第三話 前編 女性どうしじゃ、ダメですか?

文字数 2,417文字

 その夜、歓楽街から帰るためタクシーに乗ることにした。

 わたしは夜ときどき、街へ遊びに出る。女性とはいえもう四十代の中年で、独り身。同級生はもう、婚活とか妊活とか、はては最近は保活(ほかつ)というのまであるらしいけれど、そういうのもとっくに通り越して、子どもの高校受験とか話し始めている。
 わたし、こんなオバサンだから、夜に遊び歩いていても問題ない。サッサと歩いている。ボーっとヒマそうに()まっていたりとかしなければ捕まることもない。ボサーっとしていたらホストとかに捕まるのかもしれない、たぶん。だけれど、わたしは会社員ではなくフリーランス。普段はウェブのお仕事をしている。『いかがでしたでしょうか』とか書く系の世界。まあそんな謎文、わたしは書かないけど。それはともかく、お金はあまりないんだ。だから、ホストクラブに()(びた)っているとかではないし、ましてや豪遊しているわけでもない。単に外を歩くこと自体が目的で。まぁ、気分転換なんだ。若いころは、こんな夜遊び、できなかったし。

 それで、流しのタクシーかもしれない、走っているところを拾った。乗ってみると、運転手さんも女性。しかもわたしより若そう。
 女性が一人で深夜勤務というのは珍しいと思う。きっと彼女にもなにか特別な事情があるのだろう。なんとなく、あの人みたいな(かげ)をまとっている気がする。

 とりあえずタクシーは発車する。
 わたしはこの運転手さんに、自宅マンションのある地名を伝えた。
 タクシーは、いよいよ本気で走り出した。

 けれど夜中でも都心の道路はなかなか混雑している。信号が多いからなおさらで。
「なんか、ゆっくりですね……」
「そうですよね。まぁこのへん、いつもこうなんですよ。お急ぎでしたか?」
「いや、全然平気です」
 運転手さんは慣れているのか、イライラすることもなく至って落ち着いてのんびり気長にしているみたい。

 ヒマだ。

「なんか突然ですけど、へんなこと()いていいですか? 参考にしたいので」
 こんな夜中に歓楽街から乗せたわたしを気にかける様子でもない運転手さんにいきおい、タクシーと全然関係ないんだけど、気になっていたことを質問してしまった。二人しかいない密室だからの出来心だったかもしれない。

「女性どうしの恋愛って、どう思いますか?」

 *

 私は都内のマンションに住んでいる。そうはいっても、築年数がわたしの年齢くらい。これは買ったわけではなくって、親から相続したものだ。
 両親は既に他界している。この十年ほどの間に相次いで亡くなっている。しかし二人とも七十代まで生きて、もう充分な歳だった。その意味で本人達は不幸でもないし、亡くしたわたしとしても納得がいっている。
 両親は二人で暮らしていた。わたしにはきょうだいはいない。当時会社勤めで一人暮らしだった。
 父は、がんで亡くなった。病院とか検診とか行かない人だったので、発見したときには既に進行していた。そして、手術や治療の甲斐(かい)なく、比較的短期間のうちにアッサリと亡くなってしまった。
 母は、夫を亡くしたのが堪えたのだろう、軽い認知症が出始めた。ただ、アルツハイマー型ではなくて、レビー小体型というもので、普段はなんでもなくて、ときどき急に症状が出る。そんなだから、症状が軽度ということもあり、住み慣れたマンションで暮らし続けていた。わたしも休みの日に様子を見に行くようにはしていて、そのうち母と同居しないといけないかもな、と考え始めていた。その矢先だった。
 ある夜、電話をしても母と連絡がつかなくなった。急いで様子を見に行くと、母はお風呂場の浴槽の中で意識を失っていた。もちろん浴室の電気はつけっぱなし。お湯は出ていなかった。
 死因は、入浴中の心疾患。診断書にあるその「虚血性(きょけつせい)心疾患」というものがいったいなんなのか、それはよく分からなかった。とはいえ、死因は認知症とは関係がないのは確実だ、と医師も言った。ちなみに生命保険の関係もあるから、死因の診断は重要なのだった。
 母をひとりで死なせてしまったのには、こたえた。自分のせいだと、しばらくはずーっとヘコんだ。
 ともかく。だから、わたしが会社を辞めたのは両親が亡くなったあと。養う親類もいなくなり本当に一人になった。親を相次いで亡くしたショックで頑張る気力がなくなった、それは否定しない。ただ、マンションを相続したわたしは、それを売り払い自宅賃貸に住んで家賃を払い続けるか、賃貸を引き払って相続したこのマンションに越して管理費や修繕積立金(固定資産税とかもだ)を払って暮らすか、選択肢ができた。そういうことがあって、セミリタイアに踏み切ったわけで。
 両親のために、取ってつけたようにバリアフリーにリフォームしたマンション。そこにわたしは暮らしている。(つい)棲家(すみか)になるのだろう。虚しく残った手すりなども、いずれわたしがお世話になる。

 裕福ではないものの、細々とやっていけば一生暮らしていけそうだ。時間に余裕が生まれて、ようやくプライベートに目を向けられるようになった。自分の人生を取り戻そう。
 そんなこともあり、先日は大学のサークルのOB会(いや、「OG・OB会」と呼ぶべきだけど……)に出てみた。約二十年ぶりだった。
 同級生も、知っている先輩や後輩達も、働き盛りだったり、私の知らない間に結婚したり子どもがいたりした。そりゃあそうだ。変わっていないようでいて、みんなすっかりシッカリ成長しているもんだ。
 その中でひときわ、わたしの目を()いた同級生がいた。利発で、学生時代は物事をハッキリ言って、カドの立った、悪く言えばトゲのある女性。ところが、今はすっかり穏やかで丸みを()びた、良い意味で大人の女性になっていた。往時の知性をそのままにしながら、まるで別人であるかのように柔和(にゅうわ)で魅力的に。けれどどこか陰をまとっていて、わたしは直感的に思った。
 彼女を放っては……おけない。

〈後編につづく〉
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