第3話 きっとピーチ味のアイスキャンディー
文字数 1,598文字
「お前は校舎の下敷きになって死ぬ」
「お前は自動車にひき殺される。酒飲み運転の中坊にダイヤでぺしゃんこにされる」
「お前ははらわたを抉り出されて死ぬ。誤って手術台に送られ、ヤク中の医者に全身切り刻まれる」
俺は少しくたびれて、病院のベンチで休むことにした。
授業中、下校中、叔母の見舞い中、ことあるごとに死の予言が振りかかる。自信に満ちた声だから、否応なく気になってしまう。
超人たる俺が死ぬはずがない。九分九厘、間違いない。最後の一厘に確証がなくて困る。
貧乏揺すりしている自分に気づく。指で太ももをたたく。どうにも落ち着かない。
俺はこんなにも惰弱な人間だったのか?
「こんにちは」
車椅子の少女がやって来る。控えめな笑顔が可憐だ。名はソフィア、叔母と同室の子で、以前マフィアの抗争に巻き込まれて両足を撃ち抜かれた憐れな子だ。
俺が通りかからなければ……、そんな可能性、想像したくない。俺があの時の俺と気づいていないはずだが、まあ、なんだ、病室で頻繁に会うから、割と仲良くしている。
年は十かそこらと聞くが、理知的な子だ。
「どうかなさったんですか? 顔色が、」
ソフィアが気遣わしげに目尻を下げる。心配するなら、自分がもう一度歩けるかどうかだろう。まったく、ずれている。
「少しね」
「手術、近いですからね。なんでも難しい手術だとか」
「ああ。まあ」
「大丈夫ですよ。ステファンさんは内なるパワーに溢れる方ですから。エビデンスベースドの教育方針を州政府に認めさせるまで、死んでも死にきれないっていつも言ってますし」
「そんな話してるの? 子どもに容赦ないな」
「ふふっ。そうですね。でもわたしは、対等だって受け入れてくれているようで、うれしいですよ?」
花咲くソフィアの微笑みに、つられて頬が緩んだ。
車椅子のハンドルを握り、中庭に向かう。さっきまで行っていたのに、どうして? 紅葉がキレイだったので。それだけ言って、ソフィアは続きを語らなかった。
木の葉が色付き、鮮やかながら、どこか悲しい。見上げれば鯖雲だ。吹き付ける風は乾いていた。
秋は季節の変わり目だ。変化というものは、たとえそれが前向きなものであっても、常に悲しみをはらむものなのだろう。
「ソフィア」
「なんですか?」
小道を歩きながら、俺は激しい誘惑に駆られていた。
話してしまおうか。昨日の夜から、妙な声が聞こえるって。死を歌う声に、ほんの少し、不安を覚えているって。
彼女なら真摯に聞いてくれる。気が狂っているとか、頭がおかしいとか、そんなことは言わない。彼女はそういう子だ。
俺が心から信用できる人間は、叔母のほかに、ソフィアしかいない。
「実は――」
言葉は声に邪魔された。
「お前はソフィアを護れない。橋の崩落に巻き込まれ、お前だけが助かる。ソフィアは死ぬ」
その声は、高笑いをやめなかった。
「橋を越えた辺りに、アイスキャンディー屋があるらしいんですよ。季節的にそろそろ店じまいですから、お散歩ついでに行きませんか?」
「……」
「アンドリューさん?」
動揺を押し殺した心が戻る。ソフィアに愛想笑いを返す。そうだね行こうかと、どうしても言えない。
声が嘘と証明する手立てはなく、万が一その通りになったら、俺はその過ちを償えない。
うろたえているうちに、ソフィアは察してくれた。
「すみません。寒いですよね。来年の夏の初めに、もう一度行きましょう」
「いや、その……」
「はい?」
「あ、ああ。そうだな。約束だ」
「はい」
戻りましょうと促されて、俺たちは病院に戻った。
護れない。逆に護られている。友人の願い一つ叶えられないなんて、自分の不甲斐なさに腹が立つ。その上不安と泣きつくのか。
すべてこの声のせいだ。
どうにかしなければならない。このままでいいはずがない。
まだ紅葉の最中だというのに、モミジの赤い葉がひらひらと落ちて、力尽きるように地に伏せた。