【2】あのイーダエイミさんが

文字数 834文字

 養成所の体験入学とか講演会とかに呼ばれることがある。これも仕事のうち。
『あの人気声優のイーダエイミさんが』と。

「エイミさんのファンなんです!」
 そう言われて悪い気はしないと思うかもしれない。実際にそういう子たちは、よかれと思って、私が喜ぶと思って言っているのがわかる。好意だ。
「ありがとう」
 私も笑って返す。

 十数年とか昔の人気アニメ作品のタイトルを出して、
「それで声優になりたいと思ったんです」
 そういう子も普通に多い。

 かわいい子ばかり。

 けれど、こういう声優志望の人たちを相手にするのも、内心ではツラかったりする。
 彼らは、夢の中にいる、から。

 この仕事は、あこがれではやっていけない。あこがれる側ではなくて、あこがれさせる側にならなくちゃいけないのだから。いわゆるミーハー心、ファンの立場、『おたく』のままではダメだと思う。
 ただ単に、実際にやってみたら現場のことが見えてしまうから、というだけではない。仕事の人間関係があって、『オトナの事情』があって、お金が絡んでいて、そして、業界では下層におかれる人間なのだから。ただの(ひら)社員ですらない。正社員どころか、雇用すらされていない。フリーランス。座っていれば命令されて仕事とお金がもらえるという職業ではない。仕事をもらいに行かなければならない。そして、多くの人は貧乏。バイトしながらやっていたりするどちらが本業なのかわからない。いや、『職業:フリーター』なんだろう。
 その現実を知らない声優志望の子がいる。まるで会社員になる感覚の子が。世間を知らなさすぎる。いずれ、夢から覚めないといけない。

 ならなくていいのに……。

 ただ私は、その夢から覚ます役はやらない。むしろ彼らに夢を見させ続けることこそが、この体験レッスンだとか講演会だとかの仕事。この仕事は養成所に依頼されているもの。そしてその養成所のお金稼ぎのためのものなのだから……。

 依頼主は絶対だ。

  ※〈次回「【3】アイドル売りをしている彼女」に続く〉※
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