〇5章

文字数 10,183文字

下校時刻になると、俺はさっそくデ・コードへ向かった。
太陽のことも気にはなったが、
それよりもこのカードについていち早く知りたかったから。
今日は遊んでいる小学生を押しのけてでも、
店内に入って問い詰めてやる。
つかみどころのないちゃらんぽらんなやつだけど、
今日こそあの黒メガネの正体を暴く!

そう思って商店街に来てみたはいいが、
デ・コードは開いていなかった。
まさか、逃げられたか!?
いや、そう判断するのはまだ早い。
ちょっと買い出しに出ているとか、
何か用事があって店をあけてるだけかもしれない。
……待ってみることにするか。
俺はシャッターの前にあぐらをかくと、
鳥星が来るのをまった。

しかし、結局18:00まで待ったが、やつが来ることはなかった。
臨時休業の知らせもないなんて、本当に不親切な店だ。
何人か小学生が遠くからこちらを見ていたが、
店が開いていなかったのでとぼとぼと帰って行った。
仕方ない。俺も帰るとするか。
そう思って立ち上がると、車のクラクションが鳴った。
あれって……リムジン!?
こんな普通の街になんで高級車!?

俺が驚いていると、車の扉が開いた。

「お前……千雨か」
「柊先輩、朝はどうも」

朝は制服姿だったが、今はドレスだ。
あれがタバコをすぱすぱ吸いながら、
同じ学校の生徒が自殺したことをあざわらっていた女には
見えない……が、人は見た目じゃないってことだろう。
月城さんだって、あんなにぽわぽわしてるように見えて、
相当苦労していたんだし。

「偶然ですね。こんなところで何を?」
「関係ねぇだろ」

口調まで変わるのか。
怖ぇな、女って。
さっきから不気味なくらいにこやかに
話しかけてくる千雨は、俺に言った。

「よかったら、うちで食事をしませんこと?
柊先輩とはちょうどゆっくりお話ししたかったんです」

「俺は話すことねえし」

「そうはおっしゃらず。田中、車に先輩をお連れして」
「は」
「なっ!」

田中と呼ばれたさっきの男は、俺よりもでかい。
2mはあるんじゃねーか? ってくらいだ。
そいつが俺を無理やりリムジンに乗せる。
そのまま車は発進し、俺は連行された。

千雨の家は1駅離れた新都心にあった。
田舎ではあるが、駅から近いところにこれだけ広大な敷地……。
こいつは本物の金持ちだ。
豪邸につくと、車から引きずり降ろされる。

「先輩は何か食べたいものはありますか?
リクエストがあったらシェフに作らせますわ」

「ねーよ。それよりさっさと帰りたい」

「……それならせめてお茶だけでも付き合ってくださらない?
今夜は両親がいなくて退屈なの」

どっちにせよ、話をしなければ帰さないってことか。
それならしょうがねぇ。

「茶くらいなら、付き合ってやる」
「鈴木、ミルクティーを淹れてきてちょうだい。あと、甘いお菓子も」

メイドさんに指示すると、千雨は俺を部屋へと案内した。
着いたところはひとりがけのソファが4つと、サイドテーブルが
あるだけの部屋だ。

「ここは談話室ですのよ。本当はディナーをご一緒したかったのですが……」
「もう使用人はいねえんだから、素で話せよ。クソお嬢」
「……ちっ、うるせぇな。子猫が」
「子猫……?」
「虎太郎っつーんだろ、先輩。虎なんて猫みてぇなもんだからな」

このアマっ……!

「お前はなんつーんだよ。『千雨』が名字か名前かもわかんねーから、
罵倒しようもねーんだわ。興味なくってな」

「……千雨右京(ちさめ・うきょう)

「右京? お嬢らしくないな。男でも通用しそうっつーか……」
「うっせぇよ」

しばらくにらみ合いが続いていたが、途中でメイドさんが
ミルクティーとクッキーを運んで来たので
一時的にお嬢に戻る千雨。
こいつ、二重人格なんじゃねーかってくらいの変わりようだ。

「先輩、アンタに聞きたいことがあるんだよ」
「さっきの話だったら俺は聞いてないぞ」
「違う」

千雨はミルクティーを一口飲むと、カードを一枚見せた。

「これ、見覚えないか?」

俺もティーカップに口をつけたところだったが、
そのカードを見て思わず吹き出した。

「お前……なんでそれを!?」

千雨が取り出したカード。
それはよく見覚えがあった。
あの……不気味な例のカードだ。

「やっぱり知ってるんだな? デ・コードの前にいたから声をかけたが……
当たりだったっつーことか」

「お前も鳥星に?」
「ああ」

鳥星に会ったというが、あいつと千雨……どこに接点があるんだ?
俺だってもともと接点なんてなかった。
ガキからカツアゲして、カードを奪って……。
それを換金しに行った先で偶然出会ったのが鳥星だ。

「お前はどこで会ったんだ?」
「父の会社主催のパーティー……の二次会だ」
「二次会?」

千雨は内密にしてくれと条件をつけて、話を始めた。
どうやらこいつの家は裏社会とも密接にかかわっていて、
『二次会』というのは違法賭博のことらしい。
そのディーラーとしてきていたのが鳥星律……。
普段はのんきにガキ相手の商売をしていると思っていたのに、
そんな裏の姿があったのか。
怪しい人間の相手をしていたところを目撃していたから、
うすうすは感づいてはいたが。

「私も鳥星に勝負を挑んだんだ」
「何の勝負だ?」
「ブラックジャック。あいつ、なんで呼ばれたんだろうと思ったよ。
めちゃくちゃ弱かったからな」

ディーラーのくせに弱いって……。
違法賭博だからこういうのは間違ってるかもしれないけど、
弱かったら仕事になんねーんじゃねぇの?
なんつーか、相手をうまく操るのがそういう仕事の人じゃないのか?

「まあ、弱いってことでみんなあいつに近寄っていったけどな。
稼げると思って」

「だろうなぁ……」

神経衰弱だったら勝ってたかもしれないのに、
ご愁傷さまだな、鳥星。
だが、千雨は奇妙なことを言い出した。

「鳥星は確かに弱かった。だけどあいつと勝負した人間が
……その、次々と失踪してやがるんだよ」

「は!?」

千雨の話によると、身辺整理をしてから失踪したと
いうわけではないらしい。
この場合、『失踪』という言葉が正しいのかわからない。
どちらかというと、『蒸発』。

「その人間が生きていたこと自体がなかったことになっている」
「つまり、『存在していなかった』っていう……」
「その通りだ。しかも、いなくなった人間の記憶があるのは私だけなんだ」

千雨だけに記憶があり、カードが届いている。
どういうことだ?
俺はカードを3枚持っているが、みんな失踪はしていない。
……していないはず、だ。
今日は太陽に会っていない。心配はしていたが……。
生徒会長の南雲。こいつはもとから顔見知りというわけじゃなく、
お互いの存在を知っているという程度。
この間、デ・コードで勝負したとき、はじめて口をきいた。
月城さんにも今日は会っていない。
大学生の登校時間と高校生の登校時間は一緒じゃないし、
いくらお隣とはいえ、偶然顔を合わせることはない。
借りた鍋を返しに行けば、存在確認はできるだろうが……。
俺は無言になった。
3人は普段と変わらない毎日を送っていると勝手に思っていた。
だけど、もし存在自体が消えていたら?

それも不安だが、千雨もカードを持っているということは、
誰かの不運な夢を見ていることになる。

「千雨、お前、何かリアルな夢を見なかったか!?」
「夢……? 特には」

おかしい。
俺はカードが手元に来るたび、リアルで胸糞の悪い夢をいくつも見てきた。
それにその夢は、現実に存在している人間の不運な人生の一部。
隠している裏の悲しい顔だ。
それなのに、千雨は何も見ていないだと?

「そのカード、見せてくれねぇか?」
「……やだね」
「は?」
「お前は何か情報を握ってるんだろ。それを話せ」
「俺はお前を助けようとしてだなぁ……!」

「ふざけんじゃねーぞ!」

千雨はドレス姿のまま、怒声を上げた。

「助ける? 私のことを助けられるやつなんていねーんだよ。
このカードが見たい? だったら私と勝負しろ。お前が勝ったらカードもやるよ」

「……何の勝負だ?」

相手は腐ってもお嬢。
ケンカで、というわけじゃないだろう。
だとしたらやっぱり……。

「ポーカーで勝負だ」

またカードゲーム……しかもポーカーか。
チェスとか言われなかっただけマシなんだろうが……。
でも、俺はこいつの持っているカードが何かを知りたい。
知ることで、鳥星が何者か正体に近づけるかもしれないし、
他のみんなや千雨自身を救うこともできるかもわからねぇ。

千雨はソファから立ち上がり、窓際のデスクから
トランプを取り出す。
よく切ると、俺と自分にカードを配る。
5枚ずつ。
俺のカードは……賭けに出るか出ないかの瀬戸際。
運に任せるしかない。
あとは相手の表情を読み取れ。
千雨は……ふん、大したことねぇな。
うろたえているのがわかる。
ポーカーは1回だけだが、何度も正体不明な鳥星との勝負を重ねたおかげで
かなり相手の仕草で心情がわかるようになってきたんだと思う。

「1枚チェンジ」
「こっちは2枚」

お互い無言だ。千雨も譲らねぇってことか。
2枚チェンジ……。スリーカードか?
もしくはブタか。
ふたを開けてみなきゃわからねぇ。

「オープン!」

俺は勝負に出た。

「……ハートの7のワンペア」
「そうか」

千雨のカードをよく見て、俺もカードを見せる。

「スペードのKのワンペアだ」
「なっ!?」

派手にチェンジすると手持ちがブタだと勘繰られる。
だから今回はスペードのワンペアを残し、1枚だけチェンジした。
相手を油断させるためだ。
ギリギリの勝利。

「くっ……」

千雨は唇を噛んでいるが、勝負は勝負。

「カード、見せてもらうぞ」
「ちっ」

舌打ちする千雨。
カードを手にした俺は、さっそくライトにかざして見てみる。
……これは……『雨』か?
雲の下に描かれる、点線。
雨がつく、俺の知っている人間……。
千『雨』。

それに気づいた俺は、カードを投げ返す。

「うわっ! もう少し返し方があんだろ、先輩!」
「いや……」

認めたくはないが、手が震える。
こいつが夢を見なかったのは、多分、自分のカードだからだ。
カードは千雨に返した。

「……もう帰らせてくれ」
「不甲斐ないな、先輩」
「お前が何を言おうが構わねぇよ。今すぐ寝たいんだ」

俺が眠りについて、もし千雨の夢を見たら……。
カードは、千雨にもらってない。
ちゃんと今回は千雨に返した。
だが、こんな意味不明なもんをどうして鳥星は俺に送るんだ。

「くそっ! あの野郎……っ!」

今はこうしてテーブルに拳をぶつけるしかない。
千雨はそんな俺を不思議そうに見つめていた。

千雨の車で家に帰してもらった俺は、
またベッドに横になる。
もし今日夢見るのが千雨の不運な体験だとしたら……。
俺は正直怖かった。
千雨はひとりの生徒を自殺に追い込んでいる。
名前はそう、『赤坂翼』。
千雨は後悔しているのだろうか。
赤坂を自殺に追い込んで。
そもそもなんで赤坂は自殺したんだ?
その原因もわからない。
もう少し話を聞いておけばよかったのだろうか。
でも、千雨は多分話さなかっただろう。
自分に原因があっても、
遺族に金を渡して、最悪の事態に陥ったら
アメリカに留学とか言っていた女だ。
そんな女が俺にやすやすと話すことはない。
俺ができるのは、千雨……。
お前の『不運』を追体験することだけだ。
千雨が不運に思っていることが、本当に『不運』なのか。
俺にはわからない。
だから眠るしかない。
カード自体を手に入れたわけじゃないから、
夢に出てくるかわからないけど……。

しばらく横になっていただけで、俺はたやすく眠りに落ちた。


「君、初めて見るね」

両親の主催するパーティーに、僕も出席していた。
でも……つまらない。
大人ばっかりだし、面白くてながーい話を
ずーっと聞いていなきゃいけないんだもん。
僕は社長の子どもだから、大人しくしていなきゃいけない。
今日は立食パーティー。
色んな人の話を聞いたあと、やっとご飯の時間だ。
……といっても、もう僕には食べ飽きた料理ばかり。
早く終わらないかな。

そう思っていたときに出会ったのがアイツだった。
アイツは赤坂翼と名乗った。
翼くんのお父さんは僕の父さんの会社のコガイシャのシャチョウ……
とか言ったかな。

僕は初めてパーティーに来たらしい翼くんに、声をかけた。
同年代みたいだったし、僕も話し相手がいなくて寂しかったから。
パーティーに飽きていた僕らは、会場で鬼ごっこを始めた。
翼くんが鬼で僕が逃げる役。
僕は料理の並べてあるテーブルの下に隠れた。

「ここだっ!」

翼くんが思い切りテーブルクロスを引っ張った瞬間、
上に乗っていた料理が床に落ちた。
落ちてきたお皿で服がどろどろになる。
割れたお皿で身体に傷もついた。
脚からは血が……。
僕の両親は大激怒した。

「うちの娘を傷物にする気か!」

父親がつい口にしてしまった言葉。
……僕の名前は『右京』。
こんな名前を付けられて、パーティーでは男の子の格好をさせられていた。
それもこれも、僕を表面上男として厳しく育て上げ、
将来的に社長として大成させるつもりだったらしい。

だけどこの一件で僕が女だということがバレてしまった。
父からの怒りをかった翼くんとその家族は、
それ以来僕の目の前から消えた。

……そして僕は一人称を『私』と直して
中学校から女子校に通うことになった。
あの一件からだ。
お父さんとお母さんが過保護になったのは。
私がお小遣いを欲しがるといくらでもくれた。
行きも帰りもリムジンでの登校。
お嬢様学校だったけど、さすがにそこまでされると目立ったが……
私はそんな生活がだんだん嫌になってきていた。
両親がお金持ちだってだけの理由で、放課後買い物やカラオケなんかで遊ぶことも
できない。
身なりもちゃんとして、お嬢様らしく振る舞わないといけない……。

私は小銭を握ると、家からこっそり抜け出して近くのタバコの自販機の
前に立った。
運転手の田中が愛煙家だったのは知っていた。
だからカードをこっそりと盗んで。
初めて買ったタバコ。
おいしいなんて思わないし、ニコチン中毒になったのか
目が回った。
それでもよかった。
些細だけど、それが私の反抗だったんだ。
タバコはクセになった。
こっそり学園で吸うようになったんだ。
それが偶然教師にバレた。
最初はお父さんもお母さんも否定した。
『うちの娘がそんなことをするわけがない』と。
私は自らタバコを吸ったことを認めた。
ふたりに怒られる。
そんなのは百も承知だったのに、ふたりは私を怒らなかった。
逆に、今の生活の何が不満だったのか、心配そうに聞いてきて……。
だから私ははっきり言った。
普通の女子学生みたいに暮らしたいと。
私立中学をやめた私は、公立の高校に通うことにした。
リムジンでの送り迎えもなくなり、普通の女子高生になった私。
でもある日――。

「ずいぶんかわいい1年じゃねーか」

ゴミを捨てるために、校舎裏に周ったとき
上級生の男子に囲まれた。
私は彼らに抗えなくて、財布を取りだした。

「マジかよ! こいつ5万も持ってるぞ!」

普段だったらこんな金持ってなかった。
今日だけは特別だったんだ。
今日は私の従妹の誕生日。
だから帰りに何か買ってきなさいと、母親に無理やり持たされていた。

上級生たちは一度味をしめて
何度も私に金銭を要求し始めた。
抗えば襲うと脅迫して……私はお金を払うしかなかった。

その日も上級生に呼び出されていた。

「ちっ、1万か。最近額が減ってきたんじゃねーのか?」
「私が払えるのはそれだけだよ」
「……何してんだ?」

ひょっこりと顔を出したのは、どことなく見覚えのある男の子だった。
上級生の手にあった万券を見た彼は、
私がカツアゲにあっていることにすぐ気づいたらしい。

「か弱い女の子から、金取ってんのか!?」
「だったらなんだよ」

男の子はずんずん進んで主犯の上級生から、
お金を奪い取ると私に返す。

「払う必要なんてない」
「あ――危ない!」

後ろから上級生が襲ってくる。
私の声で気づいた男の子は上段回し蹴りを繰り出した。

「なっ!?」
「先輩たちがどのくらい強いかは知りませんけど、
俺、空手有段者ですよ。ケガさせる気はありませんけど、
彼女からお金を取るのはもうやめてください」

「くっ……!」

上級生たちはその言葉を聞いて退散していった。

「ふう……大丈夫だった?」
「ありがとうございます。あなた……名前は?」
「俺? 赤坂翼だよ」

まさかこんなところで翼くんと再会するなんて、
思いもしなかったんだ。

私はそのあと、自分が千雨右京だと名乗ることをためらった。
だって私の父は、パーティーで彼のお父さんを罵倒したんだから。

「……久しぶりだね、右京くん。いや右京『さん』がいいのかな」
「気づいてたの!?」
「君がCクラスにいることもね。名字も名前も独特だから、すぐわかった」
「……怒ってるでしょ、小さい頃のこと……」

翼くんは首を振った。

「それは過去の話だ。それよりこうして同じ学校に通えるなんて、
ちょっと嬉しいな」

照れくさそうに笑う翼くん。
そのときなぜかドキリと胸がうずいたのを今でも覚えている。

再会した私たちは、よく遊ぶようになった。
昔のように鬼ごっこじゃないけど、放課後にゲーセンやカラオケに
連れて行ってもらった。
どこも私にとって初めての場所で、とても面白かった。
何よりも刺激的だったのは、翼くんと一緒にいること。
彼と一緒にいるだけで、ドキドキした。
何をするのも幸せだった。
そして1年生のときのクリスマス――。
イルミネーションの下で、告白された。

「好きだ。付き合ってくれないかな?」

私は静かにうなずき、翼くんの彼女になった。
なったつもりだった。

2年生に上がった私たちは、表面上では普通の友人としての
体裁を保っていた。
それは私の父や母に感づかれたらまずいからだ。
クラスメイトからこっそり話を聞いて、
私たちを離れ離れにさせる可能性もあったし……。

だからその日も、こっそりふたりでお弁当を食べる約束を
していた。
なのに、クラスにもどこにも彼の姿はない。
彼のクラスメイトに聞くと、どうやら屋上に行ったのを見たと
言っていた。
私も屋上へ向かう。
いつもは南京錠がかかっているのに、今日は何もかかっていない。
私はそっと扉を開けて、その隙間から誰かいるかのぞく。
すると声が聞こえた。

「やっぱりお嬢ってのはバカだな。コロッと引っかかって」
「だな。普通に考えて、お前が恨みを持ってるってわかんねーもんかな」

見えるのは……翼くんの姿。

「まあやるだけやったし、あとは金を引き出してフるかな。
右京の親は娘のためならいくらでも金を出すから」

……うそ。
なんで翼くんがそんなこと……。
私は屋上から教室へ戻り、カバンを取ると
早退した。

部屋に帰ると、また田中からカードをレンタルして
タバコを買う。
……久々だな。

においがつくとまずいと思った私は、
夜になるまで待って
学校の屋上へ向かった。

……もう翼くんとは一緒にいられない。
スマホが何回も鳴っている。
両親からだ。
あとは……翼くん。
翼くんはどうして私を陥れようとしたの?
今度はメッセが来た。

『どこにいるんだ? 今日はずっと会ってないから、会いたい』
『学校の屋上』

しばらくタバコを吸っていると、
バタバタと足音がした。

「右京!」
「翼くん……」
「心配したんだぞ?」
「私のお金の心配?」
「え……」
「今日、屋上で話してたの聞いたんだ」

翼くんはキッと私をにらんでから、ふんと鼻で笑った。

「タバコ、くれよ。お前がそんなキャラだとは思わなかった」
「私も同じ意見だわ」

箱をトントンと叩くと、1本だけタバコが出てくる。
それを翼くんに向けると、口にくわえて火をつけられるのを待つ。
私は安いライターを取り出して渡した。
火くらい、自分でつけろ。
仕方なく自分で火をつけると、ライターを私に投げ返す。
深く煙を吸うと、ゲホゲホとむせた。
……ふん、情けないな。
でも、情けないところも大好きだった。
空手は強いのに、勉強はほとんどできなくて。
私がずっと図書館で教えていた。
そんな翼くんが、なんで?
なんで今になって私を裏切るの……?

タバコの火を消した翼くんは、屋上のフェンスを背に
私の方を向いた。

「うちはお前の親父の会社の子会社だった。それは覚えてるだろ?」

大きく煙を吹きだして、うなずく。
すると翼くんは悲しそうに笑った。

「お前は何にも知らなかったんだな。
……あの一件で契約を切られて、会社は倒産。
親父は首を吊った」
「え!?」

私は自分の耳を疑った。
まさか、あんな些細なことで!?
私と翼くんはただ鬼ごっこをしていた。
その途中で私がちょっとしたケガをしただけだ。
翼くんのせいじゃない。
私が料理のテーブルの下に隠れたから……。
それが原因だ。
なのに、お父さん……あんなことが原因で
翼くんのお父さんの会社をつぶしたの!?

「嘘……でしょ」
「嘘じゃなかったら俺はここの高校には通ってないと思う。
子会社とはいえ、そこそこのデカさだったからな。
小学校も私立だったし」

翼くんはお父さんが自殺したあとの話をする。
会社は倒産した。
社員に退職金を払ったり、その他もろもろで経費がかかったらしい。
それに、翼くんのお父さんは自殺……。
保険金は降りなかったらしい。
残された翼くんとお母さんは、一軒家を捨て、
安いアパートに引っ越した。
女子大を卒業してから、お見合い結婚をしたお母さんは
ずっと専業主婦だった。
でも、働かないと生活ができない。
翼くんを養っていけない。
仕方なくお母さんは水商売にはしった。

「母さんは毎日父さんを思い出して泣いていたよ」

私は言葉を失った。
なんて声をかけたらいいの?
私は何も知らなかったとはいえ、そんなことは言い訳にならない。
すべての原因は私にあるんだ。
会社が倒産したのも、翼くんのお父さんが自殺したのも、
お母さんが水商売にはしったのも……。

「でも、ラッキーだったこともあった。
……空手を習わせてもらったことだよ」

お母さんが留守のとき、翼くんは近所の面倒見のいい奥さんに
預けられることになった。
翼くんとお母さんのことを心から心配していた奥さんは、
お母さんが留守の時間、自分の家で面倒を見てくれた。
その家は空手の道場だったので、翼くんもお母さんを待っている時間、
空手を習っていたようだ。
それがきっかけで、この常盤西高の不良とも仲が良くなった。
そしてあの日――私と翼くんが再会した。
その再会は仕組まれたことだった。
私を助けて、自分に気持ちを向かせて……関係を持って。
最後には私から搾り取れるだけのお金を搾り取ろうとしていたんだ。
私のお金じゃないか。私の親のお金を。

悲しかった。
悔しかった。
翼くんと過ごした日々が、崩れ落ちていく。
大切な思い出を胸にしまっていた私は、ただのピエロだ。
翼くんに裏切られたこともつらかったけど、
それ以上に私は両親が犯した罪を重く感じていた。
大好きな人の家族をめちゃくちゃにした。
人生さえも狂わせた。
その責任を、今も誰も取ろうとしていない。
それじゃダメだ。

私はタバコをフェンスの隙間から何メートルも下の地面に落とす。
小さい炎は、風で消えて行った。
……これが、私がすべき責任の取り方だ。

「右京!?」

私は無言でフェンスをよじ登り、屋上の端に寄る。
お父さんが亡くなったのは私のせい。
だったら命には命で。
私はお金持ちだけど、それだけだから。
両親は私の言いなりだ。
私をペットのようにかわいがって、わがままもなんでも聞いてくれる。
そんな両親の一番悲しみ、ダメージを受けるのは……私の死。
翼くんのため、と言ったら彼に責任転嫁してしまう。
これは私の意思。
私はすべてを知った今、自分の命を捨てるべきだと感じている。

「右京!」

「近寄らないで。
私が死んだら、少しは翼くんの気持ちが報われるかな?」

「俺は確かにお前を金づるにしようとした! だけど……死んでほしいとは
思ってない!」

翼くんが思ってなくても、私はこんなことでしか
あなたにお詫びができない。
ごめんね、翼くん。本当に……。

私が校舎から飛び降りようとしたとき、フェンスがガシャガシャなり、
手を強く引かれる。

「きゃっ!?」
「うわああっ!!」

フェンスに叩きつけられた私。
その反動と、高所に吹く風に煽られて……翼くんは落ちた。

「翼くん!!」

……なんてことをしたんだろう、私は。
最低だ。

『死ぬべきだったのは、私だったのに……!』


目が覚めた俺は、予想外の夢に二度目をこすった。
赤坂は自殺じゃなくて事故だったというのか?
あの中庭での話は……?

『マズくなったら親父に金出してもらって、
謝罪したフリすればいい。
アメリカに留学っていう体にしてもらえば
箔もつくだろ?』

千雨はそう言っていた。タバコを吸いながら。
……もしかしたら。
仮定でしかないが、千雨はアメリカに留学するとか言って、
両親から離れてひとりで死ぬつもりだったんじゃないか?

だとしたら、止めないと……!

枕元には千雨が持っているはずのカードがあった。
やっぱり俺の手元に来たんだな。
どういう理由かはわからないが、このカードは俺に不気味な夢を見せる。
千雨自身が持っていたカードも、やはり俺の元へ来た。
ポーカーで勝ったから見せてもらっただけだったつもりだが……
鳥星はそれじゃ済まさないって考えてるんだろう。
あの道化師のにやっと笑った顔を思い出す。
これで4枚だ。
太陽、雲、月、雨。
あいつは何者なのか、いい加減はっきりさせねぇと。
それに、このカードのみんながちゃんと不運を乗り越えているのか……。
今度こそ確認しないと。

朝8:00。
俺は学ランを着ると、まず隣の月城さんの部屋へ向かうことにした。

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