富士山頂から世界死ね!

文字数 2,456文字

 発狂したような真夏の明け方、わたしは日本で一番高いところに降り立った。半袖シャツ、短パンに裸足だと少し肌寒い。富士山の頂は貪欲そうな大口を開けており、その火口の縁からは黒々とした樹海、小汚いイルミネーションにも似た街の明かりが見渡せる。やがてくすんだ地平から空が焼け、世界を毒々しく染めていく。
 ここに立った目的は一つ、人類を絶滅させるのだ。人間は欲望のままに空と海、大地を汚染し、天候さえも狂わせてこの星を死に追いやろうとしている。動物を奴隷化し、奪えるだけ奪って殺してもきた。人間は地球の癌だ。根絶やしにしなければならない。善良な人々もいるかもしれないが、そこは連帯責任と諦めてもらおう。そのようなわけで、まずは日本人を皆殺しにしてやる。
 さて、とわたしは爪先で蹴った。赤らんだ独立峰はぐらぐらと揺れ、あわれな悲鳴を上げながら登山者どもが転がり落ちていく。ご来光を拝もうとしていた連中だ。富士山は霊峰、お前らごときが足を踏み入れていいところではない。
 そして樹海がもぞもぞと動き始める。枝葉が、幹が、根が四方にめきめきと伸び、燃えたぎる陽が昇ったときには山梨県庁ごと甲府市を飲み込み、奥多摩や箱根などに迫っていた。
 ちらちらと目障りなものが飛んでいる。報道のヘリコプターだ。わたしはスマホを見た。ライブ中継に火口、半袖シャツに短パン姿が映っている。わたしはカメラにピースサインをした。そしてその指を、くるくる、ぽいっ、とすると、ヘリコプターはラリった独楽みたいになって彼方に墜落した。
 報道機関のチャンネルでは大騒ぎになっていた。それに続いて、面白いニュースが飛び込んでくる。カラス、鳩、カモメといった鳥が人間を襲い、猿に猪、鹿や熊が畑の作物を存分に食い荒らす。水族館のシャチやイルカにアシカ、動物園のライオン、虎、象などは飼育員をかみ殺し、踏み潰しているのだ。好きなだけ復讐するがいい。動物が人間にどれだけ苦しめられてきたことか。いわゆる家畜の牛、豚、鶏、ペットの犬、猫、ウサギなどはどんどん姿を消している。樹海に逃げ込んでいるのだ。ここは彼らのサンクチュアリなのだ。
 わたしはSNSで、これから殺人ウイルスをばらまいてやる、と予告した。いたずらではない証拠に主だった都市に蔓延させたところ、ノーマスクの愚か者からばたばたと倒れ、もだえながら息絶えていった。このウイルスは肉食生活の輩にはとりわけ激烈で、穴という穴から血を噴き、内臓をぶちまけながら四散するのだ。恵まれたご家庭の、七光り子女も血と糞尿まみれの床でのたうって死んだ。ついでにわたしは、あの日本人メジャーリーガーも飛び散らせてやった。打席でバットを振った瞬間にこっぱみじん、実に爽快だった。海外だろうと逃れることはできないのだ。さらにサービスで、オリンピック選手村の奴らにも同じ末路をたどらせた。そこから感染拡大して、オリンピックはウイルスによる虐殺競争に早変わりした。人間がいなくなれば争いもなくなる。まさに平和の祭典ではないか。
 ウソではないと分かったことで、わたしのアカウントにはメッセージが殺到した。ひどい、なぜこんなことをするんだ、という非難には、被害者ぶるな、とレスポンス。身勝手な理由で侵略を始め、さんざん人殺しをした、それを応援してもいたくせに戦争の被害者面するような恥知らずどもだ。自分たちの罪深さを理解できるはずもない。お前らのような出来損ないは、オナニー中毒患者の妄想みたいなクソゴミ小説、読解力の欠片もないへぼ読者ごと消えろ。
 助けてください、と哀願する者たちには、身を投げれば天国に迎えられるだろう、と導いてやった。次々と駅のホーム、団地やマンション、ビルの最上階、あるいは崖から飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ――おめでとう、もれなく無間地獄直行である。
 そうこうしていたところ、航空自衛隊のFなんとかという戦闘機が飛んできた。しかし、旋回するばかりである。日本の象徴である富士山への攻撃をためらっているのだ。まったくもってつまらない。
 踏ん切りがつくようにしてやろう。わたしは稼働中の原発を引っこ抜き、東京都の西新宿にそびえるタワーに叩きつけてやった。都内はたちまち阿鼻叫喚の巷に変わった。原発のリスクというものを思い知ったことだろう。さらに大阪を夢洲から陥没させていく。メタンガスによる大爆発で漫才劇場が吹っ飛んだときは爆笑してしまった。
 とうとう空対地ミサイルが発射された。だが、そんなものが通じるはずもない。わざと食らっても傷一つ付けられなかった。逃げようとした戦闘機をぐちゃぐちゃの塊にし、キャンプ座間に叩き込んだら太平洋から弾道ミサイルが飛んできた。なんと核弾頭だ。わたしはそれをマジシャンよろしく消し、海の向こうのホワイトハウスに着弾させてやった。広島・長崎の分にのしを付けたと思ってもらえればよい。
 今や樹海は、まだらに本州から北海道、四国、九州にまで広がっていた。死に損ないどもは水や食料を巡って争い、醜い殺し合いを繰り広げている。樹海に逃げ込んだ者は、何かに襲われてばらばらの骨になった。それは少しずつ分解され、多少は土の肥やしになるだろう。いくらかでも地球の役に立てることを喜ぶべきである。
 やがて沖縄諸島まで深緑に覆われ、日本という国は消滅した。世界の国々も殺人ウイルスに加え、繰り返される巨大地震と大津波、火山の噴火、超大型ハリケーンで壊滅し、その後を樹海が占めていく。
 そしてついに人類は残らず死に絶え、地球は緑あふれる楽園に戻ったのである。めでたし、めでたし。
 わたしはまぶたを上げた。カーテンの隙間から西日の差す、蒸し蒸しとしたベッドの上だ。そう、すべては空想、ファンタジーに過ぎない。ともあれ、これですっきりした。もやもやが消え、目の前がクリアになった思いである。わたしは誓った。
 必ず、人類を、滅亡させてやる。
                                       (了)
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