第三話 後編 告白ぐっどらっく

文字数 2,298文字

「あくまでもアタシの個人的意見ですけど……」
「はい、それで全然OKです」
 運転手さんは少し考えたあとに答えた。
「アタシは大賛成ですね、むしろ男性のほうが苦手なくらい」
 お客さん相手だから、というわけではなくて、本心からそうみたいだ。
「あくまでもアタシは、ですよ?」
「はい。そうじゃない人だってもちろんいますものね」

 東京の街は夜中でも、まるで昼のように明るい。日本は全世界でもまれに見る照明の明るさらしい。地下鉄の駅が明るすぎて外国人が驚いていると、どこかの記事で読んだことがある。道路は不必要なまでに明るくて、次々に走ってくるクルマたちのヘッドライトもまぶしかった。

「こんな話、ココでするのもヘンですけど……」
「はい」
「実は好きな女性にどう話そうか迷ってて……」

 *

 同級生の彼女のことだ。

 彼女は卒業してから、結婚を機に夫の地元に引っ越していた。
 気仙沼(けせんぬま)
 いまとなっては「あっ……」と思うだろうけれど、当時はあんなことが起こるなんて夢にも思わないハズ。
 仙台出身の彼女が卒業して就職したのも東京ではなく仙台だった。そこでめぐり逢ったのが、気仙沼の漁師の家の息子。結婚して、子どもも産んで、その子も小学生になっていたそうだ。
 その二人ともが……あの震災で亡くなったという。夫も子どもも、いっぺんに、うしなった。
 卒業後は、遠方だから、夫も子どももいるから、東京まで出てこなかったのにも不思議はないわけだし。その後もあんなことがあったらそれは、ジッとしていたんだろう。もう仙台に戻って再就職し細々と暮らしているという彼女。ようやく同級生たちに顔を出す気になるまでは回復したということなんだと思うし、実際そう言ってた。将来の生活像も、あまりつかめていないらしい。
 わたしはウチが近いし、彼女はなんとホテルを予約してなくて「カプセルホテルか漫喫(まんきつ)か快活CLUBなんかでもいいやって思ってた」って言ってて、そんなだから結局、二次会三次会まで行って朝まで過ごした。さすがにそこまで残るのは数えるほどだったけど、このトシでよくやるもんだとも思ったけど、大学時代を思い出したみたいに、ムチャをやった。若いころに比べれば、お酒だって続かない。最後まで残った五人ばかりの連中でカラオケボックス。体力がなくて朝になると、酔ってないのにふらんふらんだったけれど。
 彼女は、先立った夫の地元に残り続けるか、東京にまた戻ってくるか、悩んでた。彼女の実の両親の面倒は、長男である兄が見てる。東京に出てくるという選択肢は最近考えるようになったらしい。割のいい仕事を探すには、都合がいいかもしれない。
 わたしたちは、まんざらでもないみたいに仲良くなって、意気投合(いきとうごう)して、連絡先交換してきた。もちろん、私が結婚してないことは彼女にも話している。

 *

 さて、話を戻して、タクシー。

 わたしは続けた。
「ウソついて付き合いはじめようか、それとも最初から正直に言っちゃうか」
「はい」
「どう思います?」
 こんなムチャ振りの質問されたんだから当たり前だけど、運転手さんはまたもや、どう言うか悩んだ様子(といっても、正面を向いて運転しているのでよくわからないケド)のあと、こう答えた。
「アタシだったら、ウソつかれるのはイヤですね、やっぱり」
「一生ウソをつかれて知らないままだったとしたらどうですか?」
「それでもヤです、『仮面』のままなんて……」
 ヤッパリ。
「そうですよね、これから参考にします」
 私が言うと、
「大切な人が、ムリして一生ウソをつき続けるなんて、ツラいです」
 だから車内はしばらく無言になった。
 参考にするというか、心はもう決まりつつある。

「アッ、このあと工事で車線減少だそうです。渋滞ぎみですけど、どうされます? たぶんそんなには時間かからないとは思うんですけど。迂回しましょうか?」
「だいじょうぶです。急いでないし、まっすぐ行ってください」
「わかりました」

 タクシーの中で考えていた。
 両親がこの世から去ってしまって、そして私は会社から去って。
 私はようやく、『仮面』を外せた。
 彼女のためにその『仮面』をまたかぶると?
 その選択肢は考えが甘かったと思う。
 一生バレないようにウソをつき通すと? いくら男のフリをしたって、ぜったいボロが出るはず。中途半端な結婚生活なんかしたって、彼女を不幸にする。なんかわからないけどムリしてる、そんな相方の姿を見ていたら彼女は不審に思うに違いない。不審になるハズ。
 それに。一生涯バレない? わたし、そんな器用じゃない。自分を買いかぶるのもいいかげんにしなさいわたし。

 タクシーはまっすぐ行って、運転手さんの思ったとおり、そんなに時間はかからなかった。むしろわたしが考えているのには、いい時間だった。

 ウチのマンションの前に着いて、お金を払って。
「ありがとうございました」
わたしが言うと。
「こちらこそ。頑張ってください。ぐっどらっく!」

 陰のある運転手さんだと思っていたけど、わたしのほうが逆に元気づけられてしまっていた。

 *

 結局は正直に言おうが言うまいが、どのみちフラれるのかもしれない。なにせあの人は亡くした人のこと、まだ忘れられないのだろうし、一生忘れないつもりかもしれないのだから。なら、どうあがいたってわたしの出る幕はないでしょ。
 それにわたしのほうも、この歳になったいまさら、フラれて失うものなんてない。もともと誰ともつきあってこなかったのだから。

 尋ねるまでもなく、最初から結論は決まっているじゃないの。

 まっすぐ。

 ――大切な人に告白するのに、ウソなんて。つけるはずがない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み