第21話

文字数 1,381文字

六月一日 曇りのち雨
「おはようございます」
「おはよう」
「今日は天気が崩れるそうです」
 ライラが今日も紅茶を入れてくれる。
「そうみたいだね。歩いていて、そういう空気を感じたよ。でも、今日は船長のティーパーティーに行くんだ」
「まぁ、そうですか」
 感嘆の声なのか、つまらないという声なのか、わからないが、彼女はあっさりしていた。
「あのね、ライラ」
「はい」
 真っ直ぐ見つめないでくれ。
「じつは……姜斐玲さんのことなんだけどね」
「あの女が何か?」
「うう……。彼女が、かまわないでくれって……その、言ってるんだけど」
「千早さま」
「はい」
 ライラは大きなため息をつく。
「何を言われたのか知りませんが、想像は出来ます。『あなた方の邪魔はしないから、私の邪魔もしないでね』のようなことでしょう。直接私に言ってくればいいのに」
 キッと顔を上げて、きっぱり言った
「わかりました。彼女は、いないものだと認識します」
 そして、「ティーパーティー、楽しんで来てください」という言葉だけ残して去って行った。
「相性が悪いのかな……」

 忘れかけていた。今日は、船長主催のお茶会に呼ばれたのだった。
 クルージング中、何回か開催されてるとか。前日、部屋に招待状が届いてた。これが来ないと、その日の参加資格がないらしい。
 これも、体験すべきだろうと、肩に背負う猫を総動員で船長室へ。なにしろ初対面の人々ばかりだろうから。
「ようこそお越しくださいました」
「お招きありがとうございます」
 船長がドアを開けて迎え入れてくれた。ふんわりと、だが、鼻にくる香りが漂う。これが、スティーブの言っていた香りか。部屋の中から匂う。
 中へ通されると、すでに三~四人の客人がL字のコーナーソファーに並んでいた。私は丁寧に挨拶をし、握手を交わした。

「今日、船長主催のお茶会に出席したんです」
「あら、うらやましい」
 キャシーが驚くように言った。
「私としては、物珍しさで行ったんです。思ったより、肩が凝りました」
「まぁ」
 キャシーは可愛く笑う。
「でも、そうかもしれないわ。何を話せばいいのか、緊張しちゃう」
「なんでもいいのよ。『こんなことがあった』『あんなことがあった』って。そうでしょ?」
 レベッカに頷く。
「ええ。そのとおりです」
 確かに、実りのある会話をした記憶がない。気ばかりを使っていたから。
「あ、船長の匂い、嗅いできました。部屋に入った瞬間に匂いがしたので、お香とかアロマのようなものだと思います」
 アルバートに報告をした。
「お香か。ジャパニーズ・アロマだね。話には聞いたことがあるが、実物は見たことないな。興味深い」
「今度、御宅へお送りしますよ。どんな匂いがいいですか?」
 アルバートの目が光った。
「そうかい? スタンダードなやつと、それから……サクラもありそうだね。船長のと同じ、スイート・バイオレットらしきものも」
「バイオレットですか。ああ、なるほど」
 日本で信号待ちをしている時によく嗅ぐあの匂いか。正確には、三色スミレって言うんだっけ。スイートと名がついても、それ系の香りに間違いはないだろう。
「香水でバイオレットは最近少ないんだよ。柑橘系やハーブ系が主流だから。我がイングランドでは、バラは外せないけどね」
 それにしても、またスミレか。やっぱり明日誘おう。
 それにしても、雨の日はつまらない。やや、ふて寝。
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