第6話 フィーバータイム

文字数 1,933文字


「学校はおサボりですか? またステファンさんに説教されますよ?」

 病院の通路でソフィアと出会った。相変わらず足が不自由そうだが、いまちゃんと生きて、明るく笑っている。
 俺は猛烈に安心して、その場に座り込んだ。通路の中央だからなんだ。ソフィアは慌ててタイヤを回す。

「ど、どうかしましたか? 体調が悪いなら、看護師さんを……」
「そうじゃないんだ」

「そうなんですか? なら、良いのですが」
「ああ。ありがとな」

 差し出された手を握る。か細くて不安になる。

「え、えっと?」
「あ、ああ。元気出た。俺は大丈夫だ」
「アンドリューさん……」

 彼女の揺れる瞳を落ち着かせようと、俺は誤魔化すように笑った。

「お前は自由の女神像に押しつぶされて死ぬ。テロで爆破されたトーチを頭から被って死ぬ」

 青ざめる。汗ばむ手で悟られたくなくて、ソフィアの手を離した。せめて表情だけは平静を装う。

「アンド――」
「ごめんな。ちょっと用事ができた」

「ま、待ってください。やっぱり何か、」
「ごめん」

 ソフィアの静止を振り切って走る。居ても立っても居られない。胸を焦がす焦燥だけが、俺を突き動かしていた。こんなことにソフィアは巻き込めない。絶対にだ。

 証明せずにいられない。我慢ならない。あんな恐怖、憎悪、二度とごめんだ。

 ソフィアの声が遠くなっていく。いま手放したものの意味を、俺はまったく理解していなかった。

 ×××

 女神像をへし折っても、トーチは俺の頭に落ちなかった。

「お前は島民になぶり殺しに遭う。親類縁者もろとも虐殺される」

 通りがかりの学生を殴り殺す。観光客が悲鳴を上げて散る。一人も見逃す気はなかったが、一人は見逃したかもしれない。
 おばあさんの首を刎ね、女神の破片を投げてビジネスマンの喉を潰す。俺を撮影するOL女性の心臓を手刀で突き刺す。

「お前は駆けつけた警官に銃殺される。友人知人は誹謗中傷の的となり、ソフィアは罪悪感で自殺する」

 警官の姿は見えない。俺は本土にひとっ跳びし、適当にビルや人を破壊した。さっさと来て欲しい。
 サイレン音が近づいてきて、ようやくパトカーが俺の周囲を囲う。拳銃を構えた警官が次から次へと降りてくる。

 標的を決めて一瞬で近づき、その警官を放り投げる。数十メートル以上空に飛ばされただけで、泣き叫ぶとは情けない。
 ボールみたいにパトカーを氣散らし、警官が右往左往している隙に接近、首を締める。銃弾の雨は本物の雨より情緒がなかった。全部弾き返す。

「お前は陸軍特殊部隊に喉を切られて死ぬ。スタングレネードで視覚聴覚を奪われ、現れた兵士に斬殺される」

「お前は戦車に撃ち抜かれて死ぬ。120mm砲弾に為す術なく貫かれる」

「お前は軍の殺人ドローンに狙撃されて死ぬ。麻酔を撃ち込まれた後、マイクロ波が照射され脳が沸騰して死ぬ」

 ありそうな予言だ。殺しのプロの実力、とくと見せてもらおう。

 周囲に避難勧告が流れる。スピーカーより流れる男の声は切迫していて、やかましかった。音源を一つずつ潰す。アナウンサー、殺したほうが早いか?

 報道ヘリが飛んでいる。無用な好奇心は嫌いだ。俺はその辺の信号機をへし折って投擲した。操縦席が貫かれる。
 ヘリはみるみる高度を下げ、ビルの向こう側に墜落した。盛大な爆発音の後、噴煙が立ち昇る。

 索敵ドローンがぶんぶん飛ぶ。自動車や死体やビルの破片を投げつけ、シューティングゲームの要領で撃墜する。
 遮蔽物の影に潜んでいたり、数百メートル離れていたり、高難易度の撃墜に成功するとテンションが上がった。

 市街戦用の迷彩服を着こんだ兵士が見え隠れする。組織的な行動が美しい。俺は軽く背後を取り、一人ずつ頭と胴体を切り離す。
 腕力は当然のこととして、聴力も視力も人間離れしているこの俺が、不意打ちを受けるわけがない。

 ラジオ曰く、前線基地を構えているらしい。皆殺しにする。軍人と報道人と民間人の見分けがつかない。
 指揮官らしき小綺麗な恰好の男が真っ先に逃げ出したから、捕まえて喉を潰す。指で少しずつ体に穴を開ける。じょうろみたいにぴゅーぴゅーと血が飛び出て楽しい。

 日が暮れたから、近くの家で食事を取り風呂に入る。テレビのニュースは「東海岸での大規模テロ」一色だった。既に数百人が惨殺され、倒壊した建物から決死の救出活動が行われているらしい。
 俺の家の近くじゃないか。物騒な話だ。オレンジジュースをぐびぐびと飲む。

 死の予言は鳴りやまない。一つずつ試さなければ気が晴れない。一週間徹夜で過ごしても、大西洋を横断する体力は残る。今夜はこのままフィーバータイムと洒落込もう。
 俺は家人の洋服を借り、炎のメイクを作り直して、外に出た。

 風呂上がりに、秋風は心地良かった。
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