第5話 売春宿
文字数 3,114文字
そして更に4年が過ぎた。
酒井はまだ南アジアでスカウトの日々を送っていた。
少女ヌードのブームが去ると、今度はAVのブームがやってきた、スキャンダルを起こして芸能界から干された元アイドル歌手がAVにデビューすると大人気となり、それまで女優のルックスには多少目をつぶってきたAV界でも美形の女優が求められるようになった。
とは言え、元アイドルやアイドル並の美女が続々とAVデビューすると言った状況になるわけではない、需要は大きくなって行ってもそれに見合う供給ができない、日本で調達できないなら……と酒井は再び東南アジアに供給源を求めたのだ。
売春宿や風俗店を巡り、日本人好みの美しい娘をスカウトする。
性病や暴力がはびこる劣悪な環境での売春よりも、日本でAVに出る方がはるかに楽で安全、しかも金になる、スカウトは大抵成功し、何人も日本に送り込んだ。
しかし、彼女たちは1~2本目こそ健闘するのだが後が続かない、AVは大したストーリーこそないものの、音の出ない写真集と違って日本語を喋れないのが大きなネックになるのだ。
そんな折、スーが住む村の近くまでやって来た酒井はスーを訪ねてみようと思い立った。
当時10~13歳だったスーは日本のスタッフに囲まれているうちに簡単な日常会話ならできる様になっていたのだ、もう少しちゃんと教えてやれば流暢にとまで行かなくとも不自由ない程度まで喋れるようになるだろう、元々日本人には見えないスーだ、多少カタコトでも台本を工夫すればむしろ好ましいかもしれない、そう考えたのだ。
「久しぶりだね、スーは元気かい?」
スーの家の前まで来ると、母親が戸外で洗濯をしていた、家は多少手直しされたものの昔のままだ……売れる様になってからというもの、スーへのギャラは毎回少しづつ上積みもしていた、他所に引き抜かれては堪らなかったからだ、だから御殿とまでは行かずともそこそこの家が建っていて不思議はないのだが……。
母親は顔を上げ、酒井の顔を見て驚き……また下を向いてしまう……。
「忘れたかい? スーをスカウトした酒井だよ」
「もちろん憶えています……」
「スーは? 外出中かい?」
「ここにはいません……」
「どこへ? 結婚でもしたのか?」
「…………」
嫌な予感がする……。
「まさか……売ったんじゃないよな?」
「………………」
声を聞きつけたのか、父親が顔を出した……昼間からかなり酒が入っている……。
「おい! スーをどうした?」
そう食って掛かったが見当はついていた……定期的にまとまった金が入る様になると父親は働かなくなり、酒びたりに……おそらく町へ出て高級な店での遊びも憶えたのだろう……そして金が入らなくなるとまた困窮生活に逆戻りして……。
すぐに引っ込んでしまった父親を相手にしても始まらない、酒井は母親を問い詰めた。
「どこの売春宿だ? 怒らないから教えてくれ、頼む……」
そして、聞き出した売春宿に向かった。
「スーって娘はいるかい?」
売春宿で訊ねるとオーナーらしき人物がニヤリと笑う。
「ああ、いるよ、だけど今客を取ってるところだ、スーは人気があってね」
……オーナーのニヤニヤ笑いを拳で砕いてやりたい衝動に駆られたが、何とか思いとどまった……とりあえず無事でいることだけはわかったのだから。
「他にもいい娘がいるよ」
「いや、どうしてもスーが良いんだ」
「だいぶ待つことになるが、いいのかい?」
「ああ、いくらでも待つさ」
「どこで聞いてきたのか知らないけどご執心だな、待つというなら構わないが、スーは相場よりだいぶ高いぜ」
オーナーが口にした金額は高いと言ってもこの国の常識での話、日本でならちょっと贅沢な昼飯を食えば飛んでしまう程度の金額だ、と言っても確かにこの国では破格の金額ではある。
「待たせたな、スーの体が空いたぜ、ただし前金で頼むよ」
金を払い、スーの待つ部屋へと入って行く、さすがに高い料金を取るだけあって簡素だが清潔な部屋、ベッドに座っている少女は向こうを向いているが、背中から腰にかけての美しいラインは見覚えがある、いや、忘れるはずもない。
「スー」
「あ……酒井さん……」
「おふくろさんに聞いたんだ、ここにいるってね、いつ頃からだ?」
「1年ぐらい前から……」
俺を見て日本語で話す、忘れていないようだ。
4年前にはまだ蕾だった肢体……相変わらずスリムであの頃の面影を色濃く残してはいるが、胸は膨らみ、腰つきにも女らしさが増してより魅力的になっていたが、何よりも印象的だった瞳は、現在の境遇を反映してか暗く翳っている。
酒井はそれを見ると矢も立ても堪らなくなった、自分もこの娘の瞳に憂いをにじませたことはある、だが、こんなのは……こんなことってあるか……スーはこんな扱いを受けて良い娘じゃない。
そう思うと、思わず口走っていた。
「スー、ここから抜け出したいか?」
「出来るなら抜け出したい……」
「日本に行くか? 家族とは会えなくなってしまうが」
「今でも会えないから同じ……」
「日本でAVに出ることになるが、それでいいか?」
「AVって?」
「セックスを撮影したビデオだ、それを売る事になるが、それでも良ければ日本へ連れて行くぞ」
「ここでは毎日5人くらいのお客を取らされるの……それよりは少ない?」
「ああ、ずっと少ない、ちゃんとした家に住んでちゃんとした食事も出来る、今も家族には金を渡しているのか?」
「ううん……私はここのオーナーの所有物だから……」
「自由になりたいか? 金を稼いで母さんに楽をさせてやりたいか? 日本に行けばそれが出来るんだぞ」
「もしそう出来るなら夢のよう……」
酒井の腹は即座に決まった、スーを何としても日本に連れて帰らなければならない……。
売春宿との交渉は難航した、スーは相場の2.5倍、5,000ドルで売られて来た事は母親から聞いている、しかし、ここでのスーの稼ぎはかなり良いらしい、オーナーは金づるを元値で手放す気などさらさらなく、その10倍を要求して来た、明らかに足元を見ている、酒井は辛抱強く交渉し、結局30,000ドルで話はついた、日本円にして300万ほど……AV一本で元が取れる金額ではない、その上スーはまだ17歳、すぐにデビューさせるわけにも行かないしビザの問題もある、ビジネスと言う観点で言えば良い取引とは言えず、全額持ち出しになってしまう可能性も少なからずある。
それでも酒井は30,000ドルをオーナーに叩きつけてスーを売春宿から連れ出した。
「スー……」
スーを家に連れて行くと母親が飛びついてきた。
父親には会わせたくもないが、母親との別れはちゃんとさせてやりたかった……。
「今度はスーを日本に連れて行ってAVに出す、写真と違って男に抱かれる姿をビデオにして売るんだ、それでもスーは今の境遇よりずっとましだと言った……それでいいな?」
母親は酒井をじっと見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「売春宿に30,000ドル払ってスーを買い戻した、日本の法律でスーは18にならないとAVには出られない……わかるな? スーが成功しないと俺も困るんだ……だけど約束してやるよ……2年待ってくれ、そうしたら必ずスーをここに連れてきて会わせてやるから……」
本当は『今生の別れになるかもしれないからせいぜい別れを惜しむんだな』と言うつもりだった……しかし、母親の目に涙があふれてくるのを見るとそうは言えなかったのだ。
酒井はまだ南アジアでスカウトの日々を送っていた。
少女ヌードのブームが去ると、今度はAVのブームがやってきた、スキャンダルを起こして芸能界から干された元アイドル歌手がAVにデビューすると大人気となり、それまで女優のルックスには多少目をつぶってきたAV界でも美形の女優が求められるようになった。
とは言え、元アイドルやアイドル並の美女が続々とAVデビューすると言った状況になるわけではない、需要は大きくなって行ってもそれに見合う供給ができない、日本で調達できないなら……と酒井は再び東南アジアに供給源を求めたのだ。
売春宿や風俗店を巡り、日本人好みの美しい娘をスカウトする。
性病や暴力がはびこる劣悪な環境での売春よりも、日本でAVに出る方がはるかに楽で安全、しかも金になる、スカウトは大抵成功し、何人も日本に送り込んだ。
しかし、彼女たちは1~2本目こそ健闘するのだが後が続かない、AVは大したストーリーこそないものの、音の出ない写真集と違って日本語を喋れないのが大きなネックになるのだ。
そんな折、スーが住む村の近くまでやって来た酒井はスーを訪ねてみようと思い立った。
当時10~13歳だったスーは日本のスタッフに囲まれているうちに簡単な日常会話ならできる様になっていたのだ、もう少しちゃんと教えてやれば流暢にとまで行かなくとも不自由ない程度まで喋れるようになるだろう、元々日本人には見えないスーだ、多少カタコトでも台本を工夫すればむしろ好ましいかもしれない、そう考えたのだ。
「久しぶりだね、スーは元気かい?」
スーの家の前まで来ると、母親が戸外で洗濯をしていた、家は多少手直しされたものの昔のままだ……売れる様になってからというもの、スーへのギャラは毎回少しづつ上積みもしていた、他所に引き抜かれては堪らなかったからだ、だから御殿とまでは行かずともそこそこの家が建っていて不思議はないのだが……。
母親は顔を上げ、酒井の顔を見て驚き……また下を向いてしまう……。
「忘れたかい? スーをスカウトした酒井だよ」
「もちろん憶えています……」
「スーは? 外出中かい?」
「ここにはいません……」
「どこへ? 結婚でもしたのか?」
「…………」
嫌な予感がする……。
「まさか……売ったんじゃないよな?」
「………………」
声を聞きつけたのか、父親が顔を出した……昼間からかなり酒が入っている……。
「おい! スーをどうした?」
そう食って掛かったが見当はついていた……定期的にまとまった金が入る様になると父親は働かなくなり、酒びたりに……おそらく町へ出て高級な店での遊びも憶えたのだろう……そして金が入らなくなるとまた困窮生活に逆戻りして……。
すぐに引っ込んでしまった父親を相手にしても始まらない、酒井は母親を問い詰めた。
「どこの売春宿だ? 怒らないから教えてくれ、頼む……」
そして、聞き出した売春宿に向かった。
「スーって娘はいるかい?」
売春宿で訊ねるとオーナーらしき人物がニヤリと笑う。
「ああ、いるよ、だけど今客を取ってるところだ、スーは人気があってね」
……オーナーのニヤニヤ笑いを拳で砕いてやりたい衝動に駆られたが、何とか思いとどまった……とりあえず無事でいることだけはわかったのだから。
「他にもいい娘がいるよ」
「いや、どうしてもスーが良いんだ」
「だいぶ待つことになるが、いいのかい?」
「ああ、いくらでも待つさ」
「どこで聞いてきたのか知らないけどご執心だな、待つというなら構わないが、スーは相場よりだいぶ高いぜ」
オーナーが口にした金額は高いと言ってもこの国の常識での話、日本でならちょっと贅沢な昼飯を食えば飛んでしまう程度の金額だ、と言っても確かにこの国では破格の金額ではある。
「待たせたな、スーの体が空いたぜ、ただし前金で頼むよ」
金を払い、スーの待つ部屋へと入って行く、さすがに高い料金を取るだけあって簡素だが清潔な部屋、ベッドに座っている少女は向こうを向いているが、背中から腰にかけての美しいラインは見覚えがある、いや、忘れるはずもない。
「スー」
「あ……酒井さん……」
「おふくろさんに聞いたんだ、ここにいるってね、いつ頃からだ?」
「1年ぐらい前から……」
俺を見て日本語で話す、忘れていないようだ。
4年前にはまだ蕾だった肢体……相変わらずスリムであの頃の面影を色濃く残してはいるが、胸は膨らみ、腰つきにも女らしさが増してより魅力的になっていたが、何よりも印象的だった瞳は、現在の境遇を反映してか暗く翳っている。
酒井はそれを見ると矢も立ても堪らなくなった、自分もこの娘の瞳に憂いをにじませたことはある、だが、こんなのは……こんなことってあるか……スーはこんな扱いを受けて良い娘じゃない。
そう思うと、思わず口走っていた。
「スー、ここから抜け出したいか?」
「出来るなら抜け出したい……」
「日本に行くか? 家族とは会えなくなってしまうが」
「今でも会えないから同じ……」
「日本でAVに出ることになるが、それでいいか?」
「AVって?」
「セックスを撮影したビデオだ、それを売る事になるが、それでも良ければ日本へ連れて行くぞ」
「ここでは毎日5人くらいのお客を取らされるの……それよりは少ない?」
「ああ、ずっと少ない、ちゃんとした家に住んでちゃんとした食事も出来る、今も家族には金を渡しているのか?」
「ううん……私はここのオーナーの所有物だから……」
「自由になりたいか? 金を稼いで母さんに楽をさせてやりたいか? 日本に行けばそれが出来るんだぞ」
「もしそう出来るなら夢のよう……」
酒井の腹は即座に決まった、スーを何としても日本に連れて帰らなければならない……。
売春宿との交渉は難航した、スーは相場の2.5倍、5,000ドルで売られて来た事は母親から聞いている、しかし、ここでのスーの稼ぎはかなり良いらしい、オーナーは金づるを元値で手放す気などさらさらなく、その10倍を要求して来た、明らかに足元を見ている、酒井は辛抱強く交渉し、結局30,000ドルで話はついた、日本円にして300万ほど……AV一本で元が取れる金額ではない、その上スーはまだ17歳、すぐにデビューさせるわけにも行かないしビザの問題もある、ビジネスと言う観点で言えば良い取引とは言えず、全額持ち出しになってしまう可能性も少なからずある。
それでも酒井は30,000ドルをオーナーに叩きつけてスーを売春宿から連れ出した。
「スー……」
スーを家に連れて行くと母親が飛びついてきた。
父親には会わせたくもないが、母親との別れはちゃんとさせてやりたかった……。
「今度はスーを日本に連れて行ってAVに出す、写真と違って男に抱かれる姿をビデオにして売るんだ、それでもスーは今の境遇よりずっとましだと言った……それでいいな?」
母親は酒井をじっと見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「売春宿に30,000ドル払ってスーを買い戻した、日本の法律でスーは18にならないとAVには出られない……わかるな? スーが成功しないと俺も困るんだ……だけど約束してやるよ……2年待ってくれ、そうしたら必ずスーをここに連れてきて会わせてやるから……」
本当は『今生の別れになるかもしれないからせいぜい別れを惜しむんだな』と言うつもりだった……しかし、母親の目に涙があふれてくるのを見るとそうは言えなかったのだ。