第12話

文字数 2,172文字

ケントは、テディーベアの様子を横目で確かめた。

テディーベアの感想を聞きたかったところだが、
沈黙に耐えられず、先に言葉を発したのは、ケントの方だ。

「やっぱり、キモいよな」

「…キモいとは、言っていないよ。ボクも同じようなものだ」

口を開いたテディーベアが、柔らかな身体で振りかぶる。

手に持った光の玉を宙に投げて、
光の玉が真っすぐな軌道で飛んで行くと、
ケントの胸は少しすっきりとした。

しかし、天井がない宙に玉を投げるのは、虚無だ、とも思った。

頭上では、どこにも辿り着けず弾けた光が散って、
短いメロディーが宙を走り、消滅した。

「なあ、どのくらい前から、その光の玉を投げているんだ」

「どのくらいだろう。そんなに長くはないよ。十年くらいかな」

長いな、というケントの呟きに、テディーベアは頷かなかった。

地面に座り込み、地表に置いていたラジオを、毛玉だらけの足の間に招いた。

応答願う。テディーベアの声は、静かな宇宙に無視され続ける。

テディーベアは、ラジオのアンテナを弄り、空を見上げて、通信を試みる。

まるで自分を、外側から観察しているようだった。

テディーベアが再び、応答願う、と語り掛けたとき、
ケントは音のしないラジオに思いっきり顔を近づけた。

「ちょっとくらい、反応しやがれ! って、気分になるな」

真ん丸の瞳が、ケントに向いた。

そして、顔を見合わせたふたりは、自然と笑い出した。

「君が急に大きな声を出すから、驚いた」

「大きな声なら聞こえるかもしれないだろう。
おーい、聞こえるか。
反応しやがれ、ばーか!」

テディーベアがまだ笑うのは、大声を出すケントの顔が、真っ赤だからだ。

「このラジオで、通信は出来ないんじゃなかったかい」

「夢の世界なら、何でもありだと思えてきたんだ! 
お前も、もっと大声で、文句を言ってやればいい!」

「文句って、なにを」

「恥ずかしいから訊くなよ。むかつくとか、馬鹿野郎とか。動物らしく吠えるとか」

「クマの吠えた声って、どんなの?」

「うーん、がおーって」

がおー、がおー。

銀河のひとつの星から、クマの鳴き声がふたつ。

ケントもがおー、と吠えてみる。

ケントは真剣なのに、テディーベアは楽しそうだ。

何回も吠えて、通信を試みる。

ケントは顔も耳も全てを赤くするまで吠えたが、ラジオはついに反応しななかった。



気が済むまで声を出した後、ふたりで星の上に座り込み、
星の岩肌を眺めて、ケントは、乗ってきた宇宙船を指差した。

「俺の宇宙船を使えよ。直接あの星に行って、確かめて来ればいい」

君は良いのかい、とテディーベアに訊かれて、ケントはにっと笑った。

テディーベアは少々悩んだ後、遠慮する言葉ばかり選んで口に出した。

ケントは思い切って、テディーベアの手を握った。

目をぱちくりさせるテディーベアの手を引いて、
立ち上がり、足で地面を蹴飛ばして、星を跳ね上がった。

人間とぬいぐるみの身体は、大きく飛躍して、ゆっくりと星の表面に戻っていく。

着地したらまた跳ねて、バランスが取れない身体を懸命に操った。

宇宙船の方へ、無重力の中を進み、
足を止めたのは、宇宙船から伸びる梯子の前だった。

ケントが切らした息を整える間、
テディーベアは星を見上げる格好で、巨人のような宇宙船を凝視していた。

ケントは、テディーベアの両脇に、手を挟み込んで持ち上げた。

軽くて柔らかい。小さな冒険者を、宇宙船から伸びる梯子に乗せた。

君は良いのかい、ともう一度、テディーベアが訊いてきた。

「待つ人がいない宇宙を、旅していた俺とは違う。
お前には、あの星で待っているやつがいるんだろう」

テディーベアの丸い耳が震えた。

あの星の声が、聞こえてきたのかもしれない。

テディーベアは、一回だけ頭を縦に振った。

宇宙船の出入り口が、船員を招くために開く。

「あの星にいる誰が待っているのは、きっと、ボクじゃない。
仲間か友達なのかもしれないし、昔に生き別れた恋人を待っているのかもしれない。
名前も知らないボクが向かって、こんなに役に立たないメロディを持って行ったら、
がっかりさせてしまうかな」

裂けた腹を手でなぞるテディーベアに、「それでも行くんだ」と、言葉を掛ける。

テディーベアが宇宙船に乗り込み、宇宙船の梯子が、星の地表から引き上げられる。

ケントは、これから発射する宇宙船を見送るために、手を振ろうと手を持ち上げた。

その時、手の中の違和感に気が付く。

グローブの手を目前で開けると、蛍ほどの小さな光が、掌に乗っていた。

こんなもの持っていたっけ。

ケントは、首を傾げる。

その頭上では、宇宙船の小窓に顔を引っ付けるテディーベアが、
宇宙船の内側から、ケントに声を掛けた。

現実世界なら聞こえるはずがない声だが、夢の世界にいるケントには聞こえた。

「ぼくには、小さい頃、憧れのミュージシャンがいた。
歌を聞くほどに、その人は寂しいんだって分かった。
その人に、ぼくの声が届けばいいと思ったんだ。
またね。
これは君の夢だと、君は言ったけど、これはぼくの夢でもある」

宇宙船が、ごうんごうんと鳴って、エンジンを轟かせた。

小窓から、テディーベアが手を振っている。

ケントも手を振り返した。

宇宙船の底から勢いよく空気が噴射されて、星のレゴリスが飛び上がる。

浮かんだ宇宙船が、星から離陸した。

ケントはまだ手を振った。

高く打ちあがっていく宇宙船が見えなくなるまで、見届けた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み