大切な人の守り方 ①

文字数 3,301文字

 ――わたしと貢の二人が結婚に向けてゆっくりと動き始めた夏は、短くもゆったりと過ぎていった。


 その間にわたしは韓国での修学旅行を目いっぱい楽しんできたし、夏休みの間には貢と二人で夏季休暇を利用して、出張という名目で一泊二日の(こう)()旅行もした。母から「十月に新規開業する篠沢商事の神戸支社を視察してきてほしい」という命を受け、「ついでに二人で観光でもしてらっしゃい」ということでそうなったのだ。

 もちろん、名目はあくまで〝出張〟だったので、ホテルの部屋はふたり別々のシングルルームだったけれど。視察が早く終わったので神戸の市街地で夕食に美味しいものを食べたり、二日目には観光名所をあちこち回ったりもできて、仕事としてもプライベートの旅行としても充実した二日間になった。

 もしかしたら、彼との関係も一歩前進するかなぁなんて勝手に期待していたけれど、それは残念ながらこの旅では叶わなかった。でも、たとえ体の繋がりがなくても、わたしと貢の心はちゃんと繋がっているから大丈夫だと思えた。わたしは彼を愛していて、彼もわたしのことをちゃんと大切に思ってくれているならそれで十分だった。


 そして季節は秋になり、わたしが貢と出会ってから一年が経とうとしていた頃、わたしは里歩や唯ちゃん、貢の勧めもあってやっとSNSを始めた。

「経営者には発信力も重要だよ♪ 時代の波に乗っかんなきゃ」

というのが親友二人の共通認識であり、貢もそれに賛同した。

 わたしは始めたばかりのSNSを活用して、自分自身や篠沢グループのことを大々的に発信していった。インスタグラムではわたしの私生活の様子や、貢のために作ってあげたお料理やスイーツの写真を投稿して、「セレブ=世間とはかけ離れた世界」というイメージを払拭(ふっしょく)しようとした。その一方で、(エックス)では秘書である貢や社員のみなさんにも協力してもらい、篠沢グループの企業概要や会社の様子、どういう事業に取り組んでいるかを周囲に理解してもらえるような投稿をしていった。

 どちらもフォロワー数はみるみるうちに増えていって、SNSを始めてよかったという確かな手ごたえを感じていたのだけど……。
 そんな頃だった。わたしと貢の絆に危機が訪れたのは。


「――絢乃! 大変たいへん! これ見て!」

 ある日の終礼後、わたしが教室で帰り支度をしていると、スマホを開いていた里歩が血相を変えてわたしの席まで飛んできた。

「どうしたの、里歩? そんなに慌てて」

「だから大変なんだって! アンタもスマホでX開いてみて! ほら今すぐ!」

「う……うん、分かった」

 何が何だか分からないままアプリを開き、彼女の言うキーワードで検索すると、トップに表示された記事にわたしは茫然となった。

「ちょっと何これ!? わたしと貢の2ショットだ。しかもこのアングル、まさか隠し撮り!?

「みたいだね。顔はハッキリ写ってないけど、全体の雰囲気で何となく誰だか分かるっていうギリギリのアングルで撮られてる。これはちょっと悪質だわ」

 里歩もすぐ横で眉をひそめ、低く唸った。これは相当怒っているなとわたしも感じたし、それはわたし自身も同じだった。

 記事そのものを読んでいくと、こんな悪意に満ちた内容が投稿されていた。


〈篠沢グループ会長のスキャンダル発覚! 隣に写ってるのは彼氏か!?
 大してイケメンでもないのに逆玉を狙った不届き者! 男のシュミ最悪!!
 #この男見つけたら制裁 #この男は社会のゴミ                〉 ……


「何なのこれ……。誰がこんなひどい投稿を……」

 しかもその投稿のコメント欄はすでに炎上していて、おびただしい数の拡散までされていたのだ。あまりの(いきどお)りに、スマホを持つわたしの手がブルブル震えた。
 葬儀の日、父のことを散々コケにした親族にさえ、これほど強い怒りを覚えなかった。それは、彼らがわたしの目の前で言いたい放題言っていたから。確かに腹は立ったけど、「ああ、この人たちは所詮この程度の人間なんだな」と思えば諦めもついた。でも、この時は違った。目に見えない人からの悪意ほどおぞましいものはない。

「……この書き込みしたの、男みたいだね。絢乃、このアカウントに心当たりある?」

「ううん、見たこともないアカウント。だいたいわたし、男の人に恨まれる憶えなんて……」

「だろうね。じゃあ桐島さんはどう? アンタにはなくても、桐島さんが誰かから恨まれてる可能性はあるんじゃないの? っていうかこの投稿、明らかに彼に悪意の矛先(ほこさき)が向いてるし」

「あ……、確かにそうだね。でも、どうなんだろ……? 彼だって人から恨まれるような人じゃないと思うけど」

「あーーーっ! この服装、豊洲の

で会った時のだよね!?

 いつの間にか目の前に来ていた唯ちゃんが、写真に写るわたしたちの服装に気がついて雄叫びを上げた。

「うん……、確かに」

「唯、これ書いた人分かっちゃったかも」

「「えっ!?」」

 わたしと里歩は同時に驚きの声を上げ、ドヤ顔の唯ちゃんを見た。

「小坂リョウジさんだよ、多分。あの日、あそこで映画の舞台挨拶やってたでしょ?」

「あ……!」

 確かに唯ちゃんの言ったとおり、彼はちょうどあの日、主演映画の舞台挨拶をするためにあの場所に来ていた。

「うん。でね、空き時間にショッピングモールの中をうろうろしてる時、たまたま桐島さんと一緒に歩いてる絢乃タンを見かけて写真撮ったんだよ」

「ちょっと待って、唯ちゃん。小坂リョウジがそんなことした理由は?」

 名探偵ぶりを発揮していた唯ちゃんに、里歩が水を差した。

「絢乃タンにCMの共演を断られたから。だしょ、里歩タン?」

「……まぁ、そんなこともあったけど。だからってそれくらいの理由で絢乃のこと逆恨みするかなぁ?」

「う~ん、それは唯には分かんない」

 にゃはっ☆ と笑いながら答えた唯ちゃんに、わたしたち二人はのめった。

「…………っていうか里歩、恨まれてるのは貢の方じゃなかったっけ?」

「あ、そうだった。でも、これってホントに小坂リョウジのアカかなぁ? ちょっと待って……。あったよ、公式アカ。でもユーザー名が全然違うね」

 里歩は自分のスマホで小坂さんのアカウントを検索したらしく、ヒットしたアカウントには公式であることを表す青い認定マークがついていた。

「ってことは、裏アカか成り澄まし? どっちにしても悪質だよね。……一応、サポートセンターに荒らし(スパム)行為で通報した方がいいかな」

「うん。でも、多分通報してもキリがないと思うよ。こういうアカはウジャウジャ増殖するから」

「ぞっ、増殖……?」

 里歩の指摘に、通報メールを送信し終えたわたしはゾッとした。そんなの、おぞましい以外の何ものでもない!

「そうならないためにも、まずはこの書き込みがホントに小坂さんのアカから発信されてるのか突き止めなきゃだよね。多分、かなりハードル高いと思うけど」

「そうだよね……。もし裏アカウントなら、海外のサーバー経由で作られてるかもしれないもん。そこから先を辿るのはちょっと難しそう。そういうのを調べてくれる、専門の調査会社とかないのかなぁ。ネット犯罪とか、そういう問題に特化してるような」

 わたしは頭を抱えた。篠沢グループの中にも調査会社はあるけれど、そこまで突っ込んだ調査はしてもらえない。そこで十分事足りるなら、わたしもこんなに悩まなくて済んだのだ。

 きっと貢もこの投稿を目にしているだろう。この先、彼の個人情報(プライバシー)を特定しようとする人たちも出てくるだろう。わたしはどうすれば、この悪意から彼のことを守れるだろう……?

「――ところでアンタ、今日は会社行かなくていいわけ?」

 彼のことを案じていると、里歩が現実的な指摘をしてきた。そういえば、数分前に彼から「今からお迎えに向かいます」とLINEが入っていたのだ。

「行かない……わけにはいかないよね。彼もこの投稿見たのかな……って思ったら、彼のメンタルが心配だし。ここはボスであるわたしが頑張らなきゃ!」


 というわけで、色々と思うところはあったものの、わたしはこの日も出社することにしたのだった。
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登場人物紹介

篠沢 絢乃 (しのざわ あやの)

この小説のヒロイン。大財閥〈篠沢グループ〉会長兼CEO。私立茗桜女子学院高等部2年生→3年生。

4月3日生まれ。牡羊座・O型。身長158㎝。

語学堪能(英語・中国語・韓国語・フランス語・スペイン語・イタリア語の5ヶ国語がペラペラ)で、料理も得意。

スイーツと甘めのカフェオレ・カフェラテが好物。

顔は母親似、一本芯の通った頑固な性格は父親似である。

一人称は「わたし」。

桐島 貢 (きりしま みつぐ)

この小説のヒーロー。大手総合商社・篠沢商事総務課→人事部秘書室勤務。大卒。25歳→26歳。

5月10日生まれ。牡牛座・A型。身長178㎝。

絢乃が会長兼CEOに就任した同日、正式に会長秘書となる。また、彼女の送迎も担当。マイカー(シルバーの軽自動車→シルバーのレクサス)で通勤している。

大のコーヒー好きで、淹れる方も得意。バリスタになりたいと思ったことも……。スイーツ男子でもある。

真面目で温厚な性格。一人称は「俺」、もしくは仕事中などは「僕」を使う。

中川 里歩 (なかがわ りほ)

絢乃の同級生で大親友。私立茗桜女子学院2年生→3年生。

6月17日生まれ。双子座・B型。身長167㎝。バレーボール部キャプテン。

絢乃とは初等部受験の日から親しく、もう10年来家族ぐるみで付き合いがある。

ボーイッシュな外見に似合わず美意識は高いが、料理はあまり得意ではない。運動神経はバツグン。

性格は頼りになるアネゴ肌。言いたいことは誰に対してもズバズバ言うのがポリシー。

一人称は「あたし」。

篠沢 加奈子 (しのざわ かなこ)

絢乃の母で篠沢家現当主。篠沢グループ会長代行。私立茗桜女子学院→私立大学(男女共学)卒。43歳→44歳。

4月7日生まれ。牡羊座・O型。身長160㎝。

公立中学校で英語教諭をしていた25歳の時に絢乃の父・旧姓井上源一(婿養子)と見合い結婚し、翌年に絢乃を出産。その2年後に第2子を身籠るが、仕事のストレスが原因で流産。その後体調を崩して教職を離れ、専業主婦に。

趣味はジャズ鑑賞、大の紅茶党。

時に厳しく、常に優しい理想の母親。一人称は「私」。

桐島 悠 (きりしま ひさし)

貢の兄で桐島家の長男。高卒で大手飲食チェーンでアルバイトを始め、現在は正社員(店長)。調理師免許あり。29歳→30歳。

6月30日生まれ。双子座・B型。身長176㎝。実家暮らし。

弟の貢との兄弟関係は良好で、彼と絢乃との恋も応援している。なかなか煮え切らない二人の関係を後押しすべく、キューピッドとして行動する。

仕事柄料理が得意で、将来は自分の店(洋食店)をオープンさせるのが夢。彼女持ち。

一人称は「オレ」。

阿佐間 唯 (あさま ゆい)

3年生になってからの絢乃のクラスメイトで親友。私立茗桜女子学院3年生。

7月5日生まれ。蟹座・B型。身長155㎝。マンガ・アニメ同好会所属。

アニメやマンガ好きないわゆる〝オタク女子〟で、話し方も個性的。でも憎めないキャラ。

実は篠沢グループの顧問弁護士・阿佐間政義の娘で、4歳年上の兄と二人兄妹。

レモンティー(特に冷たい方)が好き。

性格は自由人。将来の夢はアニメーター。

一人称は「唯」。

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