第1話

文字数 1,259文字

2011年三月某日。福島県福島市の、ごくごく普通の一軒家で繰り広げられた昼下がりの一コマです。

震災というものを考えるとき、大きな被害や事故、ドラマチックな出来事に目が行きがちですが、多くの人々は、日々不安と闘いながらささやかに暮らしていました。

家庭も仕事もある、まあ現代日本ではありきたりなアラフォー女子(?)が、あの日あの時どんな会話をしていたのか? よろしかったらのぞいてみませんか?

三月にしてはいいお天気で、リビングの中はぽかぽかとした春の日差しが差し込んでいた。

庭のこぶしの花も咲き始め、小鳥たちがその花芽をついばみに遊びにやってくる。

今日は我が家に高校時代の友人二人が、子連れで遊びに来てくれた。

三人でたわいのない話をする傍らで、子どもたちが遊んでいる。

こうしていると、先日起きた巨大地震とそれに続く福島原発の水素爆発が、なかったことになるんじゃないかと思ってしまったりする。

それでも一歩外に出ればひび割れた道路や、傾いた家が目に飛び込んできて、私を泣きたい気持ちにさせるのだった。

トラックの運転手がさあ、福島に入りたくないとか言ってるらしいじゃない?
あぁ……まあ、気持ちはわかるけどねえ。
真偽のほどはわからないけど。

……ありえるわね。

って、うちら住んでるのよ?
ままぁ!
ん? なに? どうした?
ぼく、のど乾いちゃったよ。
あたしもー!
あー、はいはい。ちょっと待っててねえ。
私は立ち上がりかけたが、アッコが話始めたために、また腰を下ろしてしまう。
今のこの状況ってさあ、あれ思い出さない?
あれ?
ほら昔あった。風の谷の何とかってアニメ。この辺一帯腐海? になっちゃうんじゃないかな? とか思わない? それで、放射能で王蟲が育つ。
いや、腐海になるのは原発で、この辺は風の谷になる!
ああ、それいいわね!
そのうち福島から出るのに検問とか出来てさ、自由に外にいけなくなったりして。
やぁめぇてぇ! 怖い怖い!!
北海道とかに逃げる人もいるんだよね。マコの同級生なんだけどさ、子どもだけ関東の親戚の家にやったらしいのよ。地域ごとに移住するなんていううわさもあるじゃない?
それって、子どものためにどうなのよ?
チック症になったらしいよ。
子どもだけで!? そりゃチック症にもなるわ。マコちゃんと同級だったらまだ小学一年生じゃない。
ねえ、観月はもともと神奈川県に住んでたんだよね。戻ろうとか、思わないの?
私? もう福島に来てから長いもん。高校から大学、就職、で、こっちで結婚でしょ? 被爆とか考えれば避難した方がいいんだろうけど、旦那だけおいて逃げても、多分私の心が折れるもん。だったら、本当に危なそうなときには家族そろって避難する。
そっかあ。
らぶらぶぅ!
ラブラブって……!

まあだけど、本当に危ない時ってどうやってわかるかが問題よねえ。

そんときは「逃げろーーー!」って、政府が言うんじゃないの?
やだ観月。まだ政府が本当のこと言うなんて信じてるの?
お母さん!
なあに?
ぼくたち、喉乾いてるんだけど……。
ああ、ごめんごめん! おやつにしよっか!
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登場人物紹介

私。こと観月。幼稚園年長さんの息子がいる。中学まで神奈川で育つがその後福島に移り住み福島で結婚。

自宅でピアノ教室を開いていたのだけれど、地震のために通ってこられる生徒さんが激減。開店休業状態に。

今回のお話は3.11の後、少しばかり落ち着いたころ。高校時代の友人であるアッコとマミが、観月の家に集まった時のお話し。

私はアッコ。三歳の息子がいる。出産を機に退職したんだけど、そろそろ仕事を見つけたいなあと思っていた矢先の大震災。外出もできず、職探しも中断中。

私はマミ。娘は小学一年生。事務職をしていたのだけれど、震災のために今は自宅待機中。

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