第6章 新聞とスキャンダル

文字数 5,817文字

六 新聞とスキャンダル

 木部を有名にし、葉子と蔵地を破滅に追いこんだのは新聞である。新聞はブルジョア社会において重要な役割を果たしている。ミシェル・フーコーは、『狂気の歴史』において、一八世紀以降、西欧ではスキャンダルがブルジョアのモラルを強化する道具として使われていたと指摘する。王侯貴族は直接的な暴力によって人々を抑圧したが、ブルジョアはスキャンダルによって自分たちのモラリティへの反逆者を抑圧・排除する。「祖先のうちで奴隷でなかった者もなかったし、奴隷の祖先のうちで王でなかった者はいなかった」(ヘレン・ケラー『わたしの生涯』)。

 近代では、それを賞賛されるべき過去なのか非難されるべきものなのかは新聞次第である。「わたしたちはたくさんの嘘をまことしやかに話すこともできますが、しかしまたその気になれば、わたしたちは真実をも話すことができるのです」(ヘシオドス『神々の誕生』)。ブルジョア的スキャンダルの装置はメディアという噂話を変換し、伝達する機能が不可欠である。ダビデとバテシバの密通もスキャンダルであるが、それは新聞というメディアを通してユダヤ人に浸透したわけではない。ダビデが恐れたのは神であって、世間ではない。道徳は神の死により、ニヒリズムの状態に陥り、スキャンダルがブルジョアの道徳基準である。新聞は話題になり、発行部数を増やすために、スキャンダルを追い求め、ブルジョアはそれによって好奇心を満足させる。

 近代の道徳は新聞によって規定される。近代小説はそうしたブルジョア道徳的な新聞の三面記事やゴシップ記事の延長であり、ギュスターヴ・フローベールの『ボヴァリー夫人』が示している通り、スキャンダルを取りあげ、作品ならびに作者をもスキャンダルの渦に巻きこむ。

 一八四六年、ニューヨーク市の印刷機械製造業者リチャード・ホウが蒸気式輪転印刷機を発明し、『フィラデルフィア・レッジャー』が最初に使用する。その後、『ロンドン・タイムス』が使用したのをきっかけにして、世界中の新聞社が導入していく。新聞は大量の部数を従来にはないスピードで印刷、さらに、一八六八年にクリストファー・ショールスが発明したタイプライターが速度を上げる。

 新聞における産業革命は各新聞の間で激しい販売競争を引き起こし、低所得者向けの新聞は「イエロー・ジャーナリズム(Yellow Journalism)」とスキャンダラスに呼ばれるようになる。イエロー・ジャーナリズムは『ワールド』と『ジャーナル』の両紙の日曜版で、諷刺漫画「黄色い子供(The Yellow Kid)」を連載していたことに由来する。

 ジョセフ・ピューリッツァは、一八八三年、『ワールド』を買収し、ニューヨークに進出する。このハンガリー移民は民衆向けの紙面制作を方針として打ち出し、二万部だった『ワールド』を、一八九二年には、三七万四〇〇〇部のニューヨーク最大の新聞に成長させる。記事には、政治・経済だけでなく、犯罪や災害、スキャンダル、ゴシップ、性、スポーツ、(アメリカで軽蔑されないための)マナーもとりあげている。

 日曜版や夕刊も開始し、それも読者からの評判はすこぶるよかったが、そこで足せず、若き新聞王は本業以外の事業やイベントを主催して、発行部数の拡大を試みている。見出しを大きくしたり、色刷りを用いたり、写真をふんだんに盛りこみ、たいしたことのない事件・出来事を歪曲・誇張し、思わせ振りにして、誤解されかねない記事に仕上げさせている。今日のタブロイド紙の手法の原形がここにある。

 一方、一八九五年、サンフランシスコの新聞経営者ウィリアム・ランドルフ・ハーストは『ニューヨーク・ジャーナル』を買収し、徹底的な打倒『ワールド』をスローガンに掲げる。この野心的な男はとにかく煽動的な紙面制作を行ったが、それは、明らかに、やりすぎている。『市民ケーン』のモデルは、ニューヨーク新聞界で独占的地位を占めていた『ワールド』日曜版の編集員すべてをひっこぬき、『ジャーナル』日曜版を発行する。「黄色い子供」を描いていた漫画家リチャード・F・アウトコールト(Richard F. Outcault)もヘッド・ハンティングされたので、『ワールド』はジョージ・B・ルックス(George B. Luks)を雇って、同じタイトルの漫画を掲載し続ける。

 「黄色い子供」は黄色の服を着て、歯のぬけたマヌケな子供がニューヨークの各地に出没するという社会諷刺漫画である。ところが、イエロー・ジャーナリズムはありもしない騒動と疑惑をでっち上げ、キューバをめぐる米西戦争を煽ってしまう。それは愛国心からの暴走ではなく、ただ発行部数を増やすためである。新聞はスキャンダルを生み出すと同時にスキャンダルにまみれていく。「首なし美人死体(Headless Body in Topless Bar)」というリードがこんなイエロー・ジャーナリズムを象徴的に言表する。

 有島は『リビングストン伝』(一九〇一)を書いているが、デヴィッド・リヴィングストンはアメリカのイエロー・ジャーナリズムにおける最重要トピックである。『ニューヨーク・ヘラルド』の所有者ジェームズ・ゴードン・ベネット・ジュニアは、新聞の目的は「教育することではなく、驚かすことだ」と宣言し、「いかなる選挙も、また大統領から警官に至るどんな候補者も、われわれの関知するところではない」と広言してはばからない男である。その父ジェームズ・ゴードン・ベネットも、第七代合衆国大統領アンドリュー・ジャクソンが発表した銀行の保護・規制を撤廃する政策に徹底的に反対した合衆国第二銀行の頭取ニコラス・ビドルから、工作資金を受けとるようなジャーナリストである。

 ジャーナリズムは、近代に発展した通り、アイロニー様式に属しているので、基本的に、悪いニュースを伝える。ところが、『ニューヨーク・ヘラルド』は公的問題はほとんど扱わず、一九世紀の成金の大邸宅の並ぶロード・アイランド州ニューポートの行事や不行跡をお得意としている。ブルジョアは優越感を誇示することを望むため、賭博の市リヴィエラは大盛況であり、そこでは富豪はいくら儲けたかではなく、どれだけ損をしたかを競いあう。大損すればするほど、自分の財産はその程度ではゆるがないほどあることを示すことになり、優越感を味わえるというわけだ。彼らの「顕示的消費」をこっぴどくやっつけたソースタイン・ウェブレンの『有閑階級の理論』は、ヘンリー・ジョージの『進歩と貧困』と並んで、一九世紀末の最も優れた社会評論であろう。

 そんな金持ちの記事が飽きられ始めたと感じたベネットはヘンリー・スタンリーをアフリカへ送りこみ、リヴィングストンの行方を追わせる。冒険は土着と放浪の相剋・開拓であり、一九世紀の英雄にふさわしい。スタンリーが移動しつつ送ってくる記事はベネットの予想を上回る盛況ぶりとなる。スタンリーによるリヴィングストンの発見は、”Dr. Livingston, I presume?”の挨拶と共に、腹黒いスキャンダルを覆い隠し、少なくとも当時はジャーナリズムの伝説と化す。

 一九〇〇年くらいから、政界の腐敗や独占企業の横暴、社会問題などのスキャンダルを暴き、革新主義運動を促進する世論形成に貢献する作家やジャーナリストが登場する。有島が渡米したころ、アメリカの独占資本の方法は巧妙になっている。彼は、ワールド・シリーズが始まった一九〇三年から一九〇七年まで、アメリカとイギリスで生活する。

 一九〇〇年からの二〇年間、現在のアメリカの根幹になるようなものが形成されている。民主党=共和党による二大政党制が定着し始めるのもこの時期である。経済でも、産業資本の直接的な資本の独占に代わり、金融資本による間接的な資本の集中に移行している。ジョン・ムーディは、一九〇四年に発表した『トラストの真相』において、マーク・トゥエインが「金箔時代」と皮肉った一九世紀後半のアメリカの独占資本を分析し、銀行家の運輸を含めた産業に対する支配力がどれだけ強大かを示している。

 産業資本の独占集中は銀行業の集中によって助長される。融資により、銀行家はほかの産業で莫大な利益を得る機会を手に入れている。彼らは会社に金を貸しつけ、買収・合併を補助し、証券の売り出しにも関係している。融資した会社の利害関係にも口を出し、銀行の重役が各産業が管理するトラストの取締役会の一員になる。銀行活動を通じて、産業の支配権はアンドリュー・カーネギーなどの産業資本家からジョン・ピーアポンド・モルガンのような金融資本家である銀行家の手に渡っていく。「モルガン家の物語は、まさにアメリカのビジネス成功談そのものである。モルガンは天然資源や大衆需要の開発によって巨富を得たとはいえないからだ。モルガン家の富の増大は、アメリカの成長と並行している」(E・P・ホイト・ジュニア『巨大企業の影の支配者 モルガン』)。

 モルガン商会は、合衆国史上初の一〇億ドル会社で、一九〇一年、カーネギー鉄鋼会社を初め、多くの企業を合併して、一世紀前の国家予算以上の資本金一四億ドルのUSスチールを設立する。この巨大企業は合衆国の鉄鋼製品の三分の二を生産するほどの規模を持っている。

 独立から一〇〇年も経ったころ、合衆国にも産業革命の波が押し寄せる。従来、紳士協定が一般的な独占形態だったけれども、一八八〇年代には消滅し、ロックフェラーが最初につくったトラスト形式が主流になったものの、一八九〇年代に入ると、違法となったため、持株会社形式へと移行する。「棍棒外交」と「ボス政治の廃止」を目標に掲げて、セオドア・ローズヴェルトが合衆国大統領になったとき、彼は久しぶりに高等教育を受けた大統領として民衆から歓迎される。一九世紀後半、市民の間では、なぜアメリカには有能な政治家が生まれないのかというテーマの書籍がよく刊行されている。

 「テディ・ベア」は、民衆の期待に応えて、反トラスト政策を実施したが、一九〇五年と〇七年の二度に渡って、裏ではモルガン商会と紳士協定を結んでいる。後にウッドロー・ウィルソン大統領は、学者らしく、「この国の巨大な独占体というのは金融独占体のことだ」と批判している。ハーバード・スペンサー流の自然淘汰説が支配的なこの時期、貧富の差が想像を絶するほど拡大し、独占資本は巨大になったけれども、政府から所得税を課せられていない。社会ダーウィン主義者のイェール大学教授ウィリアム・グレアム・サムナーがこの現状に正当性を与えている。

 弱肉強食のアメリカをつくったのは鉄道であり、それを食い物にしたならず者たちは残らず金持ちになっている。鉄道はペテンであり、盗みである。彼らは政治家も司法関係者も金で買い、仲間われを繰り返し、成り上がる。ジョン・D・ロックフェラー、アンドリュー・カーネギー、J・P・モルガン、ソロモン・R・グッゲンハイム、アンドリュー・W・メロン、コーネリュースとウィリアム・ヘンリーのヴァンダービルト親子、みんな同じ穴のムジナだ。貧乏人はバーナード・ショウの創造した愛すべきアルフレッド・ドリーットルのようになりかねない。

 さすがに、トラスト解体による規制と自由競争の復活、労働者の保護が試みられ、一八八六年に、熟練労働者の穏健な職業別労働組合アメリカ労働総同盟、一九〇三年には、未熟練労働者が中心になってサンディカリズム的傾向の強い世界産業労働者同盟が結成される。

 民衆も泣き寝入りするだけではない。この偽善と不正がまかり通っている社会に対し、スキャンダルを暴くことで、世間を覚醒させ、社会改革を促そうとするやる気満々の書き手が活動し始める。一九〇六年四月一四日の公開講演において、セオドア・ローズヴェルトは、社会の醜さだけを暴露し、建設的な意見に欠けていると彼らを「マックレーカーズ(Muckrakers)」と侮蔑する。マックレーカーは、ジョン・バンヤンが『天路歴程』の中で描いた人物であり、床のゴミを熊手でかき集めるのに忙しくて下ばかり向いている男を意味する。マックレーカーズは、当時出版され始めた通俗雑誌を主に活躍の場としている。製紙の原料に木材パルプが使用され、写真版が利用されたことにより、一部一〇セントから一五セントの労働者にも購入できる安価な雑誌が販売できるようになる。

 一九〇二年創刊の『マックルア』誌上、リンカーン・ステフェンスが「セントルイスにおけるトゥィードの時代」によりセントルイスの市政の腐敗を暴露し、アイダ・ターベルは「スタンダード石油会社の歴史」において独占資本の真相を紹介する。トゥイードとは、ニューヨーク市の民主党の政治機関であるタマニー・ホールを通じて、公金一億ドル以上を不正に支出させた政治ボスのウィリアム・トゥイードのことである。三〇〇万ドルしかかからなかった裁判所の建築費を一一〇〇万ドルに水増しして、ニューヨーク市に請求し、その差額をタマニー・ホールがピンはねしている。『ニューヨーク・タイムズ』がこの横領をすっぱぬき、ステフェンスは、連載記事をまとめて本にした『都市の恥』の序文の中で、「収賄と無法の精神がアメリカの精神である」と弾劾する。ほかにも、レイ・ベーカーが鉄道の独占、バートン・ケンドリックは生命保険の不正、トーマス・ローソンもアマルガメーテッド銅会社の内幕を暴いている。フランク・ノリスは鉄道の集中の弊害を示し、セオドア・ドライサーは独占資本・金融資本を攻撃する。

 中でも、最も有名なのがアプトン・シンクレアの『ジャングル』であろう。シカゴ食肉工場の不衛生と労働者の悲惨な生活を描いたこの作品は大きな反響を呼び、議会で純良食品法が可決される。文学的な価値はともかく、マックレーカーズは民衆による社会改革運動を浸透させている。都市の目的は安価な品物を大量に生産することであり、すべてはそのために犠牲にされていたというわけだ。一九二一年ごろにはアメリカのマックレーカーズ運動は下火になったけれども、ローリング・トゥエンティーズ以降の出版ブームで読まれるようになった日本のプロレタリア文学がマックレーカーズとして登場している。
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