〇6章

文字数 6,561文字

インターフォンを鳴らす。
ピンポン、ピンポンと軽やかな音。
だが、中にいるはずの月城さんは出てこない。
寝坊?
だとしても、こんなにしつこく鳴らしているんだ。
起きないはずはない。

「月城さん!」

我慢できなくなった俺は、ドンドンとドアを叩く。
すると、月城さんの隣の部屋の住民が顔を出した。

「おいっ! うるせえぞ!」
「すいません……月城さんを呼んでるんですけど」
「月城? 誰だそれ。ここは空き室だろ?」
「え?」

男はさっさとドアを閉めてしまう。
いや、そんなことはないはずだ。
俺は先日、月城さんと近所を散策した。
鍋も作ってもらって……。

「そうだ! 返さねぇと」

部屋に戻ってまずいすき焼きが入っていた鍋を探す。
が……。

「……ない。ここに置いたのに」

食器置きの場所に洗って干しておいたはずなのに、
鍋がない。
月城さんの部屋に行っても誰も出なかった。
これじゃまるで……。
千雨が言った通り、『失踪』『蒸発』という言葉が頭を回る。
嘘だろ、俺は信じない。
月城さんがいないなら、太陽も南雲も……千雨もいなくなったって
ことじゃないか!
俺は急いで学校へ走った。

「おい、1年! 小宮太陽を出せっ!!」
「だ、誰ですか! それ……」

どいつに聞いても、『小宮太陽』という学生は知らないという。
この間もそうだったが、そのときはただアイツの存在感がないだけかと
思っていたのに、今度は違う。
それなら……。
俺は普段だったら絶対行きたくない職員室へ向かう。

「すみません、先生!」

職員室の教師が俺の声で一斉に振り向く。

「南雲生徒会長は今日来てますか!?」
「……南雲? うちの生徒会長は
3年B組の北都くんだが……何を言ってるんだ? 柊」

……最悪だ。予想的中。
太陽も南雲もいない。月城さんも。
となると、あと探すのは千雨だけだ。
アイツが前にいたのは中庭。
急いで駆けていくが、そこにいたのはただの不良どもだけだ。

「なんだよ! 見てんじゃねーよ!!」

すごまれて、相手をしている場合じゃない。
このカードの持ち主が全員消えた。

俺は閉まりかけた校門を飛び越え、
デ・コードへ急いだ。


今日は平日。
平日は15:00からオープンだが、ここで待っていれば
オープン前の鳥星に会えるはずだ。
俺は学ランを脱ぐと、カバンを尻の下に敷いて、
シャッターの前で待つ。
俺が補導されるのが先か、鳥星が来るのが先か。
足音が聞こえる。
……鳥星だ。

「あれー? こたくんじゃん。どったの?」

「……いいかげん正体を明かせ、鳥星。
お前は何者なんだ」

近所のパン屋の紙袋を俺に押し付けると、
シャッターを開ける。

鳥星はあまりに真剣な俺の様子を見て、
小さくにやりと笑った。

「……僕の正体が知りたいなら、夜。
22:00以降来て。
もちろん、補導されないように私服でね。
キミ、私服なら未成年に見えないから」

「今教えろよっ!!」

紙袋を持たされていた俺は、鳥星にそれを押しつけて返す。
小さく「わっ」と叫んだが、表情はいつも通り。

「子どもの遊びに飽きたんでしょ?
それなら教えてあげるよ。大人の遊びを」

鳥星はシャッターを開けて店に入ると、
俺が入ろうとする前に締める。
……これは夜になるまで待つしかないのか。

言われた通り、俺は22:00にデ・コードに来た。
シャッターをガシャガシャと軽く叩くと、
中から鳥星が出てきた。
この間と同じ、白シャツに蝶ネクタイ、ベスト。
今日は裏の仕事があるんだな。

「こたくん、早く入って入って!
23:00にお客さんが来ちゃうから、
君も着替えてよ」

「は!? 俺も? なんで!」
「今日はこたくんに、ボクのアシスタントをやってもらいます」
「き、聞いてねぇぞ!」
「でも、知りたいんでしょ? ボクが何者か」

鳥星の正体を知るには、アシスタントを経験するのが
手っ取り早いってことか。
言われてみれば確かにそうだ。
だけど違法賭博の片棒を担がせられるのか!?
それは勘弁だぞ。

「賭け事だったら、俺はやらねえぞ。補導されたくない」

「心配しないで平気だって。お金は賭けてないんだから、
問題ないよ」

鳥星は自分と同じシャツとベスト、蝶ネクタイと黒のズボンを
俺に押し付けると、
バックヤードで着替えろと言った。

金を賭けてないなら、一体何を賭けてるんだ?

「着替えた~?」
「あ、ああ、ま、一応」

突然着替えをすることになったが、
どういうわけか服のサイズはぴったりだった。
普段だったら、ズボンの丈が足りなくなることが多いんだが、
今日はちょうどいい。
上に着ているシャツも襟首がきつくない。

「う~んでも、そっちじゃなくて黒服の方がよかったかな? 
キミ、ディーラー見習いっていうより、
ガタイがいいから警備員って言ったほうが
しっくりくる」

そんなこと今から言われもこっちだって困る。
俺は頭をかきながら、鳥星にたずねた。

「で? アシスタントって、何すりゃいいんだ?」
「お客さんにお酒を用意してあげて~」
「酒?」
「え~!? キミ、不良なのにお酒のことわかんないの!?」

なんでそんなに言われなきゃいけないんだ。
不良にも色々いるんだよ……。
俺はタバコも酒も体質的に合わないんだって。
そういうとなめられるから、質問される前に
いつも話をはぐらせていたんだがな。

酒のことが全然わからない俺に、鳥星は適当に説明していく。

「こっちの瓶がブランデー。これがウイスキー。
まあぶっちゃけると、大体のお客は偉ぶって、
この2種類しか飲まないから大丈夫。
ロックでって言われたら氷入れて~、
水割りだったら水で酒を割るだけ。
ストレートはそのまま。
ね? 簡単でしょ?」

「ま、まあ……」

「裏にボクがお昼ご飯食べるカウンターがあるから、
そこで準備してお客さんに出してね」

酒を出すのにバーみたいな雰囲気はまったくない。
冷凍庫を確認すると、中に入っていたのは氷と、
冷凍食品。それと、冷凍ご飯。
これ、チャーハンにするやつだ……。
冷蔵庫の方には、フルーツが少々と野菜。
キャベツとか白菜とか……。
いいのか? 本当にこんなで。

「さて、あとはテーブルの準備だね」

鳥星はデスクの裏に隠してあったボタンを押す。
すると脚がたたまれ、そのまま壁に吸い込まれていった。
ガシャガシャと壁の中で何か回転している音がして、
デスクに変わり出てきたのは、ポーカー用のテーブルだった。

これで準備は完了らしい。
あとは客を待つだけだが、どんな客が来るっていうんだ?
前の追越は執行猶予がついているとはいえ、一応犯罪者だ。
今度も来るのは今回も犯罪者とか?
だとしても、こんなところで何を賭けるんだよ。
余計意味がわからねぇ。
そう思っていたら、鳥星のスマホが鳴った。

「お待ちしておりました。今シャッターをお開けします」

……表情は同じだが、いつもより真剣な口調。
シャッターを半分開けて、入ってきたのは有名な議員だった。
高校生の俺でも知ってるレベルの、よくニュースで顔を見る人だ。

「お待ちしておりました、松平様。
何かお飲み物は?」

「……ウイスキー、ストレートで」
「こたくん」

小声で酒を取りに行くように言われた俺は、
とりあえず重いグラスに酒を注いで
トレイに乗せて持ってきた。
コースターを敷き、テーブルの上に置く。
……これでよかったみたいだな。

「ところで松平様。あなたは政界でご活躍されています。
一流大学を卒業し、議員へ。
これ以上素晴らしい人生はないかと思いますが?」

「まあな。だが、私はこの程度の人生では満足できない!
一流大卒の議員なんていくらでもいる!
私が欲しいのは……総理大臣のイスだ!
総理大臣になったら……あの女も手に入れられるからな」

「……女性が目当てですか?」
「悪いか?」
「いえ」

にこっと笑うと、カードを配り始める鳥星。
それに松平議員は待ったをかけた。

「チップは使わないのか?」

「ええ。ボクとの対戦方法は1回きり。
チップの多さで決めるのではなく、手持ちのカードの強さだけで
勝ち負けを決めます。チェンジの回数は5回。
これが『デ・コード』のルールです。問題、ありますか?」

「……いや。始めよう」

松平は、ぐいっと酒をあおると
配られるカードを手にした。

鳥星は……。
うしろからアイツのカードを盗み見る。
ダイヤの3、4、ハートの6、9、J、スペードのQか……。
これは難しくないか?
鳥星はどうするつもりなんだろう。

「チェンジされますか?」
「……3枚」
「では、ボクは4枚で」

え? 4枚って、何を考えてるんだ?
やっぱり鳥星のやつ、ポーカー苦手なんだな……。
この様子じゃ、負けが見えている。

「いやん、盗み見したらダ~メ!」
「ちっ」

鳥星のカードを盗み見していたのがバレ、
俺はテーブルから離れる。

そのあと松平は2回チェンジ、鳥星も2回チェンジすると
オープンだ。

「ストレートだ」
「……残念でしたね。ボクはフラッシュです」

鳥星の手には、5枚のスペードのカードが
あった。
松平は酒をあおると、思い切りグラスをテーブルに
叩きつけた。

「こんなことはあり得ない! 私が……負けた?」
「ひとつ言わせていただきますけど」

カードを集めながら鳥星は、本当に楽しそうな口調で
告げた。

「ボクのカードは、相手の覚悟によって強くも弱くもなるんですよ。
つまり……あなたは心の底では半端な覚悟で勝負を挑んだ。
『どうせカードゲームだ』ってね。ふふっ、それじゃ負けて当然です」

「くそっ!!」

松平は自分でシャッターを開けると、さっさと出て行く。

「賭けたものはきっちりいただきますので」

……賭けたもの?
あいつが勝ったら総理大臣の座、だったっけ。
負けたら鳥星は何をもらえるんだ?

「なあ鳥星……」

「ボクはしっかり賭けたものをもらったよ。
ボクとの勝負で賭けるのは……自分の人生だ」

人生?
何言ってるんだ、こいつは。

「冗談はやめろよ。俺は本当のことが知りたいんだ」

「本当だよ? ボクが勝負で賭けるのは、『他人の人生』だ。
その『他人の人生』と入れ替わるために、みんなはボクに勝負を
挑みにくる」

あり得ないだろう。
だったらもし負けたら?
今の勝負、松平は負けた。
あいつはどうなるっていうんだ。
もうすでに松平の賭けた人生はもらったと鳥星は言うけど。

「まぁ、他人の人生って言っても、
幸福になれるかどうかは不確定だけどね。
でも面白い遊びだと思わない?
隣の芝は青い。人間は他人の人生がうらやましく
思えてしまうものらしい。ホント、笑っちゃうよ!」

笑っちゃうとか面白いとか。
悪趣味じゃねーか……。
それに話を聞いただけじゃ信じられない。

俺が疑いの眼でじっと見ていると、鳥星はノートパソコンを
取り出した。
通常リンゴのマークが入っているものだろうが、
このパソコンには星印がついている。
しかも色は黒だ。

パソコンを開くと、動画が再生されていた。
動画は車が夜の街を走っているもの。
動画というよりも、街の防犯カメラの映像に近い。

「こたくんが信じる、信じないは勝手だけど、
少なくても今、松平の人生はボクが握っている」

そう言って見せたのは、USBハブについている謎のボタンだった。

「なんだこれ」
「気になる? よかったら押してみてもいいよ」

俺は戸惑った。
ただのボタンだ。押したからって何か起こるわけないだろう。
なのに、嫌な汗が出る。
身体が警告しているのか?

俺はズボンで汗を拭うと、そっと人差し指でボタンを押した。
すると――。

「なっ!」

パソコンの中の動画に異変が起こる。
車は猛スピードで電信柱に突っ込む。
しばらくするとオイルが漏れていたのか、
アクション映画のように爆発した。

それと同時に、ガガ、と音がする。
パソコンの近くにあったプリンターが動き出したのだ。
多分、無線で動くようになっているのだろう。
印刷されて出てきたのは、俺が見覚えのあるもの。
あの、例の不気味なタロットみたいなカードだった。

「はい、出来上がり」
「これってもしかして、今の議員の……」
「うん。松平の人生のカードだよ。キミがあっさり殺した、ね」

あっさり殺した!?
俺はあのボタンを押しただけだ。
あんなパソコンにつながっているだけのボタンを押しただけで、
車が事故るわけがない。

「今のは単なる偶然だ!」
「そんな偶然、あると思う? 前々から言ってるけど……
運命はボクの手の内にあるのさ。キミのそのカードと同じく……ね」

その言葉に俺はびくんとした。
松平は死んだことでカードになった。
ということはこの4枚のカードは4人の人生。
今日、俺は4人を探し回ったが、誰ひとり見つからなかった。
それも当然だ。4人はもう死んでいたんだから。
だとしたら、俺にカードを売るように言った太陽は?
トランプで対決した南雲は? 一緒に買い物した月城さんは?
昨日会って、俺と同じカードを持っていた千雨は……?

「アイツらはみんな、俺の見た幻覚だったってのか?」

「というか……みんなはキミに助けてもらいたかったんだよ。
このカードのみんなは、ある意味とてもキミと関係の深かった人だったから」

関係が深かった?
そんな記憶はない。
太陽は偶然いじめから助けただけだ。
南雲は住む世界が違う。
月城さんとは初対面だったし、千雨だって……。

「どう思った? みんなの人生。面白いほど不運だったでしょ?」
「笑うなっ!!」

けらけら声に出してあざ笑う鳥星を、俺は怒鳴りつけた。
人の不運をあざけるだなんて、同じ人間として最低だ。
……いや、鳥星は人ではないのかもしれない。
もっと得体の知れない、人の形をする何か。
だから平気で笑っていられるのだろうか。

「……こいつらを助けることは、今からでもできるのか?」
「もっちろ~ん! その言葉を待ってました! ずーっと、ずーっとね……」

鳥星は先ほどまで使っていたトランプを俺に見せる。
まさか。

「キミとの一大勝負だ」

今までには見せたことのない真剣な顔をする鳥星。
カードを切ると、
俺に5枚、自分に5枚配る。

こいつに勝てば、4人を助けることができる。

『不運は簡単にひっくり返せる。それには覚悟が
必要だ』。

確かにな。
今、俺には5枚の手札がある。
スペードのJ、Q、K、Aそして6。
6を捨てて、スペードの10が来れば……!
ポーカーなんてゲームで人生をひっくり返すことができる。
このゲームで、俺はみんなの人生を取り戻して、
不運だった日々を変えてみせる。
覚悟はできた。
みんなが感じた悔しさ、辛さを、俺も感じたんだから。
絶対に負けるものか。
いや、負けない。

「ふうん……? いい目してるじゃん」

スッと黒縁メガネを取る鳥星。
メガネの下にあったのは、整えられた顔だった。
くそっ、イケメンだったのかよ……。
なんかそれだけでムカつくわ。
俺なんて、顔が怖いとか言われて女子から逃げられるっつーのに……。

「お前、メガネ取ったら見えねぇんじゃねーのか?」

「これ、伊達だから。
ダサいメガネかけてたら、みんな油断するでしょ?
でも今日のキミにはそんな必要なさそうだし」

カードを手にした鳥星は、頬杖をついて俺を見つめる。

「ずいぶん余裕じゃねえ?」
「そんなことないよ。かなり焦ってる」

態度とは裏腹に意外なことを言うな、こいつ。
それでも俺は勝たないといけない。
鳥星が弱気になってる今がチャンスだ。

「1枚」
「3枚」
「俺はそれでいい」
「……2枚。本当にいいの?」

鳥星に揺さぶりをかけられるが、もう決まっている。
俺はこのカードで行く。

5回のチェンジ。
鳥星は5回ともそのチャンスを使った。
これでオープンだ。

「ロイヤルストレートフラッシュ」

スペードのA、J、Q、K、10。
バッとテーブルに並べると、鳥星はカードを投げた。
これで2回目だ。

「あ~、ボクの負け!」

カードを見るとまたブタだ。

「お前、ポーカー弱いよな。それなのになんでこんな仕事を?」

そう言うと、鳥星は渋い顔をした。

「あのね、ボクは弱いんじゃないの。
ポーカーに関しては、相手の覚悟によってボクの実力も変わるんだって。
今回は圧倒的にキミの覚悟が強かった。それだけだよ」

カードを一枚手に取ると、それをじっと見つめる。
JOKER。
ジョーカーは鳥星、お前だ。
他人の人生をやり取りする勝負なんてする、よくわからない男。

「今度は前みたいにチョコで誤魔化されたりはしない。
4人の命を……」

「わかってるって。それじゃ……おやすみ。虎太郎」
「ん……」

またくらくらしてくる。
まぶたが重くなる。
でも……今度見る夢は、きっと悪い夢じゃない。
俺はその心地よいだるさに身を任せることにした。

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