第12章-2 結界攻防戦

文字数 10,227文字

 オペレーションルームの扉が開き、アキトはゆったりとした足どりで中へ入った。そして扉が閉まった瞬間、ヘルの許へと疾走し、威圧感たっぷりの声色で詰問した。
「おい、ラマクリシュナンが通路を歩いてだぜ」
 アキトの正面からでなく、背後から返答があった。
「通路を歩くのは別に構わないさ」
「そうだぞ」
 翔太とゴウの声だった。しかも気楽な・・・。
「そうじゃねー。白衣着て、荷物持ってたぜ」
「なんだとぉおぉおおーーー」
 漸くヘルは、事の重大性に気づいたようだ。
「そうだろっ!」
 満足気な表情に得意気な声色で、アキトは喰いつき気味に賛同を催促した。
「いいかぁあっ。白衣は、我輩のコ・レ・ク・ションなのっだぁあああーーー」
「そうなんだ・・・いや、そうじゃねー。なんでラマクリシュナンが一人で自由に歩いてんのかが問題なんだっ!!! それから今の時代に白衣なんて使うなっ!」
「我輩のコ・レ・ク・ションだっ!」
「ヘルよ、アキトには伝えなかったのか?」
「リーダーは貴様だろ。ならばぁああ、我輩は貴様にだけ許可を貰えば良いのっだぁあああーーー」
「いやいや、僕にも伝えてたよ」
「あたしも」
「ウチも」
「なんてこったぁああああああ」
 ヘルを無視してオレは風姫に尋ねる。
「風姫は?」
「知らなかったわ」
 ヘルを相手するのに疲れてきたのだが、本人に訊かないことには分からない。かなり面倒になってきたが仕方ない。オレは渋々と、ヘルに訊いてみることにした。
「それは一体全体、どういう基準なんだろうな? 教えてもらおうか、ヘル」
「王女の御心を煩わせぬようにだな・・・」
 ヘルに全部を言わせず、風姫が口を挟む。
「ホントはどうなのかしら?」
「教えなくとも、ケガなんぞしな・・・」
「良い度胸だわ」
 ヘルは口を噤んだ。
 流石にルリタテハの破壊魔を怒らせるのは得策ではない・・・というより、命の危険を毛のない肌で感じたようだ。
「うんうん。確かにヘルの言う通りだね」
「そうだなぁあ・・・それじゃあ、オレに伝えなかった理由も正直に答えてもらおうか?」
「今は緊急事態。我輩の雑事に皆を付き合わせるのは申し訳ないなぁあああ。後でも良いだろ?」
「ああ、緊急事態だな。だが、ラマクリシュナンが逃げったてのも緊急事態だぜ。何のつもりだ?」
「貴様こそ、なんで逃走を許した? 捕まえれば良かっただろうに・・・それともぉおーおっ、ラマクリシュナンに恐怖でも感じたか?」
 ヘルに話を逸らされているというのが分かる。が、厭味ったらしい挑発をされて黙っていられるほど、オレは大人じゃねぇー。
 つまりアキトは、子供なのである。
「オレはラマクリシュナンが、両手足に拘束リングをつけてたの見たぜ。それなのに通路を自由に歩いてたんだ。テメーに何がしかの意図があると推理した。どうだ?」
「ほっほぉおーーー、それだけかぁあ?」
「テメーは拘束リングの設定を変更できねぇーよな。であれば、ゴウか翔太の協力が必要になるはずだ。テメーの意図を挫くなら喜んでやってやるぜ。だがよ、ゴウと翔太が絡んでるなら別だよな?」
 ゴウに視線を移すと、悪役に相応しい笑顔を浮かべアキトに返答する。
「うむ、見事な推理だぞ、アキト」
「僕かゴウ兄じゃなく、僕とゴウ兄が協力者なのさ」
 翔太は一見すると好青年のような爽やかな笑顔で、自らの悪事を暴露した。
 まさか千沙もか、とアキトが猜疑的な視線を向ける。すると千沙は慌てて否定する。
「あ、あたしは違うよ~。アキトは知ってる~って言われてたの」
 千沙の肯定に、アキトは本気で心の底から安堵していた。千沙からの支援までなくなったら、お宝屋・・・主にゴウと翔太の暴走を制御できずトラブル発生は必至。これは予感というより確信だった。
「ああ、分かってるぜ。千沙が協力するなら、オレにも教えてくれるだろうしな」
「そうだよ。あたしはアキトの味方だもの」
 千沙の肯定に、アキトは本気で心の底から安堵していた。千沙からの支援までなくなったら、お宝屋・・・主にゴウと翔太の暴走を制御できずトラブル発生は必至。これは予感というより確信だった。
 トラブル上等の風姫と不確定要素のヘル。そして、どうにもトラブルに愛されているらしい自分の存在が不安を掻き立てる。
 トラブルを最小限に抑える為にも、状況把握をしておきたい。
「というこだぜ、ヘル」
「もう役に立ちそうにないからなぁあ。この際、恨み辛みを含めて過去の因縁を清算することにしたのだ。それには、ただ単に処分しても愉快ではないしなぁああ。我輩は、拘束リングの・・・」
 千沙の座っている情報統括オペレーター席のディスプレイに、拘束リングからの通信が表示された。千沙は内容を、メインディスプレイ右下に表示させる。
 拘束リングの位置が宝船から直線で200メートルの距離に達し、設定どおりレーザー切断を発動。4個の拘束リングは磁力操作で一塊に重なり、スタンバイ状態へと移行した。つまり拘束リングを着けられたいた人物の両手足首が切断されたということだ。
「しゃーねぇーなっ。収容しに行ってくるぜ」
「いやいや、無駄だよアキト。レーザーを最大出力にしてあるからね」
 それは、両手足首の切断は一瞬で、全く血止めされないということだ。
「うむ。俺たちは彼の冥福を祈ろう」
「・・・なるほどな」
 千沙の顔に哀惜の念が浮かぶ。
 オレの顔色にも、少しは心苦しいさが表れているだろう。
 オレが知っていると千沙に伝えたのは、きっとゴウに違いない。オレが聴いてれば反対しただろう。オレに配慮してくれたのか・・・。
 お宝屋も人死がでるのは好まないし、無闇やたらに人を傷つけたりしない。
 ヒメシロに帰還するとき、ラマクリシュナンが宝船にいると、ヤツが何某かのトラブルを起こしかねない。
 ラマクリシュナンを眠らせておくにしても、メディカロイドに突っ込んでおくしかない。誰かがケガをした際に困るし、最悪メディカロイドの初期化に時間を取られ、重体者の処置が間に合わなくなる。そういう可能性がある。
 このメンバー全員の安全を最優先に考えるなら、ラマクリシュナンは切り捨てるべき。ゴウがリーダーとして、己の責任で判断したのだ。
 こういう冷徹とも感じる冷静な判断をゴウは下せる。それはトレジャーハンティングユニットお宝屋のリーダーとしての能力である。オレがゴウに全く及ばない資質の一つと自覚している。だからこそオレは、一人でトレジャーハンターすることを選択したのだ。
「拘束リングの回収は後だ」
 ゴウの指示で、アキトは察した。
 全く気を遣えない男に見えるが、ゴウなりにアキトの気持ちを切り替えさせようとしているのだ。
「了解だ。それじゃ、手早く情報共有するぜ」

 TheWOCの機動戦闘団が結界を突破してから、約30分が経過していた。
 風姫はおとなしく、メインディスプレイにリアルタイムで表示される戦闘団の進撃を見守る。史帆はオロオロしながらも手持ち無沙汰のため、空いているオペレーター席でデバッグ作業を実施。ヘルは自分の研究成果を整理している。オペレーションルーム内で一番物理的に動いているのは、限定人工知能搭載の調理機器”クックシス”だった。
 翔太は、格納庫に設置してある翔太専用七福神リモートコントロール機に待機している。
 アキトとゴウは千沙の席の傍らで、珈琲カップを手に持ち3人で惑星ヒメジャノメについて語り会っていた。
「ここ数週間分のデータだけだが、この地域であれば既に人が住めるぞ。無論、惑星ヒメジャノメが最低1周公転したデータを収集してみる必要があるだろうな」 
「あーっと、そうだな・・・」
 千沙の席の端末に自分のコネクトを接触させ、惑星ヒメジャノメに辿り着いてから収集したデータをアキトは表示させた。当然、生データではなくグラフやデータをサマリーし、それぞれの分析に対してコメントを付与していた。
「ここのデータからすると惑星コムラサキよりも、ずっとイイ環境だぜ。公転軌道と地軸の傾きも許容範囲内のようだな」
「適度な季節変化も期待できるよ~」
「うむ・・・これならコムラサキより先に、ヒメジャノメを開拓するとの政府決定が下されても可笑しくないぞ」
 千沙はオペレーター席のディスプレイに、トレジャーハンティング用の限定人工知能が試算していた結果を映す。
「あたしはオリハルコン鉱床の探索より、惑星ヒメジャノメの環境調査を提案するよ~。確実に利益を見込めるトレジャーハンティングで、ゴウにぃとアキトくんの2人が大好きな冒険になるの。今までの惑星ヒメジャノメの調査データから推測すると・・・え~っと、ね。小さなオリハルコン鉱床以上の収入になるのは間違いないよ~」
 試算結果の表示と共に発せられた千沙の発言には説得力があった。収入だけでなく、それぞれのトレジャーハンティングにかかる必要経費も計上されていて、推定利益額が一目で分かるようになっていたからだ。
 お宝屋の財政全般を担当している千沙は、必要経費を詳細に把握している。そのため必要経費を項目ごとに表示させていた。
 惑星ヒメジャノメにくる前だったら、アキトは完全に納得していただろう。しかし、お宝屋が新開家と繋がっていることをアキトは知った。しかも宝船は新開グループの最新技術の塊であることを知った。
 宝船のメンテナンス費用は明らかに桁が違う。2桁は低く計上されていると、アキトは推測していた。それはアキトがトレジャーハンターとして独立し、恒星間航行小型宇宙船”ライコウ”を運用した経験からの試算だった。
 しかし、このアキトの推測は間違いだらけであった。なぜなら、新開家が裏から色々と手を回し、ライコウのメンテナンス費用は低く抑えられていたのだ。
 それに宝船は、新開グループの最新技術ばかりのため、純正品を用いるしかない。たとえ純正品以外の部品が存在したとしても、お宝屋が使用する必要はない。新開グループの部品は、無償提供されているからだ。つまり千沙の計上しているメンテナンス費用は、新開グループ以外の部品だけなのだ。
 その結果、宝船のメンテナンス費用は4桁以上低くなっているのだ。
 TheWOCの脅威が喫緊に迫っているにも係わらず、緊張感の全くない3人の会話に風姫が耐えきれなくなった。
「何を呑気にテラフォーミングの状況について語り合ってるのかしら? TheWOCの機動戦闘団が侵攻してきてるんだけど? もうすぐ結界に接触する状況だわ。理解してるのかしら? 地に足のついた議論をしないと足をすくわれるわよ。私が・・・」
 ふと、風姫は気が付いた。お宝屋とアキトの視線が集中していることを・・・。
「何? 私の顔に何かついてるのかしら?」
「目と鼻と口がついてるよ~」
「いいや、正確を期すなら目は2つだぞ」
「目つきがキツイというのも追加すべきだぜ。性格を表現するのに最適だからな」
 風姫の機嫌は急速に下方向へと傾いていった。その低気圧によって、今にも旋風が巻き起こりそうな雰囲気に、アキトは宥めるような口調で話す。
「なあ、風姫。お宝屋っていうトレジャーハンティングユニットを、そろそろ理解してもイイんじゃねぇーか?」
「何を? どんなところを、かしら?」
「トラブルに嬉々として突っ込んでいくけどよ。振り回されっぱなしでホント疲れるしな。いつでも全力で冒険すっから、全員のスキルが向上すんぜ。攻めすぎて能力ギリギリの冒険になってっから危険も一杯だな。うん? えーっと・・・」
 フォローするつもりで話をしたアキトだったが、正直に自分の感じるままを言葉にしてしまったらしい。アキトの偽悪的な思考の所為で、短所の方を多く口にしていた。
「聞けば聞くほどに、駄目駄目なトレジャーハンティングユニットだと理解できるわ」
「どんなトラブルに遭遇しても対処できるよう、準備だけは怠らねぇーんだぜっ!」
「い、い、かぁあぁあああーーー。貴様らお宝屋は色々な意味で、手遅れっでぇええっ、命知らっずぅううっ。愚かにもほどがあるぅううううっ。しかぁーーし、嫌いではなぁーーいっ。さあぁああ! 我輩は喜んで手を貸そうではないかぁあぁあーーーー」
 ヘルが唐突に、叫ぶような声で発言したのだ。
 全くもって自分勝手なマッドサイエンティストである。さっきまで己の研究成果を整理していたのだが、一段落ついたので自分の疑問を解消するため発言なのだ。そう、話の流れをブッた切っての乱入である。
「結界とは絶対防衛線ではなかったのか? それとぅーもぉっ、このコネクトのコモンベース翻訳の登録単語が古いのかなぁああ?」
 アキトたち全員はヘルを無視をしたかった。しかし無視すると、もっと面倒になるのでアキトが一言で答えた。
「使い方が悪いんだろうぜ」
「なんだと?」
「民主主義国連合でいうバリアでイイんだぜ」
「うむ、アキトの言うとおりだぞ。戦闘だからってシールドへと翻訳を変更し、わざわざ意訳しようとして、アブソリュート・ディフェンス・ラインとでもしたのか?」
「違うのか?」 
「ふむ、そろそろだな。まあ見てろ」
 ゴウがアキトに目配せすると、メインディスプレイが無数の6角形に分割された。その1つ1つの画面に、TheWOCの機動戦闘団の進撃の様子が、様々な角度から映し出されている。
 TheWOCの1個即応機動戦闘団は、機動歩兵科1個中隊200名、人型兵器バイオネッタ1個大隊32機、戦闘機カヴァリエーレ2個小隊16機、偵察機チェーロ6機の規模になる。そして機動歩兵科200名は、兵員輸送用オリビー10台に分乗している。
 機動戦闘団は結界内に、薄く広く立体的に浸透していた。
 その薄く広くが災いする。
 翔太がリモートコントロールしている七福神ロボの3方向からの同時攻撃で、偵察機チェーロ4機を撃墜したのだ。

 翔太は自分専用の七福神リモートコントロール機内で、ゴウたちが惑星ヒメジャノメの環境についての会話に参加しなかった。ただ、聴いているのみで、非常に珍しく口を挟まなかったのだ。TheWOCの偵察機を初撃で、1機でも多く撃墜するためにタイミングを計っているからだ。
 今回、七福神ロボは拠点防御を目的としていない。ゆえに結界を効率よく維持するため、七福神ロボ同士は、適度に距離を空けて配置している。
 さて、と。現在、七福神ロボは3機・・・弁才天に福禄寿、毘沙門天が敵を攻撃可能かな。ただ、複数機をセミコントロールマルチアジャストで操縦すると、どうしても精度が落ちてしまう。
 ゴウ兄からは初撃で最大限の効果・・・要は、より多くの偵察機を撃破するよう要求されているんだよなー。いやいや、僕の兄は人を何だと考えているのか?
 最近、人外君との二つ名が定着しつつある現状に、僕の繊細な心はズタズタさ。全くもって危機感を抱いちゃうよね。マルチアジャストってのは、ちょーっとレアなスキルで、すこーし操縦に便利なだけのにさ・・・。
 それが充分に人外なのである。
 しかし若くして頭角を現した才能のある者は、その才に恵まれなかった者が、なぜ出来ないのか理解できない。逆に実力の劣る者は、優れている者の力を測ることは不可能。
 しかしアキトは、翔太の実力をかなり正確に把握している。それは翔太以上のマルチアジャストスキルを持っている・・・という訳ではない。アキトには客観的な評価基準があるからだ。
 翔太に実施させた連日の宝船の操縦シミュレーションは、元々トレジャーハンターの操縦士訓練用であった。そのシミュレーターは、パラメーター入力によって無限のパターンを作成可能。そしてパターン毎の難易度はシミュレーターが判定できる。限定人工知能に作成させたパターンの難易度は、人としての限界を2倍超と判定していた。
 人の限界としては、トレジャーハンターの操縦士として伝説のヘンリー・ブラッグ、ローレンス・ブラッグ親子を基準にしている。
 彼らを伝説たらしめたのは、10数組のトレジャーハンターが失敗した惑星ルリシジミの大気圏突入脱出を成功させたからだ。惑星ルリシジミの大気圏突入は、現在の技術をもってしても困難である。
 200年前にブラッグ親子が成功させた当時、挑戦するのは命知らずか自殺志願者か、それともなければ無理無茶無謀のお宝屋ぐらいと云われていた。
 ブラッグ親子が成功したため、お宝屋は挑戦しなかったと現在でも尤もらしい噂が流れている。その真偽は、お宝屋の子孫・・・ゴウ達が知らないので不明なのだ。
 翔太曰く、すこーし操縦に便利なスキルを使って、TheWOCの戦闘団に先制攻撃を仕掛ける。
 弁才天は配置された時から座像姿でなく立ち上って8臂となり、戦闘体勢だった。そして弓には矢型ミサイルを2本番えている。矢は無論のこと誘導ミサイルである。偵察機をロックオンした刹那、翔太は2本の矢を発射した。
 毘沙門天はレールガンである宝棒を構えていた。レールガンが発射する弾は高密度高質量、高速度で威力は絶大。偵察機を照準に捉えると、翔太はレールガンの引き金を引く。発射された弾を偵察機が回避するのは不可能だった。
 福禄寿の杖からレーザービームが、ほんの0.5秒間放たれると、偵察機は上下に真っ二つになった。
「よしよし、偵察機4機撃墜かな?」
 翔太の言葉通りだった。
 誘導ミサイルが命中した2機は空中で爆散し、青空に爆炎の赤と爆煙の灰が浮かび上がる。レールガンの弾が命中した1機は、機体に空いた大穴から装甲の破片を撒き散らしながら落ちていく。最後の1機は機体をレーザービームの輝線に突入させ、自らを2つに分離し、緩やかな曲線を描き墜落する。
 偵察機を同時に撃墜するため、速度の遅いミサイル、レールガン、レーザービームの順に発射したのだ。
『まだ、2機残ってんぜ。翔太』
「いやいや、終わりさ。そうだよね、アキト?」
 翔太が言い終える前に、新たに2機の偵察機が爆散したのだった。
 レーザービームを放った福禄寿から、すぐに弁才天へと操縦を戻し2本の矢を番えさせ、偵察機をロックオンしていた。翔太は無造作に矢型誘導ミサイルを放っただけで、後はアキトが誘導したのだ。
 偵察機”チェーロ”のコンセプトは単機で行動するのではなく、集団の中で護られながら偵察する。まさに今も、戦闘団に護られながら偵察飛行している。しかし結界内に配備された七福神ロボの攻撃力が、TheWOC戦闘団の防御力を上回ったのだ。ただし、それは結界内に限ってである。
「次の的は、一体どれかな? さあ、派手にいってみようか」
 偵察機の全機撃墜を確認して余裕ができ、翔太は軽口を叩いた。
『翔太ぁ~。戦闘団は、ほぼ無傷なんだよ~。早く殲滅して欲しいな~』
「いやいや、僕も全身全霊全力で頑張ってるさ。千沙こそ余裕あるよな」
『う~ん・・・。今のままだと、お話に集中できないの』
 TheWOCとの戦闘より、宝船のオペレーションルーム内での会話を優先したいとは・・・千沙もやっぱりお宝屋のメンバーであり、宝家の人間である。
『翔太、弁才天に集中しろ。釣り出すぜ』
「なるほどなるほど、計画通りでよさそうだね」
『そういうことだ。任せたぜ』
「うんうん。宝船に乗った気でいてれれば良いさ」
『私の不安が一気に増大したわ』
『・・・ウチは信じる』
「ワザと聞こえるように言ってるのかな? ルリタテハの破壊魔さんはさ」
『あなたこそ、私の二つ名を間違えているわ。風の妖精姫と呼んでくれるかしら? なっ、何するの・・・』
 アキトは風姫を羽交い締めで、オペレーションルーム前方の船外機の操縦席へ連れていった。そして風姫に、これからの役割を言い聞かせ座らせた。
『邪魔は排除したぜ。集中だ、翔太』
「了解さ」
 情報統括オペレーターの千沙から迎撃目標の優先度が、七福神リモートコントロール機のサブディスプレイに明示された。
 翔太は毘沙門天と福禄寿をレーダーに探知されないようにし、待機モードにした。それと同時にアキトが、自律飛行偵察機”ジュズマル”2機に予めインプットした命令を実行させる。
 1機は毘沙門天の近く、もう1機は福禄寿の近くに待機していて、結界の中心へと移動を開始する。無論、両機とも七福神ロボと誤認されるようにし、敵の攻撃を躱すような軌道をとり、緩急までつけてだった。これらは、自律飛行偵察機ならではの機能である。

 TheWOCの即応機動戦闘団には、移動司令部として機能する指揮専用オリビーが1台以上配備される。第1、3即応機動戦闘団には指揮専用オリビーが2台ずつ配備されている。それは、2個即応機動戦闘団を指揮するためだ。
 今、結界内に侵入したのは第4即応機動戦闘団で、指揮専用オリビーが1台のみである。第4即応機動戦闘団は、偵察機チェーロを全機撃墜されていた。この状況で指揮専用オリビーが破壊されれば、現場での指揮命令系統が完全に寸断される。
 逆に言うと、現状は指揮命令系統が寸断されていない。そう、まったくジャミングがされていないのだ。本隊とも通信衛星を介して連絡が取れるので、戦闘継続には支障ない。
 それでも、第4即応機動戦闘団の司令官”ガートルード・ベル・エリオン”少佐は表情を曇らせていた。彼女のヘーゼルの瞳は、大型3Dホログラムに釘付けになっている。3Dホログラムには第4即応機動戦闘団の配置が表示されているのだ。
 ボブカットにしたブルネットの髪を左手の指ですいたり、毛先を弄んだりしている。エリオン少佐が考えている時の癖である。彼女は民主主義国連合軍の参謀実務研修を修了していて、戦局に理論を求めるタイプなのだ。
「これは宜しくないですね」
 温和な口調だが、訝しげな声色でエリオン少佐は独り言を吐いた。
「一時撤退しますか?」
 傍らに控えている副官”ロジャー・ウォルコット・スペリー”少尉が尋ねた。
 彼は、良くも悪くも副官だった。上司に敬意を払い職務に実直、司令官の欲しいデータを予め準備しておく。しかし、戦場をデザインできないのだ。
 戦局を見極め、戦術を選択し、適時に適所へと手札の戦力を投入して勝利を手繰り寄せる。経験だけでなくセンスが要求されるが、スペリー少尉には双方とも欠けているのだ。
「それとも、防衛陣地を構築しますか?」
 質問内容からもスペリー少尉の経験とセンスの無さが窺える。
 偵察機全機を撃墜されたのは、捜索を継続する上で不十分であり、戦闘を受けて立つには不利である。しかし一時撤退したら、レーダーで捉えた敵の攻撃位置が意味を為さなくなる。撤退しながら移動する敵をレーダーで捕捉し続けることは不可能だ。
 敵の攻撃を防ぎながら防衛陣地を構築するとなると、第4即応機動戦闘団への損害がどのくらいになるか・・・。敵はTheWOCの偵察機が発見するより前に、長遠距離から全機を撃墜したのだ。
 それ以上にエリオン少佐の頭の中では、デスホワイトの情報が不気味に蠢いていた。TheWOCの3個分艦隊が、ルリタテハ王国の宇宙船1隻によって、1個分艦隊へと再編成を余儀なくされた。戦場で際立つ白い機体のサムライが確認され、尋常でない攻撃力で何隻もの宇宙戦艦を沈めたのだ。
 デスホワイトが戦場伝説でないのは周知の事実だが、白いサムライの姿が10年以上も戦場に現れていなかった。民主主義国連合ではパイロットが現役を引退したか、死亡したとの説が有力であった。
 戦場に、再び死の使者が舞い降りた。
 その使者は、以前の死神ではなく、デスホワイトの技術を受け継いだ別のパイロットだろう、とTheWOCでは推察している。
 その疑いが、さっきの攻撃で確信に変わった。
 エリオン少佐は、デスホワイトの後継パイロットが最低3名以上いるとして対処せねばならない、と決心する。
「ミサイル発射位置へ戦闘団の全戦力であたります。ただし、フォーメーション”2A”陣形で防御優先。第3即応機動戦闘団との合流まで敵を釘付けにします。今回の敵には、巧遅こそ効果的であり、勝利の近道になります」
 司令官の言葉に、第4即応機動戦闘団の指揮専用オリビー内の全将兵が、素早く指示に従った。次にレーダー索敵オペレーターとデータ分析官を統括する情報統括長”ロナルド・ロス”中尉へと指示を飛ばす。
「ロス中尉、他の2ヶ所の敵を絶対ロストせぬように注力しなさい」
「アイマム」
 ロス中尉は最低限の返答のみだった。
 彼が無口な訳ではなく、すでに口を開く余裕がなくなっていたのだ。
 レーザービームとレールガンを放った敵をロストしそうになっている。かたや渓谷の間、かたや森の中、縦横無尽に移動する敵を追跡するのは難しい。
 敵を過小評価するのは愚の骨頂だが、過大評価は勝機を逃す。TheWOCの第4即応機動戦闘団は、お宝屋の策略に嵌まっていたのだ。
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