第2章-8 エレメンツハンター学の教授は常に忙しい

文字数 2,599文字

 約1年後のルリタテハ王国歴481年5月。
『去年までは遠距離からエンライの攻撃だけで楽勝だったなー』
 昨年とは異なり、シミュレーションルームに余剰のスペースはなくなっていた。2基の恒星間宇宙船用シミュレーターの設置だけでなく、教師とエンジニアがシミュレーション全体を俯瞰するためのコントロールルームが設営されたのだ。
 コントロールルームの設営は、シミュレーターシステムを開発した新開グループの、強い要求と寄贈によるものである。
 そして今、そのコントロールルームに、ジンとゴウ、千沙、史帆がいる。史帆以外の3人はシミュレータールームでなくてもできる仕事をしているが・・・。
『うんうん、少しは成長したみたいだね。最初に2機対8機で戦った時なんて、ボク達が突入する前に全機撃破したしさ』
 因みにアキトのシミュレーターに搭乗したクロードは、機体のピーキーな設定の所為で直線的な動きしか出来なかった。それでも、翔太のシミュレーターに搭乗した玲於奈より、遥かにマシではあった。
 玲於奈機はランダムに動作する的でしかなく、開始早々1分ともたず全7機が撃墜された。クロードは逃げの一手で5分の時間を稼いだが、良いところなく撃破された。
 通常のシミュレーターに搭乗した8人の方が、攻撃を仕掛けてきたので、まだ戦闘といえた。しかし戦闘シミュレーション自体は、9分で終了したのだが・・・。
『あー・・・まさか、乱戦にすらならないとは考えもしなかったぜ。さて、今ならどうなるか? ・・・良し、試してみようぜ』
『まあー、無反動機能をオフにして攻撃できるようになったし、試してみる価値あるかな。だけどさ、そうすると時間が余るじゃん?』
『大丈夫だ。ルーラーリング”シンカイモデル”の実験をするからな』
『いやいや、それって新開グループのアキトとしての仕事だよね。エレメンツハンター学の教授としてどうなのさ』
 のんびりとした余裕のある2人の声が、シミュレーションルーム内のコントロールルームに響いている。
 アキトと翔太は手抜きしながらラセンを操縦し、戦闘シミュレーションで選抜軍人たちの8人を相手にしているのだ。
『こっちの研究の方が締切近いんだ。取り敢えずでも成果をレポートに纏めないと、週一の休日すらなくなんだぜ』
『それはそれ、これはこれさ。アキトの休日が少ないのは、偏に新開グループの所為だしね』
 アキトは翔太を無視し、コントロールルームにいるジンに声をかける。
『なあ、ジン。士官学校で4年間のパイロットコースを卒業して、1年シミュレーターで訓練してもこのレベル・・・。ダメじゃんか。これじゃ当初計画のレベルに達するヤツはいないぜ。オマケしても1~2名ぐらいしか合格できねーな』
「アキト、貴様は期待しすぎだ。こんなもんだ」
『いやいや、どうすんのさ。選抜軍人の枠で入学させてもダメだったら、他の学生じゃダメダメじゃんか』
 珍しく翔太が尤もな意見を口にしたが、アキトはジンに文句をつける。
『オレの時と随分違うじゃねぇーかよ』
「風姫を護るのに士官学校卒業レベルじゃ困るだろ?」
『あん時はオレ、トレジャーハンターだったけどな』
「我の特訓のお陰で、エレメンツハンター学の教授になれたといっても過言ではない」
『過言だし、人生設計を狂わせられっぱなしだけどな』
「何を言う。新開家の頸木から抜け出す機会を与えられたのだ。感謝するが良い」
『感謝はまぁーーったくないが、今の大学制度だと、エレメンツ学科の卒業生はゼロになるぜ』
「なんとかせよ」
『丸投げかよ・・・。ジン、エレメンツ学科はエレメンツハンターを育成する場だよな? 生半可な人材を卒業させたら、死者続出になんぜ』
「エレメンツハンティングには多種多様な役割がある。コースを細分化するしかないようだが・・・」
『どの講義でも最低限のラインは必要だ。それなら、総合評価形式に変更すべきだぜ』
「なるほど・・・操縦面で秀でている人材。研究面で秀でている人材。全体を総合的な視野で見通しリーダーシップを発揮する人材。ただし、いずれの人材もダークエナジーの海に漂うダークマター小惑星帯を潜り抜け、ダークマター惑星へと辿り着けねばならない。これで良いだろう。素案はアキト”教授”に任せる」
『そこは、エレメンツ学科の主任教授であるジンの仕事だぜ』
 アキトは当然シミュレーターでの戦闘演習中である。しかし、被弾すらしていないどころか、会話中にも、着実にダメージを与えていた。
「ほおー、言うではないか・・・。そうか、トレジャーハンターの役割分担を参考にするれば良いだろう。ゴウ”教授”に任せる」
「うむ、素案までなら構わぬぞ。その代わり、惑星ルリタテハにおける宝船の武装解除を何とかしてくれ。エレハンポートに宝船を着陸させられないのは困るぞ」
「引き受けよう」
『引き受けんのかよ!』
 アキトは声を大きくし、ゴウにツッコミを入れるが、戦闘には影響しない。戦闘シミュレーションは完璧に片手間なのだ。
『アキトさー。ボクはそろそろ突撃したいんだけど。まだ、ながら操縦するっていうなら、邪魔だから撃墜されて欲しいんだよねー。ボク1人で相手できるしさ。それともボクが撃墜してあげようか、アキトを』
『相手してやるぜ、翔太・・・と』
 アキトと翔太の口調はまだ冗談の域をでていない。ただ、翔太の声には相当焦れている雰囲気があった。
『それでジン主任教授に提案だけどよ。別にダークマターハロー突破を必修にしなくてもイイよな? ハロー警報が鳴ったら、進路を変更するだけでイイ。ダークマターハロー突破中に人死にが出ちまうぜ』
「・・・まあ良い。それならば、ダークマターハローへは4年生を卒業旅行として招待してやろう」
『それは死出の旅になるぜ。今後の成長度に期待を込め大きく見積ったとしても、ダークマターハローへの挑戦は10年以上早いな』
『なあなあ、アキトさぁ。取り敢えずボク一人で突撃するから、戦域から離脱して話してればイイんじゃないかな』
 突撃する気になっていた翔太はしびれを切らしたようだった。ゆっくりと機体に、突撃するための軌道を描かせ始めた。
 アキトも、その軌道に合わせ突撃体勢を整えた。
『じゃあ、行くぜ!』
 アキトの台詞を合図に2機の機体が大小様々な螺旋軌道を描き、かつ2機が円形の動きで入れ替わりながら、選抜軍人の8機へと突撃したのだ。
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