第12話 みきわめと仮免検定

文字数 2,679文字

仮免の検定試験の前に、大事な段階が一つある。「みきわめ」だ。
 「みきわめ」というのは、実車の検定試験を受けていいかを判断するための時間で、仮免前の実技版模試といったところだ。
「みきわめ」でオッケーが出て、はじめて仮免検定の挑戦権を得ることになる。

 私が通っている自動車学校は担任制なので、先生は「みきわめ」なくても、私以上に私の実力を知っている。
 なので、私はいつものごとく先生に従い、いつもどおり仮免検定コースをヨロヨロ走り、先生もいつも通り指示と注意に終始して教習時間が過ぎた。
 何も上達している感がない、いつも通りの時間を過ごした後、先生は「みきわめ」にGOサインを記入し、私にも伝えた。
 一瞬「へっ?」となった。先生に言われるまで、この教習時間が「みきわめ」のための時間だなんて、わかってなかったのだ。
 前回、先生が「仮免を受けさせる」と言ったのは「『みきわめ』をします」の意味だったのか、と「みきわめ」の時間の最後の先生の言葉でようやく気が付いた。私は突き抜けて「鈍い」のだ。
 担任制ゆえ、いつもどおりの練習を行なっただけの私には、いきなり仮免を受けろと背中を突き飛ばされた気分だった。

 先生の立場になって考えれば。私の運転技術の惨状を充分に知ったうえで「みきわめ」にハンコを押す気持ちってどんなものなのだろうか? 生徒以上に気が重いに違いない。自動車学校の先生が押すハンコの重みは、私が先生の立場なら耐えられないと思う。
 なのに、先生は、私を次の段階に進ませるハンコを押した。重いハンコだ。

 とはいえ先生のハンコに思いを馳せ続ける余裕はないわけで。私は唐突に出現した仮免検定日への緊張で、からだがねじられるような感覚に襲われる。
 仮免検定が怖かった。何もかもが不安だった。その先に続く第二段階を考える余裕は全くなかった。

 不安の波にのみこまれながら、仮免検定当日を迎えた。いきなり物事が進みだす感覚に、気持は不安ばかりで、追い付かない。
 なんで仮免の試験の場に自分がいるのだろうか? 現実と乖離した感覚がつきまとう。
 試験官の先生【担当の先生ではない先生】と、いっしょに検定を受ける受験者が三人が車に乗り込んだ。地方の自動車学校なのに、随分生徒がいるように思われるかもしれない。予定していた閑散期に入校できず、更に第一段階の「みきわめ」の日には、すでに自動車学校は繁忙期に突入していた状況だったのだ。高校卒業前に免許を取得したい生徒が大量にやってくる時期になっていたから。

 話を仮免検定に戻そう。最初の受験者は、若い男性だった。MT車の試験だった。
 MT車なのに驚くほど上手だ。自分が下手なのは認識していたが、同じ検定試験を受ける段階で、こんなに運転の差があるものなのか【男性はMT車で、私はAT限定なのに、だよ】? 心が震えた。レベルが違いすぎる! 前向きなことを一つ言うと、他人の運転のレベルを驚くことができるだけには、運転の練習を重ねた成果は出ていた、仮免の受験には一切足しにならないけれど。
 AT車に乗り換え、私の試験が開始した。

 結果からいうと、S字コース途中で、私は検定中止になった。「検定中止」ってのがあるのだね。自動車の検定試験はマイナス方式、規定された以上のミスをした段階で、テストは中止になってしまうのだ。
 私のS字コースの運転は、時速一キロ以下でチビチビ進むしかない状態。その状態で縁石に乗り上げた。そこから体制を立て直すチャンスは与えられている。ちょっとだけバックして縁石から車を下したが、すでに私は行く方向がわからなくなっていた。わからなくても運転しなければいけない。助手席から飛んでくる指示は、検定中はない、試験管の先生と私、他二名の受験生――合計四名乗った車内は、沈黙していた。
 前進を開始した車が再び同じ縁石に乗り上げたようだ。同じ失敗動作を繰り返し、私は縁石に再び乗り上げた。でも私は気が付かなかった。
 衝撃を感じないほど車の速度は遅いし、私の頭は真っ白だった。
「また縁石に乗り上げたのに気が付きませんか?」
 試験官の先生が言う。え? 乗り上げたの? 左前のタイヤがえん石に乗り上げているらしく、車内が微妙に斜めになっている……かも? うーーん、わからない。
「検定中止します」
 検定中止……? 検定中止? 中止??
 試験官の先生が次つぎ指示を飛ばし始め、私はその指示でようやくS字を脱出し、発着点に車を動かした。
 発着点に向かう、その「検定用コースでない」道順【検定中止になったゆえ、検定用コースでない道順を使い発着点に向かう】を運転をしながら、悔しさが心からあふれ始めた。
 検定試験に落ちるにしても、落ちるにしても。コースを全部走り切りたかった。全部走り切りたかったのだ。
 しかし、路上で「気づかない」まま運転することは「事故現場からの逃走」だ。仮免検定中止は当然の判断だ。
 わかっている、でも悔しかった。自分に腹がたった。どうして、どうして、こんなに出来ないのだろうか?

 コースの発着点に到着すると、もう一人の受験者と運転をかわった。運転を代わっただけなので三人目の受験者はAT限定の人なのだ、とわかった。三人目の女性は、MT車を運転した一人目の人よりは、もたついていた。でも、当然だが、私の散々な運転の遥か上だった。

 試験の車から降りた後、同乗していた他の2人と別れた。本来、コースを走り切れば、教室で仮免の学科試験を受け、合否判定、合格の場合仮免交付の流れになるはずなのに。
 検定中止の私は車を降りると、試験官の先生から
「担任の先生と打ち合わせをしてください」
 と告げられたのだった。学科試験を受ける資格がないんだな……。

 生徒が教習時間を待つスペースで、ぼーっと座っていた。しばらくして、担任の先生がやってきた。
 お互い、まぁ、そうだろうなぁという雰囲気だ。
 仮免を落ちると、少なくとも一時間は補習を受ける必要があるのだ。補習を受けなければ、次の仮免検定を受ける資格を持てないということ。すぐに補習時間をいつやるかの打ち合わせをすませ、私は帰路についた。

 仮免検定までにすでに補習の山を築いていた。まだ第一段階、仮免の前段階。なのに「〇時間補習無料」もすでに使いきっていた。からだが重い。心が重い。
 「検定中止」というのがつらかった。走り切ることさえ許されない悔しさが尾を引いた。

 からだと心がねじれるような感覚から解放されるのはいつなのだろうか? 真っ暗なトンネルの出口がどこにも見えない。

(つづく)
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