第8話

文字数 1,092文字

「昔に一度だけ、旅人に会ったことがあるよ。
旅人は、ボクを恥ずかしい奴だと言った。
こんな馬鹿な機械で、通信は出来ないと。
それから、こうも言った。
こんな広い宇宙で、ボクの声があの彼方の星に、届くはずがない」

テディーベアはラジオで通信がしたいらしい。

そのラジオに通信できる機能がないと理解しているケントは、
ふーん、と長く鼻を鳴らした。旅人の意見は、もっともだ。

ケントは真上に視線を投げた。

たとえ、ラジオに通信の機能があったとしても、
壮大な闇に浮かぶあの星々は、とても遠く感じる。

地表に視線を返すと、
ケントより背が低いテディーベアの存在がとても小さく、ちっぽけに感じた。

まるで、ケントと同じくらいの、ちっぽけさ。

そんなテディーベアは、
星空に指先のない丸い手を翳して、
「あの星だよ、あの星と通信がしたいんだ」と遠慮がちに方角を示した。

自然にケントの視線が、空に持ち上がる。

けれど、茶色く丸い手がどの星を示すのか、ケントには分からなかった。

ひときわ大きい輝きを放つ、三連続した星の右側か、左側か、
明後日の方向なのかすら分からない。

瞬く星が点在していても、広大な宇宙は闇そのものだ。

テディーベアが何度もケントに、〝あの星〟への道筋を指すが、
宇宙を見つめるほどに、そんな星は、そもそもないように思えてくる。

光沢のあるテディーベアの瞳には、ケントに見えない星の瞬きが、映っていた。

「聞こえるだろう」

テディーベアの澄んだ声が、星空に響いた。

見えるじゃなくて? とケントは訊き返した。

テディーベアの導きで、ケントは耳をうんと澄ませるが、宇宙は静かだ。

「あの星から、聞こえるんだ。
はっきりとした言葉じゃないけど、音が聞こえる。
誰か話す声のようで、道具で何かを奏でるような、不思議な音。
ボクには、その音が、こう聞こえるんだ。
〝助けて、どうか誰かここまで来てくれ、この音に反応して、応答してくれ〟って。
ほら、また聞こえた。また、また。いま、ほら」

真面目に耳を立てているが、ドラムの一音だって聞こえてこない。

テディーベアはラジオのひねりを動かした。

応答願う、応答願う、とラジオに声を掛けたが、
あの遠い星々に、届くはずがない。

汚いクマの勝手な片思いということだ。

ケントと同じで、惨めな片思い。

ちっぽけな野郎の想いは、黒髪の艶やかな彼女には、到底届かない。

現実のケントが居眠りをしている図書館に、今日も彼女は来ているだろうか。

応答願う、テディーベアの声がした。

意味のない通信を試みるのはやめて欲しくなる。

しかし、ケントが止めることなく、テディーベアは黙った。

音が止んだ、と囁いた後、テディーベアの様子がおかしくなった。
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