十二. そして。

文字数 1,742文字


十二. そして。

しかし、ある日…。

いつもどおり、時間よりちょっと早めにお店の前まで行くと、開店準備中のはずの小母さんが手を止めて、ものすご~く困り果てたような声で、誰かに、言い訳?をしていた。
「…えぇと、だって、…本人が十五歳は過ぎてる。って、言ってたもんで…」
「えぇもちろん、履歴書はもらってますよ。親御さんの承諾書も!
こっちから言う前に、自分から、ちゃんと持って来て…」
「いえ、確認はしてません。忙しくて… 毎日ちゃんと時間前に来て、とっても良く働いてくれてたし!」

(…もしかして、あたしのこと…?)
ぎくっとして、章子は立ち止った。
「しかしですね…」
小母さんの向うに居た人が喋りだすのが、見えた。
制服を着た…ごつい…
お巡りさんだ…ッ!

「…おっ」
その制服警官が、立ちすくんでいる章子に気づいた。
小母さんが、気配で振り返った。
「…あっちゃん!」
小母さんが、呼んだ。
「この人が、あっちゃんのこと、探してるって…!」

「…家出人の首藤章子(すどう・あきこ)だな? 捜索願いが出ている!」
…ひっ!
…と、声も出せずに、叫んで…
章子は、逃げ出した。
逃げ出そうと…
もがいた。
脚が、もつれて…
倒れそうに、なって…!

警官が、どどっという勢いで、奔って追いかけてきて…
「こいつ! 逃げるかぁ…ッ!」
章子の腕を、がしっと掴んだ。
「…痛…ッ」
苦痛と罵声が、章子を…また。
どん底に、突き落とした。

眼の前が、真っ暗になった。
呼吸が、できなくなった…。
(ああ、…やっぱり死ぬんだ。死ぬしか幸せになれないんだ、あたし…)
章子は、もがいて、もがいて、
苦しんで…
倒れた。





…目が覚めると、そこは、白い布に覆われた…
病院?のベッドの上だった…。

「あ、気がついた? 良かったわ…!」
誰かが、小さく叫んだ。
あっと思った。
制服の…
婦人警官?だった…!
章子は、絶望した。
(…やっぱり、連れ戻されるんだ。あたし…!)
涙でなにも視えなくなった。
「アキコさん? 首藤章子さんよね? あなた過呼吸で倒れたんですって…
判る? みんな、心配してたんですよ!」

「…帰りません!」
章子は、叫んだ。
叫ぶ声と力があるのが、自分で驚きだった。
「あたし絶対に、帰りません! …死んでやる! そのくらいなら、死んでやる…ッ!」
…息が切れた。
それだけで、…まだ横になっているのに、…目が、回った…。

「…安心して。」
誰かもう一人、婦警さんの隣に座っていた、きっと補導員か何か役所の人らしい、てっきり『敵』の一人だと、思っていた人が…
黒い地味なスーツの女の人が、穏やかに、言った。
「章子さん、安心していいのよ。あなたはあの家に帰る必要はありません…。
あなたが、帰りたくないなら。」
「…………え……………?」
「みんな心配して探していたと言うのは、あなたがもう自殺してしまったんじゃないかと思って。あなたがあの制服やカバンを捨てて行った山の中とかを、警察の人がみんな徹夜で何日も捜索してたんですよ、という意味なのよ。
…誤解させちゃったみたいで…、ごめんなさいね?」
「…………え……………?」
「あなたがあの日、いなくなった後、病院から警察に通報があって、捜査が入りました。
あなたが家族やクラスメイトから毎日どんな目に遭わされていたのか、複数の証言があって、お父様もお母様もクラスの人たちも、みんな取り調べを受けました。
お父様は事情聴取中にすごく暴れて、警官と児相の担当者に怪我を負わせたため…
現在拘留中で、裁判があるまで、外にも出て来られません。
あなたを捕まえに来たりできない状況にありますから、どうか、安心して、私達の話を聞いて?」
…しばらく、意味が判らなかった。ただ…
「帰らなくて、いい…?」
「そうよ。安心して!」
「そうなんだ…??????」

「申し遅れましたが、私は、ジドウフクシシの谷口と申します。
…児童相談所。って、分かるかしら…?
とにかく。
私たちは、あなたの味方です!」

「…帰らなくて、いいんだ…??」

「そうよ! 安心して!?」

全身のちからが、抜けた。
がくがくと、震えが走った。

章子は、はじめて…
人前で、声を出して。
全身で、
哭いた…。

(終)

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