第1話    宣告

文字数 1,047文字

僕は既に死亡していると医師に宣告された。

死因はタイマーを使った感電自殺による心不全だ。

しかし、そんな覚えは全くない。

これは、医師が彼の職権を利用して不要になり始末に困った死体をただ内科検診にきただけの患者に押しつけてやっかい払いしようとしているのだ。

そう勘ぐってみたが医師の配慮は万全であらゆる類の証拠書類をつきつけられ否定の余地は与えられなかった。

素人の自分としては何が証拠に当たるのかも分からない上に外国語でかかれたそれらの書類を読むことも出来なかったけれども。

僕は死体の引き取りを義務づけられた。

T大付属病院第二病理科棟。

頭の上を大小の鉄やビニールのパイプがもつれやしないかと心配させるほど縦横無尽に連なり吊り下げられている。

通路や階段に引かれた赤や白黄色の線が行き先を示しているはず。

だが線は中途で行方不明になり断続的に現れては他の色の線に化ける。

この線は本当に行き先を表示する線なのだろうかと僕は不安になる。

だが、受け付けの女性は確かにこの線をたどっていけば目的の僕の死体が安置されている部屋にたどり着くと説明したのだ。

もう夏だと言うのに病院の廊下は薄暗くひんやりとしている。

死体を安置しているムードは十分なのだが一向にそれらしい部屋には行き当たらない。

無ければ無いで、別に欲しいわけではないのだから構わないのだが法的に何らかの効力があるという書類の手前、引き取らないわけにはいかない。

足元の線は階段を降りていくよう指示している。

1階の受け付けを通ってからもう何回も階段を降りているのだから地下5~6階という所なのだろう。

階段をおりて廊下に出ると窓があり、薄曇りの空が見えている。

この病院は斜面を利用して建ててあって受け付けは建物の中途の道路に面した階に設けてあったのだろう。

こういう建て方はそんなに珍しくはない。

受け付け付近の異常な混雑に対して、その階下の人気の無さも異常だ。

まるで廃墟の様に静まり返って誰にも会わない。

やがて、足元にあるはずの黄色の線は完全に消え失せてしまう。

黄色どころか他の色の線も同様に消えている。

うっかり見落として歩きすぎたのだろうと思い振り返ると線は階段を降りたところ辺りまでで止まっている。

だが、死体を安置しているらしい部屋は見あたらない。

その付近の扉をノックして開けて見るが全て空き部屋で誰もいなかった。

階段まで引き返して線を辿り直そうと考えたが既に階段の線は僕を取り残して消えてしまっている。

僕はがっかりして階段を昇り受け付けから出直すことを考えた。
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