繋がり合う気持ち ①

文字数 3,140文字

「――ただいま……」

「絢乃、おかえりなさい。――あら、なんか顔赤いけど大丈夫? 熱でもあるの?」

 玄関でわたしを出迎えてくれた母は、わたしの顔が真っ赤になっていたことに目ざとく気づいた。

「あ、ううん。そういうんじゃないから大丈夫。ただ……」

「ただ?」

 わたしは貢にキスされたことを母に打ち明けようとして思いとどまった。母もわたしが彼に恋をしていることは知っていたけれど、果たして彼の方の気持ちまで知っていたかどうかは分からなかった。もし万が一、打ち明けたことで彼に不都合なことが起きてしまったら……?

「…………うん、まぁ。その……何でもない。桐島さんとみんなにはちゃんとチョコあげられたから。あ、これね、学校の後輩の子たちからもらったチョコ」

 ごまかすように、小さめの紙袋を母に差し出した。

「あら、いいの? ……これだけ?」

「ううん。もっとたくさんもらったけど、ここにあるのは手作りの分だけ。市販品は会社の給湯室に保管してもらうことにしたの」

 さすがに手作りチョコまでお(すそ)分け、というわけにはいかなかったので、その分だけは別にして家まで持ち帰ったのだ。

「じゃあ、夕食後のデザートに史子さんと寺田と四人で頂きましょうか。絢乃、お腹空いてるでしょう? もう夕食にしてもらう? 今日はクリームシチューですって」

「うん……、そうしようかな。部屋で着替えてくるね」

 わたしは家に帰ってからずっと、母とも目を合わせられなかった。

「そういえば、昭和のロックバンドの曲によく似た状況の歌詞があったな……」

 里歩が好きな曲で、わたしもストリーミングで聴かせてもらったことがある。この時のわたしの状態は、あの歌詞と見事にシンクロしていた。


   * * * *


「――で? なんでアンタ、そこで告らなかったかな……。っと、おっしゃ、ストライク!」

 翌日の土曜日。わたしは午後から里歩に誘われて新宿のボウリング場にいた。彼女はここでも運動神経のよさを発揮(はっき)して、ストライクやスペアを量産していた。

「だって、気が動転しちゃったんだもん、それどころじゃ……、あー……」

 対いてわたしのヘタクソな投球は見事に溝へ吸い込まれていった。ピンが倒れたとしても、せいぜい端っこの二~三本くらい。そのせいでわたしのスコア表には、数字よりもガターの「G」の文字の方が多かった。

「アンタってボウリングもダメダメなんだね」

「はいはい、どうせわたしは運動オンチですよー。ホント、里歩が羨ましい」

 スキニーデニムにパーカー姿の里歩は、脚が太めなことを気にしているらしい。でも、スポーツのセンスがまるでないわたしは彼女の筋肉質な脚がカッコいいと思う。

「だいたいさぁ、ボウリングにロングスカートで来るってどうよ」

「それは別にいいじゃない」

 里歩の指摘に、わたしは口を尖らせた。


 ――二ゲームほど遊んだら、体力に自信のある里歩はともかくわたしはもうすっかりヘトヘトになってしまった。

「…………疲れたね。もう終わろっか」

「うん。里歩、ありがとね」

 わたしから「もう終わろう」と言う前に、里歩の方から言ってくれた。

「――ところでさ、どうして桐島さんが昨日のタイミングでキスしたか、なんだけど」

「うん……。彼、ああいうことしそうな人じゃないと思ってたのになぁ」

 休憩しに入った駅ビルのカフェで、アイスラテを飲みながらわたしは頬杖をついてそうこぼした。店内は暖房が効いていたので、冷たい飲み物でちょうどよかった。

「あたしが思うに、それって彼がアンタの気持ちを知ったからなんじゃないかな?」

「あー……。そういえば昨日、そんなこと言ってたような気が……。パニクってて頭に入ってこなかったけど」

 彼は気づいていたのだ。わたしからのチョコが本命=わたしが自分を好きなんだということに。

「だってさ、こないだCM出演のオファー断った時にアンタ言ったんでしょ? 『ファーストキスは絶対、好きな人としたい』って。彼もそれ憶えてたんだよ」

 わたしと同じものを、ガムシロップ少なめで飲む彼女はわたしと同い年なのに少しだけ大人に見えた。

「…………うん、確かに言ったけど。あれじゃあんまりにも急展開すぎるよ。理解が追いつかないってば」

「でも、キスだけで済んだと思えばさ。桐島さんはまだ紳士的な方だと思うよ。ヘタすりゃ押し倒されてたかもしれないんだから」

「おし……、えっ!?

 あまりにも生々しい言葉が出てきて、わたしはギョッとなった。

「っていうかさ、アンタもしあのCMの話受けてたら、小坂リョウジにお持ち帰りされてたかもよ?」

「お持ち帰り? ……っていうかなんで急に小坂さんの名前が出てくるの?」

「アンタ知らなかったの? これこれ。今ネットで騒がれてるんだよ」

 里歩は自分のスマホでニュースサイトを開き、テーブルの上に置いた。わたしが覗き込んだその画面に表示されていたのは――。

「『小坂リョウジ、共演女性モデルと熱愛発覚! CM撮影現場から自宅お持ち帰り!』!?

「そ。もしオファー断ってなかったら、アンタがこうなってたかも、ってこと」

「ええー……」

 里歩の言葉にゲンナリしたわたしだったけれど、同時にあの時お断りしたのは間違いじゃなかったなぁとも思えた。
 だって、貢はまかり間違ってもこんなことをするような人じゃないもの。

「あーあ、ショックだなぁ。あたし小坂リョウジのファンだったのに。幻滅……」

 里歩がボヤき始めたのを、本人には申し訳ないけれどわたしは笑いながら見ていた。

「――でも、今日は誘ってくれた里歩に感謝しなきゃ。ひとりで家にいて悶々としてたって(らち)あかなかったから」

「だしょ? こういう時は、恋愛上級者(エキスパート)の里歩サマを頼ればいいんだって」

 わたしは本当に幸せものだ。だって、こんなに頼もしい親友に恵まれたんだから。


   * * * *


 ――お店を出たところで、里歩が立ち止まって「あ、LINE来てる」とスマホを見た。

「LINE? 彼氏さんから?」

「ううん、お父さんからだ。これからお母さんと三人で買い物に行かないか、って。あたし、そろそろスマホの機種変したいと思ってたから、お父さんにお願いしてみようかな」

 ……お父さんと三人でお出かけなんて羨ましい。わたしにはもう、二度とできないことだったから。

「里歩、行ってきなよ。お父さんには甘えられる時に甘えさせてもらわなきゃ、いなくなってから後悔するよ」

「絢乃……。ありがと、じゃあ今日はここでバイバイだね。また連絡するから」

「うん。今日は付き合ってくれてありがと」

 里歩と別れた後、ひとりで駅ビルの中をブラブラ歩いていると――。

「あのさ、間違ってたらゴメン。――篠沢、絢乃ちゃん?」

「……はい? そう……ですけど」

 後ろから唐突に男性に声をかけられ、わたしは戸惑いながら振り返り、その男性の顔をまじまじと見つめた。この人、誰かに似ているような……。

「あ、ゴメン! オレは決して怪しいモンしゃないから。……っていうか、オレの顔に何かついてる?」

「あー……、いえ。ちょっと知り合いに似てるなぁと思って。でも誰だったか思い出せなくて」

「ああ、そういうことか。――オレの名前は、桐島(ひさし)。弟がいつもお世話になってます、絢乃ちゃん」

「桐島? ……って、ああ! もしかして、桐島さんのお兄さまですか? 調理のお仕事をなさってるっていう」

 そうか、貢に似ているんだ。ちょっと猫っ毛な髪質や、優しそうな目もとや、シャープな(あご)のラインが。
 貢には四歳上のお兄さまがいると、わたしもその四ヶ月前に聞いていた。この男性はちょうど三十歳前後、年齢的にも彼の四歳くらい上に見えた。

「大正解♪」

 貢のお兄さま――悠さんは、嬉しそうにニンマリ笑った。
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登場人物紹介

篠沢 絢乃 (しのざわ あやの)

この小説のヒロイン。大財閥〈篠沢グループ〉会長兼CEO。私立茗桜女子学院高等部2年生→3年生。

4月3日生まれ。牡羊座・O型。身長158㎝。

語学堪能(英語・中国語・韓国語・フランス語・スペイン語・イタリア語の5ヶ国語がペラペラ)で、料理も得意。

スイーツと甘めのカフェオレ・カフェラテが好物。

顔は母親似、一本芯の通った頑固な性格は父親似である。

一人称は「わたし」。

桐島 貢 (きりしま みつぐ)

この小説のヒーロー。大手総合商社・篠沢商事総務課→人事部秘書室勤務。大卒。25歳→26歳。

5月10日生まれ。牡牛座・A型。身長178㎝。

絢乃が会長兼CEOに就任した同日、正式に会長秘書となる。また、彼女の送迎も担当。マイカー(シルバーの軽自動車→シルバーのレクサス)で通勤している。

大のコーヒー好きで、淹れる方も得意。バリスタになりたいと思ったことも……。スイーツ男子でもある。

真面目で温厚な性格。一人称は「俺」、もしくは仕事中などは「僕」を使う。

中川 里歩 (なかがわ りほ)

絢乃の同級生で大親友。私立茗桜女子学院2年生→3年生。

6月17日生まれ。双子座・B型。身長167㎝。バレーボール部キャプテン。

絢乃とは初等部受験の日から親しく、もう10年来家族ぐるみで付き合いがある。

ボーイッシュな外見に似合わず美意識は高いが、料理はあまり得意ではない。運動神経はバツグン。

性格は頼りになるアネゴ肌。言いたいことは誰に対してもズバズバ言うのがポリシー。

一人称は「あたし」。

篠沢 加奈子 (しのざわ かなこ)

絢乃の母で篠沢家現当主。篠沢グループ会長代行。私立茗桜女子学院→私立大学(男女共学)卒。43歳→44歳。

4月7日生まれ。牡羊座・O型。身長160㎝。

公立中学校で英語教諭をしていた25歳の時に絢乃の父・旧姓井上源一(婿養子)と見合い結婚し、翌年に絢乃を出産。その2年後に第2子を身籠るが、仕事のストレスが原因で流産。その後体調を崩して教職を離れ、専業主婦に。

趣味はジャズ鑑賞、大の紅茶党。

時に厳しく、常に優しい理想の母親。一人称は「私」。

桐島 悠 (きりしま ひさし)

貢の兄で桐島家の長男。高卒で大手飲食チェーンでアルバイトを始め、現在は正社員(店長)。調理師免許あり。29歳→30歳。

6月30日生まれ。双子座・B型。身長176㎝。実家暮らし。

弟の貢との兄弟関係は良好で、彼と絢乃との恋も応援している。なかなか煮え切らない二人の関係を後押しすべく、キューピッドとして行動する。

仕事柄料理が得意で、将来は自分の店(洋食店)をオープンさせるのが夢。彼女持ち。

一人称は「オレ」。

阿佐間 唯 (あさま ゆい)

3年生になってからの絢乃のクラスメイトで親友。私立茗桜女子学院3年生。

7月5日生まれ。蟹座・B型。身長155㎝。マンガ・アニメ同好会所属。

アニメやマンガ好きないわゆる〝オタク女子〟で、話し方も個性的。でも憎めないキャラ。

実は篠沢グループの顧問弁護士・阿佐間政義の娘で、4歳年上の兄と二人兄妹。

レモンティー(特に冷たい方)が好き。

性格は自由人。将来の夢はアニメーター。

一人称は「唯」。

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