第9話    出口は?

文字数 1,170文字

ドアノブが回り扉が開く。

「どうするの。」

と、からかうように看護士が言う。

僕は黙ったまま部屋に入る。

灰皿には煙草の吸殻が数本ねじ曲がって入っている。

壁に貼られた顕微鏡写真は、細胞が分裂し増殖していく様子と崩壊し消滅していく過程が説明されている。

古びたスチール製の事務机が壁際に二つ置かれている。

外国語の文字が連ねられたレポート用紙や本が机の上に置いてある。

僕はその内の一冊を手に取り読むわけでもなく開いていた。

看護士は僕に

「その外国語が読めるの。」

と聞いた。

僕は「読めない。」と答えて本を閉じ机の上に戻した。

医師が部屋に入ってきた。

医師は看護士や僕に見向きもせずに机の引き出しの中の物をかき混ぜて何かを探している。

看護士は医師に「何を探しているんですか。」と聞く。

医師は初めて僕と看護士の方を見てニタリと媚びたような愛想笑いをして「いや煙草の買い置きがあったと思って。」と言う。

医師は僕を見ると急に顔をこわばらせる。

「君はこんな所にもいるのかね。」

「お昼ぐらいにこの病院に来てからずっと出口が分からずに迷い歩いています。」

「ああ、いや、そうじゃない。いや、そうか、それでこれからどうするつもりなんですか。」

「出口を教えて頂ければ帰るつもりですけど。」

看護士が僕のすぐ横でクックックと喉をならして笑いを堪えている。

医師は看護士をにらみつけながら言う。

「出口はその看護士に案内して貰うといい。」

と言って医師は逃げるようにして去って行った。

僕は看護士の方に向き直ろうとして、また医師の顔を見たような気がしたが、それは壁につるされた小さな鏡に映った自分の顔だった。

看護士はまったく我慢が出来ないと言うようにお腹を抱えて笑っていた。

「自分のことを君だって、バカみたい。自分でも出口を知らないものだから、あわてちゃって、おかしいたらないわ。」

僕には、まだ、看護士の笑いが理解できない。

「僕は早く出口を教えて欲しいだけなんだけれど・・・。」

看護士は限りなく湧き出てくる笑いに苦しみ、涙を流しながら言う。

「出口へ行ってどうするのよ。」

「もちろん帰るんですよ。」

看護士はもう立っていることも出来ないと言うように床の上にひっくり返り、足をじたばたさせて笑い転げた。

「かっははは、かえるってへへへ、帰るって、どこへ。」

そう聞かれて急に返事に困った。

この病院に来る前は、何処で何をしていたんだろう。

それに自分が誰なのかもまるっきり思い当たらない。

「思い当たらなくて当たり前よ。貴方はもう死んでるんだから。」

「確かに僕の死体は沢山あった、でも僕はここにこうしているし、幽霊じゃないよ。」

「あなたたちはみんなそう言うのよ。」

看護士はようやく笑いが収まったのか立ち上がって白衣の汚れを叩いている。

「とにかく出口に案内してくれ、それからどうするかは、ここを出てから考える。」


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