第10話   出口のない入口

文字数 674文字

病院は生体を切り刻むように、精神や存在までも切り刻み薬物に浸して変質させ浸食してしまうのに違いない。

今は、この病院を出ることそうすればきっとまた本当の自分を取り戻せるだろう。

そんな考えを遮るように看護士は簡単に言う。

「あなたに出口はないわ。」

「どうして、僕には出口がないんだ。」

「あなたがニセモノだからよ。」

この女は看護士のふりをした精神病者で僕をからかっているのに違いない。

「僕がニセモノならホンモノは何処にあるんだ。あの死体の中の一つだとでも言うのか。」

「そうよ、初めからそう言っているわ、あなたは目覚まし時計を使った感電自殺で死んでるって。」

「僕にそんな覚えはないよ。」

「だからニセモノなのよバカね。」

「どうして。そのホンモノが僕の死体で僕自身だとすれば僕もホンモノではないのか。」

看護士はあきれたという顔をして、言い捨てるようにして言った。

「ニセモノよ、だからあなたは死ぬまでこの病院をさまよい続けるのよ。」

僕はこの気の狂った看護士に案内を求めるのをあきらめて部屋を出た。

看護士は追い打ちをかけるように背後から笑い混じりの声で

「出口なんかないわよ。」

と言う。

僕はいらだって「そんなことあるもんか、入ってきたんだから必ず出られるはずだ。」と言いながら歩き始めた。

「そう言って、あなた達はもう何百回もこの部屋に戻って来ているのよ。」

「僕はまだ、二度目だ。」

と言い捨ててどんどん歩いた。

そしてまた、いくつもの階段を昇り、或いは降りた。

いくつもの角を折れ、いくつもの廊下を通りすぎた。

だが状況は何も変化しない。一向に出口らしい所にはたどり着かない。
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