第2章-2 エレメンツハンター学の教授は常に忙しい

文字数 3,805文字

 選抜軍人8名はシミュレーターでサムライの機種を”センプウ”4機、”ライデン”4機とし、それぞれで小隊を編成した。各人がシミュレーターで機体の兵装設定を完了させ、2小隊の編成と基本戦術の確認まで終えた。
 そして、定石通り自陣の宙域中央にライデン小隊が陣取る。センプウ小隊は、敵陣宙域の外縁とライデン小隊の中間位置を遊弋している。機動力のあるセンプウで敵を引っ掻き回して敵陣形を崩し、ライデンの攻撃力で敵戦力を削る作戦なのだ。
『こちら01、各員に告ぐ。ネルソンの心理作戦にだけ気を付ければ、我々の勝利は揺るがない。士官学校で訓練を重ねてきた我々の実力を見せつけて、絶対に勝つ!』
 01は江崎玲於奈といい、不真面目メンバーのリーダー格であった。選抜軍人の中で、純粋な操縦技術は2番手、指揮官としても2番手、総合評価では3番手とトップに立ててない。それが不服で不平不満を生み、不本意な配属先(ルリタテハ王立大学)の所為で、腐っているのだ。
 なお、指揮官としてトップの成績はネルソン・マンデラ。操縦技術でトップは残ったもう一人で、ハリー・マーティンソンである。2人は今回の戦闘シミュレーションに参加していないが、玲於奈たちは敵としてネルソンとハリーが参加していると思い込んでいる。
『『『『『『『応。了解!』』』』』』』
 シミュレーター内の操縦と会話はシミュレーションルームに聞こえるように設定していた。当然、シミュレーションルームでの会話はパイロットに聞こえない。通信機のスイッチをオンにすれば、声を届けられるが・・・。
「もれなくフラグ回収できそうだぞ、千沙」
「プライドが傷つかないかな~」
 千沙はゴウの予言通りになるだろうと疑わず、選抜軍人たちの精神的ダメージを心配する。
「鼻っ柱を叩き折って構わんな。軍隊でも跳ねっ返りは、叩き潰してから教育するもんだ」
 ジンの不適当な発言に、彩香は落ち着いた口調で訂正を入れる。
「ジン様、ここは軍隊でなくルリタテハ王立大学です」
 開始の合図は、戦闘に参加する全員のシミュレーターの画面にカウントで表示される。
 また、そのシミュレーターが、どういう状況になっているのか一目で分かるようになっている。各シミュレーターの外側の大型ディスプレイに、機体の兵器や残エナジー、損害等のステータス、その戦闘状況までもが表示されるのだ。
「それより、私は4機だと思うわ。千沙と史帆は何機撃墜されると予想するかしら?」
 風姫は史帆と千沙に目を向けた。
「2機」
「アタシは1機じゃないかと思うな~」
「どうしてかしら?」
「翔太が作戦勝ちするからだよ~」
「ふ~ん・・・で史帆は、どうして2機なのかしら?」
「対コンピューター戦のシミュレーションだと、大体4機撃墜されるから・・・新人相手だとそのぐらいかなって」
「そう、なら私は0機に変更するわ」
 ゴウ達の会話が、ネルソンとハリーに聞こえていた。2人は驚愕と猜疑、不安を混ぜ合わせた表情を浮かべ、棒立ちになっている。
 8機対8機とはいえ、2人対8人。
 ネルソンとハリーの常識ではあり得ない結果を、教授と講師が疑っていないのだ。
「ウチは翔太君のシミュレーターを見てくる」
「あらっ・・・そうよね」
 風姫は一瞬疑念を抱いたが、直ぐに察した。
 エンジニアの史帆が一番扱いの難しい・・・というより、今でも機能追加されていて、不具合発生率の高いシミュレーターを監視するのは当然。
 しかし、風姫が察したのは史帆の翔太に対する感情だった。
 1人で7機を操縦する翔太にハリーは興味が湧いたようで、選抜軍人の仲間のシミュレーターから離れた。そして、史帆の後を追うように、翔太のシミュレーター足を運んだのだ。
 そこは、戦闘開始に向けて緊張感が高まっている選抜軍人のパイロット達の雰囲気とは異なっていた。翔太の話題で大いに、そして楽しそうに沸き上がっていた。
 翔太専用のシミュレーターには外部ディスプレイがない。シミュレーターに標準装備されていた外部ディスプレイは外され、そこにはセミコントロールマルチアジャスト用の機器が設置されている。
 その代わり、近くの壁自体が巨大なディスプレイとなっている。ただし壁一面全部を使わず、高さ5メートル×幅30メートルで、縦横2×4分割している。そして、翔太の操縦する7機体の画面を映しているのだ。残った左端上1画面には7機体のステータスを一覧表示し、翔太が操縦している機体は、ステータスの左端の列だけを赤くして示している。
 その壁画面を見ながら、3グループに分かれて議論・・・というより雑談の輪が出来ていた。
「速水さん」
 新開グループ学生達の中で、最も会社の役職が高いミハイル・ショーロホフが史帆の姿を見つけ、話しかけた。
「このシミュレーションルームは、いつから本格稼働するんだい?」
「後期には、多分」
「ん? 前期は使わないのかな?」
「夏休みに宇宙船のシミュレーターが搬入予定なので」
 宇宙船のシミュレーターがなくても、シミュレーション用コンピューター群があれば、様々な設定が可能。
 手打鉦、宇宙船の設定を加えて、サムライのシミュレーターでダークマターハローを航行するシミュレーションを実行すれば良い。
「そうなのか・・・しかし、シミュレーション用コンピューター群がある。今でも、充分に使えそうだが?」
 言いづらそうに俯きながらも、史帆は事実を告白する。
「肝心のダークマターハローのシミュレーションが・・・結局、前期にお披露目できず・・・でして」
「請け負ったベンダーの技術力が低いのかい? 私から新開グループに無償協力を要請しようか? 現物の寄付という形で何とかできると思うがね」
「・・・お願いします、お願いします」
 史帆が作業帽を取ると明るめのブルネットのボブヘアが現れ、切実な声と共に頭を下げた。頭を上げた時、頬にかかった髪を払い除けもせず、史帆は必死な表情でミハイルに訴える。
「・・・私だけだと、どうしても厳しくて」
 私だけとの言葉に引っ掛かりを覚えたミハイルは、確信をもって懸念している内容を質問する。
「もしかして、ダークマターハローのシミュレーションは、アキト君の要求仕様で開発中だったのかい?」
「・・・は、い」
「やっぱり・・・そうだったのかい」
「「「「「「「「「「可哀そうに」」」」」」」」」」
 新開グループの学生たちが、口を揃えて同情した。
「いいかい。アキト君の求める機能と品質と開発期間は、新開グループのトップレベルの技術者が基準なんだろうな。彼は、まさに天才。どんな分野を極めさせるか、新開本家でも迷っているほどの頭脳と直感の持ち主なんだがね。何でも出来るがゆえ、他人の使い方と、金の使い方を知らないんだ。この分野は教えてあげねば・・・」
「・・・お金?」
「どんな分野の人材でも、人を使うにはお金がかかる。それが一流、超一流となると金額は跳ね上がる。自分で何でもできるアキト君は、自分でやる方が早いと考えてしまうのだろうね。しかし、それは悪手。貴重な自分の時間を浪費している。他人ができる分野は、他人に任せるの方が良いんだがね。今の史帆君に開発を任せているように」
「・・・なるほど」
 史帆の理解が今一つのようなので、ミハイルは概念でなく具体的な仕事を明示する。
「いいかい、ここで史帆君の出番というか役割がある。アキト君の要求仕様・・・つまり機能、品質、開発期間などを漏れなくドキュメント化し、請負業者が開発できるようにすることだ。また、請負業者の進捗管理も君の役割だ」
 アキトに対して”クズが”と呟いたことのある史帆だったが、今の話を聞いてアキトが”人でなし”だったと確信した。ここでいう”人でなし”は、良い意味では”天才”、悪い意味では”容赦しない”である。
 翔太のシミュレーターの前にいるもう一つのグループは、トレジャーハンター達だった。
 翔太はカウントダウンの随分と前に、ライデン6機で編隊を組み、センプウ1機を先行させていた。その操縦を見て、感嘆の声を上げていた。
 翔太の操縦している機体を示す赤いステータスが、絶えまなく点滅している。その刹那、どの機体を操縦しているか把握できているのは翔太だけである。一歩外から眺めているはずのトレジャーハンター達は、7機の機体を同時に操っているようにしか見えない。
 翔太ほどではないにしろ、複数機を操縦できるスキルを持つ人は世の中に存在する。しかし、翔太のセミコントロールは、人の領域にはない・・・ように思える。何より、マルチアジャストの才能が複数機体操縦の要であり、翔太以外に存在を確認されていない。
 だからこそ、翔太には”人外君”との二つ名が定着してしまっているのだ。
 翔太はセンプウを自陣の宙域ギリギリに移動させていた。その位置からでも敵陣は、遠雷ですら有効射程距離にならないほど離れている。
 ライデン6機も自陣の宙域ギリギリだが、センプウから離れた位置で派手に動き回っている。翔太の作戦は、既に開始しているのだ。
 最後のグループは、軍人でもなく、新開グループの学生達でもなく、トレジャーハンターでもない。純粋にエレメンツハンター学科に入学した学生だった。
 彼らは、友人となった者同士で話をしていた。軍事には全くの素人で、会話の内容は薄っぺらく、感想を口にしているレベルなのだった。
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