あとがき

文字数 1,611文字

3.11。あの大震災から十年が経ちました。

皆さんにとってはどんな十年だったでしょうか?


この作品を読んでくださった方はお察しでしょうが、私は福島県県北地方に住んでいます。

震災とそれから続く原発事故は、私自身の人生というものにも大きくかかわり、今ではもう切り離すことのできない出来事となりました。


一番大きな変化は、今こうして小説を投稿していることでしょう。

震災前は小説を書いていませんでしたし、紙の書籍はたくさん読んでいましたが、web小説は読んだことがありませんでした。なにしろ自宅がネットに繋がっていなかったのです。


地震発生後、主な収入源だったピアノ教室が開店休業状態に追い込まれたことで、私は福島県の行っていたひとり親支援事業を受けることを決意しました。

そこでパソコンを借り、FOMAを借り、ようやくインターネットの世界に足を一歩踏み入れることになります。

私が勉強したのは、ツイッター、Facebook、最終的には自分自身でHPを立ち上げるというところまでの講座でした。今思えばどうってことのない内容かもしれませんが、ほとんどパソコンに触れたことのなかった私には、知らないことだらけでした。

そして、見つけてしまったのです。

「小説投稿サイト」なるものがこの世に存在しているということに!


本好きの私にとっては、衝撃の出会いでした。


(そこからも紆余曲折あったのですが、それはまた機会があったらということにしましょう。)


私はすっかり小説を書くことの虜になっていました。


震災から五年目。

とある投稿サイトで「スマイルジャパン2016」という企画が行われるということを知りました。

震災についての作品をみんなで書こう。という企画でした。

知り合いがいたわけでもないこの企画に、飛び入りで「参加したいです!」と申し込み、投稿したのが短編連作「やわらかな浸食」という作品になります。

その中の一つに今回投稿した「春のおしゃべり」が入っていました。


私は書き始めたのも遅いですし、だからというわけではないのでしょうが……執筆するのも遅いのです。それなのに、あの時はどうしたものなんでしょうか、短い期間で一息に書き上げてしまいました。きっと書きたいことがたくさんあったのだと思います。喉まで出かかって、表に出すことのできなかった何かを、吐き出した、そんな作業だったのかもしれません。



災害が起きると、芸術やスポーツといったものは必要なのだろうか、という問いが毎回繰り返されます。

作家たちも、自分の無力さに打ちひしがれたり、創作を続けることの罪悪感に苛まれたりして、作り出すことができなくなる方もいるそうです。

実際、絵に色を付けることができなくなったという絵本作家さんのお話を聞きました。


本当につらい時、何もできなくなる、したくなくなる。それは確かです。

 

けれども……。


人は、忘れていくのです。忘れることは、健康に生きていくために必要なことなのかもしれません。

でも、すっかり忘れてしまってよいものだろうか。そんな風に思うのです。

作品が残っていれば、あの時の驚き、あの時の辛さ、あの時の悲しさ、あの時の喜びを、残しておくことができます。普段は忘れていたとしてもです。

もしかしたら芸術というものは、とてもうまく記憶や想いを保存しておくことのできる装置かもしれないと思うのです。


今回投稿させていただいた「春のおしゃべり」は本当にちっぽけなお話です。なんということのないお話です。

けれど、だからこそ身近に感じていただくこともできるのではないかと思い、今回チャットノベルとして再投稿いたしました。


最後まで読んでくださってありがとうございました。

読んでくださった皆さんに、ちょっとだけでも何かを感じていただけたのなら、幸せです。


今回投稿することで、私自身も忘れていたあの頃の自分に出会うことができました。

それだけでも、この作品を書いた甲斐があったと思っています。


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登場人物紹介

私。こと観月。幼稚園年長さんの息子がいる。中学まで神奈川で育つがその後福島に移り住み福島で結婚。

自宅でピアノ教室を開いていたのだけれど、地震のために通ってこられる生徒さんが激減。開店休業状態に。

今回のお話は3.11の後、少しばかり落ち着いたころ。高校時代の友人であるアッコとマミが、観月の家に集まった時のお話し。

私はアッコ。三歳の息子がいる。出産を機に退職したんだけど、そろそろ仕事を見つけたいなあと思っていた矢先の大震災。外出もできず、職探しも中断中。

私はマミ。娘は小学一年生。事務職をしていたのだけれど、震災のために今は自宅待機中。

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