4$ I just wanted to be with you(6)

文字数 3,067文字

 撮れ高は十分だった。
 あの狂った殺し屋と、それを飼う組織を全員一網打尽にできる。
 それにあの殺し屋が目障りな外国人暴力団を壊滅させたのは、最高だ。愚かなヤクザ同士でつぶし合えってくれて清々した。
 危ない橋を渡ったかいがあったというものだ。
 車に乗り込み、念の為カメラのデータカードを取り出してベルトのバックルに隠す。
「本当に、貴方って人は、最低ですね」
「あ?」
 顔を上げると、ここにいるはずのない人物がいた。
 車の後部席に座っている。
 いつからいた? 戻った時にはいなかったと思ったが。
 データを確認している間に入ってきた? そんな事できるはずがない。
 言いしれない恐怖を感じたが、それを見せたらこっちの負けだ。愚か者と戦う時、こちらの気持ちを悟られたらおしまいだ。
「なんで、お前がいる」
 生活安全課の小娘だ。
 きゃんきゃんと小うるさい、偽善と青臭さが鼻につく小娘。
 それが車に乗っている。
 嫌な予感がした。ルームミラーを調整すると、やはり後ろの席にいる。
「車を降りろ。これはオレの車だ」
「いいえ。警視庁の車です」
「そういうことじゃねえよ。さっさと降りろっつってんだ」
 腰に吊っているけん銃に手を伸ばす。なんとも、嫌な予感がする。すぐ目のでは、ヤクザの乱射事件が勃発したばかり。警察官の死体ひとつ余分に作っても、オレは疑われない。
 それに、オレの後ろには、”ホテル”の支配人がいる。
 パン。
 突然の破裂音。
 咄嗟に身を引こうしたが、動かない。視点が下がっていく。
「帝都ホテルは、貴方を不要と判断しました。やり過ぎたんですよ、狂犬風情が」
 にっと笑った小娘は車を降りる。
 何をした。
 視界が暗転する。


 体がだるい。
 頭が割れそう。
「流石、裏町最強の殺し屋サマだ。もう目が覚めた」
「ドクター? なら病院だ……」
 聞きなれた、しわがれた老人の声。
「愛人に感謝しろ。その娘がいなかったら、お前でも死んでたぞ」
「え?」
 そういえば、誰かがずっと手を握ってる気がする。
「あかね……」
 真っ青な顔をした彼女。
「全部抜けって、脅してきやがった」
 しぼみかけている輸血パックが目についた。
 頭が回らないけど、彼女が、助けてくれたみたいだ。
「あかね……」
「念の為、検査して避妊薬を飲ませたおいた。しばらくはちゃんとした病院に連れてけ」
 無機質な闇医者の老人の言葉に、胸が痛くなった。
 誘拐されて犯され、どれだけ不快で怖い思いをしたかと思うと、胸が裂けそうだ。自分がされてもなんともないのに、彼女がと思うと、辛い。苦しい。
「ありがとう……。ごめんね……」
 自分のせいで巻き込んだ。
 やっぱり、彼女とこのまま居続ける事は、できない。
 あまり衛生的でないベッドに横になっている自分と、その隣で突っ伏して眠っている彼女。
 あかねの事は、少し調べた。
 両親は離婚。父方に引き取られたが、父親は別に女がいるから家には帰らない。母親はホストに狂っているので、あかねには見向きもしない。
 家庭としては、普通の基準で言えばサイアク。あたしが代わりにぶっ殺してやりたいけど、あかねはそれを望んでない。
 遠い親戚が静岡の方にいるらしいから、そっちに行けば、ヤクザの手は回らないと思う。
 彼女と、分かれた方がいい。それはわかってる。
 わかっているけど、苦しい。
 お腹の底、頭の芯が、離れたくないと絶叫している。
 それでも、あたしと一緒に居たらダメだ。
「うぅ……」
 泣けてくる。
「鬼の目にもってやつか? なんだ突然?」
「はなれたく、ない……」
「ああ? なら一緒に居ればいいだろう」
「そしたら、また危ない目にあう」
「なら守ってやれ。少なくとも、もう裏町中で、お前が女拾って浮かれてるって有名だからな」
「うあ? なんでえ?」
 なんでそんな話が広がってる?
「お前は、こっちじゃ有名人だからな。バカみたいに派手で、暴力的で、帝都ホテルの持つ戦力の一端として、もう裏町で認知されている」
「……」
「そんなお前が女にうつつを抜かしてれば、それは噂にもなるだろう。この街にいる限り、秘密は”ホテル”の中にしかない」
 それなら、もう、あたしが守るしかない。
 帝都ホテルは、この国最大の裏組織のネットワークだから、どこに逃げても意味がない。
 ホテルはあたしの事を評価しているんだ。
 さっき、あたしは撃たれた。あかねを助けたけど、そこで意識がない。でもここにいるって事は、組織の誰かが手引きしてここまで運んでくれたんだろう。
 そうなれば、ある程度は組織はあたしに協力してくれる。一人だけでは無理でも、それなら彼女を守り切れるかもしれない。
 逆にいえば、下手をすれば彼女も含めて抹殺される。
 リスキーだけど、最善に思える。
 もう、この蟻地獄からは逃げられない。落ち切って死ぬか、もがき続ける。
 結果は変わらないかもしれない。でも、彼女だけは、この地獄から抜け出させたい。
 闇医者は輸血に何か薬を混ぜて、出て行った。
 突っ伏して眠っている彼女の髪の毛をかけ上げた。ひどく疲れているような、疲労困憊という顔。この闇医者のいるビジネスホテルの安い部屋着を着た彼女。
 胸が張り裂けそうだ。
「ざくろ……」
 うっすらと目を開けたあかね。
「あかね。ありがとう。ほんとうに。でも、ごめん。あたしのせいで、怖い思いさせた」
「あ、ちが。その」
 握った手が、離そうとよじってる。でも、あたしは放したくない。
「もう、怖い思いはさせない。あたしが、絶対守る。だから……」
「いい。私は、もう、一緒にいれない」
「え?」
 世界が凍り付いたかとおもった。
 それもそうだ。だって、こんな危険な女となんて、一緒に居たくないに決まってる。
「も、もう、一緒に居れない。だから」
「やだ……」
 一回止まった涙が、また溢れて来た。
 さっきは自分で彼女と分かれようと思ったのに、言われてしまったら、ダメだった。
「やだ。絶対ヤダ! 離れない! 別れない! 一緒に居て! お願い、なんでもする。もう二度と怖い思いもさせない。何かきたら、全員あたしが殺す! 世界だって滅ぼしてもいい。だから、お願い。おねがいだから!」
 彼女の手に縋っていた。自分でも訳が分からなくらい、気が狂いそうなほどに、離れがたい。彼女がいなくなったら、息ができない。心臓すら動かせない。苦痛の中を歩むよりも苦しい。
 いっそ死んでしまう方が、どれだけ安易な事か。
「捨てないで。なんでもしますから……」
 今までこれほど、誰かに縋りついたことはない。
 絶望がこわい、からじゃない。
 死ぬのがこわいんじゃない。
 ただ純粋に、彼女に捨てられたくない。
 彼女がいない世界を考えただけで、発狂しそうだ。
「え、っと。その、ちがくて」
「おねがいします」
「だから、ちがうの。私、男にレイプされて、それで、腰振って喜んでたの! 中に出されていったの! 汚いの。汚れてるの! だから」
「全員殺した! もうそんなやつらいない! あかねに触ろうとするやつ全員殺すから! だからお願いだから!」
「え、ちが、そうじゃなくて」
「お願い。すてないでください。いっしょにいてほしいの」
 困った顔のあかね。困らせてごめんね。でも、本当に、あたしは、もうあなたなしじゃ、狂ってしまう。
 あなたのぬくもりがないと、あたしは見境なく殺して回るだけの、銃弾になる。
 あなたがいない世界なんて必要ないから、滅ぼすと思う。
 だから、捨てないで。
 くらくらと目が回ってきた。
「すへはいれ、くあはい……」
 ダメだ。あの医者、鎮静剤入れたな。
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