第2話 死にかけの模様

文字数 1,896文字

漫画喫茶や24時間営業のスーパー銭湯がトラウマみたいになっている。昔、親の借金で家をなくし、自棄になって喧嘩して捕まって無一文になってしまった。それで、日雇いをしながらフラフラと各地を放浪し、寝るときはもちろんお金がないからホテルや旅館には泊まれず、漫画喫茶やスーパー銭湯などで夜を明かした。

その時の裏寂しい気持ちを思い出してしまうので、それらの施設に行きたくなかった。当時は死ぬほどみじめで後悔や懺悔を繰り返しながら生きていた。

今は住むところもあり、真っ当な会社に就職もして以前の荒んだ生活が嘘だったような日々を過ごしている。

そんな中、現在働いている職場に銭湯、特にサウナが好きな先輩がいてその人は仕事終わりによく近くのスーパー銭湯に行った。時々俺も誘われたりしたのだが飯ぐらいまでは付き合ったりしてもスーパー銭湯になると断っていた。やはり嫌な昔をかなり生々しく思い出してしまうので普段からも近寄らないようにしていたのだ。

でも俺が返事を濁らせたり断ったりしたときにたまに見せる先輩の寂しそうな顔が俺の罪悪感を募らせていった。そのため世話になっていることもあり、仕方なく一回だけ付き合ってみようという気になった。

先輩は偉く喜び、車を出してくれて、おまけに飯も風呂も奢ってくれることになった。

そしてその日、仕事が終わり、ファミレスで飯を食った後、先輩の車で職場近くのスーパー銭湯に向かった。






受付を済ませ、大きな広い更衣室で服を脱いでいるだけであの頃を思い出して泣きそうになった。

先輩はすぐにサウナに向かい、俺は露天風呂に入った。

湯に浸かりながら見上げると夜空が綺麗だった。今思えば、乞食のうえ根性がひん曲がっていたあの頃でも露天風呂から見上げた夜空は綺麗だったはずだ。後悔するくらいの過ちなら繰り返さなければよい。

嫌な過去は居心地の良い職場の面倒見がいい先輩に連れてこられた銭湯のお湯で洗い流された気がした。

これからもたまに先輩に付き合ってあげるかな、などと気持ちよくそう思っていた。

すると、そんな気持ちを引き裂くように目の前をバシャバシャと勢いよく水飛沫が跳ねて、俺は頭からお湯を被った。見るとどこぞのガキが露天風呂で泳いでいた。おまけに何が嬉しいのかはしゃいで騒がしい。

全くもって非常識な奴だ、と俺は憤慨した。せっかく過去の痛みを払拭できて、その喜びに浸っていたのにガキのせいで台無しだ。こやつの親なる者を探し説教の一つでも食らわしてやるつもりだった。ガキのことは親の責任。躾をしっかりしてもらわないと。

俺は怒鳴り付けてやる前提でガキの親を探した。そしてガキの近くで親らしき人物を見つけてその目を疑った。

なんとガキの親父まで一緒になって泳いでいたのだ。しかもご丁寧に、息継ぎはこうだとか、もっと手足をしっかり動かせだとかの指導までしている。

俺は怒りが通り越し呆れて、説教する気持ちも失せてしまった。代わりに凝らしめてやろうという気になって、それでどうしたものかと考えた。

だが、考えるまでもなく、すかさず奴らに近づいて湯に浸かりながらおしっこをしてやったのであった。

おしっこが混ざった温泉で顔まで浸かっている親子を眺めながら俺は満面の笑みを浮かべていた。

しかし、満足していたのは束の間で、やっぱりなんか悔しくて怒りが振り返してきたのだ。なので俺はおしっこだけでは物足りず、それなら大きいほうもしてやろうと思って親子の近くで踏ん張った。あくまでも非常識な奴らを凝らしめるためである。


だが、いくら力を込めても何の音沙汰もなくて屁すら出ない。情けなくて、気合いを入れてしばらく頑張ってみたが、先に親子が風呂から上がってしまいとうとう俺の頑張りは虚しく無意味になってしまったのであった。






風呂から上がって帰り支度をして先輩の車の助手席に乗り込んだ。

確かに久しぶりの温泉は気持ち良かった。ただ心残りはあの親子への戒めだ。それであの時出なかったリベンジでもないが試しに踏ん張ってみたところ意図も容易く大きいほうがどんどん出てくるのであった。

それは泣いても叫んでも止めることが出来ず、いつしか先輩も異変に気付いて鬼の形相をしていた。

やがて車内には強烈な臭いが充満し、その原因の俺が車から叩き出されたのは言うまでもないだろう。

俺は人通りの少ない道を探して、一人寂しく夜道を歩き、糞で溢れたパンツが気持ち悪くておかしな足取りになりながら家に帰った。







後日、その日から先輩は口を聞いてくれず無論、二度と誘われず、そして変な噂まで流されて(ほぼ事実であるが)瞬く間に俺は社内で一番浮いた存在になってしまったのであった。
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