第3話 学校と吸血鬼
文字数 8,205文字
幼い自分は一点の曇りもない笑みを浮かべて、運転席と助手席に座る両親に声をかける。
「―――――」
あの日の会話はそれ以上思い出せない。
多分、これから何をしようか、とか何を食べようか、みたいな幸せな会話だったと思う。
だが何にせよ、両親との最後の会話で別れを告げられなかったのは確かだ。
「…パパ?前に人いるよ?止まってあげないと」
車の前方に人影を発見した俺が、父親にそんなことを呟いた瞬間――
――俺の意識は刈り取られ、気がつけば病院にいた。
あとから聞かされた話だが、交通事故で俺の両親はどちらも死んでしまい、俺は2人の死体のおかげで命を零さずに済んだらしい。
でも、俺は確かにみた。
あれは普通の交通事故なんかじゃなかった。
車が何かにぶつかる瞬間――いや、意識が奪われる瞬間、俺は確かに――前方に「人影」をみたのだ。
※※
眩しい朝日が躊躇いなく俺の顔に差し込んだことによって、俺はげんなりと目を覚ますことになる。
「………嫌な夢みちまったな。」
最近、寝つきが悪いと思ったらまたこの夢だ。トラウマは吹っ切れたもんかと思ってたのに………おっと、そんな夢を語るほど、悠長にしていられないかもしれない。
時計を見ると、時刻は7時過ぎ。
学校までの道のりを考えると、もうそろそろ家を出ないと間に合わない時間だ。
――それに、朝はいつもあいつがいるからなぁ……
それと同時に、ガチャリと玄関の方から扉の開く音が聞こえた。
泥棒――ではなく。
「ねぇ春ちゃーん!早くしないと学校遅れちゃうよぉ!」
玄関から秋乃の間延びした声が響いていくる。
まずいまずい、早く着替えないと。
俺はまずシャツに手を通して………あ、寝巻き脱いでねぇや。
慌てて寝巻きを脱ぎ捨てて、制服へと大急ぎで着替えていく。その間「秋乃少し待っててくれ!」と声をかけるのも忘れないように。そうする事によって、秋乃のフラストレーションをギリギリに保つことができるのだ。
そんなこんなで、俺は着替えと身だしなみ(ある程度)を整えて、秋乃のいる玄関へと走り出す。
そこには腕を組みながら「もう遅いよぉ!」と頬を膨らませている秋乃がいた。
「悪かったって、そんな怒るなよ。ほら、今日の数学の宿題の答え見してやるからさ。」
「それはやったからいい!」
「俺はやってない。」
「本当に怒るよ!!!!!!」
軽いジョークのつもりだったのに、逆に怒らせてしまった、反省しなくては……。
ひとまず、こんなことをしていては学校に遅刻してしまうので、俺たちは家を後にする。
……おっと、その前に。
「シズー!行ってきます」
俺はまだ眠っているであろう吸血鬼に声をかけて、扉に手をかけるのだった。
※※
ぱちくり。
「…………春樹?」
吸血鬼の少女――シズは、微睡む意識の中、同居人の名前を呟く。
「なんじゃ…もう出てしまったのか」
時計を見れば7時半。
普段、春樹がこの時間にいるのは土曜日と日曜日だけ。
つまり、もう彼は学校に向かってしまったというわけだ。
「むん……一言かけてから出てゆけばよいのにの。」
シズは拗ねたように口先を尖らせ、ベッドの上で丸くなる。
すると、部屋は静寂に支配され、彼女のちょっとした息遣いや、シーツの擦れる音だけが嫌に響き渡るようになる。
―春樹がいる時の部屋とは大違いだ。
この数日間、シズは春樹と過ごしてみて分かったが、やはり合わない。性格も何もかもが、だ。
顔を見合わせればすぐに喧嘩をするし、至福の時間である吸血の時間だって、ケチな春樹は少ししか吸わせてくれないしで、不満ばかりの生活である。
だからこそ、春樹がいなくなった部屋は、寂しくなってしまう。
会えば喧嘩ばかりだろうが、シズは彼のいない時間を少し物足りなく思っているのだった。
「早く帰ってこんかの。」
「……………?」
「………!? わっ……わしは何を言っておるんじゃ!?あんなやつ帰ってこん方がいいに決まっておるのに!血さえ吸わせてくれればわしは別に……あんな奴」
その瞬間――ジリリリリと耳をつんざくような音が、シズの言葉を途中で遮る。
びくりとシズは心臓が飛び跳ねる感覚を覚え、その音の正体に恨みがましげに目を向けた。
「……こ……この!目覚まし時計の分際でわしを驚かすでない!!」
はぁはぁと驚きで息を凝らしながら、シズは目覚まし時計の音を切る。なぜこの時間に、とシズは思ったがスヌーズ機能というものを、人間の暮らしに疎い彼女は知らない。
すると、部屋は再びしんと静まり返る。
そこでシズは寂しさを紛らわすためか、部屋をうろちょろとしだす。そしてちょっとした冒険心からか、部屋の散策を始めたのだ。
――ベッドの下を覗いてみたり………いかがわしい本がたくさん出てきたが、シズにはそれがなんなのかよく分からない。
この時点でかなり不遇な春樹だが、最も彼にとって災難なのはエロ本が見つかったこと、なんかでは決してなかった。
「…………なんじゃこれ?」
クローゼットを開いた時、女物の服がハンガーに掛けられていた。
……みたところ、秋乃が着ている制服、という物に似ているが、おそらく秋乃が風邪を引いた時、脱いだものがそのままになっているのかもしれない。
なんにせよ――
少し面白いことを思いついたと、シズはニタリと頬を歪める。
※※
「………っあぶねぇ!」
チャイムギリギリで教室に滑り込む。
教卓に目を向けてみると、出席をとっている先生がやれやれ、みたいな顔して俺の出席をつけていた。
秋乃は、と思い席に目を遣ると、なぜか俺よりも早く席に着いていて、息一つ乱れていない様子でニコニコとこちらをみていた。何者だよあいつ。
そして息も整った俺は自分の席に着いて、前を向く。
そこには――俺の片思いの相手、瀬川さんが座っていた。
長い黒髪が、キラキラと日差しに照らされて、宝石のような輝きを放っていて、新雪を思わせる白く健康的な肌は、自然と俺の目を奪う。
そんな俺の視線に気がついてか、瀬川さんと目が合った。
「――――ッ!!」
心臓が跳ねて口から飛び出そうな感覚を抑えて、慌てて視線を先生の方へと移し、
「え?いや、みてませんけど?俺は元々、先生の方を見てましたけど?」みたいな情けない態度をとる。
もう一度視線を彼女に戻すと、彼女もまた視線を先生の方へと戻していた。
「……あぁ焦ったぁ……」
そう一人ごちると、俺の一個前の席の梨夏が「どうしたの?」と声をかけてくる。
まずい、こいつに俺が瀬川さんが好きだとバレるのは絶対に避けないといけないんだ。
だから俺は誤魔化すように
「遅刻しなくて良かったなぁって」と言うのだった。
ホームルームも終わり、クラスの面々がザワザワとしだし、前の席に座る梨夏が振り返ってくる。
「ねぇねぇ春樹ー?もしよかったなんだけどね?」
いつも元気な梨夏がしおらしくなって、両の人差し指を突き合わせている。
この雰囲気……もしかしてだけど。
「……宿題なら写させないぞ。」
「なっ…なぜバレてるの!」
ギョッと目を丸くする梨夏だが、一年間同じ方法で毎回「宿題うつさせてー!」と言ってくるものだから、流石の俺も何が言いたいかくらい分かってくる。
そして、この後の展開も俺には想定内。
「ご主人様ぁ!お願いですぅ…一生のおねがいですから宿題をうつさせてください!!」
――泣き落としだ。
その後、なんだかんだ面倒くさくなった俺は根負けして宿題のノートを差し出す。
すると決まって彼女は――
「ありがとねっ!春樹」
台風も吹き飛んでいってしまうくらいの満面の笑みを浮かべて見せるのだ。
そんな顔を見ると、まあいいかとさえ思わされてしまう俺は、人として甘いのかもしれない。
そんなやりとりをしていると「ねぇ」と声を突然かけられる。
そして、その声がどこかで聞いたものかと、記憶を探る間もなく、俺は視界からその声の主の姿を認識した。
サラサラとした黒髪に、モデルのようなスタイル――
「――――!? 瀬川……さん!」
「ええ……そんなに驚かなくても良くないかしら?」
怪訝そうな視線を送ってくる彼女だが、そうなるのも仕方ない。だって俺は君が好きだから!!好きな人に突拍子もなく声をかけられたらこうなるのは当然なのだから!!
「わー!美冬ちゃーん!どうしたの?」
コミュ強の梨夏が早速、瀬川さんの会話の相手をし始める。さ、さすがだぜ……!
と、俺が梨夏に対して尊敬の眼差しを送っていると、瀬川さんが驚きの一言を口にした。
「いえ、梨夏さんにじゃなくて坂柳くんに少し、ね。」
「………………え、俺?」
元クラスの少し話をしたことがある男の子如きに、一体用とは……?
俺は恐る恐る瀬川さんを探るように視線を送ると、彼女の聡明そうな瞳と俺の間抜けそうな瞳がかち合う。
一体……何を言い出すつもりなのだろう?
「そ……その、坂柳くん……今日は委員会決めがあると思うのだけど、あなたはなんの委員会にするつもりなのかしら?」
………俺のやりたい委員会?
俺は聞き間違いかと耳を疑ったが、何度頭の中で彼女の言葉を反芻してみても、それ以外思い浮かばなかった。
ひ、ひとまず何でそんなことを、と尋ねる前に自分の考えを伝えとかないとな。
ほら、頭のいい人は結論から話し始めるって言うし、瀬川さんもそうした方が喜ぶかもしれない。
「そ……そうだなぁ……俺は、多分去年と同じ保健委員会に入ると思うなぁ。」
「………そう。わかったわ。ありがとう」
その後に何かあるかと思ったが、彼女は本当にそれだけ聞いて自分の席に戻って行った。
「…………え、本当に何?」
「まあつまりあれですよご主人様……」
「おい、もうそのご主人様ってやつやめろ。梨夏に言われるとなんか嫌だ。」
「えぇ?わざわざ春樹の性癖に寄せてあげたのにぃ」
「そんな性癖は…………………ない」
「今の間は何?」
やかましい。
「それで、『まあつまりあれですよ』ってなんだ?お前は今の瀬川さんの行動の意味がわかるのか?」
「もちろんですとも!まあ春樹には言わないけどにぇー!」
ああ、こいつに聞いた俺がバカだった。
※※
四時間目――ついに委員会決めの時間がやって来た。
瀬川さんの意図も気になるが、ここまで考えてみて出した俺の結論は――意味なんてない、だ。
おそらく瀬川さんは新クラスになって、唯一の知り合いである俺たちの元へやってきて、タイムリーな話題作りの意図も込めてあの質問をしたのだ。梨夏に聞かなかったのは、もうすでにその話題を彼女に振っていたから、とみた。
そう考えてみると、彼女のあの行動もそんなにおかしなものでもないと言うふうに思えてくる。
胸のつっかえが取れた俺は、教卓の上に置かれたプリントの保健委員会の枠に、自分の出席番号を埋めて席に戻る。
「……ふぅ、いやぁすっきりしたよ。」
「どしたのさ?」
「ふふっ、梨夏……お前の力など借りずとも、俺は自分で答えを導き出せるんだ。残念だったな。」
「うげ……なんだかよくわからないけどすごくムカつくー」
梨夏が珍しく顔を顰めて舌をべーっとやってきた。
そんな子供の煽りで俺が苛立つとでも?
今の俺はまさしく賢者。
どんな理不尽にも対応できる――賢者タイムなのだ。
「ええと……じゃあ先生が黒板に順番に各委員会と決定したメンバーを呼んでいくから、よく聞いておくように。」
先生がプリントを見ながら名簿を読み上げていく。
ちなみに梨夏は新聞委員会で、秋乃は放送委員会のようだ。去年と変わらない。
そして――
「ええと、保健委員会――坂柳と瀬川で……以上。じゃあ今から委員会同士で集まって、お互いに挨拶でもしてくれ」
「―――――!?」
瀬川さんと……また同じ委員会、だと!?
そんな夢のような連続があっていいのか。
俺が急速に高鳴る胸を抑えていると――
「こんにちは、坂柳くん。今年もまた同じ委員会ね。」
――瀬川さんが滅多に見せない笑顔で微笑みかけてくる。
なんっ―――て破壊力だッッッ!!!
「……そ…そうだね、まさか2年連続とは思わなかったよ…」
俺はドギマギしながら瀬川さんの言葉に返答する。
「嬉しいわ。」
「…………へ?」
「いえ、今年もよろしくねと言ったのよ。」
「……そ、そっか」
絶対文字数違ったけど?
まあ、あまり聞かれたくない内容だったのかもしれないから、深くは追求しないけども。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
今俺の頭の中を支配していたのは――
―――彼女が俺の入りたい委員会を聞いたのは、俺と同じ委員会に入るためだったのでは?とそんな願望にも近しいものだった。
確かに偶然聞いてみたら、偶然同じだった、なんてこともある。というかその方が可能性的には高い。
でも、今の俺の高鳴った胸とテンションなら――その真意を尋ねることだってできる気がした。
俺と同じ委員会がやりたかったの?――と。
「………瀬……瀬川さんは………」
「……?どうしたのかしら」
心臓を真正面から撃ち抜くような声が、俺の鼓膜を捉える。ドキドキが止まらない。でも今なら――当たって砕けてみる時なんじゃないか?勇気を出す時なのではないだろうか。
俺は乾いていく舌を湿らせてから、二の句を紡ぐ。
「…瀬川さんは……俺と同じ委員会が――――」
「―――やっと見つけたのじゃ!春樹」
「…………………は?」
「なんじゃそんなに目を丸くさせおって?」
「な、なんでお前ここに?」
俺の目の前には瀬川さん――そして、その隣にシズがいた。
「はぁぁぁ!?なんでお前学校に来てるんだよ!?」
「ぎゃっ!うるさいのじゃ!いきなり大声で叫ぶでない!耳がキーンとするのじゃぁ」
シズが耳を押さえながら顔を顰める。
「……あら、見たことのない子。坂柳くんこの子知り合い?」
「いっいや、その…従姉妹なんだ!」
「あら、従姉妹さん。でも、なんで学校に従姉妹さんが来ているのかしら」
いや当然と言えば当然の疑問なんだけど、どう答えるのが正解なんだこれ。
すると――
「あれぇ?どうしてシズちゃんが学校にいるのぉ?」
秋乃までやって来た。
これもう収拾つかないぞ。
気がつけば騒ぎはクラス中に広まっていた。
「おい、なんか坂柳が従姉妹連れて来たらしいぞ」
「えぇ?なんでそんなこと」
「てかめっちゃ可愛くね?」
「坂柳の従姉妹とは思えねぇ……」
いくつか失礼な発言があったが、今は見逃してやろう。
それはそうとまずはこいつをどうにかしないと。
「……先生、こいつ俺の従姉妹なんですけど、俺のこと好きすぎるみたいで、勝手に学校着いて来ちゃったんですよ。」
「――はっ!?貴様何を言って――」
「えぇ?……もうどうやって入ったのかなぁ。ダメだからね本当に。」
先生が呆れたように俺とシズを嗜める。
いやなんで俺も怒られてるんだ。本当に悪くないだろ俺。
※※
その後、なんとか俺は教室のみんなの質問を振り切り、校門付近までシズを連れてくることができた。
「…はぁ、なんで学校にまで来ちゃったんだよ?」
俺は半ば呆れ気味に尋ねる。
するとシズはバツが悪そうに俺に目線を合わせようとしない。一応、自分が悪いことをしたという自覚はあるのかもしれない。
「……まあ理由はどうでもいいけど、学校は関係者以外立ち入り禁止なんだ。正規の手続きをしないと――」
「―――なら、わしも学校とやらに行かせろ。」
「………はぁ?」
こいつは今なんて?
自分を学校に通わせろ、だと?
シズの口から出た言葉とは思えず、俺は呆けてしまう。それでも、シズの表情をみて俺はその言葉が真剣なものだということを察する。
しかし――
「それは……無理だよ。」
「なんでじゃ?」
シズは泣きそうな表情になって問うてくる。
「お前には戸籍がないし、俺の従姉妹と言葉の上ではなっているが、調べればそうでないことくらいすぐにバレる。学校に入るにはいろんな手続きがいるんだよ。」
「………そう……じゃったのか。」
やけに素直――いや、こいつは意外と素直なやつだったは。
とはいえ、ここまで本気で学校に通いたかったとは。
「なんで学校に通いたいと思ったんだ?」
興味本位で聞いて見る。
すると彼女はパッと頬を赤くして
「春樹には関係のない話なのじゃ!!」
と、ブンブン手を振って俺を殴ってくる。
――ちょ、普通に痛いから。
しかしそれもやがて止み、シズは消え入りそうな声で言葉を紡ぎ出した。表情は俯いてしまっているためよく見えないが、耳は心配になる程真っ赤だ。
「……………しかったんじゃ。」
「……悪い、よく聞こえなかった。」
俺が再度問うと、シズは真っ赤になった顔で
「一人の部屋は寂しかった!と言ったんじゃ!!」
そんな子供みたいなことを言い出す。
「――毎日毎日シンとした部屋で貴様が帰ってくるまでテレビと睨めっこの日々!!貴様はわしを助けた責任があるんじゃ!!じゃからわしを最後まで可愛がる責任があるじゃろ!!それなのにお前は毎日学校に出かけていってしまう!!」
「…………」
言葉が紡げない。
しかし、対するシズの方は濁流のように言葉が次々と溢れ出していく。
「もっとわしに構わんか!!」
―――――なんだそりゃ。
俺は噴き出してしまう。
そして、熱く語った後に、そんな反応をされれば不快なのは当然。シズは「何がおかしいんじゃ!」と怒りを露わにする。
俺は「悪い悪い…」と謝罪をしながらも、再び噴き出してしまった。
だってしょうがないだろ。
「はっはははは!……はぁ……お前、可愛いやつだなぁ。」
「――かわっ!?」
シズが真っ赤になる。
確かにだいぶ恥ずかしいことを言っている気がする。でも、今ならなんでも言ってしまえそうな気がした。
「そうだなぁ…一人は暇だもんな。寂しいもんな。」
俺は両親が死んでからしばらくのことを思い出す。そして、そんな俺を救ってくれたのは秋乃だった。
なら、そんな独りぼっちのシズを救えるのは俺しかいない。
それなら――――
「……もうよいわ!なんじゃか、話していたらどうでも良くなった。よく考えたら貴様と話しているより、テレビを観ている方がよっぽど有意義―――」
「―――一人が寂しいなら、休日は一緒にいような。平日の学校をサボるのは無理だけど、休日なら一緒にいられるだろ。」
「―――――!!」
彼女は唖然として、歩くのをやめている。だから歩みを止めなかった俺とは自然と距離が空いてしまって――彼女が何か呟いたのを聞き取ることができなかった。
「やっ………たぁ」
※※
そのあと俺はシズと早退することにして、二人でテレビゲームなんかをして過ごした。
「……む、もうこんな時間か。悪いが続きは今度な。」
「なっ!勝ち逃げか!?ずるいぞ!」
「それなら俺が学校行ってる間に修行でもしてな。」
「むむ!そうじゃな。そうする」
やっぱり変に素直なやつだ。
そういえば、こいつひとりぼっちで寂しいと言っていたが、仮に吸血鬼にも人間みたいに家族がいるとして――まだ子供のこいつにも親がいたとしたら―――
――こいつはあの日、どうして独りで餓死寸前になっていたのだろう。
「………………………」
シズは嬉しそうにゲーム機を片していた。
そんなシズがなぜあんな死ぬ寸前まで衰弱していたのか。家族はどこにいたのか。あるいは―――
――考えないようにしよう。
俺は嫌なことを考えてしまった、と逃げるように思考を切り捨てた。
そんな次の瞬間
「おい春樹」
と首元の服を引っ張られる。
そうなると自然と身体の―主に首周りの位置が低くなるので。
がぶり。
「―――ッ…急にかよ」
「ちぅ………ちぅ………ちぅ」
シズは腹が減っていたのか俺の首筋に噛みつき、吸血を開始する。
せめて一言欲しかったが――まあいいか。
今日は気分がいい。
少しくらいのわがままは許してやろう、そんな心地だった。
「―――っぷはぁ」
恍惚とした表情で、頬を上気させたシズが俺の首筋から顔を離す。
「…………今日はいつもより美味しく感じるの。」
「そんなもんか?」
「なんでじゃろうな。秋乃の料理が普段より栄養たっぷりじゃったのかもしれんの。」
「かなぁ、じゃあそろそろ寝るか。」
そう言って俺は部屋の電気を消す。
――今日はなんだかよく眠れそうだ。