第2章-5 エレメンツハンター学の教授は常に忙しい

文字数 3,940文字

 シミュレーション用コンピューター群の人工知能には、アキトと翔太を中心とした情報を流すよう設定していた。そのため巨大ディスプレイでは、激しい戦闘をしている翔太の機体と、自陣の後方で漸く動き始めたアキトのラセンが映し出されている。そして講義スペースには、アキトと翔太の通話が流れていた。
『なあ、翔太。こっちに2機向かってきてんだけど・・・倒しちゃってイイよな?』
 アキトの全索表シスが、01と03のライデン2機を捉えたのだ。
『いやいや、観客はゲームに参加しちゃダメさ。適当に相手してくれてればいいよ』
『だったら、こっちにセンプウ1機を囮用で寄こせや』
『まあまあ、こっちはもう少しで殲滅が完了するからさ』
 事実、敵のセンプウ06が撃破された後、センプウ3機対ライデン3機だったのが、センプウ3機対ライデン6機となり完全に均衡が崩れた。
 翔太は08のセンプウをあっけなく撃破すると、残り2機をゆっくり、じっくり包囲して倒す方針にした。
 ライデン6機への操縦負荷が減少し、センプウに投入する翔太のリソースが増加する。敵のライデン2機を簡単にあしらい、翔太のセンプウが受けていたダメージを上回る被害を与える。
『こういうのってよ。ワザと外す方が難しいんだぜ。反射的に撃とうとすると、撃墜させそうになんだよなー』
『大丈夫大丈夫、適当に撃ってればいいさ』
 アキトの不満に翔太は、適当に撃つのではなく、適当に返答した。
『適当に撃つと、中っちゃいそうなんだっ! アイツら、ワザと撃墜されたくて、戦術シミュレーションのコンピューターと同じよう動いてるとしか思えないぜ』
 アキトはエンライで牽制する度、2射目のタイミングを後にずらしている。牽制射撃で思い通りの軌道を宙へと描いてくれるライデンを、反射的に撃ち抜きそうになるのだ。
 翔太同様、アキトも自動慣性制御を切っているので、エンライからレーザービームが放たれると作用反作用によりラセンが動く。
 その動きも計算に入れ、アキトはレーザービームの1射目と2射目の光条が、脳に描けている。これは、アキトの優れた空間把握能力と、先読みイメージ能力によるもだった。
 翔太も、ある程度は把握できるのだが、アキト程の精度はムリである。
 ただ、空間把握能力も、先読みイメージ能力も、鍛えれば鍛えるだけ向上していく能力だ。翔太の持つマルチアジャストは天性のもので、余人に真似できない。・・・というより人外のスキルと言っていい。
『うんうん、アキトは出来る子さ。ちゃんと外してくれればいいよ。5分もしたら交代するからさ』
『5分・・・面倒だな』
『いやいや、5分ぐらいならエンライ使わなくても大丈夫だよね?』
 アキトは素早く脳内でシミュレートした。
 その結果を口にする。
『装甲に傷がつく』
『まままあ。シミュレーションだからリセットすれば、直ぐにキレイになるさ』
『オレのプライドも傷つく』
『それなら千沙に慰めてもらえばいいのさ』
『そんなんで癒されるかっ!』
 アキトの突然の大声は、照れ隠しの表れだった。
 この時点で、翔太に軍配が上がる。
『あぁ~あぁ~。この通信を千沙が聞いていたら傷つくだろうなぁ~。聞いてなくても喋っちゃいそうだなぁ~』
『・・・3分だけだぜ』
『う~ん、仕方ないね。了解さ』
 会話を聞いていた風姫が、表情を曇らせ大型ディスプレイを眺めていた。心なし華やかな金髪までもが、色を喪ったかのようにくすんで見える。
 千沙は複雑な表情を浮かべていた。アキトは癒されないと言ったが、千沙が傷つくと翔太に指摘されると、直ぐに妥協したからだ。
 ゴウとジン、彩香は2人の仕上がりに満足しているようだった。ただ、それぞれに意味合いは違った。
 ゴウは選抜軍人にコウゲイシ操縦取得の重要性を語れるから・・・。
 ジンは2人がルリタテハ王国の戦力として計算できるから・・・。
 彩香は風姫の護衛として2人を計算に入れられるから・・・。
 そんな講義スペースから離れた位置にいるネルソンは、愕然とした表情でイスに凭れかかっていた。
 受講者席は講義スペースと全く同じ設定にしてある。そのため、アキトと翔太が適当に会話しながら、同期のサムライが撃破している様子が、手に取るように分かる。実力差がありすぎ、同期の敗北は確実だった。
 ネルソンには衝撃的すぎて、この状況を説明する言葉が思いつかない。
 シミュレーションを終えた時、負けた同期にかける言葉は、尚更思いつかない。
「ネルソン」
 沈み込んだ思考が後方からの声に反応できなかった。
「ネルソンッ!」
 自分を呼ぶ強めの声で、ネルソンは呆然自失から立ち直った。
「ん、ハリー。向こうはもういいのか?」
「全く参考にならない」
 ネルソンの隣の席に座りながら、ハリーは返答した。
「どういう意味だ?」
「あんな操縦、他の誰にもできない。セミコントロールマルチアジャストは、人外の御業と言わざるを得ない。操縦する機体が高速で変わるのに、機体の動作が途切れ途切れにならないし、機体の違いも全く苦にしてない。7機操縦してるにも関わらず、1機の戦闘力が、自分を上回るんだから・・・。宝講師の操縦を、あれ以上みてたら自信を失くすどころか、パイロットを辞めたくなる。機体の動きは参考になっても、操縦については全くといって良い程、参考にならない。それなら、新開教授の操縦の方が、参考になると考えて・・・。ちょうど玲於奈とクロードが2対1に持ち込もうとしてるし、玲於奈たちが、どう撃破されるのか見学にきた」
 03はクロード・シモン。
 彼は単独の操縦技術は10位に入れなかったが、2機1組や4機編隊の時、巧みな支援と間隙をついた攻撃が上手いのだ。サポート役として適任のクロードと玲於奈のコンビでも、ネルソンとハリーはアキト1機に勝てないと踏んでいる。
「玲於奈たちが、2対1でも負けると考えてるのか?」
「考えてる。ネルソンは違うのかい?」
「認めたくはないよな」
「全く・・・」
「だが、現実は直視する。自分が戦う時のために、策略を練っとかないといけないしな」
 2人の意識がアキトのラセンに向いていた。その間に、翔太は6機のライデンで、02と07、2機のセンプウを包囲し1機を撃墜した。しかも翔太のセンプウは、04と05、2機のライデンを1機で圧倒しながら・・・。
 戦況が一気に傾く刹那。アキトが翔太に声をかける。
 もちろん、狙いは翔太の攻撃タイミングをずらし、一気に勝敗が決するのを阻止するためだ。
『翔太、あと1分だぜ』
『いやいや。3分まで、あと2分あるかなぁあ』
『1分後には、そっからこっちに向かわねぇーと、間に合わねーよなーーー』
 翔太の戦場は敵陣。
 アキトの戦場は自陣の奥。
 時間的距離にするとセンプウの最大出力でも1分以上かかる。少し近いライデンが武装をパージして向かったとしても1分は必要だろう。
『まあまあ・・・一旦落ち着こう。深呼吸でもしてさ。ほらほら、大きく息を吸ってぇ~。吐いてぇ~。はい、あなたは撃墜されたくなる~』
 翔太は攻撃の好機を逃したのだ。
『なるかっ! あと43秒経っても加勢に向かってこないなら、攻撃態勢に入るぜ。撃墜すんのは、ちゃんと1分40秒以上経過してからにしてやるよ』
 経過時間をあわせる必要のない状況で、アキトはタイマー起動していたのだ。
 翔太との話し中でも、アキトは秒単位で時間経過をキッチリ伝えた。
 翔太は無駄だと分かりつつも、アキトを説得すべく口を開く。当然、選抜軍人の機体への攻撃は手を緩めていない。それどころか、被弾覚悟の攻撃へと切り替えていた。
『観客は大人しく観劇すべきさ』
 苛烈な攻撃に切り替え集中してても、軽口を叩けるのが翔太だった。そして、時間内の殲滅と交渉を同時並行してリスク軽減を図るのは、流石に一流のトレジャーハンティングユニット”お宝屋”の一員である。
『ムリヤリ舞台に上げられたんだぜ』
『お宝屋主催の舞台は、いつも断ってるのに矛盾を感じるね』
『お宝屋主催の舞台は、人生まるごと提供だろ。オレにはオレの人生設計があんだぜ』
 3軸砲火の応用版、6軸砲火の体制を整え、02のライデンの機体をただの的にする。余裕が生まれた翔太は、アキトに揺さぶりをかける。
『またまた。ルリタテハ王家の強要に対し新開家の圧力で対抗してもらい、妥協の結果で教授にならざるを得なかった人物の台詞とは思えないね。それにさ、往生際悪く学力検査に合格しているのを隠していたのもどうかと思うな。そんなの、調べれば直ぐにバレるのにさ』
 翔太の操る6機のライデンから、エンライのレーザービームが斉射された。
 しかも1機あたり0.1秒タイミングをずらし、0,6秒で一斉射となり、回避しづらくしている。6機による一斉射ごとに、02のライデンは破損個所を比較級数的に増やしていった。
『学力検査の有効期限は切れてたんだぜ』
『無駄な足掻きって知ってるかな? ああ、そうそう。言語として、意味として知ってるのは分かってるよ。ボクが言いたいのは、昨年のアキトの状況が、そうだったってことをさ。まあまあ、もう済んだことだし~。ボクはアキトがお宝屋の舞台に戻って来れるよう、こうやって協力してるんだけどね~』
 翔太の調子に乗った声と良く回る舌に、アキトは反論もせずにいた。
『・・・0だ。翔太』
 アキトが宣告してから3秒後に、翔太は02のライデン機を撃破した。そして、ライデン2機をセンプウへの加勢へ、ライデン4機をアキトの下へと向かわせる。
 しかし、既にアキトは攻撃の布石を打ち終えている。翔太のライデン4機が到着する前に、01と03のライデンをアキトのラセンが撃墜し、決着しているだろう。
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