「ど、どうしよう、タイト、またあの吹雪の中に行っちゃったのかな」
ユウアは急いで自分のスマホを取り出した。
ホームボタンを押し、
「タイトを連れて帰って! モバイルさん、お願い!」
ユウアのスマホは、タイムマシンのモバイルじゃないから、
『タイトを連れて帰ってという項目について以下のサイトが見つかりました』
役にたちそうにない情報が表示されただけみたい。
あああ、だめだ〜とユウアはしゃがみこんだ。
でもモバイルを持ったままのタイトをわたしたちは追いかけられない。
マシンは雪の中に置いてきてしまったのだし。
「もう! 許さない!」
ユウアはまたまた憤然と立ち上がり、両手を口の横に添えて上を向いた。
「わおおおおーん!」
えっ?
なんで突然、遠吠え?
「きゃー。助けてー。狼さん、とても優しい狼さーん!」
わあ。
わらわらわらと、何かが湧いて出たよ。
天井から、床の下から、壁の向こうから。
ありとあらゆるところから。
狼の形をしてはいるのね。
けど、二足歩行なの。
なんなの、このけものたち。
「どうした、忍びで遠吠えの下手な娘」
いっとう大きな狼が、ユウアに問いかける。
「来てくれたんだ。わりと優しいんだね、狼さんたち」
「とても優しい!!」
「あたしたち、今、すごい困ってるの」
「そうか。助けてやろう。どうしたらいい」
「そこに立ってるカンリキョクっていう面々、追い払ってもらえないかな」
「おお、追い払うだけか。お安いご用だ」
狼たちががーっと口を開ける。
わー。
すごい牙。
ヴるるるるっ、って唸る。
鼻の両側のシワ、怖い〜。
その場にいた管理局の歩兵たちは、ひゃああと悲鳴を上げて逃げ出した。
逃げ惑う歩兵を、狼さんたちが追いかけていく。
狼さんたちは壁をすり抜けていけるから、人間にやすやすと追いつけるみたい。
でも襲ったりはしないみたいで、ところどころで唸ってみせたり、飛びかかってみたり、押し倒して顔をべろんべろんと嘗め回したりするだけみたいね。
五分もしないうちに、管理局の面々は全員、館から逃げ出しちゃった。
どこか遠くで、バスのエンジンみたいな音が聞こえ、ぶうううと言いながら遠ざかっていった。
管理局の移動って、マイクロバスなんだー。
なんか笑っちゃう。
「お犬」
お方様が犬山内匠頭さんの鎧に手を触れた。
内匠頭さんを縛ってた縄がはらりと落ちる。
「データはここか」
「はい。お方様」
「むすめが案じておろう、守主の鎧を起動してモバイルを呼び、さきほどの男子タイトとやらをここへを連れ戻るよう、命じなされ」
「御意」
犬山内匠頭さんが、鎧をの胸元の飾り紐を軽く引く。
鎧はその場でぽんぽんっと分割分離して、たくさんのパーツに別れて宙に浮いた。
「ナイス鎧さん、かっこいいなあ」
ギンがうっとりしたように呟く。
珍しい、ギンがわたし以外の誰かに関心を持つのって。
ギン、少しだけアプデしたのね。えらいえらい。
よく頑張った。
一度はばらばらになった鎧だけど、床近くでまとまって、もう一度、それぞれのパーツが組み合わさっていって、最後はまた鎧のかたちになった。
「守主よ、タイトを連れて戻れ」
内匠頭さんが呼びかける。
『御意』
ナイス鎧さんこと守主の鎧の答えも古風なのね。すてきー。
『ホラガイナラスのほうはいかがいたしましょう』
「吹雪は一昼夜。いずれ止む。そのあと自力で帰還するであろう。法螺貝殿のことは捨て置けばよい」
『承知いたしました』
数秒後、タイトが万歳したような格好で戻ってきた。
戻るなり、
「わあっ!」
叫んで床に転がっちゃった。
吹雪の中で法螺貝に襟元掴まれていたところだったのかしら。
「タイトーーーー!!」
ユウアがタイトにしがみついた。
なのでわたしとギンもタイトにしがみついた格好。
んんー、でもでも。
わたしには、猫耳のお嬢さんが案山子に飛びついたように見える……んだけどね。
そこにいた全員が、『良かった良かった』みたいな顔になってて、ちょっとほっこり。
やがて犬山内匠頭さんが、ぽんぽんと手を打った。
「皆々。今宵は格別の働き、礼を申す。ことに、ユウアとタイト。そなたらの助力がなければ、この難事を解決することはできなかった。かたじけなくも、ありがたく、礼の申し述べようもなく思う」
「わたしたちだけじゃなくて、この指輪のフェンとギン、フェンが連れてきたノアとフェレットも、褒めてあげてください」
ユウアったら。
もう、いい子なんだからー。
「すいません、エリザベス・カラスも頑張ったんで、一応」
タイトがもそもそっと言い足して、内匠頭さんが苦笑い。
「存じております。烏丸(カラスマ)殿ですね」
タイトはちょっと首を傾げて不思議そうな顔になったけれど、それ以上のことは言わなかった。
友達を案じているのかな、タイト。
大丈夫、カラスさんは妖精さんだから。
って、根拠ないけど。
「お犬さん、お方様、また会うことができて嬉しいです。いろいろなことがちゃんとなって、よかったですね」
「ほんにのう。そなたのおかげじゃ、むすめ。それとそなたの友たちの」
お方様が優しく微笑む。
「じつは、この里は、管理局の手違いで長らく導入路が閉ざされておったのじゃ。大切に保護されてしかるべきふたつの種、歌犬族と笑狼族の存在を、管理局はなかったことにしたかったのやもしれぬ。自らの手落ちを隠蔽しようと」
「ひっどーい」
「ありがち」
「だめじゃん」
「なんだかなあ」
全員でブーイング。
「なれど、フェンがエルスカトゥリェ樹に嘆願してくれたおかげで、道が開いたのじゃ」
あ、よかった。わたし、本当にお役にたてたんだね。
「またユウアが月満守に提案してくれたおかげで、お犬の20世代クローン、タクローが時空時極移動の可能なマシンの開発に成功したのじゃ。ユウアがいなければ、今回の導入路再開は叶わなんだであろう」
「わあ。あたしのせいでタイトもフェンもギンも、たいへんなことになっちゃって、どうしよーって思ってたから、ちょっと嬉しいかも」
ユウア、責任感強いんだなあ。
でもみんなで楽しんだんだから、もういいとわたしは思うの。
ギンもきっとそう思ってる。
「また、ユウアを助けようとて、最後には仲間すべてを助けることになったタイト。そなたの勇気には心底感じ入りました」
「あ、いえ、まあ、そんなことも……」
タイトの肘のあたりをユウアがつつく。
「お役にたててよかったなって、楽しかったし」
タイトったら照れっ照れ。
「そしてギンよ」
「はい」
「いと小さきものながら、そなたの有り様はたいそう大きなことでありましたね。そなたがおらねば、タイトとユウアが相まみえることもなく、手を携えてここへ立つことも叶いませんでした。月満守より今回の報償として、望み一つをかなえてしんぜましょうと言付かってきています。何かありますか」
「……ぼくは、特に、何も……フェンとずっと一緒にいられたら、それで」
「無欲だこと」
ほほ、と、お方様はほがらかに笑った。
「では、皆をそれぞれの元の住まいに送りまいらせよう。特別によき乗り物を用意したゆえ、さ、お乗りやれ」
部屋の中に、ほやほやーんと、金色の雲のようなものが現れた。
真ん中には、タクローの作ったタイムマシンに似た橇……え? 似てるんじゃなくて、本物?
さっき、モバイルの力では運べないって言ってなかった?
あ、守主の鎧さんこと、ナイス鎧さんが回収してくれたのね。
ありがとう、ナイス鎧さん。
鎧さんがほわんほわん、と二度、明るくなって返事をしてくれた。
「ユウアとタイトとで乗りなされ。ユウアはフェンとギンを指に。ノアはフードに、フェレットは……タイトのポケットに」
フェレットは束の間、じっとしたあとで、いきなりタイトの鼻に咬みついた。
「いってーーーーー!!」
そしてすぐに、離れて、タイトの上衣のポケットに潜り込んだ。
うふふ、フェレットらしい愛情表現だったのかな?
笑いながら、ユウアがタイムマシンに座り、その後ろにはタイト。
ノアたんはフードの中に収まり、フェレットはタイトのポケットから顔だけ出してた。
準備完了ってことね!
モバイルはちゃんと橇の前にあって、ふわんふわんと浮いてる。
わたしを指にはめたまま、ユウアが手を伸ばした。
「うん。そのボタンだよ。押してみてユウア」
タイトが優しく囁いた。
わーん、なんなのその優しい声。
案山子なのに。反則だよ、タイト。
ふるるん、とタイムマシンは起動した。
そしてゆっくりと、滑るように動き出した。