第2話 自動車学校、怒涛の入学!

文字数 2,625文字

 お役所系の仕事の流れがよくわからない……。
「なんちゃら許可書」が届くまで二週間ほどかかる、と電話口の職員さんは確かに言った。
なのに、だ。その電話から四日ほどで書類が届いたのである。

 二週間と聞いたときには愕然としたけれど、二週間入学まで猶予ができたとそう思い始め、うっかり油断していたときだったので、学校に通う気構えが緩んでいたのだよ。
 自動車免許試験所が、私に心理戦を仕掛けて試しているのか? と疑いたくなった。


 「運転適性相談終了書」――これが正式名称だ、「なんちゃら許可書」でなかった。受理番号が書いてあった。自動車学校に入学するのに大変な思いをしている、名前も顔も知らない仲間がいるのだな、とそこで初めて知った。

 早速、自動車学校に連絡を入れた。自動車学校も私から二週間ほどかかると伝えてあったので自動車免許試験場の仕事の速さに驚いたようだ。とはいえ、自動車学校側も焦り始めていたので、すぐに入学手続きの日を教えてくれて、とっとと入学しちゃってね【意訳】と私に言ってきた。

 意訳の解説もしておかねばなるまい。私が仮申し込み書のため初めて自動車学校を訪れたのはいわゆる『閑散期』だった。見るからに教習時間をひっ迫しそうな中高年を受け入れるには、ナイスタイミング!といえた時期だったのだ。
 しかし、入学『前』の手続きに手間取ったゆえ、自働車学校の繁忙期が刻一刻と近付いていたのだ。無論、自働車学校の事情なんぞ、その時は知らねぇし、学校の事情を汲めるほど、私に余裕などあるはずもなかったけどな。

 すったもんだで自動車学校に入学したいと学校に伝えてから一か月、「運転適性相談終了書」以外の書類と学校に払う大金の準備は万端に整えていた。

 私は、「運転適性相談終了書」が郵送されてきた二日後、自動車学校の生徒になった。
 いきなり、話が進むんで、「あ?」となるんだよな。思えば、本来、自動車学校の入学前に苦労するなんて珍しいから、皆さん、「あ?」と思ったら入学しているのが、通常コースなんだよね、と、また一か月を振り返ると崩れ落ちそうな気分であった。
 
 私の選んだのはAT限定免許のコース【補習〇時間無料付き】である。
 MTでの『高度』な運転を覚える自信は、半世紀生きてきて、全くなかった(断言)。AT限定でも苦労するだろう、補習突入不可避とわかっていた。身の程を十分理解して、迷うことなく補習〇時間無料コースの高い授業料を払った。
 地方の自動車学校だったので、補習無制限コースは残念ながら設定されていなかった。無制限コースがあれば、絶対それを選んでいたのだが。

 自動車学校に入学初日、最初の授業があると知らされていた。一か月の待ち時間があったので、その事前情報は得て理解していた――はずだった。
 漠然と運転するための初歩、ハンドルや、ブレーキ、アクセルなどの場所を教えてくれる「基本のき」を学ぶのだろうと勝手に思っていた。
 間違っていた。その日入学手続きを終えた三人が案内されたのは、ちゃちなドライブゲームみたいな運転シミュレーターだった。

 内心、あせる。しつこく言うが、私はハンドル以外の、運転に必要なアクセルやシフトレバーの場所も意味も知らなかったのだ。夫の運転を助手席から眺めている時、足の動きなんて見えないからわからない。ハンドルはさすがに知っていた。運転しない人間の運転知識なんて、これほど何もなかったのかと思い知る。
 ブレーキの「意味」は知っていた。車を止めるためのものだ、でもどこにあるのよ? 頭の中の疑問を声に出す余裕はなかった。
 ちゃちとはいえ「運転席」に座るように命じられ、混乱状態でシートベルトを左側からのばそうとして、はっとする。身に沁みついた「助手席」の感覚である。
 右側からシートベルトをのばすという行為すら、「運転」をさせられるぞと感じて、すでに心は泣いていた。

 ちゃちなシミュレーターは、私の混乱を無視して機械的な声で
「アクセルを踏みましょう」
「ウインカーを出しましょう」
「道路状況の確認をしましょう」
「ハンドルを左にきってみましょう」
 と次々指示を飛ばしてきた。
 アクセルふむ? 踏むって言ったよな? 足でどうにかすれと言ってるのか? 何をどれぐらい踏めばいいの? だからアクセルってどれよ!?
 ハンドルを左に切る、切る?ってどういうことっ!?
 ウインカーって、どこにあるのーーーーーっ!?
 目の前の画面には、運転席から見える風景が動画で映し出され、おそらく私が何をやっていいかわからないまま触ってるもろもろの動作を無視して【当然だけど】、自動車の運転シミューレションは勝手に自動車を動かしていた。
 五十分後、後ろに立っていた教官が
「はい、お疲れ様です。シートベルト外して降りてください。これで、実習一時間目は終了になります」
 と言ったのである。

 えっ? これが実習の一時間としてカウントされちゃうの? 私は何を学んだというの? 混乱する頭は、爆発寸前で思考停止。
 ほんとに、自動車を運転できるようになるのだろうか? という疑問が思考停止した脳に上書きされて、世界はぐるんぐるんと回っていた。

 「それでも地球は回る」とはよく言ったものだよな。私の混乱した思考状態とは関係なく、教官からバトンタッチしたらしい事務職員の人が自動車学校の中の案内を始めた。
 私、運転できるようになるの、これで? 自問自答を繰り返しながら、機械的に案内を受ける。
 そして、
「これからの予定は担当教官と相談してください」
 という声で若干、私は現実に戻った。

 ちなみにこの自動車学校は一人の教官が基本的に最後まで面倒をみてくれる担任制システムをとっている。
 まぁ、私のような覚えが悪そうな生徒に対応できるのは、おそらく教官の中でも特別な訓練を受けているだろうから(勝手な妄想だよ)、担任制でなくても私には担任がついたに違いない、とは思ったけどな。

 何度も繰り返すが、私が何を感じようが何を混乱しようが、自動車学校というベルトコンベアに乗せられた私は、実習の担任教官に会う段階に至ったのである。
「明日、枠が開いています。大丈夫ですか?」
「はぁ……」
「では、明日から自動車に乗りましょう」
「はい……【まじかよっ!?】」
 ちゃちなドライブシミュレーターで打ちのめされた私「が」、翌日から実車! を運転するんたどよ。
心の中の私は、号泣していた。

(つづく)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み