第21話 卒業検定

文字数 3,103文字

 その日の卒業検定試験【本免技能試験】受験生は三名だった。私の他は、ともに若い女性と若い男性。

 指定された教室で待ってると、事務職員の方が来て
「皆さん 合格です」
 それをきいた三人ともが、全く無表情だった。
「皆さん、嬉しくないの? もう学校に来なくていいんですよ?」
 困惑の表情浮かべる職員さんの指示に従って、三人は淡々と卒業手続きをこなしていった。

 当日の朝、学校の指定時間にさかのぼる。
 指定された教室で卒業検定試験を受験する三人は、緊張感が漂う中で指示を待っていた。試験官の先生が教室に入ってきた。見覚えがあった――危険予測教習で同乗した先生だ。
自分が運転するコースを地図で見せられる。教習で何度か行っているコースだが、あまり地理に詳しくない方面だ【夫の転勤先に帯同していたゆえ、地名も道路も馴染んでいなかった】。経路設計が試験項目になくて助かったとは思ったが、当然ながら緊張感は抜けない。試験官の先生の道案内あるから、迷子にはならないだろうけど。
場内課題は、左バック。不安なやつだよ……。いや、右バックだろうが縦列だろうが、どれでも不安なので、たいしてかわりないよね。

 仮免同様、試験時、ほかの受験者も同乗する。
 一人目、MT車の受験者が路上コースを走り、教習所に戻るとそのまま場内の課題左バックの試験を行い終了。
 私ともう一人の女性はAT限定のため、車を乗り換える。場内から私が発進させて、路上コース途中で、もう一人の人と交代する段取り。
 発進で私はすでにテンパった状態だった。あろうことか、サイドブレーキを外し忘れて発進しかけたのだ。試験官に指摘され、ブレーキを踏んだ。
 ど、どこからやり直せばいいのだろうか? おたつく私に、試験官の先生がエンジンを止めて、始めからやり直すように指示した。こ、この時点でやばくない? まだ路上にでてないから、採点は始まっていないと試験官の先生は言ってるけど、その言葉を信じられない。
 頭をよぎるのは、悪夢の仮免時の「検定中止」だった。
 なんとか始動した車で試験は開始した。

 土地勘のない道を試験官の指示に従って走っていく。
「信号で右折ね」
 と言われて、右折準備入るが、ウインカー出すのが早すぎた!  心の中であせるが、このままウインカー出しっぱなしでいくしかない。早すぎる点灯でも見過ごしてもらえたのだろうか? マイナスされていないだろうか? すべての動作に不安を感じながら運転していく。
 信号のある交差点付近に停車してる車を発見、ウインカーを出し三点確認して進路変更して車をよけた。苦手だった進路変更をなんとかこなした。
 もう一人の女性受験者と運転交代をするため、コースの中盤で試験官の先生から停車するよう指示された。左に寄せるのが早すぎたか?
「もう少し先でとめて」
 と試験官の先生がいう。そんな指示出された時点でアウトじゃないのか?
 運転交代。降車は道路側だから、慎重に確認。テストが続いているなら、降車も採点されているよね?  三人目の女性と変わって、その運転で場内に戻ってきた。
そのまま、場内課題にうつる。私の課題が、三人の受験の最後の締めになるわけだ……。
 場内の課題場所で、運転してる女性が
「すみません、かがんでもらえますか」
 と私に頼んだ。そうだ、ポールの位置関係を確認しながら皆、練習を積んでいるから後部に人が乗車していたらポールが見えないのだ。私は出来る限りからだをまるめて、車が斜めに後退していくのを感じる。
 かがみながら、私の番がきたら左バックできるかな? 更に増す不安を抱え、まるまっていた。
「ありがとうございました」
 運転してる女性の声で背中を起こした。彼女は完璧な位置にバックしていた。
 発着点に戻って、私が運転席に座る。最後の課題・左バックだ。今度はさすがに発進時のトラブルなく、場内の課題場所の狭い道に進入していった。
 ポールとの距離はこれぐらいで良かっただろうか?恐る恐るバックの体制に入る。シフトをR【リバース】にして、私が後ろを向くと何もいってないのに、先ほどの女性受験者は背を丸めてくれていた。
 ポールは見えるが、やはりタイミングがうろ覚えだ。でも、練習中、迷ってるうちにタイミング逃すことが多かったので、迷うならハンドル切ることにする。と、縁石に乗り上げた嫌な感触。ハンドルを切るのが早すぎた! やり直しだ。仮免の時、乗り上げたことさえ気づかなかった。気づくだけましと思っても、頭がパニックになってくる。バックを中止し、少し前進。隣で試験官の先生が小さな声で
「ハンドル戻して」
 え? 試験官の先生の指示っていいの? 自分の採点がこの時点でどうなってるのか考えると、もう絶望感しかない。とはいえ、試験官の先生が「検定中止」と言わないゆえ、運転を続けるしかないのだ。やり直しで、なんとか左バックに成功、右折して方向転換を完了して、発着点に戻ってきた。
 エンジンをきったところで、車内に4人が乗ったままの状態のところで試験官の先生が話始めた。先生は私に向かって指摘を始めたが、それは場内課題のことではなかった。
「路上で、コンビニの前の横断歩道で人がいたの気づかなかった?」
 試験官の先生の声は強めだった。何のことだ? どのコンビニのことを指しているかもわからない。
「対向車が走ってきて、横断するのをやめた人、見えてなかった?」
 え?
「対向車がこなかったら検定中止だったよ」
 背中が凍りついた。検定中止よりなにより、それって「運転している最中、横断する歩行者に気が付かなかった」状態だ。私、人を傷つける可能性あったんだ。でも、その状況を全然覚えてないのだ、完全に見落としていたのだ。
 他の二人も指摘うけている。私が受けた指摘に比べれば、軽微といえる指摘だったが二人とも図星を刺され、重い空気が車内を覆う。
 更に試験官の先生は三人全員に向けて言った。
「バック時に、普通の道路にポールある? ポールにばっかり意識いきすぎてる、ポールないところでどうするの?」
 私にかがんでくださいと言った女性が
「まわりを確認しながら運転するしかありません」
 絞り出すように答えた。
「そうだよね。目印がないのだから、まわり確認しながら駐車するしかないんだよ」
 車内は完全に沈黙。ここで検定終了。待機のため指定されてる教室で、三人それぞれ試験官の先生の指摘かみしめているところに、事務員の方が来て
「全員合格」
と言ってきたわけだ。喜べる雰囲気など全くなかったのだ。

  それでも。
 私は自動車学校を卒業した。心にとげがささったような状態は、これから運転への戒めにしようと思った。この楔を持ちながら、運転するのが大事なんだと何度も心に刻み込む。
 事務手続きが全部終わって
「卒業おめでとう」
 事務員の方に言われ、帰り支度も終わった。
 そうか、私は、もう、ここに来ることはないんだ。
 自動車学校に申し込み書を取りに来てからすでに「四か月」がたち季節は一番寒い冬に変わっていた。
 担当だった先生に一言あいさつしていきたいなと思った。

 待ってると、先生が、私に気が付いた。
「ありがとうございました」
 お礼を言いながら私は泣いた。涙が出てきてとまらなくなった。
 いろいろあって、最後の最後まで、反省や後悔ばかりで卒業検定だって検定中止直前だった。それでも卒業した。
 先生が言った
「これから、なんだから」
 私もうなづく。
 この学校に入って卒業するのに関わってくれたすべての人に迷惑をかけないように、自分の責任で運転していく――それしか出来ないのだから。

(つづく)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み