〇3章

文字数 8,280文字

今日は土曜日だ。
いつもなら余裕で昼まで寝ているが、
今日の俺はそこそこ早起きした。
理由はひとつ。
デ・コードの観察……いや、厳密に言うと、鳥星の監視だ。
あいつが何者か気になる。
それに、今日もポケットに入っているカードが何かも
わかってない。

俺は遠くのコンビニから雑誌を立ち読みしながら
店をうかがう。
しかしさすがに長居はできない。
1時間が限界だ。
コンビニの店員の視線に堪え切れず、俺は店を出た。
身長180もあるのに、店長らしきおばちゃんがモップを
俺の足元にガシガシ当ててきたら……
そりゃどんなに鋼の心臓を持っていても
無理だろうよ。

仕方なくコンビニで買ったかき氷アイスを食いながら
近くの電信柱に潜む。
……潜むと言っても、隠れてるようには見えないかもしれない。
鳥星が店の外に出るとバレる位置だ。
でも店の中に入って小中学生のクソガキどもに混じって
堂々と何をしてるかどうかを見るのも無理だ。
正直あり得ねぇ。
バレバレだったらむしろ鳥星に遊ばれる……そんな気がする。
アイツのことはよく知らねえ。
今もこうやって忍んで監視してるくらいだ。
だけど何回かのゲームをして、アイツの性格的なものはわかったような。
アイツは面白ければそれでいい。
そんなところが垣間見られる。
ドSなのか?
俺のことを気に入ったとか……初めて言われたぞ。
ま、男に言われたところで嬉しくないのは変わりないがな。

しかし土曜のデ・コードの人混みはすごい。
ガキの遊び場だと油断していたが、
子どもたちの入れ替わりが激しい。
どうやら例のカードゲームに強いやつがいるらしくて、
そいつに勝負を持ちかけては負けて、の繰り返し。
負けたガキどもで作戦を練ったりと
忙しそうだ。

遠くで見ている限り、鳥星はカードゲームには参加していない。
アイツはガキどもの試合をのんびり見ているだけ。
たまにレアカードを売りにくる親子の相手をしたり、
買い物するガキのためにレジを打つくらいだ。
特にあのカードには興味ねぇんだな。
だったらどうしてこんなところで店を開いてる?
金を稼ぐためだったら、もっといい方法があるだろう。
こんな小さな店を経営していても、稼げる額なんて
想像がつく。
鳥星がメガネのせいで何歳かわかりにくいが、
少なくても20歳は越えてるだろう。22~23歳くらいか。
だったら普通に就職するとか、いくらでも打つ手はあるはずだ。
少なくてもショボいガキ向けのカード店なんてやるより、
よっぽど稼げる。
高卒だってきちんと働けばそれなりの安定は
手に入るような気がする。

アイスを食べ終えた俺は、棒をくわえてこのあとどうするか
悩んでいた。
一応2時間は監視していたが、本当にただの店番だ。
元々親や祖父母の持っていた店だとか?
それなら考えられる。しかしだったら昨日見たあいつはなんだ?
ディーラーの格好で犯罪者の相手をしていた鳥星。
しかも夜中になんて怪しすぎる。
あの姿を見た時点で、ただの店番なんて選択肢は消えている。
アイツは何か裏の仕事をしているんだ。
そうとしか考えられない。
だとしたら、違法賭博かもしれない。
あの格好も、大金を持ってきた客を前に仕事をしているなら納得いく。
それだったら俺は警察に通報しないといけない立場なんじゃないか?
でも、俺だって善良な一般市民ってわけじゃない。
なんというか、まず見た目で判断されちまうし……。
そもそも違法賭博かどうかだって確実じゃない。
ただ『見た』だけだ。
……どうすりゃいいってんだよ。

「お兄ちゃん、さっきから何してるの?」

げ。
ちっこい女の子……。
やたら身長ががデカいせいで気づかなかった。
さすがにこんな女の子をむげに扱うわけにはいかない。
だからと言って、ガキの相手なんてしたことねぇよ……。
俺じゃ追い払えない。どうすればいいかわからない。

「みんなで遊ぼうよ!」
「え!? い、いや、ちょい待てっ!」
ガキっちょは俺の腕を引っ張って、店へと連れて行く。
身長さがありすぎて、俺はつい前のめってしまう。
が、ここでデ・コードに入ったら、今日の2時間、無意味になるじゃねーか!

「とりちゃーん! 連れてきたよ~」
「あはっ! よく来たね、こたくん」

……くそ、鳥星の命令か。
ってことは、俺が隠れてたことも最初から知って……!

「バレバレ☆」

鳥星は人差し指と親指で拳銃を作り、
バン! と俺を撃つ。
最悪のシナリオだ。

「マジかよ……」
「それはこっちの台詞だ」
「え?」

いつも鳥星とトランプをする安いデスク。
そこにいたのは特進クラスの優等生・南雲拓瑠だった。

特進クラスに在籍している南雲は、ともかく頭がいい。
生徒会長も務める天才で、中間・期末テストは1年の後半から
毎回首席。
はっきり言って、俺は鼻持ちならないやつだと思っているが……
なんでこんなところにいる?
ここはガキの遊び場だ。
それにさっきから入れ替わり子どもたちは店に出たり入ったり
している。
ということは、こいつは必然的にガキどもの……。

「ラスボス!」
「……何がだ?」

このやり取りに、鳥星はメガネを光らせながらクスクスと笑っている。
ここまで計算済みってことかよ! 最悪だ!
本当にドSだな、鳥星!

思い切り店長にガン飛ばしていると、
さっきの女の子が泣き出した。
ヤバい。なんだよ、この展開……。

だけどなぜか男子勢からは期待の眼差しで見られている。
これって俺が南雲に勝負する展開!?
しかし期待されても困る。
俺はこのカードゲームのルールをまったく知らない。
そもそもこのカードなんて、
俺にとっては換金アイテムでしかなかったんだから。
こうなったら話を誤魔化すしかない。

「南雲生徒会長とあろう方が、土曜の昼からガキに混ざって
カードゲームですか?」
「ふん、常盤西高のクズに文句をつけられる言われはない」

その通りだが……納得できないことがあるんだよな。
こいつはさっき言った通り、学年首席の生徒会長だ。
さらに言うなら受験生。
土日だったら普通、予備校だとか塾に朝から通ってるもんじゃないのか?
それなのにカードゲーム……しかも格下であろうガキが相手。
俺もガキ相手にカツアゲした身だからなんとも言えないが、
だからといって子ザルの山の王になりたいとは思わない。
ぶっちゃけ言いたいのは……。

「南雲、お前なんでここにいる……」

俺がドン引きした顔で見つめていると、
南雲は勝手に顔を赤らめた。

「くっ! ぼ、僕が休日に何をしようと勝手だろう!?」
「いやでも……お前がここで一番強いんだろ? 子ども相手に何してるんだ。
ボランティアで遊んでやってるにしても、容赦なさすぎるぞ。
ガキどもほとんどお前に勝ててないんじゃないか?」

俺がツッコミを入れると、そっぽを向いて恥ずかしそうにつぶやいた。

「こ、子どもが弱いのが悪いんだ。この世は弱肉強食……」

……弱肉強食って、高校の生徒会長に小学生が勝てるかよ。
子どもが弱いって、当たり前じゃねーか。
俺が呆れていると、南雲は顔を真っ赤にして俺に食ってかかってきた。

「と、ともかく! 僕の前に現れたってことは、次の相手なんだろう!?
勝負だ!!」
「えぇ……無理」
「なんでだ!!」
「だって俺、このカードのルール、知らねえもん」

知ってたら少しはなんとか相手してやれたかもしれねえけど、
こんな複雑そうなの、バカな俺には無理だ。
むしろここで王様きどってる南雲に申し訳ないと思うほど。
そもそもこいつとは話したことも初めて。
だが、お互いのことは知っている。
南雲は生徒会長だし、首席だから目立つ。
俺もある意味目立っているんだと思う。
ガタイだけはいいからな。
体育祭なんかではよくクラス選抜で走らされたし、
それ以外はサボりの常習者。
教師や生徒から噂を聞いていたのかもしれない。
そんなやつの意外な一面を知っても、困る。

「あはは、勝負できないんじゃつまんないよねぇ?
……それにみんなも、キングが負けるの、見たくない?」
「見たい~!!」
「なっ!」

焦る南雲。
鳥星、何を企んでる?
ガキどもをけしかけやがって……。
やつが取り出したのは、俺が見慣れたものだった。

「この大きなお兄ちゃんはこのゲームのカードのことを知らないみたいだし……
ここはトランプで勝負にしようよ。
せっかくだからみんなでやろう」

え!? みんなで!?
その言葉でガキどもが集まってくる。
デスクはすぐに6人の男子で埋まった。
早い者勝ちだ。

「トランプ……!? ふ、ふん、まあいい。何のゲームで勝負だ?」
「神経衰弱~!」

陽気に鳥星は言うが、神経衰弱なんてこの間
俺がボロ負けしたやつだ!

「ボクも加わっていいよね? ずーっと見てばっかりだったし」
「いいよ、とりちゃん!」

とりちゃん……。さっきの女の子にもそう呼ばれてたな。
ガキの信望は厚いのか。
うらやましくもなんともないが、ここでこいつが
ガチで優勝したらえげつない。
子ども、泣くんじゃねえか?
でも、ここでの俺に発言権はない。
あるのはキングである南雲か、店長である鳥星だけ。
南雲がガキどものキング……。

「キングか……くくっ」
「笑うな!」

さっきから南雲は絶賛赤面中だ。
こいつ、頭に血が上りすぎなんじゃないか?
受験ノイローゼをガキいじめで解消してた、とか。
だとしたらお前はさらにストレスが溜まるぞ。
鳥星相手の神経衰弱なんて……今思い出しても泣けてくる。

「はーい、それじゃあボクは最後でいいから、他のみんなで
じゃんけんして~!」

……余裕だな。
俺と南雲、他のガキがじゃんけんする。
4番手か。悪くはない。
南雲は5番目だ。
9人いる中の5番手ならこいつも余裕だろう。

ひとりずつカードをめくっていくが、
どいつもハズレ。
俺も、南雲もハズレた。
最初の一手はこれでいい。
どこにどのカードがあるのか、配置を覚えるためだ。
そして鳥星の番。
ここでゲームは終了する。
そう思っていたんだが……。

「あっれぇ~!? 全然そろわないね~!
ボクもダメだったよ」

……嘘だろ。絶対こいつは手を抜いている。
ちらりと目をやると、鳥星は俺にだけわかるように口の端で笑った。
相変らず、悪どいことをやるときはメガネが光るのな。
やつぱりこいつ、わかってやがる。

2巡目からはみんなも場所を覚えてきたみたいだ。
ガキどもの中でも少しずつカードを取り始めてきた。
それに唇を噛んでいたのが、なぜか南雲。
特殊なカードゲームは得意でも、こういうシンプルなのは
意外に苦手なのか?
でも、神経衰弱って記憶力のゲームだろ?
天才優等生なら勝ち目がないわけがない。
俺の番。1組ペアができた。
2回目はダメだったが、これは南雲にはチャンスだ。
同じ数字のカードがすでに出ている。
俺以外にも気づいているガキもちらほら。

それなのに南雲はハズした。

「……ちっ」

あれ?
もしかしてこいつ、神経衰弱苦手?
いやないだろう。
頭のいいやつは記憶力も……。
しかしその次もハズし、他のガキどもがカードを手にした。

「嘘だろ……」

結果。
1位、俺。
2位から4位は名も知らんガキども。
5位が鳥星。
6位から8位もガキ。
そして最下位がキングこと、南雲だった。

「やった~! キングに勝ったぁ!!」

この結果にガキどもは狂気乱舞。
俺は勝ったけど、この結果はぶっちゃけない。
神経衰弱で天才生徒会長が負けるとか、
あり得ないだろう。

「く……!!」

南雲は涙目になりながら、自分のカードを持って
店を逃げるように立ち去って行った。
これじゃもう、ここの店には来れないだろうな……。
そう思うと、ちょっと申し訳ないことをした。
しかし、こうなることを仕組んだのは俺じゃない。
すべては鳥星の計画通りだ、多分。

「優勝者のこたくんには、賞品がありま~す!」
「えぇ~っ!!」

ガキどもから不満の声。
みんな賞品をレアカードだと思ったのだろう。
しかし商品として渡されたのは、例の……正体不明のカードだった。

「なんだ、それだったらいらね!」

キングに勝ったガキどもは、面白いオモチャがなくなって
つまらなくなったのか、店から出て行く。
俺もこのどさくさにまぎれて、店から外へ……。

「逃げないでね? こたくん。賞品、ちゃんと受け取らないと」

鳥星が、がしっと肩をつかむ。
細身なのにすごい力だ。
やっぱりこいつは仕組んでいたようだな。
俺が優勝するように。

「俺は1位を辞退する! それなら問題ないだろ。
賞品も受け取らない!」

「そう? 残念。じゃ、1位は不在ってことで」

よかった。
しかしずいぶんあっさりと引いたな。
アイツのことだから、無理やりにでも
カードを渡すかと思ったけど……。

「でも、南雲には少し悪いことをしたかもな。
高校生にもなってここで遊んでるのはどうかと思ったが……
アイツの唯一のストレス発散方法だったのかもしれないし」
「いや、そんなことないよ? ふっ」

鳥星が俺の首筋に息を吹きかける。
気持ち悪くて、手で思わず払った。
そんなことないって……。アイツ、泣いてたのに?

「タクちんは塾をサボッて来てたんだよね。
だからこれでいいの。こたくんが気にする必要はないよ」

帰るべき場所に帰ったってことなのか。
それなら俺も安心だ。
ああいう優等生は意外と面倒くさそうだと思っていたところだったし。
俺にここで遊んでることがバレただけで、あんなに真っ赤になってたんだ。
人生の汚点だ、面子がつぶれたとか言って、
自殺するんじゃないかとちょっと不安だった。
少なくてもそれはないだろう。あいつもそこまでバカじゃあるまい。
塾に通うようになってくれれば、それでいい。

「……で、こたくん。キミは今日何しに来たの?」
「あ」

そうだった。
すっかり神経衰弱に熱中していて本来の目的を忘れかけてたところだ。

「もちろん、さっき賞品にしようとしていたカードのことだ。
あと、もうひとつ気になっていることがある」
「な~に~?」
「お前、何者だ?」

たずねても当然鳥星は答えない。
いつも通り、笑みを浮かべるだけだ。
知りたければ、またカードで勝負しろってことか。

「ちょうど子どもたちもはけたところだし……ね。
今度はボクの相手をしてよ」
「しょうがねえな。じゃ、俺が何のゲームをするか決めてもいいか?」
「ま~、たまにはいっか。いつもボクが決めてるからね」

シャッターを閉めると、俺と鳥星だけの時間が始まる。

「そうだな。今日は子どもなんて言わせねぇ。ポーカーで勝負だ!」
「ぷっ、ぽーかー? それが大人のゲーム?」

くそっ、笑われた。
やっぱりこいつはポーカーも得意なのか?

「ふっ……ホント、面白いよ」

笑ったはずの鳥星だったが、真剣な表情を一瞬見せた。
メガネの奥の瞳が、まるで鷹のようだった気がする。
今の表情は初めて見たな。
ポーカー……このゲームにも何か仕掛けでもするのか?
でも言い出したのは俺だ。
仕掛けか何か手を打つにも、打ちようがなかったと思うんだが。

「ふふっ、面白い! サイコーだねっ!
やっぱりキミはボクのお気に入りだ。
今回もボクのこと、楽しませてくれるんでしょ?」

またいつものしたり顔に変わる鳥星。
――いざ、尋常に勝負だ。

「2枚チェンジ」
「ふう、そう来た? じゃ、ボクは……3枚」

余裕綽々なフリをしているが、俺にはわかる。
今までにない感覚。
3枚か……。
あるのはワンペアか?
それともいつものトリックで逆転でも
狙ってるとか?
わからんが、俺の手にはすでにスリーカードができている。
今回はしょっぱなからツイている。

「チェンジするか?」
「ん~……これでいいや」

『これでいい』?
ずいぶんと投げやりだな。
鳥星の態度に違和感を覚えたが、オープンだ。

「スリーカード」
「ははっ! こたくんすっご~い!」
「お前はなんだよ!」

語気を荒げて聞くと、
鳥星は手にしていたカードをデスクに投げ捨てた。

ハートの2、K、ダイヤの6、9、スペードのJ。
……嘘だろ。
ブタじゃないか。
あの、今までずっと俺に勝ち続けてきた鳥星が、
ポーカーであっけなく敗れた。
勝った……勝ったんだ。

「よっしゃ! 1勝っー!!」

俺は勢いよく立ち上がり、両腕を高く上げる。
イスが転んでも関係ない。
俺は鳥星に勝ったんだ。

「ま、ポーカーじゃ本気、出せないからね」

対する鳥星は負け惜しみなのかやさぐれてるのか、
デスクに頬杖をついてカードを見つめている。
メガネが傾いても気にしていない。
ともかく勝ちは勝ちだ。

「さあ、教えてもらおうか。このカードのこと」

俺はデスクに例のカードを叩きつける。
やっと聞く権利を得たんだ。

「つーん、やだ」
「はっ!?」

鳥星は頬杖をついたまま、そっぽを向く。
こいつガキかよ!
やっとつかんだ勝利。
手にした権利だ。
絶対に聞きださねえと、俺の気がおさまらない。

「やだじゃねぇよ! 約束だろ!?」

「負けて面白くないから教えなーい。
ねぇねぇ、それよりもーっといいものがあるよ」

「いいものだろうが俺は……んぐっ」

口を開けた瞬間に、何かを入れられる。
食いものか? ……甘い。
これはチョコだ。

「おいしいでしょ。今日はこれで満足してよ。
だってさぁ~……」

ん……。
チョコをかみ砕いた途端、中に入っていた
アルコールの味がほんのりする。
そのせいか、だんだんと眠くなり、
鳥星の声が遠くなって……。

「だってさ、ここで終わっちゃつまらないからね。
またボクを楽しませてよ。
教えるのはそのとき……ね」

やべぇ、耐えられない……。
俺はそのままデスクに頭を転がす。

「……何度もキミはボクを楽しませてくれるね。
このままずっとボクのオモチャでいてよ、一生……さ」


……誰かが僕のことを呼んでいる。
うるさい。僕はこんなことしたくないんだ。

「はぁ……92点。今回の1位は、阿部さんのところの
レイジくんだったらしいじゃない! あなたは何を勉強していたの!?」

僕だって頑張った。
塾でも家でも。
みんなが遊んでる時間だって、勉強していたんだ。
それで取ったのが92点。
92点が僕の最高値。
英会話とピアノ。テニスもそうだった。
スピーチコンテスト、校内3位。
ピアノもコンクール19位。
テニススクールの大会では6位。
努力しても努力してもパッとしないのが僕。

「あーもうっ! あんたはいつもそうよ……。
母さんの期待を裏切って」

裏切るつもりなんかない。
一生懸命やってるよ、母さんのために。
どの習い事だって母さんのために一番をとる。
だって、一番じゃないと母さんはそうやって僕を責めるから。

「今度の期末は必ず学年1位になりなさい。
もう母さんを絶望させないで」

絶望……?
今度一番になれなかったら、母さんは僕を捨てるつもりなんだ。
だったらなるよ。
一番になったら僕の存在を否定しないでくれるかな……。
僕が生まれてきてよかったって、思ってくれるかな。

「それでは試験開始! 先生の時計が基準なー」

袖に仕込んだのは、今日の試験範囲の化学式のカンペ。
カンペは今日の科目の分、全部作ってある。
僕はそれを見て問題を解く。
先生は最初からやる気なんかない。
もう飽きたみたいで、ボーッとしてる。
……僕の勝ちだ。

一週間後、壁に上位の結果が張り出された。
1位の下に書かれた名前は――。
僕だ。

これで僕はもう叱られない。
やっと母さんの自慢の息子になれるんだ。

テストの結果を報告したら、母さんは言った。

「この調子で次も頑張るのよ。そしていい大学に入って、
有名企業に就職して……」

そこから先は聞こえなかった。
僕の存在って、母さんにとってなんだ?

永遠に逃げられない。
ベッドに入ると、布団の中で眠りにつこうとする。
寝ている間は自由だ。
どんな夢でも見ることができるから。
大学の教授でも、医者でも弁護士でもない。
憧れていたミュージシャンになっても、文句は言われない。
大声で歌って、ギターをかきならして……。
でも、僕は……。

『僕は……母さんの操り人形なのかな……』


「はっ!」

夢かよ……。
目が覚めた俺は、自分の部屋で着替えもせずに眠っていた。
くそっ、またデ・コードから帰った記憶がねえ。
鳥星に変なチョコを食わされて、それから……。

今回見たのは最悪な夢、パート2だ。
俺が『誰か』になりかわって不運な経験している。
最初の夢は、虐待を受ける子ども。
次は親の操り人形になってる中学生だ。
夢の中の俺は、俺じゃなくなっている。
これは一体誰の記憶なんだ?
せっかく1勝したっていうのに、何もわからないままだ。

「……ん?」

尻ポケットに違和感がある。
手を入れてみると、あった。
やめてくれよ、本当に。

「鳥星の野郎……こんなところに仕込みやがって!」

出てきたのは例のカード。
賞品はいらねぇって断ったのに……。
もしかして、夢の主人公になりきっていたのは、
俺自身が悪化してるせいなのか? このカードに毒されて。

「はぁ、マジでなんなんだよ、これ……」

2枚に増えたカードを手に、俺は頭を抱えるしかなかった。
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