第16話

文字数 803文字

五月二十七日 晴れ
 モルジブ――マーレ寄港。
 スワン会長の遺体は、クルーズ終了のスペインまで、安置室で眠ったままとなった。おかしな話だが、息子が内密どころか、予定通りの日程を望んだという。それにOKを出す会社もおかしい気がする。
 モルジブでは日本直通便が飛んでないし、大きな、いわゆる都市で運び出した方がいいのかもしれない。
 モルジブには、上陸しなかった。
 ま、主なレジャーがマリンスポーツということだから、遠慮したわけだ。水中で移動することが泳ぐということなら、泳げないわけじゃない。ただいろんなものに迷惑をかけたくないだけだ。
 仕方ないじゃないか。私の意思と関係なく、酸素がどこからともなく集まってくるのだから。それゆえ、雨やシャワーなどの勢いよく降り注ぐ水が、心地いいのだ。
 ま、船上から風景は楽しんだし。柔らかく包み込むような風も心地よかった。
 船室で初めてゆったり過ごした。テラスで飲むアイスティーは極上。何かにせかされるわけでもなく、考えることも、一端忘れて。

 そして、代わり映えのしないテーブルで夕食をとる。それぞれの顔を見ると、ちょっとホッとするようになっている。ベイカー夫妻も今日はギクシャクしてないし。
 今日も一日が無事に終わるんだなという気がする。気になる東洋美人は、いる時といない時がある。この前残った答えを教えて欲しいのに。

 島で成り立っているモルジブならではなのか。灯りが少なく、早々に星が瞬きだした。
「こんばんは」
 声をかけてすぐに、ため息をつかれた。
「モルジブは楽しまれましたか? 青い空も澄んだ海も、日本では考えられないくらいの眩しさでしたね」
「なにも楽しんでないわ。一人でいたいの」
 きっぱり、これ以上は無いくらいのきっぱりさで断られた。
 軽く会釈してその場を離れた。もちろん、明日も来る。これはもう、意地かもしれない。風も、そよっと吹いた。少しだけ「よし!」と思った。
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