

あれ?


えっと。


待って、ちょっと待って。

2018/01/25 21:02


妖怪漫才コンビの案山子さんのほう……あたしのこと『猫耳』って呼んでたけど。


あれ……?

猫耳ってどゆこと? まさかあたしに、猫耳、生えたの?


頭にてのひらを当ててみた。


猫耳、ないよ。

普通に自分の耳はあるけど……。


でも猫耳と言われて。思い出した。

そう、あれ。

去年の文化祭の。


クラス参加でカフェやったんだけど、そのときのコス。

女子はどうぶつコスのギャルソンで、男子がメイド。

あのときあたし、猫耳つけて店長役だったのね。


で、一番最初のお客様が、タイトだった。

あたしの頭を見て言った。


『ねっ……猫耳?』


あのときと似てない? 

さっきの案山子さんのたまげっぷりつーか、あたふたした感じ。


……


……


なわけないかーーー。


こころ細いとね。だめね。

お犬さん見ても、案山子見ても、タイトを思い出すの。


だめ。だめだめユウア。弱気になっちゃだめ。

あんたはそんなキャラじゃない。


パワーゲージ回復しよ。自力で。


ふう。


それと、お犬さんとお方様をなんとかしてあげなくちゃ。


って思ったと同時に、目の前の戸がさっと開いた。

お犬さんが刀持って立ってる。

うわー、刀って。こんなに光るんだー。

こえー。

怖いけど、もう驚かないもん。


それより、お犬さんの頭。もふもふな耳ふたつ、ついてるよー。

すごいよくできてるー。

本物みたいー。

触りたい……けど、もしかして、かぶり物ではなくて、生えてるのよね? その耳。



「ユウア殿。曲者は追い払った。大事ござらぬか」


お犬さんが真剣な顔で訊いてきた。

真剣すぎて変。もふもふ耳とイメージ合ってないのー。


「大事ないですよ。てかお犬さんの耳のほうが驚きだよ」

「えっ、耳……」

お犬さんは刀をくるりと回して鞘にすっと沈め……その動きがなめらかで。

とても綺麗。

空いた両手でお犬さんは自分の頭のあたりを触った。


「しまった。さっきの騒動、我らの方術を乱す力を持った者共のしでかしたことだったのだな」

「あ、案山子さんとカラス天狗のこと?」

「案山子? ではない。ひとりは年若の男子、もうひとりは身の丈がひとの半分ほどの小さき者であった由。そのように聞き及んでいる」


なあんだ。

じゃ、その年若の男子がここに入るために案山子のコスプレしたってことなんですねー。

……って、ありえなーい!


「ユウア殿、もしやこの部屋にも曲者が入ったのでは?」

「曲者かどうかはわからないけれど。えーと。いろいろなものが来たのはたしか」

「いろいろなもの、とは」

「最初に湧いて出たのがしゃべる狼さんの集団でー」

狼さんたちはあたしに『助けてと言え』と教えてくれて、すぐに消えてしまった。

そのあとで案山子と大きなカラスみたいなふたりが来て、これまたすぐにいなくなった。

あたしの説明を聞くと、お犬さんはきりりと険しい表情になった。


「狼は笑狼族(わらかみぞく)という者たちだ。湧いたり消えたりするのはいつものことで、さして珍しくなく、害もない。しかし案山子とカラス天狗は尋常ではない」

「ヤバい?」

「うむ。ヤバい。……。む? ヤバいとはどういう意味か」

「ヤバいっていうのはね。えー、ヤバいヤバい……」

説明できそうにないー。

なのであたしは眉間にむっきゅーとシワ寄せて、超ヤバいよって表情をしてみせた。


お犬さんはあたしの顔をじーっと見て、

「あいわかり申した。たしかにヤバい」

あ。通じたんだね。

よかったー。


「立ち会った者たちによると、曲者二人組のうち、年若男子は見たところ伴天連の着物に似た異装であったと。もうひとりは身の丈三尺ほどの、これはあやかしの生き物のように見えたとか」


「その二人組が来たせいでお犬さんたちのその……方術っていうのが、おかしくなっちゃって、お犬さんの耳が出ちゃった、ってこと?」

「そのようだ。遠い昔にもそのようなことがあったと古き書物に書き残されている。我らは代々、お方様を奉り、お方様の方術によってこの姿となり、命を守られ、暮らしてきた一族であるのだが」


「てことはですね、つまり、お方様って特別な力の持ち主、なんだ?」

「さよう」

それはすごい。


犬族の集団をヒト化して、命を守って、生活できるようにしてきたお方様。

でも魔法じゃないのね。

方術って魔法とどう違うの。

ぐぐってみようかと思ったけど、あ、だめか。ネット繋がってないもんね。

あとで調べよう、メモメモ。


「え、でもさ、さっきの話では、お方様は今夜、月満守さんと結婚して幽世へ行っちゃう予定だったんじゃないの? お方様がいなくなったとき、お犬さんたちのことは誰が守ってくれるわけ?」

「次代のお方様になるべき姫をお探しする」

「姫を探すって」


姫ってもともと姫として御城のなかのいいお部屋にいるものなんじゃないの? それなのに。


「これから探すの? 姫を?」

「さよう。これからだ。ユウア殿、どうであろう、次代のお方様として名乗りをあげられてはいかが」

「やめてよねー」

「ざれごとじゃ、ふふっ」

冗談かよー。


あたしを次代のお方様にしちゃおうとか、冗談でも言い出さないで欲しい。

ダッフルぐらいなら、なんならあげちゃってもいいよ。

でもあたし自身を、この世界にあげることはできない。

あたしはタイトのもとへ帰らなくちゃいけないんだから。

それよりも、お犬さん、この事態でジョーク飛ばしてる場合?


2018/01/25 21:03

riutot



「じつは、代々のお方様が受け継いでこられた主守の鎧というものがあるのだ。お方様は方術を主守の鎧に込められてから出立される予定であった」

「うん。で?」

「鎧に託された方術は次代のお方様となられる姫君によって引き出され、姫があらたなお方様となられて、また我らを守ってくださるのだ」


おー。

そうなんだ……。

お方様の任期は今夜でおしまい。ってことなんだね。


「え、ちょっと待って。予定だった、って言ったよね? その予定って、まさか、まだその鎧にはお方様のスキルが収納されてないとかいうんじゃないでしょうね」

お犬さんは口を閉ざし、視線を床に落とした。


床に何かがあるわけじゃないから、これはたぶん、口に出して言えないような困ったことになってるよっていうボディランゲージ?


お犬さんが、静かな、あきらめ百パーのあげくほぼ悟りの境地、みたいな顔になって、口を開いた。

「じつは、失われている……」

「えっ」

「守主の鎧は我らの手元にない」

「えええええー! どうしてそんなことになったの?」

「盗まれてしまったのだ」

110番に報せましょ。犯人捕まえて、返してもらわないと。

でもここには警察はないんだった。


なんだか大げさなことになってきちゃった。

ついていけるかな、あたし。


「犯人は?」

「それがわからないのだ。鎧を保管してあった部屋には証拠と思われるものが何も残っていなかったので」

「さっきの狼とかは? 仲あんまし良くないんでしょ」

「いや、笑狼どもは関係ない」

「なんで?」

「匂いがなかった。狼どもの毛一本も残ってはいなかった。彼らの仕業ではないと。お方様も我らも、そう見ている」


そうなんだ……。

昔、敵対関係だったとしても、むやみと狼を疑ったりはしないんだね。

犬と狼なら、匂いは捜査の基本なのかも。


「恐れ多いことではあるが、お方様とて不老不死ではない。いつかはお命を終えられる。そのとき我らの城は岩山に、この館は森に、我らは皆、歌わぬ犬に戻ることになる。それがあと何年後になるのか、何十年もあとなのかは定かでないとしても」

ヤバいヤバいヤバい……。


「お、お方様はそれを知ってる?」

「ゆえに、月満守様のもとへ行かれるのだ。月満守様からは祝儀として我らに『天地薬』をくだされる。我らがいままでのように、このさきも、暮らしてゆけるように調えられた薬じゃ」


その薬を飲めば今の姿のまま、今までと同じ暮らしができるっていうような。

そういう薬に違いないよね。


でもお方様を連れていく代償としてお薬もらっても、それがどんなにいいお薬でも、きっとお犬さんは嬉しくないはず。そんな気がする。


「ね、月満守さんて、お犬さんから見てどういう人?」

「丸い」

へ?

「ほぼ、鞠のようなかただ」

「それは見た目? 人柄のほうは?」

「このようなこと、言ってよいものかどうか」

「この際ですから! 言って。そのへんわからないと、お犬さんとお方様の駆け落ちプランも決められないよ!」


お犬さんはまた床を睨んだ。

真剣。


あっ、この顔、やっぱタイトに激似だ。

タイトが数学のなんたらかんたらの定理という本を読んでいたとき、こういう顔してた。

考えて、考えて、真理に近づこうとしているときのタイト。


タイトには負けちゃうけど、この際あたしも考える。

一族の支えのお方様を連れ去り、代わりにこれで可慢なさいと薬をよこすツキミツルノカミ。

うさんくさー。


おっ。待て待て待て!

直感力には自信ある、あたし!

なんか、今、突然読めちゃったもんね。

たしかさ、おとぎ話のかぐや姫さんも月に帰るとき、何かのお薬を置いていったんじゃなかった?

でも受け取ったヒトが『いらないし』って言って捨てたか燃やしたかしたっていう。

あの話、誰かが得したか?

地上にいたひとびと、だーれにも善いことなかったんだよなー。

月の世界のひとにとっては、事情のあるお嬢さんをこっちに『ふんっ!!』て投げて何かを解決して、めでたし良かったお仕舞い。で済んだのかもしれないけど。


ってことはですね。


お犬さんと一族の皆さんにこの先いいことが待ってるとは限らないわけで。


「ねえお犬さん」

とあたしは声をかけた。

「もしも気に障ったらごめんね。あたしの考えたこと、言っていい?」

「うむ」

「主守の鎧を盗んだのは月満守さん……てこと、ないかな」

「そ、それは!」


お犬さんが目を見開いたのと同時に、突然あたしのスマホが鳴りだした。

うわっ、何この曲!

パパが好きな曲だよって言って教えてくれて、聴いたことある。

から知ってる、これぷろこるはるむだ。

でもあたしこんなメロディ、スマホに入れてない。


そして建物の外が妙に明るくなり始めた。

松明やろうそくのレベルじゃない。めっちゃ明るい。


「しまった。月満守様のご到着だ。予定よりずいぶんと早い……」

お犬さんがうめいた。


えー、予定より早く来る花婿って何。

そして駆け落ちはどうなるのー。


「お犬さん!」

「すまぬ、もう余裕がない。お方様のところへ参るゆえ、ユウア殿は急ぎこの部屋を出られよ。ダッフルはさきほどこの屋敷に上がった玄関に居る者が預かっている」

「えっ、だってだって、お犬さんとお方様の駆け落ちは?」

「わたしと我ら一族のことはもうお気になさらず! ユウア殿がご自分のお国に無事に帰られよう祈っておるゆえ、息災で!」

「待ってってば」

お犬さんは部屋から駆けだしていってしまった。



2018/01/25 21:05

riutot


スマホはまだ鳴ってる。


鳴っている。


スマホはまだまだ鳴っている。

出るべきか出ざるべきかそれが問題だ。


でもでも。

これってさ。

誰がかけてきてるの?

電波つながらない場所のはずだよね。


うう、怖いよー。

怖いけど出てみよっか。


「もしもし……」

『お前は誰だ』


あっ、だめなやつだ。

こういうのイヤ。嫌い。許さない。

すぐに切った。


で、またすぐにぷろこるはるむが鳴った。

「もしもし……」

『何故そこにいる』

「あたしの勝手でしょ!」


キツめに言ってまたすぐに切った。

ふざけるな、ですよ。


また鳴った。

「ちょっと。人の名前聞く前に、自分から名乗れば?」

『ツキミツルノカミだ』

げっ……。


「こっちの番号、どうやって知ったんですかー」

『我らのテクノロジーをあなどるな。わたしの問いに答えていないぞ。お前は誰だ。この時空に存在しないはずの端末を所持しているのは何故だ』

「答えないし」

バッテリー惜しいから切る。もう出ないからね。


でも無駄だった。部屋の前の戸に、不自然な明るさの光。

あ、わたしがいた世界だったら不自然ではなかったかもしれないLEDぽい明るさだけど。

この屋敷には不釣り合いな真っ白さで、何かが近づいてくる。


「そこにいるな」

さっきの電話の相手の声が、真正面から聞こえてきた。

初対面の相手にむかってその口調。失礼じゃない?

返事をしないでいたら、

「おっと。これはこれは。失礼した。時空違反者か脱法トラベラーかと思ったのでな。少し待ってもらいたい……よし、今、調べがついた。この次元へ入り込んでしまったのは……おお、そうか。クリスマス・フュージョン・プロジェクトの参加者と。どうか無礼をお許しあれ、では引き続きよい旅を」


何言ってるんだろ、この光のひと。

てか、ツキミツルノカミって神なの? 人なの?


「すいません、ちょっと聞いていい?」

「どうぞ」

 光の声は愛想良く答えた。


「あなたはツキミツルノカミですよね」

「いかにも」

「お方様の主守の鎧ってやつ、盗んでないですか?」

「人聞きの悪い。メンテナンスが必要だったので回収しただけだ。もうじき、時空間ダイレクト便でこちらへ届く」


あ、なんだー。よかったー。

って、安心してる場合じゃない。


「ツキミツルノカミさんて、お方様をお嫁さんにして連れていくんですよね」

「お嫁さん?」

「結婚式ですよね、今夜。月、赤いし」

「月が赤いのはエネルギー管理局のプログラムだ。わたしとしては月が青くても黄色くてもかまわない。月の色は今夜のわたしの仕事とは関係ないのでね。それともうひとつ。結婚はわたしの世界では存在しない」


はい?


「結婚制度は百年ほど前に廃止されている。君の世界ではまだ人々が結婚しているようだが」

「はあ。まあ」

「聞きたいことはそれで全部かね。では」

「ああああ、待って。もうひとつ」

「あまり時間がないのだが。手短に」

「えっとー。そのー。お方様とお犬さんは、つきあってると思うんです……」

「ん?」

「なので、引き離さないであげて欲しい……今夜、お方様はツキミツルノカミさんのところへ行っちゃうんでしょ? それ、可哀想だと思うんですよね」


「すまないが、君が何を言っているのかさっぱりわからない。お犬さんとは誰のことか」

「えっ、さっきまでここであたしと話してたひとですけど」

「ここは絶滅危惧Ⅲ類1群の歌犬族(うたいぬぞく)の生息域であり、人、すなわち君の考えているところのいわゆる『人間』は存在しない。お方様というのは、群れを保護し、管理し、これ以上の減少を防ぐために駐在している生物学者のことかと思われるが」

「え、そうなんですか。にしては、わたしが住んでいた世界の、ふるーい時代の衣装着てるし、設定がもろ大河ドラマなんですけど」

「ほう」


光が近づいてきて、さらに明るくなった。

で、その光のなかから、丸いものが……正確には、高さ2メートル近い球が現れた。

あ、これ、見たことある。イルミネーションの一種だ。

湘デパのちょっと北側の丘の上、フラワーガーデンにはこれと同じイルミネーションの球が飾ってある。


「そうか……」

と光る球は言った。


「君は時空と次元を通過したとき、『知識のなかにあるものを観る』をデフォルトにしたのだね。なるほど、理解不能なものを観て混乱すれば帰還に障る。元の世界に戻ったときに、不適切な情報が異次元や異時空に紛れ込んでしまう危険もあるから」

「意味わかんないー」


「説明してあげたいのはやまやまだが、今は時間がない。とりあえず、君の一番の希望を今聞こう」

「お犬さんとお方様を引き離さないで!」

「それはできない。研究員の任期は君の世界で言うところの……約20年。超過勤務は法律違反だ」

「じゃあ、お犬さんを、お方様と一緒にツキミツルノカミさんの世界へ連れていってもらうっていう案は?」

「ずいぶんと粘るね……」

光る球が笑った。


「時間というものについて、君の知識と意識では想像がつかないかもしれないが、お犬さんと君が呼んでいる個体に……個体という言い方はひどいな。お犬さんというひとに、ギフトをつけよう。それでどうかな」

「ギフト」

「歌犬族としては長寿になるように、そして生存中いつでも任意の時点で自己を再生できるように。加えて、記憶と意識は全経時データを継続してお犬さんに備わるよう手配しよう。わたしの同僚の研究員……つまり君の言うところの『お方様』は、いつか再びこの地に赴任するはずだ。お犬さんがそれまで待てるなら、この提案は悪くないと思う」


「それ、あたしが決めちゃっていいんですか。人のことなのに」

「君は特典持ちだからね」

「はい?」

「つまり、クリスマス・フュージョン・プロジェクトの」


 それ。さっきも聞いたけど意味わからない。


「稀少な歌犬族であるお犬さんの望みと命、そして研究員であるお方様の仕事、この両方をキープしてなおかつ、お犬さんが別離による心理的な打撃を受けないようにケアするとなると、この方法がベストだと思う」

「お犬さん、悲しんだりしないんですよね。離ればなれになって悲しいとか、寂しいとか、不安になったり、泣いたりしないようにしてくれるんですね?」

「ツキミツルノカミの名にかけて約束しよう」

「お方様がいなくなったあとでお犬さんが一粒でも涙をこぼしたら、あたし、怒りますから」

「守は約束を違えない」

「ねえ、お方様もカミなの? ツキミツルノカミさんと同じように」


返事はなかった。

目の前の球はだんだんに昏くなっていって、10秒くらいで光はすっかり消えてしまった。


「……むすめ」


 どこか遠いところから、お方様の声が聞こえてくる。


「お方様、もう行っちゃうんですか」


「巡り来て雪ひとひらの淡きゆめ」


そういえばお方様に最初に会ったときもお歌をいただいたんだっけ?

歌にはならないけれどなんとなく

「忘れないでね約束を」

そんな言葉があたしの口をついて出た。


お方様から返事はなくて、代わりに、ほわーんという優しい電子音があたしを包んだ。

次の瞬間、雪の結晶の模様が床と壁と天井とにぱーっと広がった。

わああ、ARみたい。

綺麗〜


雪の結晶が降り注ぐ部屋。

天井には大きな水色の月が浮かんだ。

その月をめがけて淡い桃色の光の粒が、小さな小さな牛に引かれてゆっくりと。


ああ、お方様の乗った牛車なんだ。

天翔る光のひとしずくが今、月に還ってゆく。


お方様。

さよなら。

いつか必ず来てくださいね。

お犬さん、きっと待ってますから。




2018/01/25 21:08

riutot



部屋を満たしていた雪の結晶の映像が次第次第に薄れていって、やがてすっかり元の部屋になった。


さて。

どうしよう。

とりあえずスマホ。持ってる。

バッテリー残り半分。大丈夫。


お犬さんを探して、さっきツキミツルノカミと交わした約束のことを伝えなくちゃ。

ところであたし、この部屋に案内されてから一回も屋敷の外へ出てなかったんだよね。


どこへ行けばお犬さんに会えるのか、わからない。

それと、正直なところ、寒い。

ダッフルコートそろそろ返してもらえないかな。



「おやおや」

後ろから声が聞こえた。

そして、がちゃりと。金属的な音。

振り返ってあたしは息を呑んだ。


うーわー! こここ怖い!


鎧。鎧だよ、鎧っ!


しかも天井近くまであるよ、でかすぎるっしょ。

しかも鎧のなか、空っぽっぽい。


鎧の部分は見えるけど、関節のところが隙間。透けて見える。

透明人間が入ってるんじゃなければ、この鎧は中身ゼロってことよね。


「な、何者なの?」


鎧はきしむ金属音とともにあたしに少し近づいた。

「ほほう、これが生き物というものなのだね、ギン? そうか、仔猫よりは少し大きいというところか」


しゃべるんだ、鎧さん。空っぽなのに。

でももう何が起きても驚かない。

この世界は不思議が普通。


「ふむふむ。そうか。私の最初の仕事は、この仔猫に君を託すと……」


鎧がゆっくりと手をさしのべてきた。

金属に覆われた指が開く。

手のひらは見えないから、手らしきあたりは空間。

その空間にふわっと載ってる雰囲気で、小さな指輪がひとつ。


「あっ! これ!」

タイトの指輪だ!

湘デパのファンジン&マジンで買った指輪。


「鎧さん! どうしてこれを?」


あたしが指輪を受け取ると、鎧の手がまたゆっくりと戻っていった。


「にゃーにゃーと言っている……そうか、なるほど。生き物とはにぎやかなものだな。ほう、個体の温度は摂氏30度以上。この気温でこの体温を保っているとは、どういう内燃機関が備わっているのだろう」


何言ってるのかわかりません。

だいたい、あたし『にゃーにゃー』なんて言ってないし。


「さて、ではわたしはここで仕事を始めよう。ギン、君がその仔猫とともに、元いた街へ帰れるよう祈っているよ。楽しい旅になるように。では」


カシャンカシャンと音がして、鎧の形が少しずつ変わっていった。

グレーっぽい金属だった部分に色が付き始める。

つるんつるんだった表面には、日本の古い鎧みたいな飾りが浮かび上がる。


変身する鎧。

珍しいからこれもスマホで撮影しておこう。

動画も撮りたいけどバッテリーが心配だから我慢我慢。

三分くらいで鎧のトランスフォーム終了。


なんか、いかめしーい、由緒ありそうな鎧ができあがった。

うん、この部屋には似合ってる。


「ユウア」

手の中の指輪があたしを呼んだ。

「ぼくはギンだよ。ここでユウアに会えてよかった」

「わー、ギンっていうんだ。名前あるんだね。しかもしゃべるんだー」

「聞こえてるんだね、よかった」


小さな小さな指輪、ギン。

でも元気出る。すごく嬉しい。


「鎧さんに連れてきてもらったの?」

「うん。途中でいろいろあったけれど。この鎧さんはナイスガイ(鎧)さん。僕をここへ連れてくる代わりに、神様にお願い事をひとつしたんだ」

「どんな?」

「そのお願い事をするチャンスを、僕に譲ってくれた。ナイスガイさんはとてもいい鎧さんなんだよ」

「なるなる。いいひと……」

てか、とてもいい鎧さんだね。


「それでね。僕はユウアかタイトかフェンに会いたいってお願いした」

「フェンって?」

「僕と一緒にいたもうひとつの指輪」

そっか。あの指輪、ひとつの指輪がふたつに別れる形だったね。


「で、僕は本当は、ここにいたらいけないので、なるはやで退去しなさいって言われてる」

「はい?」

「だから、一緒にここから出よう」

「出てどこへ行くの?」

「この屋敷を出るだけでいいんだ」

えー、そんなあっさりと。


手の中のギンを見ながら、半信半疑で部屋の外の廊下にあたしは出…………






2018/01/25 21:10

riutot

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登場人物紹介

タイト

ユウア

フェン

ギン

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