第3話

文字数 1,215文字

 僕は運良く「いい会社」に紛れこめた。銀行業だ。最初の配属は街の支店。新人は自分を入れて四人。内訳は総合職男性一名、一般職女性三名。この頃はまだ「総合職」「一般職」の区別があり、総合職は転居を伴う異動があり得、経営に関与する可能性がある職種。概ね大卒以上の男性。一般職は原則転居を伴わない異動しかなく、管理職にはならない。女性のみ。前回書いた通り、総合職には数人の女性がいたが、我が支店はステレオタイプ的な配属となっていた。不思議と同期の結束がある社風で、このような構成でもそれは受け継がれていた。またそもそも支店は女性が多い職場である。それは僕の人生初の、女性が多数派を占める集団での日常生活となった。

 同期四人で食事に行ったり、遊びに行くことも多々あった。高校時代の友人などはこの環境を羨ましがる訳だが、こちらとしては日々緊張のし通しだ。流石に全く話せないということは無いのだけれど、彼女たちの会話にどう入り込むべきか分からない。入れた場合でも、しばしば地雷を踏んでしまっていた。なのに、参加しないと嫌な顔をされる。もっとも彼女たちも女子大や女子短大卒だったので、僕との距離が掴めなかったのかもしれない。でも、こちらは少数派なのだぞ。貴女たちが話題にしている配慮してくれない先輩と同じじゃん? と思っていたが、怖くて言えなかった。


 普段は置物のように扱われている僕だったが、食事の支払い時や職場でのなんらかの行事の際だけは表に立たされる。「総合職、頑張って♡」「男の子でしょ!」と持ち上げられるが、実のところ大卒一年目の給料は一般職も総合職も同額であった。街の花火大会に誘わなかったら、一週間後に怒られた。こうした実害だけでなく、女子トークを傍で聞かされるので、知らなきゃよかった的な情報も耳に入ってしまう。こういう時には実に強く、金融知識の勉強がしたくなるから不思議だ。その分もどかしい時間を過ごすのだが、この中の誰かと恋愛関係に発展することもない。この関係からの抜け駆けはリスクが大きすぎるが、そのような気分にはならなかった。いや、よぎることはあったか……。

 またこのような会社では、社内結婚が盛んである。一般職が腰掛就職などと揶揄される風潮もまだ残っていたが、現場にいるとそれはよく分かる。数年先輩の一般職女性が窓口業務の先生になる。この先生と結婚したという男性は結構いる。いかにもな雰囲気のワンレン丸眼鏡美人さんが僕の先生だったが、「先に帰るネ」などと書かれたメモを残されたりすると背筋が凍った。僕は、そう言うの望んでいないんですけど……。そして同期女性たちはそれをネタに盛り上がる。いや、君ら数年後、後輩男性に同じことするなよ? なんてことも、言える訳がない。


 ただ、男子校に沈んでいた五、六年前の自分には、この環境は妄想の遥か上である。そしてその桃源郷でこんな心理状態に追い込まれるだなんて、全く想像できなかった。
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