第11章-4 日常時々トレジャーハンティング

文字数 11,509文字

 アキトが格納庫で作業している時・・・。
「アキトくん。夜食を持ってきたよ~」
 千沙が格納庫に入ってきた時、アキトは壁の大型ディスプレイに映し出した設計図を見つめ、思考を重ねていた。
 3Dホログラムは全体を俯瞰するには良い。しかし、微に入り細を穿つような検討には不向きであった。大型ディスプレイは設計図を固定表示させたまま、近づいたり横に移動してたりして確認できる。それに体を動かしながらだと、ふとした瞬間に良いアイデアが閃くこともある。
 声の方に顔を向けると、おにぎりを盛った皿とポットを手にした千沙が、ゆっくり歩いていた。
「おお、ありがと」
 にこやかな千沙の笑顔に、ひりつく緊張感を纏っていたアキトの雰囲気を和らぐ。
「休憩しないの?」
 遠慮気味に千沙が訊いてきた。
 ホントは、もう少し作業を進めたかった。だけど千沙は、せっかく夜食を用意してくれた。その気持ちには応えるべきだな。
「そうだな・・・夜食もきたし休憩すっか」
 アキトは夜食を受け取り、8角形の打ち合わせ机へと歩く。机には1辺ごとに固定されたイスが1席ずつある。しかし、大型ディスプレイのある壁側にはイスがない。打ち合わせ机に検討個所を表示させ、全体を確認するときは大型ディスプレイに視線を向けるからだ。
 ただ打ち合わせ机が8角形なのは、七福神に因んでイスを7席にするための”お宝屋”特別仕様なのである。普通の打ち合わせ机は、正角形か長方形だ。
 アキトは大型ディスプレイが正面となるイスに、千沙はアキトの左隣のイスに腰を下ろした。
 2人の周囲から徐々に、平穏で安心感に満たされた空間が形成されていく。惑星ヒメジャノメの自然環境や、共通の友人の近況、惑星ヒメシロに帰還した後にやりたい事など、色々と取り留めもなく話をした。本当に大した意味もなく、他愛もない話だった。
 2人の雰囲気のそれは、恋人といっても違和感がなかった。
 そこに次々と邪魔が入る。
「やあやあ、アキト。調子はどうだい?」
「調子は良いぜ。今、邪魔が入ったけどな」
「千沙と2人っきりが良いというなら遠慮するさ」
 刹那、思考を巡らせたアキトは、少しだけイヤそうな表情を浮かべながら翔太に訊く。
「・・・そうだぜ、と言ったら退散するのか?」
「うんうん、それはムリだねー。遠慮はするけど退散はしないよ。どのくらい中が進捗したか気になって仕方ないからね。だからさ、教えてくれないかな?」
 翔太に続いて風姫と史帆までもが格納庫に現れ、打ち合わせ机へとやってきた。
「それは、私も興味あるわ。2人の仲が進展したというのは、どういうことかしら?」
 翔太、風姫、史帆の3人は、偶然に集まったという訳ではない。アキトの休憩に合わせ、格納庫を訪ねようと話し合っていたのだ。そして千沙が夜食を運び、しばらく戻って来なかったので、アキトが休憩していると判断したのだ。
「おー、風姫。タイミングがイイぜ。ちょうど話がしたかったんだ」
 軽い口調だったが、アキトの表情は真剣だった。立ち上がり風姫の前へと進み出る。
「なにかしら?」
に対峙した。
「風姫は王位継承順位第八位の王女殿下だろ?」
「そうよ。今頃になってルリタテハ王家への忠誠心でも芽生えたのかしら?」
「ああ・・・オレは風姫を護るために、オレにしか出来ないことをすべきだと気づいたんだ。だから・・・どうしても風姫から許可を貰いたい。これは必要なんだ」
「私の許可が必要?」
 風姫は平静を装っていたが、声は上ずっていた。
「ああ、必要なんだ。それに凄く重要で、あまり公にはできない。だけど、オレは覚悟を決めたぜ。風姫を護るために必要なことは、たとえ王家であっても説得してみせる。けどな・・・それには、まず風姫に話しておきたかったんだ」
 風姫は顔を逸らす。アキトから視線が外れ、偶然にも千沙と視線があう。
「千沙の前で何を言ってるのかしら? アキト。こういうことは・・・そうだわ。私の部屋で・・・」
 何故か風姫は慌てふためいていた。
「いいえ、部屋に2人っきりというのも・・・ちょっとね。そう、外で2人で話すのはどうかしら?」
「オレは真剣なんだぜ。それに、みんなにも説明しておきたい」
「わ、私は王女よ・・・断るしかないのかもしれないのよ。それなのに、みんなの前でいいのかしら?」
「断られても構わない。オレは自分の信じたとおりに行動するぜ」
「ちょっ、ちょっと心の準備を・・・そ、そうだわ。黙っているより、みんなには協力してもらった方が良いわね」
「カゼヒメ。たぶん、お互い別の話をしてる」
 アキトと風姫の話を聞きながらも、史帆は翔太を見ていたようだ。どうやら翔太の浮かべている邪悪な笑みを見て気づいたのだ。
 そしてオレも気づいた。
 オレの言葉は非常に紛らわしかったのだろう。
 風姫が告白と勘違いさせても仕方ない程に・・・。
「GE計測分析機器の改造許可が欲しいんだ。風姫を護るためにもな」
「・・・勝手にすれば」
 風姫は不機嫌だった。しかし、少しぐらい不機嫌でも、風姫の持つ可憐さと美しい所作は全く揺るがない。むしろ切れ長の風姫の碧眼に睨まれ、それに悦びを感じる人達が一定数いそうなぐらいだ。
 むろん、オレは違う。
「許可をもらったと考えてイイんだな?」
 不愉快な表情と声色を隠しもせず、風姫は言い放つ。
「それでいいわ」
 緊張の解けたアキトは席に戻って大きく息を吐き、机に突っ伏しながら皆に聞こえる独り言を発する。
「これで犯罪者にならずに済みそうだ」
 ヤバい・・・。
 風姫に聞こえた?
 考える暇を与えるのはマズいぜ。
 最重要ミッションの開始だ。
「風姫、これは重力元素開発機構とオレが交わしたGE計測分析機器の使用許諾契約書だ」
 机上に表示させた契約書は図が8つ、文字数は1万に満たない。
 風姫は早速、目を通し始めた。
 それを遮るようにアキトは変更箇所の説明をする。
「・・・という訳で、要諦はGE計測分析機器の改造の許可と、特許権などの正当な評価。変更内容は、これだけだぜ」
「本当に、それだけかしら?」
 風姫はオレに疑いの視線を向け、刺々しい声をで訊いてくる。
「ああ、ルリタテハ神に誓ってな」
 誓いを破っても、まーったく心が痛まないぜ。なんせルリタテハ神は現ロボ神”ジン”だしな。
「そうね・・・それなら安心だわ。おかしな真似したら、必ず天罰が降るしね」
「・・・ああ、決まりだな。契約を頼むぜ」
 風姫は机上に表示させてた契約書に手を置き、キーコードを脳内で再生する。すると契約書が輝き始め、ファンファーレが鳴り響いた。
「なに?」
「どうしたのかしら?」
 ファンファーレが鳴り終えると机上の輝きは失せ、契約書に一条風姫の名とルリタテハ王国歴年月日時分秒が刻まれていた。本来はルーラーリング・・・風姫はロイヤルリングだが・・・から人を一意に識別できる生体情報を契約書に埋め込む。そして氏名とルリタテハ王国歴年月日時分秒が、契約書に表示されるだけなのだ。
「この打ち合わせ机は、お宝屋の特注だぜ」
「あー」
 納得した声が史帆から聞こえ、翔太は嬉しそうな表情で返答する。
「いやいや、そう感心されると、僕だって照れるなぁー」
「本当、呆れるわ」
「契約成立おめでとうの合図だよ。盛り上がるでしょ? アキトが設定してくれたの~」
「アキトが・・・」
 風姫からの冷たい視線は甘受する。
 オレだってバカバカしいと思ってるんだぜ。けどな、使用許諾契約書から風姫の思考を即座に切り離さなければならなかったんだよ。
 オレは捕捉文書の説明をしていないからだ。捕捉文書の説明をしていない契約は、無条件解約できる期間が1日ある。
 しかし契約してから1日経てば、契約書の捕捉文書も読んだと見做されるのだ。
 使用許諾契約書の捕捉文書には、GE計測分析機器のマニュアルが入っている。そのマニュアルを読めば技術に疎い風姫でも、GE計測分析機器に対して改造と特許を厳しく制限している理由を察するかも知れないからだ。
「それに、ルリタテハ王国の門外不出の機密を覗けるなんて、すっげぇー楽しみだぜ。早速分解して、リバースエンジニアリングすっかな」
「いやいや、アキト。まずはアレの説明を聞かせてくれないかな」
 翔太は壁のディスプレイの1ヶ所を指差し、アキトに真剣な眼差しを向ける。そこは、アキトが新しく考案したオリハルコン通信技術の核を成す箇所だった。
「スゴイ。翔太君はマルチアジャストだけでなく、技術にまで明るいなんて・・・」
 何を言ってんだ史帆は?
「幼い頃からの翔太君の努力。その努力がマルチアジャストと技術力に繋がっていると・・・」
 史帆は最後の言葉を音にせず、口の中だけで呟く。
「素適」
 まあ、友人の評価を落とすような発言はしないでおいてやるぜ。
 どうでもイイことだしな。
 史帆の独り言にしては大きな声を無視し、アキトは翔太に説明しようとする。しかし翔太は、実の妹から告発を受けた。
「あのね、史帆さんは勘違いしてるよ」
 史帆は戸惑っていた。
 千沙から聞いた話が元になっているだけに不可解であり、史帆は複雑な表情を浮かべ言葉の続きを待つ。
「翔太のマルチアジャストは純粋に才能だよ・・・というか固有スキル? というか特殊人間なの」
「でも・・・訓練は?」
「うん? 訓練は整備とか修理とかのだよ~。操縦は最初からできてたし・・・それに整備とか修理は、アキトにコツとか教わっていたの」
「そうそう、機械の設計思想を理解し全体を見るんだって散々言われたねー。部分最適の修理や、何も考えず実施する整備なんて、対処療法で健康体の維持にすらならないぜってさ」
 史帆の翔太に対する好感度が、少しだけ下がった。

 5人とも打ち合わせ机の備え付けの席に腰を下ろし、お茶しながら話に花を咲かせる。席は翔太、千沙、アキト、風姫、史帆の順で、アキトは壁ディスプレイの正面に陣取っている。そして花が咲いている話は、学生時代の訓練内容についてだった。
 千沙が一通り翔太の訓練内容を公開し、アキトが補足説明という名の追い打ちをかけた。しかし、翔太は涼しい顔で聞きつつ、時には自らの怠慢を暴露し、昔の策略を披露する。
「いやいや、僕が修理とか整備とかの訓練するよりさ。お宝屋にアキトを入れちゃえば済む話だよね? つまり努力するとこは、アキトをお宝屋に勧誘することじゃないかな。アキトがいれば、宝船や七福神は安心。僕は楽ができるし面白い。千沙は喜ぶ。ゴウ兄は商売が上手くいく。万事解決さ」
 翔太にとっては、暴露しているというより、自慢話をしている感覚らしいのが、あたしには理解できないなぁ~。
 良く言えば正直なんだけど・・・。
 相手に対する気遣いが、全くないんだよねぇ~。
「オレはもう、お宝屋じゃないぜ」
「また入れば良いだけさぁー」
 翔太から今日一番の笑顔を向けられたアキトは、言葉に詰まり天を仰ぐ。
「それよりさ、アキト。僕の心と体に何をしてくれたのかなぁー? 今までとは明らかに感覚が違うんだよね。敏感になっただけじゃなく、世界が広がったっていうのかな?」
 風姫と史帆は、徐々に顔を赤くしていった。
 風姫は嫉妬心と怒りから・・・。
 史帆は羞恥心と羨望から・・・。
「何ていうか、調子が良いというか、具合が良いというか、開発されたっていうか。とにかく凄いんだよねぇー」
「なあ、翔太。それってマルチアジャストの話だよな?」
「それ以外の何だっていうのさ?」
「う~ん? あたしとアキト以外には、マルチアジャストと別の話のように聞こえたみたいだよ~」
 ため息を1つ吐いてから、千沙は言葉を継ぐ。
「やっぱり普段から芝居を意識するのは、コミュニケーションに影響があるよね。あたしは、やめた方が良いと思うの」
 史帆が俯きがちに何度か頷き、風姫は翔太を睨みつけた。
 そーだよねぇ~。
 そーなるよねぇ~。
 学校に通ってる時も、翔太に沢山の女子がすり寄ってきたけど、最後まで傍にいたのは2,3人ぐらいだったな~。思春期なのに、翔太の発言にはデリカシーがないんだよね。男友達も変なのしか残らなかったし・・・。
 アキトが愛想を尽かさなくって、本当に良かったの。
「そうそう、それでさアキト。あのシミュレーションの秘密はなんだい? 操縦に緩急をつけるのと、機械のステータスを常に把握して、性能の限界を超えないようにする・・・だけど、これだけじゃないよね? なにせ、すっごく疲れるのさ。他に何を仕込んでるのかな?」
 千沙の忠告に耳を傾けたのか、翔太はアキトから聞き出したい内容を言葉にした。
 しかし、千沙は知っていた。
 単に、あたしの相手をするのが面倒臭くて、話を進めることにしたんだね。本当に女子の扱いが適当なの・・・。
 このままだと異常性癖の腐女子にしか、翔太は相手にされなくなると思うな~。
「空間把握能力を鍛えらるようにしたぜ」
「なるほどなるほど・・・。なんだって?!」
 あぁ~~。理解できなてかったんだ~。
「空間把握能力を鍛える」
「なんだって?」
 アキトくんは相変わらず優しいなぁ~。
「空間把握能力」
「なんだって?」
 翔太の理解できてない箇所を絞り込んで訊いてあげてるんだもの。いつまでも翔太の親友でいて欲しいな~。
 千沙は翔太の男友達は変なのしか残らなかった、という思考をすっかり棚上げしていた。誰しも自分の心を客観視はできないため、仕方ない側面もある。
 それと千沙の思考には、桃色フィルターがかかっていてアキト酔いの状態なのだ。それ故、どうしても明るく都合の良い未来に想いを馳せてしまう。
 そう、それで~あたしとアキトは、10年後ぐらいに結婚するの。
「そこかよ・・・。ああ、説明すりゃあ、イイんだろ。説明すりゃあーよ」
 翔太の疑問が空間把握能力だったと見て取ると、アキトは心底呆れた声をだした。
「そうそう、流石はアキトだ。相変わらず良い判断をしているねぇー」
 何故か得意満面の顔で翔太は、アキトに大きな態度で説明を要求する。
「さぁーってと、よろしく頼むよ。親友」
 翔太の軽薄な口調は、まさに親しい友達へと向けたものだった。アキトは親しくない友人に勉強を教える雰囲気を漂わせつつ口を開く。
「空間把握能力は、その名の通り空間の何処に何があるかを把握する能力だ。何処に何があるか把握できれば、コースと速度が決定可能だよな。あとは、その通りに疾走するだけだぜ。だが、空間の状況は刻々と変化してくから、常に感覚と頭脳に負荷がかかるんだ。それが自分の操縦する機体だけなら、まぁー楽勝だろうけどな」
「そうかそうか、1機が2機に。2機が3機に、と機体が増えていくと大変だということなんだね」
「しかも幾何級数的にだぜ」
「なるほどなるほど・・・できるかっ!!!」
「できるぜ。翔太ならな」
「まあ、できなくはないかな。今までより10倍は疲れるけどさ」
「ああ、少し言葉が足りなかった。面白特殊人間の翔太なら問題なく対応できるぜ」
「そうそう・・・って、なんですと?」
 アキトと翔太の低レベルな言い争いが始まったのだ。
 あ~、懐かしい雰囲気だよ~。あたしの家に訓練しにきてた時みたいなの。
 嬉しいな~。
 楽しいな~。
 いつまでも、このままが良いな~。
 惑星ヒメジャノメから脱出できない現実を気にせず、千沙は幸せに浸っていた。しかし、風姫の質問が現実を直視させ、場の雰囲気を引き締める。
「それより、アキト。私を護るためって言って契約書にサインさせたわよね? GE計測分析機器に、どんな改造をするのかしら? その改造によって、どうやって私を護るつもりなのかしら? 私には、知る権利があるわ」

 翔太との舌戦を中断して、アキトは顔の向きを右から左へと変えた。
「もちろん、風姫には知る権利がある」
 視線に風姫を捉えたアキトは断言した。続けて、意地の悪い笑みを浮かべながら、風姫に皮肉な口調で突き放すように言葉を続ける。
「テメーが理解できるかは別だけどな」
「私に理解できるよう話せば良いだけだわ。アキトは知っているはずよね。すでに私は学力検査をパスしているから、すぐにでも大学に入学できるわ」
 風姫にルーラーリング適合率測定調整装置の説明をした時の光景が、史帆の脳裏に再生されていた。
 頭は良いけど、理論派すぎ。技術に対する理解がなさすぎる。技術の泥臭さとか、積み重ねによって実現してきた現実を理屈だけでなんて説明できない。
 だから、すっごい大変だった。
 技術者でないカゼヒメに、技術を理解できるように語るのは、ウチでも難しい。アキトにできる? どうしてか、おじいちゃんはアキトを高く評価してたみたいだけど・・・。
「道理だな・・・だが、レベルが違いすぎるぜ」
 アキトは技術よりのトレジャーハンターだけど・・・・レベルが違うって、それほどだった?
 適当な説明だったら、ウチがしっかり指摘しないと・・・。ルリタテハ王国王女のカゼヒメに、間違った知識を教えるのは、あまりに不遜。
 それにしても、お宝屋は不敬に過ぎる。
「まあ、イイか。風姫は技術者じゃねーから、基本概念からいくぜ」
 基本概念との言葉に反応し、風姫は不満そうな表情を浮かべた。
 史帆は口に出さないが、否定的な思考がよぎった。
 基本概念?
 GE計測分析機器の改造の説明に?
 史帆の懐疑的な視線に、アキトは両拳に力を込め断言する。
「概念は大切だ。しかもだ。宇宙一のダークマター&ダークエナジー研究者から直接教えてもらった最新知識だぜ・・・自称だけどな」
 アキト以外の頭にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「誰のことかしら?」
 風姫の質問に、アキトは満足そうな笑みを見せ、答える。
「宝船にいるだろ。マッドサイエンティスト・ヘル、だぜ」
「ヘルさんて・・・アキトくんが認める程なの?」
「宇宙一・・・知らない人の話だわ」
 千沙と風姫は、言葉の内容以上に懐疑的な声色で尋ねた。
「まあまあ、性格と能力は全くの別物さ」
 冗談に聞こえてしまう口調で、翔太は本気で発言したのだ。
「そうかぁ~・・・う~ん・・・」
「ああ、そうだったわ・・・」
 千沙と風姫は呆れ声で応じてから、胡散臭いもの見るような視線を翔太に向けた。2人の視線から《お前が言うのか》という言葉が読み取れる。もちろんアキトの視線からも・・・。唯一人、史帆の視線には否定的な要素が含まれていなかった。
「あれあれ・・・僕は良いこと言ったよね」
 翔太に鋭い視線を突き刺してから、風姫はアキトへ質問を重ねる。
「それで? アキトは自称宇宙一の研究者から何を教えてもらって、どんな改造を施す予定なのかしら?」
「通常物質の4つの力は知ってるよな?」
「馬鹿にしている? 電磁気力、重力、強い力、弱い力だわ」
「なら、ダークマターとダークエナジーはどうだ?」
「斥力と重力ね」
「はい、風姫。大不正解おめでとう」
「教科書には、そう記述されてるはずだわ」
「いやいや、教科書が正しいとは限らないさ」
「あたし達は、新しい事実を発見する最前線にいるんだよ~。違和感には敏感に! 間違いは修正を! 知識は最新に! 経験は知恵に!」
「それは何かの標語かしら?」
「トレジャーハンターの心構えだぜ。そして、ダークマターとダークエナジーが、斥力と重力を発生させている・・・というのは、トレジャーハンターの誰しもが抱いている違和感なんだよ、風姫」
 アキトはコネクトを操作し、大型ディスプレイに映っている設計図の上に、概念図を重ねた。そこには通常物質とダークマター、タークエナジーの力関係が示されている。
「ヘルは違和感を解決する理論を提示したんだぜ。ルリタテハ王国の研究者の誰一人として論文発表されてない。いや提唱すらされたことがない」
 アキトはディスプレイの概念図を説明する気らしい。それが何になるのか?
 ウチには、全然意味が分からない。
 ふと史帆は、誰かからの視線を感じ、ディスプレイから目を離す。発生源は、悪意ある表情をしているアキトからだった。しかも、辛辣な言葉つきで・・・。
「視野の狭い技術者は、部分最適しかできない。一部分だけ良くなって、他の部分に負荷をかけるとバランスが崩れるんだぜ。全体最適を考えるには、周辺知識の必要性を理解すべきだな」
 誰も席を立つ気配がない。しかも、翔太は概念図に興味津津な様子だったため、史帆も不承不承ながら残ることにしたのだ。
「だから? アンタは勝手に話してれば」
 アキトに論破されて悔しかったのか、史帆は言い捨てて壁のディスプレイに目を戻した。
「まあ、嫌なら聞いてなくてもイイぜ。さて、と・・・」
 アキトが徐に人差し指を壁に向けると、緑色の光点が顕れた。ここの格納庫の壁ディスプレイはジェスチャーによってポイントしたり、書き込みしたりなど様々な機能を有する。これは新開グループ内で採用されている機能であり、特許によって殆どの技術要素を押さえている。しかも、特許料は非常に高額な設定のため、新開グループ以外は生産していないのだ。
 研究開発者や技術者が、実験や試験の後、すぐに結果を表示しながらディスカッションできので、極めて有用である。しかし非常に高額な価格設定により新開グループ以外では、水龍カンパニーなどの超大手でしか使用されていないのだ。
 光点は概念図の通常物質の記述部分をポイントしている。
「電磁気力は、ダークマターとダークエナジーに影響を与えない、というのが通説だった。だが、それでは説明のつかない現象が幾つもある。オリハルコン合金と電磁気による通信とかな。マクロの視点から見ると、通常物質ですら電磁気力の影響を受けない元素が殆どなんだぜ。つまり重力は、世にある全ての物質に影響を及ぼすが、そうでない力もあるということだ」
 アキトはダークマターへと光点を移動させ、説明を続ける。ここから翔太や千沙の質問に答えながら、1枚の概念図を説明するのに約1時間を要した。その間、理解するのに精一杯だった史帆は、1つも質問できなかったのだ。
「・・・理論を事実として、GE計測分析機器に改造を加える。ポイントは、オリハルコン合金とヒヒイロカネ合金を用いて開発する不可侵力通信機能だぜ」
 史帆は初めて理解し実感した。
 最初に決められた目的を持つ機械を整備する事と新規開発の違いを・・・。
 機械の開発目的を知ってこそ・・・つまり、その機械の全体像を理解してこそ効果的な整備が可能で、新規機能を追加可能である事を・・・。

 アキトの説明は、本当に概念というか、初歩というか・・・しかし、それは重要ポイントであり、さわりの部分だった。
 通常物質固有の力は”電磁気力”。
 ダークマター固有の力は”不可侵力”。
 ダークエナジー固有の力は”幽谷力”。
 ヘルは、そう名付けていた。
 ネーミングセンスをマッドサイエンティストに求めるのは酷だろう。そう考え、仕方ないと自分を納得させていた。しかし風姫達への説明で不可侵力、幽谷力という単語を口にする度に、アキトの羞恥心が刺激された。
 もちろんオレは苦言を呈し、再考を強く要求していた。
「ダークマターとダークエナジー固有の力の名称に、特徴を表しているとかの意味はあんのか?」
「特に意味はないなぁ。最初に付与した名をジンからNGとされたのだ。強いて言えば、意趣返しとして、ジンに縁のある言葉から適当につけてやったぐらいだ」
「すっげー意志入ってるよな?」
「しかーし、言葉には意味がないのだっ」
「意味はなくても、由来はあんだろ?」
「良いかぁあああ。ダークマターの力にはシュテファン。ダークエナジーの力はヘル。我輩はそう名付けた。天才科学者である我輩の名を永遠に残す・・・。これこそが唯一にして最適解だったのだ。しかしっ・・・ジンはダメだと譲らない。ならばと、ジンに縁のネーミングをプレゼントしてやった。幽谷はダークエナジーを利用した幽谷レーザービームからとってやった。神聖にして不可侵の存在であるルリタテハ王国唯一神に因んでやった」
 ヘルにとってもジンにとっても、不幸なのか幸運なのか? 少なくとも周囲には迷惑を撒き散らしてんな。
「それって当てつけだよな。再考の余地ありだぜ」
 名付けは発見者の特権だ。
 余程でない限り却下などされないし、発見者の名が付くのは珍しいことじゃねぇー。
 当てつけしたくなる気持ちは良く分かる。
「我輩は既に専門書として完成させた、のだっ! 書籍名は”初めての不可侵力”と”初めての幽谷力”でぇえっあぁーーーるっ。この素晴らしい我輩の書籍は、ルリタテハ王国の王立大学の講座で使用されるのが決定しているのだぁあああっ!!! し、か、もぉぉぉだぁあああっ! この専門書の内容を中心とした複数の講座ぁがぁっ、来年よりカリキュラムとして組み込まれるぅうぅうううーーー!!! つ、ま、り、だぁあああっ、もはや名称の変更は不可能。この名が永遠に歴史に刻まれるの、だぁああああーーーーーー!!! そして我輩は研究室を構え講座を1つ主宰する。その講座名は”シュテファン・ヘルのエレメンツ総合講座”な、の、だぁああああーーーーー!!!!!!」
 ああ、そりゃ明確な理由だな。
 ヘルが名付けで譲歩したのは、自分の研究室を持つ為だったと・・・。
 あの後、ヘル劇場が10分間に亘り開演された。それは、お宝屋劇場が観客を如何に愉しませていたか思い知らされた一幕となった。役者として強制参加させられるのは、全力で拒否したいけどな・・・。
 ヘルによると、各物質に固有の力とはいえ、その物質で全く力の影響を及ぼさない元素も存在する。しかし、その力・・・電磁気力、不可侵力、幽谷力は互いに干渉する。
 オリハルコンが精神感応物質との所以は、不可侵力を発生させ、電磁気力と干渉し合うからだ。オリハルコンの不可侵波と脳内で発生する微弱な電磁波は、互いに干渉し合う。その干渉を活用しているのが、ルーラーリングなのだ。
 オリハルコンが発生させる不可侵力は、ダークマターの中でも非常に強力である。だからこそ人類でも発見できた。発見できたからこそ技術開発が進み、活用されるようになった。
 しかし電磁波と不可侵力の干渉より、電磁波と電磁波の干渉力の方が何桁も高い。それは不可侵力にもいえる。不可侵力と電磁波より、不可侵力と不可侵力の干渉力も桁違いなのだ。
 ヘル理論が正しいと仮定するとGE計測分析機器は重力波異常を捉えていたのではなく、不可侵力を観測していたのだ。いくらGE計測分析機器の理論を紐解こうとしてもムリな訳だぜ。
 だが今、GE計測分析機器の改造の許可がでた。ということは分解してもイイ。ルリタテハ王国の最重要機密を暴き倒してやるぜ。
 それに、それだけで済ませる訳じゃない。
 これは、GE計測分析機器に不可侵力通信機能を加える”改造”だ。改良じゃねーから、元に戻せるようにとか、機器の目的に沿うようにとか、一切考慮しないぜ。
 基礎技術検証用の実験機器として、徹底的に使い倒してやる。
 風姫は勿論のこと、史帆もオレの真意に気づいていない。翔太と千沙は完全に気づいているとオレには分かる。しかし風姫と史帆には分からないだろうな。
 翔太の表情は、いつもより2割増しぐらいの軽薄な笑みを浮かべ。千沙は概念図を机上に表示させ、表情を隠すように顔を下に向けている
 視野の狭い技術者と辛辣な言葉を投げ、史帆を格納庫から追い出そうとした。しかし史帆は格納庫に残った。アキトは巧みに”改造”を”改良”と同じ意味であるかのように誤解させたまま、説明を乗り切ったのだ。
 こんなことを考えながら説明していたアキトの顔には、少しばかり口角の吊り上った笑みが浮かんでいた。

 平穏な日常が、突然終わりを告げた。
 それは、アキトが予見していた終わり方だった。
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