第6話 ラスボス級の狭路通行で砕け散る

文字数 1,998文字

 外周コースから内部のコースに進入して、ついに! というかやっと! というか。
 恐れおののいていた狭路通行に突入した。教習第一段階で「一般」の生徒がつまづき心が折れるなら、この項目だと言われている、それである。

 練習を始めた当初、教習所の外周をひたすら回っている時、そのコースを見ているだけで道幅の狭さが怖かった。「狭路通行」と銘打つだけあると更に実感する。狭路通行の異様な狭さは、実際進入してみると外周から見て感じたどころではない比で、ほんとに狭かった。
 車一台がギリギリ、ようやくようやく、通行できる幅のS字【曲線】コースとクランク【屈折】コースの2パターンを通過しなければならない。
 ちょっとハンドルを回すタイミングを間違える(言わずもがなだが、タイミングの正解を私はまったく会得していない)と、縁石に乗り上げる超難関である。
 普通の人でも「難しい」と感じるのであるから、その前段階で壁にぶち当たりまくっている私にとって「狭路通行」は難攻不落の巨大なラスボスにしか見えなかった。絶望の壁がそびえたっていた。

 そもそも、狭路コースへの「進入」を失敗していた。
 進入できなければ、コースの練習が始まらないのに、コースに入ることが出来ないのだ。狭路に進入させるために自動車と格闘していた。
 広目の道路から、超超超! 狭いコースに進入するタイミングを、全っっっっくつかめない。
 教習のしょっぱなから耳にたこができるほど指摘されてきた車両感覚が、身についていない。狭路通行への進入を失敗する様を全ての人に暴露している、そんな惨状を引き起こしている当事者だった。
 何度か挑戦して、奇跡的! にS字コースへの進入に成功した。ただし、コースに進入「できただけ」だ。
 進入のタイミングを上手にはかりS字を抜けるための準備を開始しなければならないと先生は言う。進入のコースの位置取りをうまくできなければ、最初のカーブで縁石に乗り上げてしまうからだ。
 なのに、だ。進入するところでつまづいているゆえ、そこから体制を立て直してコースを切り抜けるなんて、出来るわけがない。
 無理です、無理!
 奇跡的にいい感じでコースに進入できたとしても、すぐに縁石がボンネットに隠れて道路を見失う。だから、ボンネットが邪魔! 道路が隠れると何を指標に車を動かせばいいのか、五里霧中。
 ハンドルをどう動かせばいいのかわからない。
 先生がたたみかけるよに指示を次々とばしてくる、その先生の指示と先生の「魔法の右手」によるハンドルの補助があって、車がS字を抜けたけれど、何がどうなって狭路を抜けることができたのか全然わからない。
 頭が真っ白になって、先生の言葉を何一つ覚えていなかった。
 狭路通行を始めた初日、私は一時間、頭の中でわああぁぁぁぁあああと叫び続けていた。学べたと思えることが何一つない時間が過ぎて行った。

 魂が抜けた状態で帰宅、イメージトレーニングをするのにユーチューブの動画を見る。
 運転席からの見る狭路通行動画を何度も見た。しかし、スムーズに車が動かす動画は信じがたいばかりで全く理解できなかった。動画が魔法のように見える。イメージはわかないまま、動画の中にも登場した「車両感覚」のフレーズに絶望した。
 だからさ、車両感覚がないのだよ。車両感覚をイメージしてハンドルを回すという説明では、一切わからないんだよ……。
 自分が暗闇の中に立ちつくしている感覚だった。

 何の手がかりも掴めないまま、狭路通行2時間目。
 頭の中がわぁぁぁあぁあああと叫ぶのを、ようやく抑えつけ、先生の指示どおりにハンドルを回した。
 何度も何度も、縁石にぶつかりながらS字コースをようやく抜ける。
 先生が指示されなきゃ、車をどう動かせばいいのかわからない。
 先生が「車両感覚」を何度も繰り返す。
 動画でも言っていたよ、先生も同じことを言うんだね。
 先生、私はその「車両感覚」ってのがわからなさすぎて、途方にくれているんだよ。
 心の中で言うけれど、声には出さなかった。出なかった。

 先生が解決すればいいという問題でないのは充分理解している。
 私が、全く身につかない「車両感覚」を克服するヒントを自分で見つけなければならないのだ、だって免許取得するのは私なのだ。
 心が石になった。感情がなくなった。

 狭路二時間目を終えた帰宅途中、ふらりと100円ショップに寄った。
 車の模型を見つけた。
 このおもちゃを動かして車両感覚がつくとは思えなかったけれど、自動車のおもちゃを買った。
 帰宅してノートにS字のコースを書いた。買ってきた車をコースにそっでなぞってみる。何も響かない。何も響かないのだ。

 自動車免許を取ろうと決心して、これまでもいろいろあったけれど、私はおもちゃの車を動かしながら初めて泣いた。
 自分のダメさ加減に呆れて、情けなくて涙が出た。

(つづく)
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