第7話 いかんともしがたい所以

文字数 2,547文字

昔から不思議な経験は数多くあった。

幼少の頃、墓地の近くの空き地で友人達と遊んでいたときのことだ。藪の中からストッキングを被ったような真っ黒な手がひょっこりと出てきた。その手は別に何かする訳ではなくて、枝や葉っぱの間でじっとしている。まるで手自体が頭でこちらを凝視しているような、そんな雰囲気を醸し出していた。

「人形?本物?」と、そんなこんなを胸に俺はその光景を呆然と眺めていた。

友人達の様子を見ると彼らはその手を全く気にする風ではなくて、缶蹴りだったか、鬼ごっこだったか忘れたが遊びに夢中になっている。

そのうち、呆然と立ち尽くしている俺を友人達が不思議そうに見ていることに気が付いた。どうやら手は俺だけに見えているものらしい。

手から先は藪の中に隠れていてわからず、もっとも確認する勇気もなかったが、全身が藪から出てくる気配もない。

これはあまり人に話してはいけないものらしいと感じて友人達には黙っていた。その日は絶えず怪しくて、遊んでいても楽しい気分になれなかった。

思えばその真っ黒な手を見たのが怪異の最初であった。


これは小学生から中学生になったばかりのときのことだ。うちの中学校は小学校の近くにあったが、家からの出掛けは同じ道でも途中から通学路が変わった。その道に自動販売機があった。

初めて中学校に通う日の朝、小学校時代から一緒に通っていた友人達と連れだって学校に向かっていた。すると、黒い雨合羽を着た女性とおぼしき人物が件の自動販売機に張り付くように立っている。その日は晴天でごつい雨合羽を着ている時点でおかしかったが、女はまるで製品の見本が陳列されたディスプレイを覗き込むような格好でぴったりとくっついていた。

「変な人だな」

通りすぎてから思わず俺が口にすると「何が?」と友人が問いただしてきた。

「ほら、あれ」

振り返って見ると自動販売機の前で女は微動だにせずにいる。

「どこ?どの人?」

友人の視線は確かに自動販売機に向けられているが、当の女へは素通りしていた。同じ目的地へ進む学生達が横切って行く中で友人は首を傾げただけだった。

そこで、あの雨合羽の女は俺だけに見えるものなんだと悟った。

以降も、自動販売機前に女はいたが、次第に見かける回数は減っていき、しばらくして全く見なくなった。元々、その自動販売機は不人気で購入者があまりおらず、それもあるだろうか、いつの間にか撤去されていた。






それとこれは俺が社会人真っ只中のときのこと。怪異とは少し異なるが、ある日おかしな夢をみた。暗闇の中に大きな遺影が浮かんでいる。それは以前務めていた会社の先輩の遺影で、なぜか無表情な先輩の顔が額縁に納められていた。面倒見がよく優しくてとても世話になった先輩であったが残念なことに五年ほど前に亡くなっていた。

その先輩の遺影を前に自然に涙が溢れてきて、やがて俺は号泣した。

声を出して泣いていると、どこからか、共通の知人や友人達が集まりだしてきた。遺影の前でみんなうつむいてさめざめと泣いている。俺はいつまでも先輩の遺影を見つめながら泣き続けていた。

そんな夢だった。

目が覚めても、先輩の遺影が頭から離れず、涙も流れたままだった。

おかしな夢だったな、

と、とにかく印象に残る夢だったので心に引っ掛けたまま職場に向かった。

俺はその時、繊維関係の工場に務めていた。

朝礼を終え、それぞれが配置につき、いつものように作業をしていた。すると突然、機械が止まって緊急停止のブザーが鳴った。次の瞬間に、

ドーン!

何か爆発したような大きな音がして、地面が揺れた。非常ベルがけたたましい音をたて、棚が倒れ、積み上げられた製品が崩れた。悲鳴や叫び声があちこちで飛び交った。

俺は一目散に工場から飛び出していてた。激しい心臓の鼓動を聞きながら電信柱が左右に揺れているのを眺めていた。

これか.....

俺の頭に再び先輩の遺影が甦った。先輩はこのことを伝えたかったのか?

○○半島地震。マグニチュード6.9の大きな地震だった。

幸い、工場内に怪我人はいなかったが、家に帰ると寝たきりだった父親がタンスの下敷きになっていた。が、これも幸いで父も無事であった。








その他にも奇っ怪なことが多々あった。車を運転中にバイクに乗った首のないライダーに追われたり、道で踞っている少年の首がアスファルトの地面に埋まっていたりと、訳のわからない体験をした。だが、これらの詳しい話はまたいつか。






そして、つい先日のこと。

その日は夏場の蒸し暑い夜で部屋の中にいた俺はクーラーを付けてスマホを弄っていた。

こん、こん

と部屋の窓に何かが軽くぶつかる音がした。カーテンで仕切られていて見えないが、その音はカナブンや大きな蛾だとかの虫が部屋の明かりを目指して窓にぶつかっているのだろう、と思って大して気にも留めなかった。

それからまた、こん、こん、と虫が窓にぶつかる音がして、それはしばらく続いた。

やがて、雨が降ってきて、いつしかどしゃ降りになった。

雨の音に紛れて虫のぶつかる音は気にならなくなっているのか、それとも虫もいなくなって聞こえなくなったのか、というか別に俺はそれをきにするでもなく相も変わらずスマホを弄っていた。

そんな折、近所に住む友人から電話があった。

「お前、何やってんだよ…」

いきなり、そう言われて困惑した。

「何?どうした?」

「かわいそうだろ…」

「どう言うこと?」

「は?雨の中、女閉め出してさ。ベランダの子、びしょ濡れだよ…」

なんとなく、友人の言っている意味はわかったが、俺はカーテンを開けて窓の外を確認する気になれなかった。俺に彼女はいないし、部屋に連れ込むような女もいない。それに俺はアパートの二階に住んでいて、そんなところをよじ登って忍びこんでくるような女を知らない。まぁ、あくまでも普通の女性だとした前提の話だが。

友人に言われたからか、ベランダのあり得ない気配を想像して、ぞっとした。

俺は窓を叩く音がどしゃ降りの雨に紛れているうちに布団の中に潜り込んだ。

雨が止むまでに眠らないといけない

と、俺はそういう試練を自分に課した後、目を瞑った。ただ、気がかりだったのは友人や近所の人、またはアパートの住人がドメスティックバイオレンスやらで警察に通報しないか、ということなのであった。
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