フェン【後編】

文字数 8,836文字


「ど、どうしよう、タイト、またあの吹雪の中に行っちゃったのかな」

ユウアは急いで自分のスマホを取り出した。

ホームボタンを押し、

「タイトを連れて帰って! モバイルさん、お願い!」


ユウアのスマホは、タイムマシンのモバイルじゃないから、

『タイトを連れて帰ってという項目について以下のサイトが見つかりました』

役にたちそうにない情報が表示されただけみたい。


あああ、だめだ〜とユウアはしゃがみこんだ。

でもモバイルを持ったままのタイトをわたしたちは追いかけられない。

マシンは雪の中に置いてきてしまったのだし。


「もう! 許さない!」

ユウアはまたまた憤然と立ち上がり、両手を口の横に添えて上を向いた。


「わおおおおーん!」


えっ?

なんで突然、遠吠え?


「きゃー。助けてー。狼さん、とても優しい狼さーん!」


わあ。

わらわらわらと、何かが湧いて出たよ。

天井から、床の下から、壁の向こうから。

ありとあらゆるところから。


狼の形をしてはいるのね。

けど、二足歩行なの。

なんなの、このけものたち。


「どうした、忍びで遠吠えの下手な娘」


いっとう大きな狼が、ユウアに問いかける。


「来てくれたんだ。わりと優しいんだね、狼さんたち」

「とても優しい!!」


「あたしたち、今、すごい困ってるの」

「そうか。助けてやろう。どうしたらいい」

「そこに立ってるカンリキョクっていう面々、追い払ってもらえないかな」

「おお、追い払うだけか。お安いご用だ」


狼たちががーっと口を開ける。

わー。

すごい牙。

ヴるるるるっ、って唸る。

鼻の両側のシワ、怖い〜。


その場にいた管理局の歩兵たちは、ひゃああと悲鳴を上げて逃げ出した。


逃げ惑う歩兵を、狼さんたちが追いかけていく。

狼さんたちは壁をすり抜けていけるから、人間にやすやすと追いつけるみたい。


でも襲ったりはしないみたいで、ところどころで唸ってみせたり、飛びかかってみたり、押し倒して顔をべろんべろんと嘗め回したりするだけみたいね。


五分もしないうちに、管理局の面々は全員、館から逃げ出しちゃった。

どこか遠くで、バスのエンジンみたいな音が聞こえ、ぶうううと言いながら遠ざかっていった。

管理局の移動って、マイクロバスなんだー。

なんか笑っちゃう。


「お犬」

お方様が犬山内匠頭さんの鎧に手を触れた。

内匠頭さんを縛ってた縄がはらりと落ちる。


「データはここか」

「はい。お方様」

「むすめが案じておろう、守主の鎧を起動してモバイルを呼び、さきほどの男子タイトとやらをここへを連れ戻るよう、命じなされ」

「御意」


犬山内匠頭さんが、鎧をの胸元の飾り紐を軽く引く。

鎧はその場でぽんぽんっと分割分離して、たくさんのパーツに別れて宙に浮いた。


「ナイス鎧さん、かっこいいなあ」

ギンがうっとりしたように呟く。

珍しい、ギンがわたし以外の誰かに関心を持つのって。

ギン、少しだけアプデしたのね。えらいえらい。

よく頑張った。


一度はばらばらになった鎧だけど、床近くでまとまって、もう一度、それぞれのパーツが組み合わさっていって、最後はまた鎧のかたちになった。


「守主よ、タイトを連れて戻れ」

内匠頭さんが呼びかける。


『御意』

ナイス鎧さんこと守主の鎧の答えも古風なのね。すてきー。


『ホラガイナラスのほうはいかがいたしましょう』

「吹雪は一昼夜。いずれ止む。そのあと自力で帰還するであろう。法螺貝殿のことは捨て置けばよい」


『承知いたしました』


数秒後、タイトが万歳したような格好で戻ってきた。

戻るなり、

「わあっ!」

叫んで床に転がっちゃった。

吹雪の中で法螺貝に襟元掴まれていたところだったのかしら。


「タイトーーーー!!」

ユウアがタイトにしがみついた。


なのでわたしとギンもタイトにしがみついた格好。


んんー、でもでも。

わたしには、猫耳のお嬢さんが案山子に飛びついたように見える……んだけどね。


そこにいた全員が、『良かった良かった』みたいな顔になってて、ちょっとほっこり。


やがて犬山内匠頭さんが、ぽんぽんと手を打った。


「皆々。今宵は格別の働き、礼を申す。ことに、ユウアとタイト。そなたらの助力がなければ、この難事を解決することはできなかった。かたじけなくも、ありがたく、礼の申し述べようもなく思う」


「わたしたちだけじゃなくて、この指輪のフェンとギン、フェンが連れてきたノアとフェレットも、褒めてあげてください」

ユウアったら。

もう、いい子なんだからー。


「すいません、エリザベス・カラスも頑張ったんで、一応」

タイトがもそもそっと言い足して、内匠頭さんが苦笑い。

「存じております。烏丸(カラスマ)殿ですね」


タイトはちょっと首を傾げて不思議そうな顔になったけれど、それ以上のことは言わなかった。


友達を案じているのかな、タイト。

大丈夫、カラスさんは妖精さんだから。

って、根拠ないけど。




「お犬さん、お方様、また会うことができて嬉しいです。いろいろなことがちゃんとなって、よかったですね」

「ほんにのう。そなたのおかげじゃ、むすめ。それとそなたの友たちの」


 お方様が優しく微笑む。


「じつは、この里は、管理局の手違いで長らく導入路が閉ざされておったのじゃ。大切に保護されてしかるべきふたつの種、歌犬族と笑狼族の存在を、管理局はなかったことにしたかったのやもしれぬ。自らの手落ちを隠蔽しようと」

「ひっどーい」

「ありがち」

「だめじゃん」

「なんだかなあ」

全員でブーイング。


「なれど、フェンがエルスカトゥリェ樹に嘆願してくれたおかげで、道が開いたのじゃ」

あ、よかった。わたし、本当にお役にたてたんだね。


「またユウアが月満守に提案してくれたおかげで、お犬の20世代クローン、タクローが時空時極移動の可能なマシンの開発に成功したのじゃ。ユウアがいなければ、今回の導入路再開は叶わなんだであろう」

「わあ。あたしのせいでタイトもフェンもギンも、たいへんなことになっちゃって、どうしよーって思ってたから、ちょっと嬉しいかも」

ユウア、責任感強いんだなあ。

でもみんなで楽しんだんだから、もういいとわたしは思うの。

ギンもきっとそう思ってる。


「また、ユウアを助けようとて、最後には仲間すべてを助けることになったタイト。そなたの勇気には心底感じ入りました」

「あ、いえ、まあ、そんなことも……」

タイトの肘のあたりをユウアがつつく。

「お役にたててよかったなって、楽しかったし」

タイトったら照れっ照れ。



「そしてギンよ」

「はい」

「いと小さきものながら、そなたの有り様はたいそう大きなことでありましたね。そなたがおらねば、タイトとユウアが相まみえることもなく、手を携えてここへ立つことも叶いませんでした。月満守より今回の報償として、望み一つをかなえてしんぜましょうと言付かってきています。何かありますか」

「……ぼくは、特に、何も……フェンとずっと一緒にいられたら、それで」


「無欲だこと」

ほほ、と、お方様はほがらかに笑った。


「では、皆をそれぞれの元の住まいに送りまいらせよう。特別によき乗り物を用意したゆえ、さ、お乗りやれ」


部屋の中に、ほやほやーんと、金色の雲のようなものが現れた。

真ん中には、タクローの作ったタイムマシンに似た橇……え? 似てるんじゃなくて、本物?


さっき、モバイルの力では運べないって言ってなかった?


あ、守主の鎧さんこと、ナイス鎧さんが回収してくれたのね。

ありがとう、ナイス鎧さん。

鎧さんがほわんほわん、と二度、明るくなって返事をしてくれた。



「ユウアとタイトとで乗りなされ。ユウアはフェンとギンを指に。ノアはフードに、フェレットは……タイトのポケットに」

フェレットは束の間、じっとしたあとで、いきなりタイトの鼻に咬みついた。


「いってーーーーー!!」

そしてすぐに、離れて、タイトの上衣のポケットに潜り込んだ。

うふふ、フェレットらしい愛情表現だったのかな?


笑いながら、ユウアがタイムマシンに座り、その後ろにはタイト。

ノアたんはフードの中に収まり、フェレットはタイトのポケットから顔だけ出してた。


準備完了ってことね!


モバイルはちゃんと橇の前にあって、ふわんふわんと浮いてる。


わたしを指にはめたまま、ユウアが手を伸ばした。

「うん。そのボタンだよ。押してみてユウア」

タイトが優しく囁いた。


わーん、なんなのその優しい声。

案山子なのに。反則だよ、タイト。


ふるるん、とタイムマシンは起動した。

そしてゆっくりと、滑るように動き出した。



2018/01/26 18:01

riutot

マシンのまわりを淡い金色の雲が取り巻いているのは、お方様と犬山内匠頭さんからのプレゼントかしら?


ふわっと浮いて、すーっと部屋から出る。



大きくて真っ白な犬の群れが、わたしたちを見上げていた。

そして、どこか笑ったような、ふざけたような顔の狼の群れも。


ナイス鎧さんこと、守主の鎧さんも、ゆらゆらと揺れてる。


幸せそうなお犬さんこと、犬山内匠頭さんと、寄り添って微笑んでいるお方様。


みんな手を振ってくれてる。

ありがとう、皆さん。

どうか末永くお幸せに。




そうして館を出ると、眼下に一カ所だけ、真っ白になって風が吹き荒れ、そこだけ猛吹雪になっている一画があった。


なあんだー。

吹雪のエリアって、縦横100メートルくらいしかないんじゃない?

そして、

半ば雪に埋もれたような丸い玉の中には、膝を抱えてしょんぼりしているホラガイの姿が。

か、可哀想だけど、なんか。笑っちゃう。

明日、雪が溶けるといいね。


「ねえ、雪が降ってたのって、あんな小さい範囲だったの? だまされたような気がするなあ」

ユウアがぷんとむくれていた。

「日本史全部範囲だって言われて、必死で勉強したら、戦国時代だけしか出題されなかった、みたいな感じ」

 何言ってるんだと、タイトが優しくいなしてる。

「無事でいてくれてありがとう、ユウア」

タイトが後ろからユウアを抱きしめたらしい。

ユウアの手にはまっているわたしとギンのすぐそばにタイトの手が来た。


「本当のこと言うと、妖精のテラスに指輪を置くなんて、子供じみててなんだかなって、思ってたんだ」

タイトのおだやかな声。

うふふとユウアが笑う。

「でも、ユウアの言うとおりにして良かった。冒険は楽しかったし。思いがけない友達もできたし。何より、ユウアのことがよくわかった。ユウア」

「なに?」

「大好きだ」


きゃー!

きゃー、きゃー×10。


『ピロローン! ティルナノグの草原です』

って、モバイル。

察しなさいよー。

無粋なんだから。


「わあ。この草原、すっごい広い……」

ユウア、感激したみたい。


『橇の通過を待ちますので三十秒ほど停止します』

あ、もう一度、お会いできるのかしら、サンタさんに。


遠くから鈴の音。

九頭引きの大きな橇が、左から近づいてくる。

橇はおおらかに、わたしたちの頭上を横切っていった。


わああ、手を振ってくれてる。嬉しいかもー。

ユウアとタイトも、手を振っていた。


『ピロローン! エルスカトゥリェよりクーポンが届きました』

モバイルにはメッセージが表示されていた。

『今から十分間、滞領可能です。ご利用になりますか』


「お願いします」

タイトが返事してる。


大きな樹から小さなプレゼント。

願い事の樹エルスカトゥリェの樹冠の上を私たちは通り過ぎた。


さっき来たときは、どうしていいのか全然わからなくて、途方にくれたんだけれど。

今はなんだかこの樹が懐かしい。


あ、いたいた。

エリザベス・カラスさんが、樹冠の一番上にいて、手を振ってる。


「ありがとー!!」

タイトが大きな声で呼びかけた。


よせよ、というようにカラスさんが肩をすくめてみせた。

照れるじゃないか。って?


素直じゃないんだから。

でもそういうところがカラスさんらしいかも。


エルスカトゥリェを通り過ぎてしばらくすると、今度は雪に覆われた森林域が眼下に広がった。


「ここ、わたし知らない。どこ?」

「北緯44.195,西経26.189」

ギンが教えてくれた。

「ナイス鎧さんの住んでいた街だよ。ここにはペルトガしかいないんだって。でも、ぼくが会ったペルトガさんたちはみなとっても親切だった」

「いつか、一緒にここへ来てみたいね、ギン」

「うん」

タイムマシンは高度を下げて、家々の屋根がよく見えるように飛んでくれてた。


「……あ、テディさんだ。屋根の上で手を振ってくれてる。あ、ニンジンさんも。ふわふわの自動車さんもいる。会ったのはほんのちょっとだったのに。嬉しいなあ」


わたしとはぐれたギンが、最初に行った街なんだね。

屋根の上のテディさん、ニンジンさん、自動車さん。

雪に濡れるのも厭わずに見送ってくれてる。

「ありがとー!」

「ありがとうねー!」

わたしとギンの代わりに、ユウアとタイトが大きな声でお礼を言ってくれてた。


モバイルから、静かな優しい音楽が聞こえてきた。

あ、この曲知ってる。

男の人ふたりでさいれんとないと歌ってるのよね。そして歌と一緒にニュースが聞こえてくるの。


『こんばんは。七時のニュースです』

うふふ、モバイルもオマージュするのね。

うん、雰囲気、合ってるよ。


『管理局移動性乗用制作物第二管理課課長代理・法螺貝均(ほらがいならす)氏に不祥事隠蔽の疑いがあるとして、先月閣僚入りした月満守氏が証人喚問を要請しました。月満守氏によりますと、法螺貝氏は過去四百年にわたって絶滅危惧種Ⅲ類となっていた歌犬族と笑狼族の生息地域の導入路を不法に閉鎖したと……』


『ニュースの途中ですが、犬山タクローの住む街を通過いたします。一分少々で会話が可能となります』

モバイルがニュースをぶった切り。


このモバイルさんも、タクローさんの個性っていうか、思いやり深いんだけど、どこかマイペースなのね。面白いなあ。


「そろそろ、タクローさんの街なの? じゃ、この服を返さなくちゃ」

ユウアがダッフルを脱ごうとした。

「じゃ、ユウアは僕のジャケット着て」

「え、だめだよ、寒いよ?」

「俺は男なんだから寒いのなんか平気だ」

「俺はやめなさい俺は」

「なんでだよ」


あああ、うるさい、このバカップル!


『こんばんは、タクローです。フェン、ありがとう。』

モバイルにメッセージが表示された。

あっ、タクローさんだ。

釈放されたのね?

ユウアが気をきかせて、スマホの音声入力をONにしてわたしの前に置いてくれた。


「タクローさん、頼まれたこと、できましたー」

うん、もうわかってる、と、タクローさんは笑った。


『マシンを減速させるよ。こちらからトンボ型ケージを行かせるから、ノアとフェレットを乗せて』


『タクローさん、ダッフルコートもお返ししますー』

「それ、もともと、僕のご先祖様が、君の持ち主のユウアさんから借りっぱになってたものを参考にして作ったものだから。僕からお返ししてチャラってことでどう?」


「うん。わかった。ご先祖様と恋人の再会、うまくいってよかったです〜」

『全部、フェンのおかげだよ』

「ううん、フェレットにもノアたんにも、すっごく助けられた。わたしの相方と、わたしの持ち主ふたりも頑張ったの」

『そうなんだー。友達がいるんだね。四百年の課題が片付いたから、僕もこれからは友達を作って、僕自身の人生を生きることにするよ』


虹色に輝くトンボ型の、ドローンに似たマシンが飛んできて、私たちの横に停まった。

「フェレット。ありがとうね」

きゅーん、と鳴いて、フェレットはユウアの指にはまったわたしに、やわらかな頬をすりつけてきた。

別れが胸に迫って、ちょっと悲しい。


「ノアたん、いろいろとありがとうね」

ふんふん、ふふーんと、ノアは相変わらず楽しそうにハミングしてる。

フェレットとノアを乗せたトンボは、すいーっと離れて、街並のほうへ飛んでいった。


「タクローさん、幸せになってねー」

『君もね、フェン。寒空に水着スタイルはこれきりにして』

「もうっ!」


あはは、と、みんなで笑っちゃった。

「じゃ、行こうか。モバイルさん、最後の行程だね。湘デパへ、お願いします」



『……湘デパ到着です。ご利用ありがとうございました』


えっ!

えっ?


今、笑ってたのに。

到着って?


2018/01/26 18:14

riutot

えっ、と、思ったときには、もう湘デパのコンコースの上。



「あれ?」

「わっ、いきなりか。タイムマシン、どこ行った?」


ユウアとタイトもさすがにびっくりしたみたい。

マシンは消えていて、モバイルももちろんない。


ユウアとタイトはモニュメントツリーの前に立ってる。


そして。


妖精テラスには、わたしとギンにとてもよく似たつくりの、でも、別の指輪が載っていた。


「あ、これって」

ユウアが手をのばして、指輪を取り上げる。


「どういうこと? フェンもギンもわたしたちと一緒にいるのに、もうひと組って」


「あー……」


タイトが何かを思い出したように頷いた。

すこしのあいだ、黙っていたけれど。

決心したみたいに、ユウアと向かい合って立って。


タイトはユウアの手を自分の手の上に載せた。

わたしとギン。ユウアの手。その下にタイトの手。

タイトの手もあったかい。


「ユウア。フェンとギンを、ファンジン&マジンに返そう」

「えっ」


ユウア、びっくりしてる。

わたしも。あまりに意外だったから。


「フェンとギンはね。特別な指輪なんだ」

「それはわかるよ」

「特別な指輪には、その指輪にしかできないことがあってね。ひとりの人間が、独り占めしたり、勝手に力を使ったりはできないんだと思う。そんなようなことを、妖精のカラスが言ってた」


「そうなんだ……」


え? 

じゃあ、わたしたち。

ユウアやタイトとお別れしないといけないってこと?


「フェンとギンは、僕らの手に余る指輪だと思うよ。お店にあればまたきっと、カラスのような誰かしらが、指輪を守ってくれる。そしてまた、僕らと同じように、指輪と一緒に旅をしてミッションに参加する誰かに出逢うんだ」

「そんな。寂しいよ、ここまで一緒に頑張ったのに」


「ユウア。よく聞いて。僕とユウアと、フェンとギン、ノアとフェレットがイブの夜に出逢ったいろいろなことを、思い出すことができるよね。……と、いけない、カラスを忘れてたけど」

「うん」


「この思い出だけを僕らの宝物にしよう。指輪がこの世界の不思議なことのために存在するように、僕はユウアのために存在したい。そしてユウアをたいせつにする。約束するよ。」


ユウアはしばらく黙っていたけれど、やがて「うん」と小さく頷いた。



妖精テラスからもらった新しい指輪を、タイトはポケットに入れた。


そして、わたしたちはコンコースからエスカレーターに乗って三階まで運ばれていった。


湘デパの中に、クリスマスソングが流れてる。

わたし、この曲、知ってる。

クリスマスツリーの下には愛があるってこと、忘れないでねっていう歌。


ひとびとは買いものをしたり、笑いさざめいたり、寄り添ったりしていた。

ひとりのひと、ふたり連れのひと、友達同士、恋人同士、家族連れ。

幸せそうなひともいるけれど、どこかむっつりしてるみたいなひとももちろんいる。


クリスマスはさまざま。

ひとびともいろいろ。

でも。

ユウアとタイトとお別れするのがわたしはちょっと悲しい。

ギンも寂しいと思ってるのが伝わってくる。

ユウアとタイトは、エスカレーターに乗ってからひとこともものを言わないし。



三階まで行くと、モニュメントツリーの樹冠が目の前にある。

ウェストロードを半分進んで、西の奥。

そこにファンジン&マジンがあった。


お店に入って、タイトもユウアも、なんとなくゆっくりと、レジに向かう。


「すみません。ちょっといいですか」

タイトが声をかけた。


カウンター奥にいた恰幅のいい男性が振り返る。

店長さんだったかな、このひと。


「あの。これ、さっき、僕が買った指輪なんですけど」


はい、と店長さんは怪訝そう。


「サイズ、確認しないで買っちゃったんで、合わないんです」

そう言って、わたしとギンをガラスカウンターの上に載せた。

ユウアが涙ぐんでる。


わたしも泣きたい。


「フェン、大丈夫だよ。僕がそばにいるよ」

ギンが励ましてくれてる。


余計に悲しくなっちゃった。


「そうですか……レシートがあれば返金いたしますよ。それとも、他の商品と交換でも。価格少しくらいオーバーしてもいいですよ、クリスマスですしね」

店長さんはユウアを見て、同情しちゃったみたい。


「いえ。いいんです。レシート、なくしちゃったし。でも、指に合わない指輪を僕らが持っているより、この指輪を望んでくれる誰かに買ってもらったほうが指輪のためにもいいと思うんです。なので、お返しします」


店長さんはしばらくタイトとユウアを交互に見て、そうですかと、頷いた。

「じゃ、こちらのカードにね。スタンプ十個押してお渡ししますね。この一枚で、五百円相当のお買い物ができます。この次のご来店の時にお使いください」


はい、とタイトはカードを受け取った。

タイトはわたしを、ユウアはギンを、そっとひと撫でして。

「元気でね」

「楽しかったよ」

ふたりは一言ずつ言葉をくれて、それから離れていった。


ユウアとタイトがファンジン&マジンから出て行ったあとで

「大丈夫でしょうかね。今のふたり。ちょっとしょんぼりしてたけど」

若い店員さんは心配そう。


「そうだね。今回のテーマは、高校生にはちょっと難儀だったかもしれないね。でもまあ、良かったんじゃないかな」


店長さんの胸の名札は『月満』

若い店員さんの名札は『烏丸』


店長さんはレジに下の棚から、指輪用の箱を取り出した。


あ、この箱。覚えてる。

ずっとずっと昔。

わたしがまだ動物としか話ができなかったころに。

わたしの持ち主だった王様が作ってくれた箱だ。


「お帰り、フェン。お帰り、ギン」


店長さんはわたしとギンの溝を合わせた。

かちりと音がして、わたしたちは『ひとつの指輪』になった。


「お疲れ様でしたね。ゆっくり休んで」


若い店員さんの声が聞こえる。

カラスさんの声に似ていた。


でもそれもほんの数秒のことで。

メモリがいっぱい

になると

わたしの

記憶は

初期化

される

って

カラス

さん

言っ

た。


んー。



でもきっと。わたしもギンも。



ユウアとタイトのことは忘れない。








      イブに初デートしたらヤバい世界に飛ばされた件  ふぃん。


2018/01/26 18:17

riutot

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登場人物紹介

タイト

ユウア

フェン

ギン

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