第4話

文字数 1,415文字

かみひこうき!
おかあさん、かみひこうきやりたい!
やりたーい!
あら、聞こえてた。
しょうがないなあ。確か折り紙、ヨシのおもちゃ箱の中にあったと思うけど……
あら、紙飛行機なんか、新聞の広告でじゅうぶんよ。
よーし、じゃあみんなで紙飛行機つくろー!
おー!
ふふふ……。やつらはしばらく紙飛行機で遊んでるね。
そういえばさあ、ガソリン。たいへんじゃなかった?
ああ、うちはちょうど満タンにしたばっかりだったから、まだまだ大丈夫。
私はめちゃくちゃ並んで、なんとか入れられた。だから今のところは安心かな?
満タンだからといって、ガソリンはいざという時のためになるべく使いたくないなあ。まだ余震も多いし……。
地震酔いっていうのかしらね? 最近もう、揺れてなくても常に揺れてるような気がするのよね。
いざというときすぐ逃げられるように、車の中に避難できる準備はしてるのよ。寝袋とかも入れてるし。
そうかあ。うちは親戚一同ほとんど福島県内だから、身を寄せる親せきも県外にはあまりいないのよね。
県外の親戚だって、そうそう頼れないわよ。こういう時は多少お金がかかってもしょうがないし、また水素爆発なんて事態になったら、ウチも今度こそ県外のホテルにでも逃げ込もうかと思ってる。
そうね、それも仕方ないかあ。それにしても、原発ってもっと頑丈なものだと思ってなかった?
ホントよね。私はもう、戦争になって周囲が焼け野原になっても、原発だけは残ってるぐらいに考えてたわよ。まさか地震と津波でメルトダウンだの、水素爆発だの起こすなんてねえ。
ほんと、人間の技術力? なに、科学力? って、そんなもんなのね。それより、かわいそうなのは飯舘村よ。
ああ、全村避難よね。しかも原発からかなり離れているから、原発誘致の恩恵も受けてないっていうのにね。
はぁぁぁぁ……。
つい後ろ向きになってしまう私を、アッコがまあまあとなだめてくれる。
観月のところは、仕事は? いつから再開するの? ピアノ教室は無事だったんでしょう?
おかげさまで。でも、お休みしてるわけじゃないの。開店休業状態。教室を開いても、生徒が来ないのよ。でもね、一人だけ一日も休まずに通ってきてくれてる生徒さんがいるのよ。家が近いっていうこともあるんだけどね。生徒さんがピアノを弾きたいという気持ちになったらいつでも戻ってこれるようにしておこうとは思ってるの。伴奏の仕事は、暫くはできないだろうと思うな。練習会場も地震で使えなくなったり避難所になってたりだし。
ユミは元気かしらね?
あいつは県庁勤務だから、地震発生から寝る間もないんじゃないかしら。小さい子ども二人も抱えて大変だと思うけど……。
もう少ししたら、私連絡入れてみるわ。
そうね。お願い。ランチしようよ! ランチ! 落ち着いたらみんなでさあ!
そうね。いつになるのかわからないけど、そんな日が来るといいわね。
来るわよ、絶対!
ままぁ。ジュースこぼしたぁ!
あー、もう、ほらぁ!

その後、伸びに伸びていた息子の卒園式が何とか執り行われることになったのは、四月に入ってからだった。


四月六日 〇〇幼稚園 幼稚園お遊戯室にて卒園式

同じく四月六日 〇〇小学校 幼稚園お遊戯室にて小学校入学式


この同じ日、同じ場所で、小学六年生の卒業式も執り行われた。小さなお遊戯室での小さなお式だったが、みんな新しい制服に身を包み、子どもたちの顔には笑顔があった。


止まってしまっていた子どもたちの時間が、動き始めた。


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登場人物紹介

私。こと観月。幼稚園年長さんの息子がいる。中学まで神奈川で育つがその後福島に移り住み福島で結婚。

自宅でピアノ教室を開いていたのだけれど、地震のために通ってこられる生徒さんが激減。開店休業状態に。

今回のお話は3.11の後、少しばかり落ち着いたころ。高校時代の友人であるアッコとマミが、観月の家に集まった時のお話し。

私はアッコ。三歳の息子がいる。出産を機に退職したんだけど、そろそろ仕事を見つけたいなあと思っていた矢先の大震災。外出もできず、職探しも中断中。

私はマミ。娘は小学一年生。事務職をしていたのだけれど、震災のために今は自宅待機中。

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