Qクリアランスの愛国者

文字数 2,632文字

 我々の何人かはここにパンくずを落とすために来た。ただのパンくずだ。
 (小児性愛者犯罪組織の疑惑に関して)合衆国大統領は完全に隔離されている。 ――彼すらも捜査対象だと提唱するすべての議論は誤りだ。
 人々が告発され始めたというこれらの問題について、合衆国大統領は国民に演説しないだろうし、純粋に見た目上の理由で中立を保たなければならない。これが示唆することは、その計画は偽りであり、常識とならなければならないということだ。
(中略)
物まね鳥計画。
愛国者たちは統制が取れている。くつろいでショーを楽しみたまえ。
――Qクリアランスの愛国者 2017年10月30日の書き込みより

 Qクリアランスとは何なのか?
 どんなヒントが、それに明確に触れることができるのか?
 合衆国エネルギー省(DOE)か?
 U1(ロシアのウラン掘削企業)における商品を持っているのは誰か?
 『Q』に指定された文書はその人物がDOEで働いていることに言及しているのか?
 否。
(中略)
 誰が敵なのか?
 全民主党員によって継続的に公言され続けているのは何か?
 ロシアとは何なのか?
 「ロシアリセット」(合衆国前政権によるロシアとの関係改善)は本当は何をもたらしたのか?
 クリアランスはU1との取引を完了させるための通路?
 なぜカナダの首相がそれほど重要なのか?
 彼らは、彼らが敗北に向かっていたとは考えたことがない。
 嵐の前の静けさ
  ――Qクリアランスの愛国者 2017年11月3日の書き込みより

 tor(トーア)からしかアクセスできないサーバだからというので違法データをアップロード・ダウンロードしたり、殺人依頼などを書き込む連中を之博は心底アホらしいと感じていた。
 torは通信の『途中経路』を秘匿する技術だ。通信の始端と終端はお互いのIPアドレスを知っている。
 ということは何者かが警察に「tor上のサーバに違法なデータがアップロードされている」と通報すれば、警察がそのサーバのIPアドレスを知ることは難しくない。そのサーバが国内にあったり、国内在住者が運営していることがわかった場合、警察が運営者を逮捕してサーバを押収すれば、サーバ上のアクセスログに利用者のIPアドレスが記録されている。サーバが海外にあった場合には警察が手を出すことは困難な事が多いが、それはtorに限らず普通のインターネットでも同じだ。
 そんなわけで、之博は絶対に秘匿しなければならないやりとりをする場合、双方のIPアドレスをオフラインでやり取りした上で、互いの端末同士の間でtor通信を行うことにしていた。もっとも、「オフラインで」というのはあくまで理想論であって、実際には電話でIPアドレスを伝える場合が多い。電話で直接要件を話すとそれはそれで盗聴の危険があるし、インターネットとtorだけでやり取りするのも安全ではないので、二つの連絡方法を複合することで危険性を減らそうとする次善の策にすぎない。
 「Qクリアランスの愛国者」との会談も、やはりそんな風にして、tor上のチャットで行われた。

ゆきひろ:こんにちはQさん。お時間いただいて幸いです
Q:我々の初期の活動の場を提供してくれたことには感謝する。だがその後はどうだ? なぜチャネル4を三文役者(バッドアクターズ)ののさばるままにしている? やつらの犠牲者を増やしたいのか?

 之博は苦笑する。ジミーといいQといい、どうしておいらに関わる連中は勝手にこちらを味方とみなして、向こうの期待に反する行動を取ると激しく憤るのだろう。別に誰の味方になったつもりもないのに。

ゆきひろ:おいらは、楽しければそれでいいですよ
Q:まあいい。何を聞きたい? クリル諸島をめぐるロシアの対日政策か?
ゆきひろ:それはおいら個人に喋るんじゃなく、パンくずとしてどこかに落として下さい。今聞きたいのはですね。このあいだ三文役者が『Q』を探しているのを見かけたんですが、その時探してた『Q』ってのは、貴方や貴方の支持者のことじゃないみたいなんですよ。何か心当たりありませんか?
Q:合衆国政府の最高機密文書、もしくはそれを閲覧する権限を持つ人物のことではないのか?
ゆきひろ:でも、京都の寺で探してたんですよ? それと、『アグラファ』って言葉に聞き覚えはありませんか? そいつが探している『Q』に関係があるみたいなんですけど

 之博のその発言以降、しばらくQの返答が止んだ。訊いてはいけないことだったのだろうか。だがどうでもいい。Qの機嫌を損ねても困ることはない。
 二分ほどの沈黙の後、Qからの書き込みがあった

Q:思い出した。Qクリアランスの文書の一つに、そんな言葉が書かれていた。来年一月のダヴォス会議に関する文書だ。
ゆきひろ:どんなことが書かれてたんです?
Q:『アグラファ』の実現を阻止するために、三文役者どもがダヴォスでテロを行う可能性があると書かれていた。だから合衆国大統領は適当な理由をつけてダヴォス会議を欠席すべきだと。

 ダヴォス会議は、世界各国の首脳や経済界のリーダーたちが参加して毎年スイスのダヴォスで開催される経済会議である。当然合衆国大統領も毎回参加しており、来年一月の会議も十一月現在、大統領欠席という発表はない。

ゆきひろ:それでそのアグラファってのは何なんです?
Q:我々の中にその意味がわかる者はいなかった。だが三文役者がテロを起こすことを知っていてなおダヴォスに行く者は、おそらくそのあたりの事情を知っているだろう。三文役者の妨害に抗ってアグラファとやらを実現させるために行くのだろうから
ゆきひろ:なるほど。分かりました。質問は以上です。ありがとうございました
Q:では我々はこれで失礼する。『大いなる目覚め(グレートアウェイキング)』に祝福あれ

 Qからのセッションが切断されたことを確認して、之博はルータの電源を切った。すぐにまた電源を入れ直して自身のIPアドレスを確認する。先程と同じIPアドレスになっていたので、IPアドレスが変わるまで何度もルータの電源をオン・オフする。

「三文役者のたくらみを知っていてダヴォスへ行く人……、吉田さんはどうだろう。直接は会えないだろうけど、誰かを経由して話を聞けないかな」

 ルータを操作しながら、之博はひとりごちた。
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