【3】アイドル売りをしている彼女

文字数 900文字

 この仕事をしていると、『アイドル売り』をしている人と共演することも少なくない。

 デビューしてから間もなくて経験も浅い、演技もまだまだつたない女の子。そんな子が大きな作品の主役に抜擢(ばってき)されたりする。レコード会社からなにから一緒になって大々的に売り出される。
 その彼女の引き立て役に回って現場で教えながら後塵(こうじん)(はい)するのが、私たち先輩の役目。
 (うら)まない。偶像(ぐうぞう)として売り出せるものをもちあわせていることも、そういう立ち回りができることも、才能だし、生き方なのだから。

 また現場では、鳴かず飛ばずといった感じだけど、でも芸能界にずっといる人、そんな人とも共演する。子役あがりだから私よりもキャリアが長い。それでもおんなじ事務所にずっと所属しているらしいそこは、『声優事務所』ではなく『一般の』芸能事務所で、しかし大手というわけでもなさそう。廃業するまで一生そのつもりなのかもしれない。そこなら居続けられるだろう。正直に言って演技力はない。顔や動きはまだしも、少なくとも声の面では。声質(こえしつ)のせいで何を歌ってもヘタに聞こえる私が言うのもなんだけれど、彼女は歌もヘタ。
 それでも業界にいられるのは、顔がいいからというのもあるだろうけれど、それだけではない。彼女は人間関係を利用するのがうまいから。雑誌や新聞でしょっちゅう見かける事務所の看板タレントとして、系列養成所の広告にほとんどいつも出ているから。そして少ないファンに()びて『アイドル売り』を展開し、事務所の稼ぎに役立っている。
 恨まない。そしてうらやましくも思わない。これも世渡(よわた)り。彼女には彼女の立場がある。私もそれくらいにはオトナだ。
「こんどライブやるんです、()にいらっしゃいませんか?」
 私の知る彼女の声はいつも異様に高くてそして、あざとい。もともとこんな声の私とは違って、地声(じごえ)はこんなではないだろう。
「招待させてください」
 聞くと、スケジュール的には問題なかった。都内のさして大きくない会場。彼女は同じ事務所のタレントと一緒にユニットを組んでも活動している。そのライブをやるという。
「いいんですか?」
「喜んで!」

 *〈次回「【4】アイドルの現場」に続く〉*
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