4$ I just wanted to be with you(2)

文字数 4,597文字

 どうしていいかわからないでいると、さっきの女性が入ってきた。髪の毛はぼさぼさになっていた。
「ごめんさい」
 90度のお辞儀をいきなりされた。
 訳が分からずぽかんとしていると、彼女は話してくれた。
「あのおっさん、田処警部補って言うんだけど、犯人検挙のためならなんでもやっていいと思ってる人なんだ」
 でしょうね。
 頭を下げたままなのは、なにか違う気がするから、私は彼女に顔を上げるようにお願いした。
「本当にごめんなさい」
「悪いのは、あの刑事の人ですから」
「顔も、痛いよね? 大丈夫? あの人、手加減とかしないし」
 一瞬だけ部屋を出て、あれ持ってきてと言う。多分入口の脇にもう一人立ってるんだ。
 それからすぐに部屋に戻ってきた彼女は、保冷剤をまいたガーゼを持ってた。
「これ、顔に当てて」
「ありがとうございます」
 ありがたいので受け取って顔を冷やす。それだけで熱をもってじんじんと痛みんでいた頬がだいぶ良くなる。当てるのも痛いけど。
「それから、先に謝るけど、立華 ざくろさんについては、本当に何も知らない?」
 眉尻を下げて、本当に申し訳なさそうに聞いてきた。
 私は生唾を飲んで、必死に考える。
 どう答えるのがベストか。
「その人が、何か……?」
 質問を質問で返すのはよくないけど、今はそんなの言ってる余裕はない。
「……実は、さっき、新宿で発見されて」
「発見?」
 嫌な言い方。急にじりじりと不安が一杯になる。
 あんな仕事をしているわけだから、もしかしたら、最悪な事も起きるかもしれない。
 十分考えられる。さっきまでとは全然違う不安と恐怖。
「腹部に一発。銃創がある状態で」
「じゅ……ッ!? 無事なんですか!?」
「大丈夫。今はまだ意識回復はしてないけど、警察病院にいる」
「そこ、どこですか!?」
「面会はできないから。落ち着いて」
「でも」
「警察としても、放置するわけにはいかないから。でも、気持ちはわかるから……」
 私が行った所で、なにか意味があるわけじゃない。でも、行きたい。無事を確認したい。
「これ以上、何か聞くことはない。あなたはただのクラスメイトだった。それだけにするから」
 言い聞かせるような言い方。何が言いたいのか。
「こんな事は本当は言いたくない。もしかしたら、貴女がいればあの子を更生できるかもしれない。でも、ふたつだけ言うね」
「なんですか……」
「立華ざくろさんは、とてつもなく危険なの。彼女は【トカレフ】っていうコードネームで呼ばれるこの界隈じゃ有名な殺し屋で、信じられないくらいたくさんの容疑がかけられている」
 薄々わかってはいたけど、警察からそんなことを聞かされるとは思ってなかった。
 それにしても、こんな非現実的なセリフを聞く日が来るとは思ってなかったなぁ。
「そんなの、知りませんよ……」
「え?」
「私の前で彼女は、ちょっと、スケベで変態だけど、ふつうの女の子でしたから」
 そうだとも。どれだけ現実で悪党だったしても、私の前の彼女はただのスケベなだけの私と同じ女子高生だった。それなのに全員がアイツは悪魔だと突き放したら、彼女は本物の悪魔になる。そんなのは、悲し過ぎる。
 私が彼女の楔になる。彼女が帰ってこれるように。ただの女子高生になるために。
 目をつぶった刑事さんはうんと頷いて、私の手を握ってきた。
「やっぱり、彼女には貴女が絶対必要だと思う」
「は、はぁ……」
「私にできる事は、協力するから」
 そういって、彼女に連れられて警察署を出た。
「ちょっと状況確認のために同行してもらえるかな」
 いまいち状況はわからないけど、もしかしたらこれは私を警察病院に連れて行ってくれるという隠語かもしれない。
 うなづいて答えると、彼女はパトカーではなく、明らかに個人の軽乗用車に私を乗せた。
「ごめんね。パトカー使用の申請出してないから」
 たしかに公用車だから、パトカーを勝手に使うわけにもいかないんだ。
「そうだ。私、(あくつ) (あい)巡査長。自己紹介してなかったね」
「ああ。そういえば、そうでした。西 茜です」
「西さんね。同じ二文字名前同士仲良くしましょう」
「はあ……」
 警察手帳を見せてにこりと人好きのする笑顔を見せた彼女は、手帳をしまってシートベルトをしっかり装着。私も習ってつける。
 安心感のある運転で車は走り出す。
 それから都内の煩雑で狭苦しい道路を抜けて、普通の病院チックな建物に入った。
 警察病院という物に初めて来たが、よくある病院とそれほど変わらない。看板にでかでかと警察病院と書かれているだけだった。
 明らかに普通の人も出入りしているし、想像していたのと違う。刑務所みたいな病院だと思っていたのに。
 きょろきょろしてしまう。
 圷巡査長は受付でいくつかやり取りして、必要事項を記入。
「こっちだって」
「は、はい」
 案内してくれるらしい。
 あまり大きな病院に来た事はないけど、たぶん特別な事はない。
 ドラマとかで見るような、清潔感のある病院の通路。人がたくさんいるけど、消毒液の臭いというか、駅とかのような空気の悪さを感じないのはさすがに病院だからかな。
 通常病棟とか、レントゲン室、消化器科、などの看板をいくつかスルーして、私たちは一番奥まで進んでいった。
 通路の終わりにはドア。警察官が脇に立っていて、いかにもと言う雰囲気になった。
 無関係、ではないけど、関係者ではないのに入っても大丈夫なのだろうか。少しの不安は、あっさり敬礼されて入れたのでなくなった。
 それからエレベーターに乗って上の階へ。着いた階はやはり警察官が立っている。
 厳戒態勢なのだろうか、それともこれが普通なのかはわからないが、警察官が沢山いると何もしていないのに緊張してしまう。
 病室の入り口には、部屋番号だけで、名札はない。一般的な病院と異なる事が多い。
「失礼します」
 圷巡査長はドアをノックして、3秒待ってから開けた。
 部屋はそこそこ広くて、ベッドがひとつと格子付きの窓。洗面台と個室トイレまであった。ドアも外から施錠できるようになってたし、いざとなればここに拘禁できるようになっているみたい。
「ザクロ!」
 ベッドにはいろんな機械や点滴薬が大量につなげられた彼女が横たわっている。
 居ても立っても居られなくて、ベッドに飛びつく。
 目を閉じている。横の機械から規則正しい電子音だけが聞こえた。
 眠っているようだけど、不安になる。
「今は麻酔も効いているから、大丈夫」
「大丈夫なんですか?」
 銃で撃たれたって聞いた。間違いなく重傷だと思う。
 明るく大丈夫だと言って欲しかったけど、表情は晴れない。
「弾の方は奇跡的に。でも失血がひどくて」
「血が足りないなら、私から抜いてください。私、O型です」
 O型の血液型は誰にでも輸血できると聞いた事がある。
「いえ、今はもう大丈夫。それより治療を受けるまでに失血が酷くて」
「うぅ……」
 何も、出来ることはない、という事か。
 点滴が打たれた手を握ると、驚くほど冷たかった。甲に刺しているのは初めて見たけど、痛々しい。
 彼女は強い。学校でも、悪事の世界でも、1人で生きて来れたくらい。
 だから、これくらいで死ぬはずない。
「そろそろ、時間みたい」
 本来なら、一般人は入れないはずだから、長居はできないんだと思う。
 せめて目を覚ますまでとは思ったけど、圷巡査長に迷惑をかけるわけにもいかない。
 名残惜しいけど、仕方がない。手を放して立つ。
 どうか、無事に帰って来て。
「いきましょ」
「はい」
 病室を後にした。


 圷巡査長と別れて、私はひとりで帰路についた。
 彼女の家に戻ろうか、それとも自分の家に行こうか悩ましい。どっちにしても、誰もいないのは変わらない。
 それならせめて、ざくろが帰ってきた事が分かるように、彼女の家で待とう。
 食料と飲み物を買えるだけ買い込み、彼女の家へ。
 ざくろの家は、学校から近い高層マンションだった。
 なんでこんな高級マンションに住んでるのかとも思ったけど、彼女の生業を考えたら後ろ盾の組織が用意したんだろうと納得した。
 もちろん入口はオートロックで、カードを持っているだけで開くというものらしい。広いエントランスを抜けようとした時、突然何かをかぶせられた。
 悲鳴を上げる間もなく担ぎ上げられて箱に放り込まれて、どこかへ連れていかれた。
 混乱はしていた。けど、恐怖で何もできない。
 殺される……。
 背筋が冷たくなった。
 なによりも、もう二度とざくろに会えないかもしれないという事が、悲しかった。
「デート、したかった」
 助けを望もうにも、彼女はまだ意識不明だと思う。
 昔見た映画か、なにかを思い出した。
 復讐の一端で、家族を誘拐して、バラバラ死体にして送り付けるというもの。
 きっとその末路が用意されている。
 自分でも驚くほど死ぬことへの恐怖は感じなかった。
 それ以上にさみしいとか、悲しいという感情が強い。
 窮屈な箱の中では携帯すら出せない。体中が悲鳴を上げて、左右に揺れる事の不快感が限界を迎えようとした時、突然箱から出された。
 新鮮な空気と、体が動かせる開放感を堪能した直後に、額に何か硬いものを押し付けれた。
「トカレフ、知ってるな?」
 アクセントのおかしい言葉は、外国人のような雰囲気を感じた。
 顔を上げてみると、目出し帽をかぶった誰かが、銃を私に向けていた。ざくろが持っているような、手にもつような小さいもの。
「トカレフ! 知ってるな!?」
 銃の先でごつんと押された。痛い。
「し、しりません」
「嘘! いうな!」
 今度は普通に殴られた。
 女子のケンカで殴られた事はあるけど、そんなの比じゃない。勢いで体が横に投げ出された。
 頭がくらくらする。痛みより衝撃だった。
 めまいを感じていると、頭皮が痛くて、悲鳴を上げた。髪の毛を掴まれて持ち上げられていた。
「殺す! 嘘、言うな! トカレフ、知ってるな!?」
「知らない、って、言ってるでしょ!」
 悲鳴からそのまま叫んでいた。そしたら投げ捨てられた。
 ぱんという爆竹の100倍くらいの音量がして、あまりの音量にめまいを感じた。
 撃たれた? でも、痛くない。
 恐る恐る目を開けると、確かにどこも撃たれていない。ほっとしているとまた目の前に銃。
「次、嘘言ったら、撃つ。殺す。トカレフ、知ってるな!?」
 ここで殺されるのは、本当に嫌だけど。私の口から彼女の情報が誰に知られるのも、嫌だ。
 私が、彼女を守る。たとえ死んでも、何も言うものか。
 口をつぐんで目を閉じる。
 でも死は来ない。
 恐る恐る目を開けると、目出し帽をかぶった人物が2人に増えていた。
 それから私が知らない言葉で会話し始める。
 それから銃を持っていない方の人物は、私を後ろ手にして縛って座らせた。
「お前、トカレフの女だろ? なら、あのバカ女、ここに来る」
 後から来た方が、耳元でそう言った。反応したら負けだ。
 暴力的な最初の一人目より、暴力は振るわないけど狡猾な二人目の方が危険かもしれない。
 なにより、このままでは私をエサにザクロがおびき寄せられてしまう。
 あの子は、優しいし、きっとものすごい怒ってここに突っ込んできそう。
 普段なら心配だけど、なんとかなりそう。でも、今はダメ。なによりまだ意識を取り戻してすらない。
 どうするべきだろう。逃げ出すのは、現実的にできなさそうだし。
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