チェーン 

文字数 1,085文字

 
 最近、チェーンがよく外れる。
 ちょっとした軽い拍子に。

 信号に招かれて走り出す時……
 曲がり角でリズムを変えた時……
 小さな段差を越えようとした時……

 チェーンは歯車から外れ、
 踏み込む僕の足は空回りする。

 弛んでしまったチェーンはもう元に戻せなくて、
 でも何度も直すうちに、掛け直すのは上手になってきた。
 それでも僕の指先はいつも、錆ついた赤に染まってしまうけれど。

 一つだけ見つけた法則。
 車体を傾けている時にリズムを変えると外れやすいらしい。
 寄り掛かるような負担には耐えられないと知ったから、
 僕は出来るだけ身体を真っ直ぐに保つようにする。
 信号待ちでは背筋を伸ばし、
 曲がり角では丁寧に速度を落として。
 
 初めて外れた日は、僕の所為じゃなかったんだ。
 自転車置き場から引っ張り出した時にはもう外れていた。
 誰かが加えた理不尽な力に、僕の自転車は少し壊れてしまったんだ。
 あの日、憤りと悲しさが一緒に湧き上がった。

 いつ突然空回りするか分からないペダル。
 不安が消えることはないから、今度の休みに直してもらおう。
 もし高くつくなら買い替えようかなって思う。

 でも少し躊躇っている。

 最近、このチェーンとの付き合い方が解かってきた。
 優しく丁寧に漕げば、軋みはしてもちゃんと噛み合ってくれる。
 スピードは速くても遅くてもいいんだ。
 大切なのはリズム。
 急に速くしないこと。
 急に遅くしないこと。
 加速する時はチェーンが置いてきぼりにならないように、そっと。
 減速する時はチェーンが投げ出されないように、そっと。
 そして寄りかかり過ぎずに、一番支えやすい形で重心をあずけて。

 壊れかけなくても、それはきっと自転車にとって良い付き合い方なんだ。
 でも壊れかけなければ、僕には決して見つけられなかった付き合い方なのも分かる。

 けれども、やっぱり思いきり踏み込んでみたい瞬間もあるし、
 力いっぱい踏み込まなくちゃならない日もあると思うんだ。
 だからこのままじゃきっと駄目なんだろう。
 
 
 
 街路灯の明かりも届かない脇道に入って、
 寝静まった我が家の前に辿り着く。
 ゆっくり減速して、静かに停止した自転車。
 駐輪スペースにバックで運び入れていく。
 空回りは不安だから、少し浮かすために荷台を握りしめた。

 暗闇の中、丁寧にスタンドを立てる。
 手で少しだけペダルを回してみた。
 後輪がゆっくり回転を始める。
 ほっと安心して、そっとブレーキを握った。

 (まだもう少しよろしくね)

 明日の朝、また一緒に走れることを願いながら……
 僕はロックを掛けて、小さな鍵を引き抜いた。
 
 
 
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