第11話 山本さんへ(痩せた、褒められた、似非クリームソーダ論、恋文の技術) 

文字数 1,249文字

山本さんへ

 うぃっす。暑いよね。俺も夏が一番好きな季節なんですよ。ワクワクするって書いてましたけど、ほんと、そう思います。これが江の島に行った時なんか、ワクワクの最高潮ですよ。波の音が、浜が見えないうちから聞こえてきた時なんか、もう、履きなれないビーチサンダルで足の親指の付け根を痛めながらも、一刻も早く砂浜の山を越えて海を見たい気持ちになります。

【なぜか痩せた】
 運動していないのに、なぜか痩せた、とのこと。
 うわー、羨ましいです。やっぱ、基礎代謝が大きい若い人は違いますね。内燃機関が活発な証拠ですよ。
 梅雨が終わったことだし、私の方は、走らないと、冬になって人肌恋しくなる季節の時に、あ、このお肉、うん、コロナで、と言い訳しないといけなくなってしまいます。まずい、やらないと。

【演習で褒められた】
 民俗学の演習発表で、先生から褒められたそうで、よかったですね。なんでも、最近、褒められていないので、嬉しかったそうで。それを読んで、貴殿のこと、誰も分かっていないな、と思いました。
 私、いつも、思うんです。人って、なんでこうも、褒めるのを出し惜しみするのか、って。なんか、褒めると損した気分になるのでしょうか。または、主従関係で下につくことを認めた気分になるのでしょうか。自分の誉め言葉が値千金の滅多に世に出すものじゃない、とでも思っているのでしょうか。
 まあ、私も小さい頃から、すごいね、とか言わなかったくちでしたが。経営者になってから、従業員を個別具体的に細かく褒めるようになりました、費用をかけずに生産性が上がるので。

【似非クリームソーダ】
 ソフトクリームのクリームソーダはクリームソーダじゃなく、バニラアイスでないとだめだ、とのこと。
 いや、まったく、その通りです。私も、子供の頃、クリームっつうもんは、子供心を上に持ち上げ、下に叩き落す、とんでもない野郎だ、と思っていました。アイスだと思って、クリームソーダに随伴してくる細長く掬うところが小さいスプーンに目一杯、クリームを載せ、ほおばり、次の瞬間、口の中で、これはアイスじゃない、と判った時の落胆ときたら、もう地獄図です。俺は、今後、一切、世の中にだまされないぞ、と猜疑心にあふれる少年が爆誕した瞬間でした。

【恋文の技術】
 全部、読み終わりましたか、とのこと。
 すみません。正直に言います。まだ、読み終わっていません。ごめんなさい、師匠。
 読んだところまでの感想を申し上げますと、上品でユーモアに溢れた本ですね。それと、相手がいる独白系の文章だというのが、参考になります。みんなが俺のことをこう考えているに違いない、と妄想を膨らませる主人公に親近感を持ちました。貴殿は、この本について、どんな感想をお持ちですか。

【最後に】
 今日も、三十度を超す猛暑です。貴殿も都内にいらっしゃるのですよね。お互い、コンクリートの照り返しで熱中症にならないよう、勉学にいそしみましょう。
またね。


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登場人物紹介

相手のことをついつい考えてしまう人。ある時、文通こそ自分の長所を活かせる挙動ではないか、と閃き、実行に移す。架空の文通サークルで、お手紙を書きまくる毎日を過ごす。職業は、東京の世田谷区にある揚げ物屋を経営する会社の社長。

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