第3話 初めての写真集

文字数 3,030文字

 日本に帰り、何人かの候補の中から一人のカメラマンを選んでスーの写真を見せた。
「いいですねぇ……日本人には見えないけど日本人好みではありますね、幼くて可愛らしいのにどこか『女』を感じます、可憐な色香とでも言ったら良いのかな、演出しなくてもそれが自然に滲み出てる感じですね」
 カメラマンもスーを気に入って大いに乗り気だ、きっと良い写真を撮ってくれると期待が膨らむ。
「撮影も向うでやろう、南国のビーチやアジアンティストのホテルが似合いそうだろう?」
「モデルだけ日本に連れて来た方が安上がりではありますがね」
「金は何とかするよ」
「確かに現地で撮影したのと日本で撮影したのでは空気感が違いますからね」
「最初のインパクトが肝心だ、売り出し方を間違えなければこの娘は必ず売れるよ」
 選んだカメラマンは女性のヌードだけでなく南国の風景、とりわけ夕日を撮るのも上手い、彼が撮る夕日の中にスーが佇んでいればどれだけ魅力的な写真になるだろう……酒井の想像は膨らむ。
「俺もそう思いますよ、酒井さんが俺を選んでくれてラッキーだったな……」
 カメラマンはそう言って、再びスーの写真を手に取った。

「なるほど、この娘は魅力的だね、投資の価値は充分だな」
 いくら完璧な売出しを構想しても、先立つ物がないと実現しない、だが出版社もスーの可能性を認めてくれた、細部の打ち合わせもスムースに進み、まもなく酒井はスタッフを引き連れて現地に飛んだ。

 撮影現場に選んだのは、スーの国では数少ないビーチリゾートに建つ、アジアンティスト溢れる高級ホテル。
 最初に日本人少女でないことを積極的にカミングアウトしてしまうことで下手な小細工を廃し、ありのままの姿でスーの可愛らしさを強調しようと言う意図からの選択だ。
 スーは高級リゾートホテルのような瀟洒な空間に脚を踏み入れたのは始めてだったらしく目を輝かせ、髪を整え、奇麗な服を着せてもらってよほど嬉しかったのだろう、輝くような笑顔を見せた。
 手始めは着衣のままでロビーや庭での撮影、いきなりヌードになることを要求されなかったことに安堵したのか、スーに初めての撮影の固さもあまり見られず午前中のイメージショット撮影はスムースに終わった。
 ホテルで出される食事はスーにとっては見た事もないような美しく盛り付けられた豪華なもの、手をつけるのをためらっていたが一度口に運んでしまえば夢中になる、おそらくはそんな料理を味わったことはないのだろう、そんな様子もいじらしく可愛らしい。
 酒井もカメラマンやスタッフもそんなスーの様子にすっかり魅せられた。

 午後は海辺に繰り出して水着の撮影、スーが暮らす村は海からそう遠くはないものの海で遊んだ経験はなかったらしい、スーは子供らしくはしゃぎ、水着での撮影にも固さはなかった。
 ビーチから人影がまばらになるころ、岩場に移動した。
「水着を脱いで」
 酒井がそう命じると、さすがにスーから笑顔が消える。
 だが、その表情も魅力的だった、まるで恋人に全てを求められ、初めて体を開くかのような不安げな表情には、10歳とは思えないような色香を感じる。
 ためらいながらもすっぱりと水着を脱いだスー、夕日に照らされたその肢体は初々しい魅力に溢れ、カメラマンは夢中でシャッターを切り続けた。
 そしてシンプルな白い綿のワンピースを与えられたスーの表情は、まるで二人きりで旅行に来ているかのような錯覚を起こさせ、夕日の中に佇む、憂いを秘めたスーの姿は、そっと抱きしめてやりたくなるような魅力に溢れていた。

 そしてホテルに戻り、部屋の中でのヌード撮影。
 岩場で既にヌードになっていたからだろうか、かなりきわどいポーズにも素直に応じ、例のほくろに至るまで、スーの全てがカメラに収められ、その間にもスーの表情はころころと変わった。
 気持ちを和らげようと冗談を言ってやれば屈託ない笑顔を見せ、自分の全てを見つめられていると気づけば恥じらったように顔を伏せ、扇情的なポーズを要求すれば悲しげに曇る。
 全ては10歳と言う年齢にふさわしい、背伸びしたり大人ぶったりはしていない自然な表情だ、しかし、2,000ドルの契約金と1,000ドルのギャラのために裸になっていることも事実、その憂いがスーの表情をより官能的に見せていたこともまた事実だった。

「今日はここまでだ、部屋で休みなさい」
 予定していた撮影が全て終わり、そう言ってやるとスーは少しもじもじしてから不安げに言った。
「何もしないの?」
 その一言に少し胸が締め付けられたが、努めて軽く答えた。
「俺が襲うように見えるかい?」
「だって……最初に2,000ドルも貰って、今日も1,000ドル貰って、奇麗な服を着せてもらったり美味しいものを食べさせてもらったりして……何もしなくていいの?」
「写真を撮っただろう? それも裸で」
「それだけでいいの?」
「ああ、それだけで充分だ、撮影はまだ明日一日かかる、明日も良い写真が取れるようにゆっくりと休め、明日の朝は早いぞ、ビーチに人が出てくる前にヌードを撮るからな」
 日本で写真集が売れる、と言うことがどれくらいの金になるのか想像もつかないのだろう、契約金とギャラを併せて3,000ドル……2,000ドルで売られかけていた少女だ、売春宿に売られると言うことが何を意味するのかも知っていたのだろう、ヌードとは言え、写真を撮られるだけで済むとは思えなかったらしい、それがこの国の貧しい家に生まれついた少女にとっての現実なのだ。
「良い写真撮れた? あたしはあれで良かったの?」
「ああ、充分だ、きっと日本で評判になるよ」
 スーはそれを聞くとほっとしたように笑顔を見せたが、酒井は複雑な思いに駆られた。
 スーにとっては売春宿に売られるよりはずっとましだろう、だが、自分もスーを食い物にしていることに変わりはない……。

 翌日、スーは昨日にも増して伸びやかにポーズを取り、カメラマンも気分が乗っていたので撮影は順調に進んだ、その結果まだ日が高いうちにスーを家に送り届けてやることができた。
 昨日の朝、迎えに来てスーを車に乗せた時は少し不安げな表情だった母親も、スーが元気に、楽しげに車から降りるとほっとしたような顔で喜び、スーを抱きしめた。
「約束の1,000ドルだよ、また近いうちに撮影したい、連絡するよ」
 母親も信用したのだろう、何度も礼を言ってスーを家の中に入れた……。


 酒井が交渉した出版社はメジャーな男性誌も発行している、スーの写真をその雑誌に持ち込むと編集長もいたく気に入り大きく掲載された、そしてその写真が大きな反響を呼んで、追って発刊された写真集は飛ぶように売れた。
 キャッチフレーズは『南国の小さな妖精』、出版社挙げての、アイドルばりのイメージ戦略で売り出したのだ。
 だが、写真集は天真爛漫なグラビアアイドルのそれとは違う、スーの肢体、スーの表情の裏側には東南アジアの貧国の現実が透けて見える、決して恵まれているとは言えない境遇が彼女を裸にしていることがうっすらと読み取れるのだ、それが却って男たちの心をわしづかみにした。
 こうして、スーは一躍日本で有名になった。
 本人はまだそれを知らずに、小さな村のバラックのような家でつつましく暮らしているのだろうが……。
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