秋、朝、信号待ち。 

文字数 1,320文字

 
 小鳥がはたはたと舞い降りたのかと思った。

 信号待ち、前の車との間、左上から右下にはらはらと過ったのは枯れ葉だった。
 季節の移り変わりはきっとバトンタッチではなく、まるでパレットに丁寧に並べたグラデーションのように暖色系から寒色系へ、秋が深まることで晩秋に、そして初冬との間はきっと“秋冬”みたいな感覚で……滑るように変わっていくんだ。
 あの枯れ葉は何処から降りて来たんだろう?
 左の歩道に並ぶ街路樹を眺める。
 まるで小鳥のように可愛らしく舞った姿は、生命の終わりとはまるで逆のイメージを羽織っていた。そんなことを思っていたら、ふと今まで考えもしなかった言葉が胸の中で木霊し始めた。
 
 枯れ葉を命の終わりと、誰が決めたのだろう……?
 
 枝を離れ落ちることはそんなに寒々しい姿だろうか?
 そこに生命力を感じるのはおかしなことだろうか?
 それが土に還り新たな命へ変わる、ということではなくて。
 今までずっとしがみついていた場所から手を離す瞬間、それは力尽きるのではなく解き放たれる姿に見えはしないか。地面に辿り着くまでの時間がいかに短くても、それは限りなく自由を求める願いに満ちていて……あるいはそのまま強い風を掴んで宿り木よりも遥かに高い空へと舞いあがり、あるいは地面の上を滑るように何処までも流れていく。
 そう、彼らが何かを想っているのだとすればそれはきっと「旅立ち」じゃないだろうか。

 生命感は春にばかり謳われる。
 暖かくなる季節には様々な芽吹きが溢れるから、それは確かに瑞々しいエネルギーに満ちていて、優しい陽光や薫り高い風と一緒に肌を撫でていく。そんな光景はもちろん好きだし、命を謳うに相応しいとも思う。
 でも今朝、冬を臨む寒空の下。一枚の落ち葉が小鳥のように見えた瞬間に僕の中で何かが変わり始めた。
 あの葉が旅立ちならば、見送る木々はまるで髪を切り装いを解く様。一人で身を守るように硬く引き締まりながらも肌は滑らかさを纏っていく。もっと冬が深まれば、明け方に霜の下りた土はきらきらと陽に映えて、淡く輝く。
 
 車の窓を四枚とも小さく下げてみる。
 そして「やっぱり」と嬉しくなった。
 
 冷え込んだ空気は決して寂しさを思わせなかった。
 その澄んだ香り。
 一晩かけて汚れを脱ぎ去った清々しい冷たさ。
 まるで無垢な気持ちを大切にしようとしているようで、凛とした命の声を確かに乗せていた。これから、その中を一枚、また一枚と葉は踊るんだろう。
 枯れていくこと……それは老いさらばえていくことじゃない。
 青々と華やかな季節にたくさんの言葉を覚えて、全てを胸にしまいこんだら強い決意を手に旅に出る。
 しなやかでも簡単に形を変えることはできなかったあの頃を超えて、さらさらと崩れながら風に溶けていく姿はきっと無限の自由を謳歌しているんだ。
 
 僕はきっと、この先ずっと、晩秋も初冬も好きになる。
 寒色系へ辿るグラデーションに時にはわざと心地好い寂しさを探したりしながら、でも生命の息吹を忘れることも、見失うこともないだろう。
 
 家までもうすぐ。少し寒くても窓はそのまま。
 また何かがはらはら通り過ぎてくれたら嬉しい。 それが小鳥でも枯れ葉でも。
  
 
 
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