第4話 休日と吸血鬼

文字数 5,163文字

 今日は土曜日。
 学校は休みなので、俺は今日シズと過ごすことになる。

「一つ……問題がある。」

「なんじゃ朝から。」

 ソファに寝転がりながらテレビを見ていたシズは、こちらを怪訝そうに見つめてくる。

「……まず確認として、今お前が着ている服は、誰の物だ?」
「む?春樹のものじゃが?」

 シズは何が問題なのか分からない、と言った様子でテレビに視線を戻す。

「……それだよそれ!お前が俺の服着ると、サイズ合ってないからチラチラ服の中が見えるんだよ!」
「はぁ?見なければ良いではないか。」
「それができたら苦労しない。」
「潔い奴…」

 まあ半分冗談として。

「だから今日お前の服を揃えに行く。異論はあるか?」
「別にわしはかまわんが、春樹はよいのか?服を買うにはカネとやらがかかるんじゃろ?」
「それは………そうだけど、いいんだよ。」
「ほう、やはり春樹はわしのことが好きなのか?」
「だから違うって!そういうお前も毎回そうやって全部色恋沙汰に結びつけるよな。お前の方こそ俺のことが好きなんだろ。」
「はっ……!?ちっ…ちがうわ!!」

 よし、ひとまずそれはいい。これ以上言い合っていても仕方がない。俺は知っている。シズとの口喧嘩で生まれるものは何もない、ということを。

「じゃあシズ、お前は自分が元々着てた服に着替えてこい。デパート行くぞ」
「でぱーと?」
「買い物をするところだよ。色んなものが売ってるんだ。」
「色んなもの………生き血とかもか?」
「そんなものあってたまるか。」

※※

 よし、出発だ!そんなタイミングで、家のチャイムが鳴る。

「はーい今出ます……って秋乃かよ。」
「おはよう春ちゃん!あ、あとシズちゃんもおはよう」
「おはよう………じゃ」

 シズが警戒心剥き出しで、俺の後ろに隠れる。
 こうして毎日会ってるんだから、いい加減慣れて欲しいのだが……まあいつか何とかなるだろ。

「そんで、秋乃何の用だ?悪いんだけど俺たちこれから買い物に向かう途中でな。」

 出来れば用事なら後で――と言いかけたところで、秋乃が俺の唇に人差し指を当ててその口を塞いでくる。

「………はんほふほひは」(なんのつもりだ)
「――話は聞かせてもらったよぉ!」
「ひは…はははひほははひへはひふはへほ…」(いや…まだ何も話してないんだけど…)

 すると秋乃は俺の唇から人差し指を離してそのままそれを天に掲げる。

「いい!?私は春ちゃんとシズちゃんのお姉さんみたいなものだよねぇ?」
「お前の中では勝手にそうなってるらしいな。」
「じゃな。」
「――そんなお姉さんな私が……シズちゃんの服をコーディネートしてあげるのは、当然のことじゃない?」

 何で朝の俺とシズの会話が漏れてるんだろう、と一抹の不安を抱えつつ、しかしその気遣いは素直にありがたいものだった。
 俺自身、女の子物の格好などよくわからなかったから、アドバイザーのような人間がいてくれた方がいいだろうなぁと思っていたところだったのだ。

「そうだな。じゃあデパート一緒についてきてくれよ。」

 俺が頼むと、秋乃は嬉しそうに「任せてよぉ」と胸を張る。
 かくして、俺たち坂柳3兄妹(秋乃視点)はデパートへと向かうのだった。

「………なんじゃこの茶番は」
「俺が聞きたい」

※※

「――っひ!」
「……そろそろ手離してくれないか?」
「――いっ――貴様が迷子になったら困るし……仕方なく掴んでやっておるのじゃ!」
「そうですか。まあじゃあしばらくはこうしておいてやるよ。」

 そう言ってシズは、人混みを恐れるかのように俺の手を離さない。
 どうやらこれだけの人数が集まる場所に来たことがないらしく、常にビビっているような状況だ。こいつ出会った頃の威厳のいの字もないな。
 まあそれはいいとして、問題はそれだけじゃないのだ。
 今現在、この場にいるのは俺とシズの2人だけ。
 当初は秋乃もいたのだが、いつの間にかはぐれてしまっていた。理由は明白。
 それは数分前に遡る――

「きゃ!春ちゃーん!ペットショップだよぉ、ほら猫ちゃんたくさんいるよぉ?昔から春ちゃんは猫ちゃん好きだったもんねぇ」
「春ちゃんと猫ちゃんがややこしすぎる。とりあえずシズの服を――」

 ――やら。

「春ちゃぁん!このフライパンすっごく滑らかだぁ!ようし!今日はこれで美味しいオムライス作ってあげるからねぇ!」
「ありがたいけど、それより服を――」

 ――とか。

「わぁ!すっごく美味しそうなパンケーキ屋さんあるよ!ほら春ちゃんとシズちゃんも食べたいでしょ?」
「シ……シズは小麦アレルギーだから!残念だけど食べられないみたいだなぁ!だよな?シズ」
「は?わしは元々人間の食べ物は何も―――っぷ」

 ギリギリで手を口で塞ぐ。

「………お前が吸血鬼だとバレちゃいけないんだって。話合わせてくれよ」

 無言でシズが親指を立てる。
 ……危なかったぁ――――


 ――――みたいなことを繰り返しているうちに、秋乃は忽然と姿を消していた。

「……仕方ない。秋乃がいても荷物が増えるだけだし、秋乃探す前にお前の服選んじゃうか。」
「む、わかったのじゃ」

 やっぱり素直な子だよなぁ。しっかりいうことは聞いてくれるし。

 そんなシズに感謝をしつつ、俺は女性向けの洋服屋に向かった。

※※

「……き、きまずい」

 やはり、女性向けの洋服屋ということもあって店内は女性で溢れかえっており、男の形見の狭さといったらなかった。
 そんな息の詰まりそうな中で、俺はシズのサイズに合いそうな服を何着か見繕う。しかし、適当ではいけない。しっかりシズに似合いそうなものを厳選しなくては。

「そうだなぁ……」

 俺は改めてシズの全体をまじまじと見てみる。

「…な、何じゃ急に見つめてきおって。目ん玉ほじくるぞ」
「そんな物騒なこと言うなよ、女性物の洋服屋の真ん中で。今の会話聞いてた、店員さんの目ん玉が飛び出そうじゃねぇか。」

 俺は心の中で謝罪を入れておいて、再びシズの方へと視線を戻す。

「……シズの特徴といったら銀髪だよなぁ。」

 俺はシズの肩ほどまで切り揃えられた銀髪をサラリと撫でる。すると、シズがくすぐったそうに目を細めて、びくりと震えた。

「な、なにをするのじゃ」
「いや、悪かった。」

 これは失敗。最近ずっと一緒にいたから忘れかけていたが、シズだって女の子なのだ。勝手に触れたりするのはよくないだろう。
 俺は反省しつつ、これからの夏に向けて涼しげな白と青のワンピースを手に取って、とりあえずシズに試着を促す。

「む、これを着ればよいのか?」
「ああ、きっと似合うと思うから。」
「――ッッ!ま……まあわしに似合わぬ格好などないからの!」

 そう言って照れくさそうに彼女は試着室へと入っていった。

「……さて、冬服はまだ早いから、あと何着か薄めのやつ買って……後は部屋着だなぁ。」

 もとよりそれが一番の目的だったわけだし。
 俺は数着スウェットやパーカーなどのカジュアルなものを手に取る。これなら着心地もいいだろうし、ぽろり対策にもうってつけだ。
 そして、試着室のカーテンが開かれる音が聞こえる。

「……………おぉ、似合ってるなやっぱ。」

「……あ…たりまえじゃ。」

 シズは顔を真っ赤にしてモジモジしながら試着室から出てきた。
 彼女がきているのは真っ白なワンピース。
 彼女の色素の薄い髪色や肌と相まって、より儚げで清楚な雰囲気が漂っている。やはり俺の目に狂いはなかった。

「んじゃこれお前の部屋着な。どうする?これも試着してみるか?」
「――!も……もうよい!心臓がもたん!」
「……? そうか、ならまあいいんだけど」

 心臓に負担がかかっていたとは。よくわからんが、吸血鬼には何かしらあるのだろう。
 そう無理やり納得して、俺は会計を済ませる。

※※

「………服って思ったより高いんだな。」

 俺は数字の桁の多いレシートをまじまじと見ながら、どんよりと今後の生活のことを考えていた。

 ふと、視線をシズの方に向けると、嬉しそうに買ったばかりの白ワンピースを着て、ガラスに反射した自分を眺めていた。

「…………」

 そんな姿を見ると、まあこれくらいと思えてくるから不思議である。
 それに、シズもしっかり女の子みたいなところがあるのだな、と感慨にも似た感情を覚えるのだった。
 そんな時――

「――坂柳くん?」
「その声―――瀬川さん!?」

 何だこの偶然は―!?
 神が俺に授けたご褒美か?
 いや今はそんなことよりも、このチャンスをいかに有用に使うか、だ!

「瀬川さんも買い物?」
「えぇ、本を買いに。坂柳くんは……デートかしら?」

 瀬川さんは俺の後ろにいるシズの方を一瞥すると、そんなことを言い出す。
 まずい――勘違いされては俺の瀬川さんとのラブラブ計画が破綻してしまう!!

「…ちっ、違うって。こいつは俺の従姉妹で、俺は荷物持ちみたいなもんでさ。ほら、この前学校に来ちゃったろ?」
「ええ、もちろん覚えているわ。それを踏まえてのジョークのつもりだったのだけれど。」

 瀬川さんはジョークが通じなかったからか、シュンとしてしまう。

「ご、ごめん気がつかなかったよ。でも改めて聞いてみると面白いジョークだ。」
「…そう?そう言ってもらえて嬉しいわ。」

 うわ…ニコニコしてる瀬川さん可愛いなぁ。

 俺が、思いの外柔らかそうで、幼なげな笑顔を浮かべる、彼女のギャップにデレデレしていると、隣からこちらを刺すような視線が向けられている気配を感じる。
 その方向を見てみると、シズのやつが頬を膨らませながら、何だか怒っている様子だ。

「……? どうしたんだほっぺた膨らませて。」
「なんでもないのじゃ」

 そう言って怒った様子の彼女はツンとそっぽを向いてしまう。一体なんだと言うんだ……

「従姉妹さん…可愛いわね。」

 ふと瀬川さんがそんなことを呟く。

 まあ、確かに顔は可愛いけどな。
 でも、それを言うならば

「……瀬川さんも可愛いよな。」
「―えっ」

 俺は無意識に言葉を漏らしてしまう。
 そう、「無意識」にだ。

 ――ん?なんか今まずいこと言ったような。

 慌てて瀬川さんの方を見ると――

「――ッそ……んなこと……ない………わ。」

 瀬川の頬は真っ赤に染まっていて、ガクガクと身体を震わせながら、消え入りそうな声でそう言った。
 ちょ…ちょっとまって!俺今マジでなんて言ったか覚えてないんだけど!やばいこと言ってないよな?

 俺は焦って脂汗をダラダラと流す。
 そしてその間もシズは不機嫌そうにムスッとしている。
 瀬川さんはよく分からないが、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 それはきっと――俺が何かをさっき口走ったのが原因だ。くそ―――なんてことを!!

「―じゃ、じゃあ私は用も済んだし帰るわ。2人も気をつけてね。」
「………うん………ありがとう」

 絶対――嫌われたぁ!!!
 数秒前の自分のぶん殴ってやりたい。いったいどんなことを口走ったと言うんだ!
 それに瀬川さんのあの反応……多分怒ってるんだよな?
 顔も真っ赤にしていたし、何やらぶつぶつ呟いていたし、逃げるように俺たちのいる場から離れ て行ったし。

「………はぁ、上手くいかないもんだなぁ。」

 俺はため息をついて不機嫌なシズを連れ、家に帰る。

※※

 さっきの黒髪の女――瀬川、とかいったかの。
 それを相手にした時の春樹の態度……明らかに動揺しておったしドギマギしておった。
 それはわしや秋乃に向けるようなものではなくて――

「……むん」

 よく分からない怒りが身体の内から燃え上がっていく。
 とにかく――瀬川という小娘……要注意じゃな。
 い…いや、なんのための注意かは全く微塵も分からんのじゃが!

※※

 家に帰ると、白ワンピースから部屋着用のパーカーに着替えたシズが不機嫌そうにゲームをしていた。

「……どうしたんだよ、さっきからずっとそんな調子じゃないか」
「ふん、なんでもないわ!」

 本当に意味がわからない。
 ついさっきまであんなに嬉しそうに白ワンピースを着ていたのに。
 俺はよく分からないシズに頭を悩ませながら、その日は床に着くことに。
 すると、後ろからシズもちょこちょことついてくる。
 ちょっと寝るにはまだ早いし、シズはまだ遊んでくれていて構わないのだが……まあいいか。きっと彼女も今日一日、慣れないところに駆り出されて疲れているのだろう。

※※

「………ふぅ」

 隣ではすやすやと気持ちよさそうに眠る吸血鬼がいた。
 まあ多分、明日になったら機嫌も戻っているだろう。そんな望みを胸に抱えて、俺を瞼を閉じる。

 そして、もう一つ重要なことを思い出した。

「…………あ、秋乃のこと完全に忘れてた」

 メールを見てみると、大量の怒り絵文字が。

「………明日は大変な一日になりそうだぁ…」

 俺は明日の秋乃への対応をどうしようかと、頭をいっぱいにして、眠りにつくのだった。
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登場人物紹介

わしは吸血鬼のシズじゃ。

春樹に餓死寸前のところを助けてもらって

それ以来春樹のことを……いや!なんでもない。

好きなものは春樹の血じゃ!

春樹じゃなくて、春樹の血じゃぞ?

……勘違いするでないぞ?

私は木下秋乃っていうんだぁ。

春ちゃん(春樹)とは幼馴染で、両親がいない春ちゃんの面倒をいつも見てるの。

昨日だって春ちゃんにオムライスを作ってあげたんだぁ!喜んでくれて嬉しかったぁ。

好きなものは春ちゃん!!

春ちゃんもそうだといいなぁ、なんて。

アタシ工藤梨夏!

春樹とはともだちなんだけど、よく空気が読めないとか言われちゃう…そうなのかなぁ?

ちなみに私は陸上部に入ってるんだけど、たまには春樹にも試合見に来てもらいんたいんだよねぇー。

好きなことは、友達と話すことだよ!

あ、言っとくけど春樹だけじゃないからね!……多分

私は瀬川美冬といいます。

坂柳くんとは同じクラスで同じ保健委員会に入ってます。

坂柳くんは……すごく優しくて頼りになる方だと思います。

それに……ええと……いえ、これ以上はやめておきましょう。何だか恥ずかしくなってきました…

好きなことは読書です。


俺は坂柳春樹。

幼い頃に両親を事故で亡くしてるけど、秋乃のおかげで何とか立ち直れてる…つもりだ。ほんと、あいつには頭上がらねぇよ。ただ、子供扱いだけは勘弁な。


シズとは同居してるんだけど、いつも喧嘩ばっかな気がする。でも、最近は少し心が通じ合って来た気がするんだ。あいつもよく笑うようになった気がする。


梨夏とは去年と変わらず仲良くやれてると思うよ。やっぱ話してて楽しいんだよなあいつ。


って…瀬川さんだ。

今日も美しいなぁ、告白してしまおうか……いや、やめとくか。

 今日は何だかちょっと風邪気味だしな!!


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